責め立てられる罪悪と、
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僕が殺したあの大司教は、シエルリーファ様にとって家族に近い存在だったらしい。
早くに母を亡くしたにも関わらず、悲しみに耽る間も無く聖女としてあれと望まれた幼い頃の彼女を、肉親でありながらも立場上優しく接せられなかった教皇に代わって優しくしてくれたのはかの大司教だったと、シエルリーファ様は事件後の処理の最中ポツリと教えてくれた。
優しく、公正明大で、尊敬に値するモンスターだった。……そう語るシエルリーファ様の顔は誇らしげで、深い親愛が滲んでいて。
そんな家族同然のモンスターを手にかけたのが僕であると知っても、彼女は僕を責めることは一切なかった。
むしろ、あそこまで歪んでしまえばもうどうしたって元に戻すことはできなかったと、もし相対したのが自分であればきっとショックで手が震えてしまっただろうと……代わりに手を下させてしまって済まなかったと、頭を下げられた。
『本当は違うのにね?』
「…………」
そう、違う。
あの時僕は、明確な殺意を持って剣を握った。目の前に立ちはだかる存在がまだ生きているものと知っていながら『自分が死ぬくらいならお前が死ね』と、相手の死を願って剣を突き立てたのだ。
救たくて手を掛けた訳じゃない。僕が死にたくないから代わりに死んでくれと、殺そうとしてくるのが怖いから、腹が立つから、恐ろしいから、
だから殺した。
感謝されるようなことではない。たとえ罪に問われなくても、誰も僕が悪いと言わなくても、これは間違いなく僕の罪だ。
僕が一生背負わなくてはいけないものだ。
───でも、ぼくは頭を下げるシエルリーファ様に、自分の罪を告げることはできなかった。
『本当に汚いね。すぐ逃げるんだから』
「…………」
『背負うとか耳障りのいい事言ってるくせに』
その通りだ。
僕は仲良くなったシエルリーファ様に軽蔑されるのが怖くて、やはりお前は残虐なニンゲンなのだと言われるのが怖くて、都合の悪いことを言わなかった。逃げたのだ。
友達だと嘯いたくせに、僕は、嫌なことから目を背けた。
『いつもそう。僕はいつも楽な方へと流される。私の時はそんな事なかったのに。モンスターになって強い力を手に入れて、親善大使として権力も手に入れたからもう嫌なことはしなくていいと思ってるの?』
「違う」
『あは、こういう時の否定はすぐ出てくるんだ。じゃあなんでシエルリーファに「僕は自分の命可愛さに貴方の家族を殺しました」って言わなかったの?』
「…………」
『なんでか教えてあげよっか。僕は軽蔑されるのが怖かったんじゃない。ニンゲンにとってモンスターなんて所詮虚構だと思ってるからだよ。倒して、経験値をゲットして、レベルを上げるためだけのフィクションの世界の敵。たかが0と1で出来てる虚構の敵に殺してごめんなさいなんて言わないもんね?殺されるのが当然な存在にそんなこと言う必要ないもんね?』
「ちが……」
『違くない』
立ち上がる気力もなく、へたり込んだまま嫌々と首を振る。聞きたくないと耳を塞いでも、暖かい手が強引に耳を塞ぐ手を外して無理矢理現実を捩じ込んでくる。
『ねえどうだった?**みたいに迫り来るモンスターを殺しまくる体験は?楽しかったでしょ?爽快だったんでしょ?ゲームみたいで、**になれたみたいで楽しかったでしょ?』
「楽しくない。嫌だった、殺すのが当然な訳……だってみんな、データじゃない。生きてる。僕は……ぼくは、ニンゲンじゃなくて、モンスター、で」
『嘘つかないでよ』
先の見えない暗闇の中、大きな鏡が現れる。
僕の全身を写す鏡。茶色の髪、焦茶の目。いつもと変わらないのに、不安と罪悪感に揺らぐ顔を隠す狐面はどこにもない。
『私は人間だって。モンスターの敵』
「僕は……私、は」
白いブラウスに、細身のジーンズ。あの日私が着ていた服。
手にはリリ剣のグッズが詰まったバック。───薄茶色の髪と青い目のキャラクターのキーホルダーが、血で汚れている。
『さて問題です。あの日、篠原優を殺したのは誰でしょう?』
鏡の中の私が一人でに動き出す。鏡から出てきた腕に胸元をトン、と突かれた。
「っ、ぇ」
途端、胸に凄まじい痛みが、耐え難いほどの熱が走る。
うめく暇もなく胸元を中心に体を焼き焦がす灼熱感に膝をつけば、赤いシミがブラウスを汚していく。
「ぐ……っ!?がはっ!が、う゛……ぶ……」
『覚えている筈だよね。あの日私の心臓を抉ったのは誰か』
血の塊を吐き出す。胸から流れる血が暗闇を浸していく。
吐き出しても吐き出しても、胸から夥しい量を流しても、まだ血は溢れ出てくる。
血の海に沈む。気道を塞ぐ血の塊に溺れて咳き込めば顔に飛沫が飛んだ。
「……げほっ、ぁ……、」
『思い出して、早く、早く思い出してよ。私を殺したのは誰?その時に何を吹き込まれた?』
肩を蹴られ、暗闇の上で仰向けにされる。私の顔をした何かは、薄ら笑いを浮かべて血溜まりの中の私を見下ろした。
パタタッと頰に何かが落ちてくる。
この感触を、この光景を、私は知っている。
───あの時は確か、三日月が、暗闇の中に浮かんでた。
家の近くの歩道橋。固いアスファルトの上で、私は抉られた胸の痛みに喘いで、呼吸が苦しくて藻搔いていて。
大好きなキャラクターのキーホルダーがすぐ傍に落ちていて、コンクリートに広がる血がそれを赤く汚していくのを、見ていた。
頰に落ちた雫が、唇を伝って。
【───たす、け、て】
自らの体から溢れ出る血に溺れながら、痛みに泣きながら、私は月を背負って自分を見下ろす誰かへと助けを求めた。
霞んで見えなくなっていく視界の中で、白色が、ひらひら、揺れていて。
私は必死に、それを掴んで。
『死の淵で何を願った?何を懇願した?お前が取り込んだソレは、お前の何を叶えた?思い出しなさいな』
願い?
『それこそ願いこそが、私が欲する力の根源だわ。だからさあ、早く思い出しなさい』
私、は
『さあ、』
あの日は、すごく楽しかった一日で
楽しかった今日が、終わってほしくないなって、思った、から
叶うのなら、って
血に塗れた、キーホルダーに、手を伸ばして───
「じ、」
「つまみ食いはそこまでで。これ以上は壊れますよ」
鼓膜を打つ声にビクリと体が跳ねた。
「は……っ」
何事かを告げようとした口が呼吸を思い出したかのように息を吐き出し、酸素を取り込もうと必死に気道を開く。
さっきまで僕を襲っていた何かを探るべく視線を彷徨わせるが、薄暗い部屋にはおびただしい量の赤はない。
それでも体は何かに怯えるように震え続けていた。
「おはようございます、ラウ大使殿。いい夢見られたみたいですね」
視界にサンダルが入り込む。穏やかな声に恐る恐る顔を上げれば、僕を見下ろす浅黒い顔が見えた。
「……ゆ、め?」
「ええ、夢ですよ。とても刺激的だったでしょう?」
ごうごうと耳の奥が唸る。耳鳴りが止まない。
しかし彼の───クマールさんの声はそれでも嫌な響きを持って僕の鼓膜へとしっかり届いた。
その言葉と、いっそ慈悲すら感じる笑みを見て眠らされる前の出来事が蘇る。
そうだ。僕は呼び出されたカフェで、この男とあの女の子に眠らされて───
「………」
冷静になれ。冷静に状況の把握に努めろ。
何度も心の中でそう唱えながら未だ震え不調を訴える体を宥めるように深呼吸を繰り返せば、目覚めた時に感じていた恐怖と怯えは溶けるように消えていった。
比例して、動いていない筈なのにバクバクと跳ね回るように暴れていた心臓も落ち着いていく。
「……ここはどこ?僕を誘拐して何するつもり?」
ニコニコと場違いな笑みを浮かべる男にそう静かに問いかけ、視線を巡らせる。
何かの倉庫のようだ。埃っぽい薄暗い空間はさほど広くは無く、片隅には角の生えた動物が描かれているコンテナが乱雑に積まれているのが見える。
僕はそのあまり使われていなさそうな倉庫の床に転がされていた。
出入り口はクマールさんの背後にある扉一箇所だけ。窓は見当たらない。やはりというべきか、逃走経路は無いようだ。
体を起こそうと身じろぎをしたところで、ようやく己の両手首が金属の枷によって拘束されていることに気付く。ジャラ、と鳴る鎖に思わず舌打ちが漏れた。
騙された。聖霊隠し被害に遭いかけている少女なんて存在しなかった。全ては僕を誘き出し、油断させるための演技だったのだ。
知己だからと警戒せずに近寄ってしまった迂闊さと、自分の体質を過信したことによる油断を見せつけられた気分になってギリリと歯噛みする。
僕の体を流れるユウキエネルギーには、体の状態を常に最善に保とうとする『修復』の能力が備わっている。
その能力は身体に害をなす酒や毒は勿論、睡眠薬などの薬の効果も鈍らせる。そんじょそこらの市販薬程度じゃ一切効果を発揮できないはずだ。
だというのに、この男とあの少女はどういう手段を用いたのか、抗う間も無く僕を昏倒させた。危機に対する対処方法を学んでいる護衛諸共だ。一体どんな技を使ったのだろうか。
状況を理解すればするほど増す得体の知れなさに警戒度が跳ね上がる。せめて屈するものかと、自分を見下ろす男を睨みつけた。
「いいですねいいですねぇ。あの方の虐めはだいぶ辛かったでしょうに、すぐメンタル持ち直せるとは素晴らしい。夢の中で散々自分を責めさせられたでしょう?」
しかし僕の睨みにクマールさんは何の痛痒を感じた様子もなく楽しげに手を叩いている。
僕を褒めるようなことを口にしながらも、相変わらず別のモノを見ている彼が発する言葉の意味が理解できず眉を顰めた。
あの方とは誰だ?虐められた?そんな甚振られたような記憶はないし、身体に痛みや違和感はないが。
確かに目覚めは最悪であったが、無理矢理眠らされて硬い床に転がされれば誰だって夢見は悪くなるものだろう。すぐ不調は治ったし、大したことはない。──筈だ。
覚えていない夢の内容に僅かに引っ掛かりを覚えつつも、自分がここに連れてこられた理由や目の前の男の正体を探るべく会話を試みる。
「ねえ、何が目的なの?ロシェで起きてる誘拐事件はクマールさんのせいだったってこと?」
「んっんー、誘拐されたというのに取り乱したりしないのも高得点です。あの方がご執心する訳です」
ダメだ、噛み合わない。どうしたって成立しない会話に唇を噛む。
いや焦るな、僕にはバイタル計測器がある。きっと今頃は僕の危機を第零と大使室に知らせている筈だ。すぐにでも誰かが助けに来てくれ───
「ああ、そうそう。貴方の腕に嵌っていた無粋なアクセサリーは外させていただきましたよ」
「───ッ」
「あの方はこういった機械類が嫌いでしてねえ。申し訳ないですが破壊しました。これも命令ですので、器物破損と私を訴えるのはご勘弁くださいね」
粉々に粉砕された黒いバイタル計測器だったものが、まるで見せつけるかのように僕の目の前でバラバラと床に放られる。
頼みの綱が破壊された衝撃に、そしてそれの存在を相手が把握していた事実に驚愕する。
「なんで……」
「あの方はなんでも知っているのですよ。貴方が知っていることならね」
計測器の破片を踏み躙りながら僕の目の前にしゃがみ込むクマールさんの目は、どこまでも狂愛に沈んでいた。
自分の行いを一切悪と思っていないその目に狐面を被る自分が映り込む。じっくりと上から下まで眺められ居心地の悪さと悪寒を覚えた。
「いいですねえその顔。きっと喜ばれますよ。あの方は貴方のことが大好きですからねえ」
「……さっきからあの方、あの方って言ってるけど、それ誰なの?アルマリオファミリーとかいうマフィア?」
「アルマリオ?はははっ!面白いこと言いますね!あんなチンピラと一緒にしないでください」
「っ!」
不自由な手で苦心して体を起こす僕の髪を掴んだクマールさんは、笑みを崩さないまま乱暴に髪を引っ張って顔を寄せてきた。狂気に染まった目が間近に迫って息を呑む。
「我々が何者かなんて貴方は知らなくてもいいんですよ。貴方はただ、あの方の愛玩動物として、そして世界を創り直す剣として存在していればいい」
「何を……」
「さて、お話しすぎましたね。そろそろ準備してきます。ここで大人しくしていてくださいね」
パッと手を離して立ち上がった彼は、最後に僕を見下ろしてはニコリと微笑んだ。
同時に彼の後ろの扉が開かれる。するりと滑り込むように入ってきたのは、黒いスーツ姿の3にんのモンスターだった。
「見張りをお願いします」
スーツの襟に留められた、山羊を模したラペルピンが扉を開けた拍子に僅かに入り込んだ月明かりに反射して鈍く輝く。
お揃いのピンを留めた3にんにそう気安く声をかけたクマールさんは、これ見よがしに鍵を指で弄りながら鉄扉が閉まる音と共にこの場を去っていった。
扉が閉まったことで彼が放つ異様な雰囲気が霧散し、少しだけほっとする。
しかし油断はできない。何の準備だか知らないが、クマールさんはまたすぐ戻ってくる。その前になんとかしてこの場から脱出するか、どうにか外部と連絡を取らなくては。
打開策を模索すべく思考を巡らそうとして、クマールさんが僕の監視を命じた3にんがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて僕を眺めているのに気が付く。その視線に寒気を覚えながらも睨み返した。
「……なに?」
「いんやぁ?親善大使なんて偉そうなモン引っ提げた女って聞いてたから、どんな高飛車な女が来るかと思ったら……なんだ、普通に可愛い女じゃねえか。なあ?」
「だよなぁ~。なあなあ、可愛くおねだりしてくれたらボスとか変態親父とかに売られる前に俺が助けてやるぜ?」
「なーにが助けるだよ、適当にヤり捨てるだけだろ」
「その前に、そんなことしたらコイツ諸共殺されんぞお前」
「……」
下卑た笑みに裏切らぬ下卑た言葉。ギャハハ、と品の無い笑い声に内心で唾を吐く。しかしここで反応すれば余計に玩具にされるだけだ。黙っていよう。
そう自分に言い聞かせ、言い返さずに両手首に嵌められた手錠の強度を確かめる。
両手首を細い鎖でつないでいるタイプだ。引っ張ってガチガチと音を鳴らしていると、見張りの内ひとりが僕の顎を掴み上げて強引に上を向かせた。
「それはな、魔力の流れを阻害する魔道具だ。嵌められると魔力が魔法に昇華させられなくなる。アンタは魔法を使うって上から聞いてたんでな、わざわざ用意したんだぜ」
「……なるほど」
さっきから身体強化魔法が発動しない訳だ。試しに紫炎を出そうと魔力を手に集めてみるが、確かに途中で魔力の流れが乱されてい上手く纏まらない。
厄介だな、と目を伏せる。
その様子に僕が遂に心を折られ屈服したと思ったのか、男たちは更に笑いながら頭上で会話を続けた。
「で?実際この後どうなんの?親善大使サマは」
「知らねー。ボスのオンナになるんじゃね?この間ひとり薬漬けになってぶっ壊れてたろ」
「でもこの女あんまボスの趣味じゃねえよなぁ。『魘』に献上するとか?」
「普通にどこぞの変態金持ちの所じゃねえの?いつもみてえにさ」
俯き、静かに会話に耳を傾ける。
誘拐に違法薬物、モンスター売買……平然と語られる犯罪行為の数々とコイツらを取り纏めているボスの存在。そして山羊を模したお揃いのラペルピンからコイツ等の所属は察せられる。
エン、という単語だけが何かを指しているのかは分からないが、大方協力関係にある別の犯罪組織の名であろう。
もしくは───先ほどのクマールさんとの会話を振り返り、その名の正体に検討を付けた僕は「ねえ」と頭上の会話に割り込んだ。
「あ?なんだ?いい加減怖くなっちまった……」
「君たち、アルマリオファミリーだよね。僕の誘拐を命令したのって君らのボスなの?」
「あ゛あ!?」
僕をバカにするような言葉を遮り、親善大使の職務をこなす内に自然に浮かべられるようになった余裕のある笑みを浮かべてみせる。そしてまるで今日の晩御飯の献立を聞くようにのんびりと尋ねれば、彼らは意表を突かれたように僅かに眉を顰めた。
大人しかった獲物が全く現状を憂いていないのに気が付いたか、気に食わないとばかりに声を荒げようとする。───しかしその行動は僕の質問を発端に生まれた疑問によって遮られた。
「……あ?いや、命令じゃねえ。ボスからは……」
「何言ってんだよ、命令に決まってんだろ?じゃなきゃ誘拐だなんて……あ、れ?」
「ちげえって、ボスは親善大使には手ぇ出すなって言ってたろ?だからクマールの野郎から……ボスからの命令だって……あ……?」
「……?」
突然歯切れの悪くなった彼らに首を傾げる。
てっきりアルマリオファミリーとクマールさんが手を組んで、魘っていう組織に僕を引き渡そうとしていたのかと思ったのだが、それにしては様子がおかしい。
「アルマリオファミリーのボスは、僕には手を出すなって言ってたの?なのに誘拐したの?」
「……」
「それって命令違反になるよね?君ら多分クマールさんに騙されてると思うよ。今のこの状況がそのボスに知られたら、だいぶ不味いん……」
「っせぇな!!黙れやクソアマ!」
自分の記憶の混濁に怯えたか、それとも僕が口にした言葉に危機感を覚えたか。ひとりが怒声を上げながら懐から取り出したナイフを僕の眼前に突きつけた。
薄暗闇の中で僅かに光る切っ先に口を閉じれば、ナイフを突きつけた見張りは冷や汗を浮かべながらも口の端を笑みの形に無理矢理上げた。
「うるせえ、うるせえな……いいんだよ、間違ってねえ。これはボスの命令だ、ボスがやれって言ったんだ。だからオレらはクマールが眠らせたお前をここまで運んだんだ、そうだ、それであってる。あってるんだよ、まちがいなく」
「……へえ」
制止するふたりを跳ね除けて、ブツブツと自分の行動を正当化しようとする目の前のモンスター。ガリガリと頭を掻きむしるその様子は明らかに正気じゃない。
そしてその傍らのふたりも、やはり何かに怯えた様に静かに恐慌しているようだった。何かを探すようにぐるぐると彷徨う目に尋常じゃない何かを感じ取る。
精神干渉。ここ1カ月の間に何度も見聞きした単語が脳裏に浮かぶ。
コイツらはきっと何者かによって精神を侵されている。
そしてその何者とは───
「……ふむ」
なれば、僕が現状取れる手段は二つ。
一つはここで大人しくクマールさんが戻るのを待ち、僕自身精神干渉を受けるのを覚悟の上で黒幕へと直接接触する。
そしてもう一つは、
「……ま、現在地を発信できない状況で黒幕に直接接触は危ないよね。なんでか知らないけど僕の事凄い狙ってるみたいだし、そんな場所にノコノコ行ったら何されるか分からない。まずは情報収集かな。……と、いう訳で諸君」
「は?」
口に出すことで今やるべきことが自分の中で明確になる。力が入りやすいよう立ち上がり、威圧の為に浮かべていた親善大使の笑みではなく心の底からの笑顔を浮かべた僕は、淀む目で呆ける彼らに向けて自らの両手を拘束する手錠を掲げて見せて、
「おりゃっ!」
「「「!?!!?」」」
気合一発。思いっきり両手を左右に引っ張れば、バギャッ!と音を立てて鎖がブチ切れた。
モン外の膂力を見せつけられ目を見開き驚愕する彼らの前で更に手首に通された鉄製の輪っかも指で捻じ曲げるようにして壊し、先ほどクマールさんにやられたようにバラバラになった手錠の成れの果てを目の前で床に放る。
「どういうつもりでいらっしゃるのか、僕が直々に聞きに行くからさ、……そのボスの元に連れてってよ」
半分に割られたドーナツのようになった手錠の破片を顔の前でぷらりと揺らす。
こんな細い金属の輪っか壊すのに身体強化なんて掛けるまでも無いのだよ。僕を拘束したかったらぶっとい鉄の塊でも持ってこいや。
僕のパフォーマンスに呆然とする彼らの視線は、ぽいと放られたそれへと向けられる。そして数秒の沈黙の末、視線は再び僕へと戻ってきた。
さっきは散々好き勝手に言ってくれたなこの野郎共。怒りを込めた笑顔で親指を立てて下に向ければ、釣られるように彼らの視線も親指の先───見るも無残に千切れ壊された手錠だったものにまたも向けられ。
「……ね?」
「ハイ喜んでェ!!!」
逆らうようならお前らも同じようにしてやろうか。
そんな言外の脅しは、ちゃんと、しっかり、余すことなく、彼らに伝わったようでした。




