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理解の外側




 軽快な電子音に鼓膜を打たれ意識が浮上する。薄らと目を開ければ、煌々と部屋を照らす光が目に刺さり、思わず呻いた。


「あ゛ー……寝落ちした……」


 ソファーから起き上がる。肩と首を回せば、とてもうら若き女の体から出てはいけない凄まじい音が部屋に響いた。

 

 昨夜の風呂に入った後と何一つ変わってない部屋の様子にため息。ソファーで寝ると睡眠時のデータが取れてないと博士が面倒臭くなるのに。

 やってしまった。憂鬱の気分のまま立ち上がる。


 とりあえず起床時間だと鳴り続けるマギホを拾い上げ、スリープモードに自動移行しているノートマフォコンの電源を落とす。

 そして、その傍に放られた紙片もついでに摘み上げた。


「……」


 昨日、街中で会ったクマールさんからこっそりと渡された紙片には、ロシェ主要街にあるとあるカフェの名前だけが書かれていた。

 素直に考えれば事件のことを話したいからここに来てほしい、ということなのだろうけど……。


「憲兵隊も王国騎士団も全容が掴めてない事件なのに、大商会といえどたかが民間の商会が情報を握ってる、ねえ……」


 そしてその情報を何故か僕に渡そうとしている、と。

 まあ怪しい。出所や信憑性もさることながら、一番はその得た情報を僕に伝える目的が。


 ロシェのことを本当に思うのであれば、僕ではなく憲兵隊や王国騎士団に知らせるのが道理。そうしないということは彼はこの情報を使って僕から得たい何かがあるということで、その何かは彼が大商会に属する商会員であるということを鑑みれば大体予想はできる。

 

 つまり……僕が興味持ちそうな事件の話を引き合いに出して、対価としてバレンタイン事業にうちの商会をもっと関わらせろと要求したい、ということだ。


 商人というのはそういう生き物であるのはここ数日嫌というほど関わったのでよく分かる。興味を引くだけ引いて「これ以上は有料ですよ」とばかりに相場に数割ふっかけた要求をしてくるのだ。この短い期間で何度煮湯を飲まされたことか……。


 きっと名前を使われていることもあって、情報をチラつかせれば交渉に乗ってくる可能性は高いと見ているのだろう。確かに親善大使偽証傷害事件は放っておける問題ではないし、それと無関係とは思えない聖霊隠し事件の話も喉から手が出るほど聞きたい情報だ。

 

 だがしかし、今この状況下においてその思惑は悪手である上にメリットはほとんど無い筈なのだ。

 本当にそういう話なのであれば、僕としては「個モン的な取引はできません」と突っぱねざるを得ない。何故ならばバレンタイン事業に関する各商会への割り振りは組合に一任しており、それに対し僕は口を挟むことはできないからだ。

 多少の口添えはできるかもしれないが、わざわざ組合の機嫌を損ねてまでしたいとは思えない。

 

 そして突っぱねても食い下がるようであれば、組合に困っていると相談するまでである。彼らとて仕切りを任されてるものとしてメンツを潰されたくない。最悪リズウェル商会に事業からの撤退を命じる可能性すらある。


 もっと言うならば、クマールさんが所属するリズウェル商会は取扱項目的にもバレンタイン事業のニーズぴったりだったので割り振った仕事量も多く、支払う補助金も結構なリソースを割いている。


 十分な利益が見込める状況下でわざわざ僕や組合の不況を買いかねない方法で接触するメリットは薄い。大人しく割り振られた範囲内で事業に取り組む方が得策なのに情報を餌に呼び出した理由とは何か。


 もしや、という予感から僕はこの申し出を突っぱねられないでいる。


 つまり今回の接触はリズウェル商会員としてのクマールさんではなく、個モン的、もしくは───


「全く別の立場のクマールさんとしての接触……」


 商会や事業は関係なく、何か別の目的があって僕に接触を図ろうとしているのではないだろうか、ということだ。

 

 しかし別の目的とは……別の立場のクマールさんって何だろう?実は探偵とか情報屋を裏稼業として営んでるとか?

 そこで世界を揺るがすようなとんでもない事実を知ってしまい、国家権力に命を狙われることとなったクマールさんが僕に助力を申し出てきた、なんて話だったり。


「…………いやぁ、無いな」


 確かに話としては面白いけど流石に現実的じゃない。

 悪い顔をした陛下が騎士団長と魔導士団長を侍らせて、逃げ惑うクマールさんを追い詰める光景を思い浮かべては小さく吹き出す。確かに怖いけど、実際問題あの陛下にそんな暇はないだろう。

 っていうか僕もどちらかといえば国家権力寄りだし、僕に相談すれば自ずとその国家権力に話が通される可能性だってあるのだからそれは無いな。

 そもそも国家権力から狙われるような事実ってなんだって話だよ。勇者関係でもあるまいし……。


「────」


 ふと思考に僅かな詰まりを感じて目を瞬かせる。

 待て、最近世界を動かす政治家みたいな生活をしているせいで無意識の話を大きくしてしまっていたが、よくよく考えればそういう話であればクマールさんを狙う者が別に国家権力であるとは限らない。というかそれ以外の方が可能性としてずっと高いんじゃないか?


 何も知ってしまった情報は世界を揺るがすような壮大な事実である必要はない。

 例えば、そう例えばとある大物モンスターの不祥事を抑えてしまったとか……犯罪を犯す集団の犯行現場を目撃したとか、裏取引の現場を押さえてしまったとか。


『お二方、アルマリオファミリーというマフィアはご存じですか?』


「……いや、まさかね」


 胸中を過る嫌な予感に、しかしそれはあまりにも飛躍しすぎだろうと自分自身に苦笑いを浮かべる。

 そもそもそんな危ない組織に命を狙われているのならば、それこそ僕ではなく憲兵隊や王国騎士団・魔導士団を頼るべきだ。

 

 そうでないならばきっとそこまで深刻な話では無いのだろう───昨日の去り際に見た不穏な背中を思い出さないようにしながら、いい加減遅刻すると朝の準備に取り掛かるべくソファーから立ち上がった。






 

「あ」


「ラウちゃん!おはようございますぅ」


「はよ」


 地下から地上1階へと上がったエレベーターにて。

 一足先に秋が到来したヴィオレットに相応しいアウターを羽織る出勤前のロイドとミモザとばったり出くわした。


「おはよう。ねえちょっといい?」


 丁度良かったとエレベーターを出た僕はふたりをエントランスの隅へと呼びつけ、コソコソと顔を寄せる。


「悪いんだけどさ、昨日僕ソファーで寝落ちしちゃったから睡眠データ取れてないと思うんだよね。博士に言っておいてくれない?」


「嫌だよ。自分で言えよ」


「いやね、言おうと思って研究室寄ったんだけど、実験室で博士が奇声あげててエイデルがそれにブチ切れててカオスだったから何も言わず出てきた」


「わぁ……出勤前に得たくない職場情報ですぅ……」


 すんごかったよ、余りにもカオスすぎて思わず一歩も入らず扉閉じたもん。朝からアレに突っ込んでいく勇気は僕にはありませんでした。

 しかしデータが取れていないことをあらかじめ言っておかないと、あのノンデリ義理父「計測が出来てない!?なんてこったベッド壊れてる!?」って僕の部屋に突撃するんだよ。困るぜマジで。僕が思春期だったら間違いなくグレてるね。


 朝からげんなりするふたりに頑張れ☆とウインク&サムズアップし伝言と彼らの職場のリアルタイム状況を託す。

 きっと彼らの朝一の仕事は発狂する博士を鎮めるのと、博士を噛み殺そうとするエイデルを宥めることから始まるだろう……おいたわしいね。


 慈悲のこもった目で同情していると、早くも帰りたそうな顔をしていたロイドが僕の格好を見て何かに気づいたように首を傾げた。

 

「今日もロシェか?」


「うん。全く、ヴィオレットと気温差激しすぎて体調崩しそうだよ……」


 ふたりとは反対に夏用のおもてなし本部の制服を纏う僕は、きっと肌寒いヴィオレットにおいてかなり目立っているであろう。しかしロシェは本日も真夏日に近い気温と朝のニュースで言っていたのでこの格好が最適解なのだ。決して年中半袖を地で行く風の子という訳では無い。


 まあ寒さは感じにくい体なのでこれでヴィオレットを歩いてもまだ平気なのが不幸中の幸いか。

 モンスターじゃなかったら気温差にやられて間違いなく風邪を引いていただろうね。病弱儚い系女子だからさ僕ってば……ニンゲンだったころを合わせてもここ数年風邪引いた記憶ないけど。


「気を付けてくださいねぇ。あ、もし早く戻ってこれそうなら夜ご飯行きませんかぁ?」


「行きたい!今日は多分早く終わ……あ」

 

 ニコニコと今日も可愛らしいミモザのお誘いにデレデレしながら応じようとし、そこではた、と今日は夕方クマールさんとの約束を思い出した。

 待ち合わせ先はカフェなので多分一緒に晩御飯もとはならないだろうが、話の内容によっては長引く可能性がある。何時に帰れるか読めない状況だ。

 

 そもそもそんな怪しげなお誘いを受けてることを伝えておくべきか?なにせ待ち合わせ場所は今一番治安が怪しいロシェな訳だし。

 まあSPが今日も一部の隙も無く張り付くだろうから襲われる心配は無いだろうけど……いやでもなぁ。


「あららぁ?もう予定有りましたぁ?」


「あーいや、ちょっと……」


 余計な心配を掛けてしまうかもという葛藤と、万が一何かあった時の為の保険は掛けておくべきではという合理的な思考を天秤にかける。

 しばらく悩んだ末、結局僕は今日の夕方にクマールさんから事件の話を聞くことになっているとふたりに伝えた。

 するとふたりもやはり怪しいと感じたのか、顔を見合わせては考え込むように顎に手を当てた。


「……俺ついていこうか?」


「いやいや、それは平気だよ。今日午後なんか大事な会議あるんでしょ?SPさんもついてるから大丈夫。ちゃんと計測器も付けてるし」


 左の二の腕につけたバイタル計測器をシャツの上からコンコン叩く。僕のバイタルをリアルタイムで計測し、危険が迫れば救難信号を第零研究室と大使室のユリナに発信する僕の命の綱だ。

 何かあればこれで救難信号を送るから大丈夫だと頷けば、彼らは未だ心配そうではあったが一応の納得を見せた。


「……あ、やば!僕もう行かなきゃ。もし早く終わったら連絡する!」


 SPよりエントランス前に車が到着したとメッセージが届く。

 じゃあね、とふたりに見送られながら僕はエントランスを飛び出した。



 







「…………すっげえ心配なんだけど」


「フラグみたいでしたねぇ……」


 トラブル巻き込まれ体質気味である親善大使を良く知るふたりの懸念が現実のものになるかどうかは、聖霊よりも上位存在である神のみぞ知る───……




 



◆






 まさか自分を良く知るモンスター達にフラグ建築士と思われてるとは露にも思わない僕は、今日も元気に商人たちに揉まれ、ファンに取り囲まれ、威圧感たっぷりなSPに張り付かれ辟易としながらも無事に仕事をこなした。


 そして来る約束の時間。ロシェ主要街のバザール通りから二本外れた小さな通りにひっそりと佇むカフェに辿り着いた僕は、恐る恐る扉を押し開けた。


「ラウ大使殿」


「すみません、遅くなってしまって」


 カウンターに席が数個、そして薄い布で区切られた半個室が数席あるだけの小さなカフェだ。

 夕方ということもあってか店内にモンスターの姿はほとんどない……いや、ほとんどどころか一組しか席についていない。

 

 一番奥の半個室席からひょっこり顔を覗かせたクマールさんへと頭を下げながら歩み寄る。しかし彼は憤るどころか柔和な笑みで出迎えてくれた。


「いえ、こちらこそお忙しいのにお時間取らせて申し訳ない。……本当におひとりで?」


「すみません、ひとりで来ることは流石にできなくて。ひとりだけ護衛を連れてますが、離れて待機してもらっています」


 出入り口付近でこちらを見守るように立っているスーツ姿の護衛をちらりと視線で示す。だが狭い店内と言えどもここまで離れていればそうそう会話は聞こえないだろうと言えば、クマールさんは「そうですか」とほっとしたように胸を撫で下ろした。

 本当は外にも数名待機してもらっているが……まあそこまで伝えて警戒させる必要はないだろう。


「……クマールさん、その子は……?」


 どうぞ、と指し示された対面のソファー席に掛けようとして、ようやくそこでクマールさんの隣の小さな影に気がつく。

 身なりの良さそうなワンピースの少女だ。ウェルデゴンドラ協会のドルニカ協会長の息子さんよりかは僅かに歳上に見えるが、まだまだ子供といっても差し支えない見た目をしている。どうしてこんな所に?


 疑問をクマールさんへ呈す。すると彼は沈痛そうに声を暗くした。


「彼女は私がお世話になったとある商会の、頭取のひとり娘です。……元々は活発な性格でお喋りも大好きな子だったのですが、数日前から突然このように半分意識がないような状態になっています」


「……まさか」


 少女は目の前に出された飲み物にも手をつけずじっと押し黙っている。

 よくよく見ればその目は虚で、まるで生気を感じさせない。人形のような感情の浮かばない表情に息を呑む。

 

 

 『誘拐される数日前から少し様子がおかしくなるようなんです』

 

 『夢現というか、ぼんやりして心ここにあらずな状態になるというか』


 『そしてその後……忽然と姿を消してしまうそうなのです』


 

 今目の前にいるモンスターつい先日口にした、ロシェで頻発している聖霊隠し事件が発生する前の被害者の状況。

 それにまさしく該当する目の前の少女の様子に色めき立つ。


「ええ、そのまさかです。……貴方方にお話しした直後に、身内から出るとは思ってはいませんでした。なんてタイミングでしょうね」

 

 彼女をこの場へと連れ出したクマールさんは込み上げてくる感情を抑え込みように瞑目し───そして商談でもするかのように、この場にそぐわない笑顔を浮かべた。

 

「お願いがあります。……この方をおもてなし本部で匿って下さいませんか。貴方方の手で聖霊隠しから守ってほしいんです」


 





 クマールさんが連れてきた少女、ニイナちゃんは、クマールさんがリズウェル商会に所属する前にお世話になったとある商会の頭取のひとり娘だという。


 大恩のある頭取の大切な娘であり、クマールさん自身昔から親交のあるニイナちゃん。

 そんなクマールさんにとって大事な存在である彼女が、ここ最近ロシェで頻発している聖霊隠し事件の被害者になる可能性がある。

 それを未然に防ぎ、彼女を守ってほしい───それが彼が僕をここに呼び出した目的だった。


「いや、ですが……何故僕らおもてなし本部なんですか?まずは憲兵隊へと相談するべきでしょう?憲兵隊に保護してもらった方が確実では」


「……ええ、勿論そうです。しかし『頭取の娘が憲兵隊に保護されている』という事実だけで悪い尾ひれがつくのが商売の世界ですから」


 疑問と不審が顔に出ていたのだろう。相も変わらず声のトーンこそ低いものの口角は上がっているというあべこべな様子でクマールさんは言葉を続けた。

 

「例えそれが本当に事件から身を守るための保護だとしても、商売敵にその事実が伝われば悪く捉えられるよう情報をねじ曲げられてしまう。そうなればニイナさんの評判に瑕疵がつくのは容易に想像できることです。……ニイナさんは嫁入り前のひとり娘ですから」


「……」


 なんとも醜い裏側の事情に、無意識のうちに眉根が寄る。

 言わんとすることは分かる。確かに大商会の娘ともなればその嫁入りも商会の将来に関わる重要な要素となるだろう。商会にとって利益のある所へ嫁がせ、得た繋がりからより大きな利益を産む。

 その為にある意味商品である娘には傷一つ、悪い噂一つ立たせるわけにはいかない。


 しかし商売敵は同業の足を引っ張る為に、スキャンダルを求めて彼女の周りを嗅ぎ回っている。

 そんな中でニイナちゃんが憲兵隊に保護されたという事実を知れば、これ幸いと彼女を傷物にし結婚等出来なくする為事実を捻じ曲げて風評を流すだろうということだ。


 憲兵に補導される非行少女と後ろ指を指されるくらいならまだいいが、犯罪に巻き込まれ薬物中毒者となったと言われたり、最悪の場合女性の尊厳そのものを疑われるような噂を流される可能性すらある。


 しかし、だからといって行方不明になるかもしれない娘がいるのに、都市の保安を守る憲兵隊に助けを求めないのはいかがなものなのか。娘の安否よりも娘の商品価値の方が大事だとでもいうのだろうか。


 納得がいかない。深まる不審感を隠そうとしない僕の心を解そうとばかりに静かな声がテーブルの上に落ちた。


「憲兵隊を頼りたくない理由はもう一つあります。今の憲兵隊はロシェ領主の影響か、かなり過激な取り調べを行うと言われているんです。令嬢として育てられたニイナさんはとても耐えられないでしょう。仮に保護されて聖霊隠しを免れたとて、心を壊してしまったら……」


「け、憲兵隊が!?」


「ご存じありませんでしたか?今のロシェ領主は元々商売の世界では『粛清王』なんて影で呼ばれる程過激な手段を用いることで有名だったんです。そんな彼が自らの私兵と言っても差し支えない憲兵隊をどう扱うかなど、考えるまでも無いでしょう?」


 そんな話は聞いたことがない。僕はカルベンの教皇領主様の時の反省を踏まえて、今回の事業を提案するにあたりロシェ領主様のことはよく調べてきた。

 確かに完全クリーンな性格では無いだろうが、しかしそんな仇名がつくような真似をした記録は一切無かった筈だ。実際に会った感触も部下には厳しい面もあったものの、きちんとした評価も下せる立派な領主であると思っていたのだが。


「商人には商人ならではのネットワークというものがあります。公式記録に残せないようなものも、商人の世界に身を投じていれば内内で出回るものなのですよ」


「……そうですか」


 思考を読んだかのように先回りして情報の出所を告げられれば反論などできようもない。腑に落ちないながらも頷けば、彼は輝くような笑顔でずいっと顔を寄せてきた。


「ですから貴方方なのです。憲兵隊ではどうしてもマイナスなイメージが付きますが、おもてなし本部ならいくらでも言い訳のしようはある。社会勉強だとか言えばそれっぽいでしょう?それに王国騎士団や王国魔導士団の団員も所属しているので防衛力も申し分ない。ニイナさんが身を寄せるならばおもてなし本部が一番都合が良いのです」


「まあ、理屈は分かりますけど……」


 なんとなくうすら寒い何かを感じ、無意識の内に二の腕を摩りながらクマールさんから目を逸らす。


「……でも、やっぱりおもてなし本部での保護は違う気がします。僕の一存で決められる事でもないですし……勿論力にはなりたいと思っていますが。……その理由なら騎士団や魔導士団でも問題ないのではないですか?特に騎士団は事件の捜査を憲兵隊と共に行ってるようですし、もし伝手が無いという話なら僕から話を通すことも」


「それでは都合が悪いのですよ。おもてなし本部でなくてはならない」


 すぐに頷くのは憚られ、言い訳のように相応しくない理由を口にするも笑顔で遮られる。声は必死さが滲んでいるのに、どこまでも表情が付いていっていない。あまりにもあべこべで、気味が悪くなってくる。


 なんだか変だ。クマールさんってこんな変な笑い方するモンスターだったっけ?

 いや彼の本性を知ったのはつい先日のことであり、本当の彼をよく知ってるとは到底言えない関係値ではあるのだけど……なんというか顔だけ同じな別モンスターと話している気分というか、話が噛み合っているようで噛み合っていない気がするというか……いや違う、



 このモンスター、僕と話してるのに僕のこと全然見ていない気が───


 

「……はい?シナリオを変える?ここでですか?」


「え?」


 警笛を鳴らす本能に、背中を這うぞわぞわとした悪寒に、目の前のモンスターから感じる不審と疑惑の言語化に苦心していると、突如クマールさんは素っ頓狂な声を上げた。


 驚いて顔を上げれば一応は僕の目を見ていたクマールさんの目は今や虚空に向けられており、その口はため息をつきながら矢継ぎ早に誰かへと不満を垂れ流し始めた。

 

「飽きたですって?はああ~~……本当に貴女はなんて飽きっぽい……即効性を求めようとする癖お止めなさいと何度言えばわかるのです?いくら私が貴女に逆らえないからと言ってそんなわがままがいつも通るとでも……ええ、ええ、十分に理解しておりますとも。私たちは等しく貴女の僕であり手足であり餌を調達するための羽根であります!しかしですね私や七番がこの展開に持っていくためにどれだけ苦心したか少しは理解しようとしてくれませんか?七番は絶対に言わないでしょうから私が代わりに言いますがね貴女は全てを知っているが故に傲慢が過ぎます!私は平和主義ですし役立たずの七番と言えどもこう見えて私は可愛がっているので彼の分も不満を口にしますよええ、ええ、そうですとも!例え貴女の機嫌を損ねて羽根をもがれようとあの至高の蜜を頂けなくなったとしてもそれが貴女の為になるのならば苦しみも抑えて私は具申し続けますそうです貴女は下々のことを少しは慮るべきなのですそれでこそ指導者のあるべき姿なのですから大体貴女は」



 ───ゾッと、背筋が凍った。



 訳が分からない事を吐き出し続ける彼の表情は、大事に作り上げられた作品を壊された時のような怒りに歪んでいながら、どこか喜びのような……恍惚と、己が讃えている何かへの妄信と狂愛に満ち溢れていた。


 小言を口にしながらも、その何かを敬愛していると目線で、声色で、表情で、身振り手振りで表す目の前のモンスター。

 先程までのあべこべさなど微塵もない、一貫した愛を捧げるその様子はまさに狂信者とでもいうべき様相だ。


 だが、彼が見えない何かへと捧げるそれは、愛と呼ぶには余りにも───気持ち悪い。


「……っ」


 敬愛、忠誠、崇拝。そんな言葉では到底取り繕えない狂った感情の発露。

 ヘドロのように粘り、汚泥のように纏わりつくその声に、言葉に本能が逃げろと叫ぶ。

 振り切った狂愛をまるで劇のクライマックスシーンの如く叫ぶ彼に、知らず体が震え始める。

 理解できないものを目の前にした恐怖で舌が強張る。


 今まで生きてきて一度も触れたことのない感情。それが表面化した男の顔は、いっそおぞましさすら感じた。


 一瞬で様変わりした会話相手に恐怖を覚え、狭い半個室の席だというのにできるだけ距離を取るべく腰を浮かせる。

 尋常じゃない気配を感じ取ったか、護衛が静かに立ち上がった気配を感じた。


「く、クマールさん……?一体、何を」

 

 僕などそっちのけで、姿の見えない何かへと捲し立てるクマールさんへと意を決して恐る恐る声を掛ける。


 するとクマールさんは、あれほどとめどなく垂れ流していた言葉をピタリと止め、そしてあの柔和な笑みを取り繕うように浮かべた。


「ああそうでしたね。少々手間ですが仕方がありません。貴女がそう仰るのならば夢の僕である私は従うまで、幸い手足も近くで待機していますし何とかなるでしょう」


「クマールさん?あの、さっきから何を」


「8番」


 僕の言葉を遮り、何かを口にするクマールさん。するとその呼びかけに応えるかのように、彼の傍らでピクリとも動かなかったニイナちゃんが静かに顔を上げた。



 色素の薄い水色の瞳と目が合う。───その瞳の中に、怪しく光る金色が見えた。



「あ、」


 それを認識すると同時に、まるで時間が止まったように体が動かなくなった。



「───ッ!!ラウ大使っ!逃げ」


「おやおや。お静かに願います。ショーの最中は私語厳禁ですよ」

 



 急速に視界の端が歪み始め、少し遅れて色が失われていく。


 ザーザーとノイズが走る中で手を叩く音が聞こえる。


 背後で何かが倒れた。


 体を支える足に力が入らない。手が、腕が、持ち上がらない。


 頬に触れる固い感触。テーブルの木目が、歪んで、白と黒に、混ざって。





「さあて、仕方がない貴女の元へ貴女の夢を献上しに参りましょうか。はてさて、全くこれからどうするつもりなのやら……ほら、行きますよ8番」

 



 灰色のスポットライトの下で、クマールさんと、ニいな、ちゃん、が、ぼくを、みおろして、いて




「────」




 

 ミモザに、ご飯行けなくなったって、言わなきゃ。


 

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