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ラウ親善大使、筋肉に囲まれる


 夢現の意識の中、僕に成りすまして犯罪を犯す者。

 あるいは忽然と姿を消してしまう者。

 カルベンで発生したブライテッドによる襲撃事件との関連性───。


 情報が集まる度に分からなくなる状況に、流石に気になりすぎて自らがやらなくてはいけない事にも手が付かなくなって数日。

 僕は身近で一番この件に詳しそうなモンスターに話を聞いていた。



「……と、いう訳で騎士団が把握してること教えてほしいんだけど」


「ううむ、ロシェでの事件なぁ……確かに騎士団でも憲兵隊と魔導士団と連携して調査に当たっているでござるが……」


 両手で握った棒をゆっくりと上へと押し上げる。腕と肩に掛かる負荷を意識しながら、腹に力を込める。

 その動作を繰り返す最中、隣で同じように寝そべって腕を上げ下げしているアジェルをちらと見遣った。


「なんでアルマリオファミリーってギャング?マフィア?が関与してるって分かったの?」


「別に何か証拠があった訳では無いでござる。というか逆に行方不明者に関しては何の証拠もなく、お手上げ状態というのが正直なところでござるな。ただまあ……複数回タレコミがあってな」


「タレコミ?」


「うむ。行方不明者が最後に居た場所で、山羊を模したエンブレムバッジを付けたモンスターが慌てて立ち去る姿を目撃したと」


 聞けばアルマリオファミリーのボスは山羊の獣人らしく、構成員は皆山羊をあしらったバッジをつけているらしい。

 裏組織という割には顕示欲が強いのだな。そんな堂々と日陰者アピールをしていたらすぐ憲兵隊に職質されてしまいそうなものだけど。

 にしても、


「目撃者ねえ……」


 慌てて立ち去るということは、まず間違いなく後ろ指刺されることをしていたということなのだろう。

 しかしその目撃証言ってのもどこまで信用できるのだろうか。余りにもタイミングが良すぎるし、それに誘拐なんて大それたことするのに、犯行現場を目撃されるようなミスを何度もするものか?という疑念が生まれる。

 

 クマールさんとロイドが言うには、そのアルマリオファミリーというのは世界中に股を掛ける大組織で、犯罪でも薬でも何でも扱う反社会組織だという。そんな犯罪に慣れた組織がそんなしょっぱいミスするかなぁ?

 

 まあ証拠が全くないということだから、騎士団も正直怪しいと思いつつ藁にも縋る想いでそのタレコミに縋っているのだろうけど。


 そしてそんなタレコミを信じて、騎士団はそのアルマリオファミリー?の内部調査を行おうとしているらしいが、まあ反社会勢力がそんなハイハイと大人しく頷く訳もなく。

 交渉を含めた事件の調査は平行線を辿っているのだそうだ。

 

 上げた腕を引き戻す。17、と頭の中のカウントを進めて再び腕を押し上げようと力を込め……そこで僕らの会話を黙って聞いていたロイドが「……なあ」と控えめに、というか少々引いたような顔で口を挟んできた。


「……なんでそんな馬鹿デカいバーベル持ちながら平然と会話できんの?」


「今日は筋肥大トレーニングじゃなくて筋持久力トレーニングだから負荷は軽い方だよ」


「違う。そうじゃない」


 第零研究室用訓練室の一角に作られた様々な筋トレ用器具が並ぶトレーニングスペース。

 その床に胡坐をかいて僕らのトレーニング風景を観察していたロイドが首を振った。

 

 はて、何かおかしい点でもあるかね?隣で同じくベンチプレスに励むアジェルと顔を見合わせる。


「これ何キロ?」


「僕は70キロ。アジェルは?」


「120キロでござる」


「怖い……」


 そう言いますけどね、もう素の筋力が強すぎて20キロ30キロのバーベルじゃ何のトレーニングにもならないんだよ。このくらい無いと筋肉が喜ばないんです。

 ニンゲンだった頃は筋トレとか正直そこまで興味なかったが、この素晴らしい身体能力を発揮する体になってからは肉体改造が楽しくて仕方がない。訓練日の度にアジェルと筋トレに励む今日この頃だ。

 

 僕のこの美しい腹筋見せたろか?斜腹筋のラインが芸術的だろ?ん?

 ドヤ顔でロイドに纏わり付いたらすごく嫌そうな顔された。傷つくからその顔やめましょうね。


 っていうかそう言う君は君でちょっと素の身体能力低すぎるよ。さっき5キロのダンベルで二の腕筋肉痛になってたじゃん。もう少し筋トレした方がいいと思う。

 

「やはり最後には筋肉がモノを言うのでござるよ」


「その通り。筋肉は全てを解決する」


「この脳筋どもめ」


 並んでドヤッとポーズを取る僕とアジェルにぺっと吐き捨てるロイド。

 といいつつ、やっぱりちょっと気になるのか視線はチラチラ僕が持ち上げていたバーベルに向けられている。男の子ですね……さっき5キロも持ち上げられてなかったけどね……。

 生暖かい目で挑戦するか否か悩む兄を見守る。


「まあ結局、騎士団側も現状大して捜査が進んでないってことか」


「情けないことでござるがその通りでござる。行方不明前に保護できた被害者や、お主の名を騙って犯罪を起こした者からごくごく僅かに検出された精神干渉の痕跡から干渉者の特定も試みているが、今の所進展は無いでござるな……余りにも痕跡が薄すぎる」


 初めて見る玩具に警戒する猫みたいにそろそろとバーベルに近付くロイドをふたりで眺めながら事件について語る。

 

 本来捜査に参加していない僕に情報を聞かせるのは守秘義務上よろしくは無いだろうが、一応僕も名を勝手に使われている被害者ではあるので他言無用という約束の下聞かせてもらっている。

 とはいえ、収穫は無いに等しいけれど。


「ともかく、目的も手段も判明していない状況でござる。ロシェでは決してひとりで裏路地に入ったりしないように。護衛を撒いたりするんじゃないでござるよ。まあロイドが護衛なら心配は無いだろうが」


「今日から護衛は俺じゃないぞ」


「え?」


 護衛を撒くって。陛下じゃあるまいしそんなことしません。

 アジェルの僕に対する評価にむくれていると、この短い時間に何があったのか涙目で悶えるロイドが息も絶え絶えにアジェルの言葉を訂正した。

 どうやら70キロバーベルに敗北したらしい。雑魚の腰を撫でてやりながら、こっくり頷く。


「今日からSPが付くことになったの。騎士団とか魔導士団からモン員出してもらうのは申し訳ないからって突っぱね続けてたらユリナが強行突破して……」

 

 思わずため息。陛下にまで先に認可取られたら流石にあらがうことはできない。

 一応僕の意を汲んで、顧客の情報は絶対に漏らさないという信頼と業界一の警備力を謳う民間警備会社を選出したらしいが、そうは言っても僕の正体を明かしている訳では無いので気が抜けないのには変わりはない。


 ロイドやアジェルが護衛ならモンスター目がない個室とか移動中の車中で「ちょっと休憩~」と狐面取ることも出来たが、新しいSP達の前で取ろうものならニンゲンが現れたと大騒ぎになるのは必至だろう。


「親善大使も大変だな……」


「全くだよ」


 ユリナにはしてやられたよ……いやまあ僕の身を案じた故なので恨みなんてあろう筈も無いのだけども。

 でもなあSPかあ……いよいよ自分がとんでもない立場のモンスターであると言わしめられてる気になって仕方がない。

 バーベルよりも重くなった気持ちにどんより肩を落とす。すると不意にコンコンと訓練室のドアがノックされた。


「?ミモザかな?はー……」


 第零研究室フロアは、基本的に第零研究室関係者と僕の指南役であるアジェルくらいしか入ってこない。ということは来訪者は今ここにいない博士かミモザか。博士はさっき研究室覗いた時になんか実験室で狂喜乱舞してたのを見たので、恐らくミモザだろう。


 でもなんでわざわざノック?と訝し気に首を傾げながら扉を開け───

 

「い?」

 

「親善大使殿。お迎えに上がりました」


 予想の数倍厳めしい顔が眼前にぬっと現れた。


「お、う、ぇぇ……?」

 

 ズラリと扉の向こうで整列するのはスーツ姿の強面達。大柄なアジェルすら凌駕する巨体が視界を埋め尽くす。思わぬ筋肉密度に足がたじ、と一歩後ろに下がった。


 ど、どちらさまぁ……?今回は本当に全く覚えがないんですけどぉ……。


 ハッ!いや待て、今お迎えって言ったか?僕を?ということはまさかこのマッチョ達の正体は……!

 

「今日からラウちゃんの護衛を務める方々ですよぉ。お迎えに来てくれたのでお通ししましたぁ」

 

 戦慄する僕の思考に解を出したのは、整列マッチョの背後からひょこっと萌葱色の髪を揺らして顔を覗かせたミモザだった。にぱっと陽だまりのような笑顔を浮かべたミモザの言葉に口が引き攣る。


 い、いやいや流石にこれはやりすぎというか、どっちかっていうと護衛というか誘拐されそうな絵面なんですけど……。これ引き連れて歩くの?マジ?


 助けを求めるべくバッと後ろを振り返るも、頼みの綱のロイドはサッと顔を逸らして他モン面。アジェルに至ってはミモザの笑顔にやられたのか鼻血を出して昇天していた。役に立たねえ!


 逃げ道を探す僕の肩にずっしりとした重みが乗る。まるで諦めろと言わんばかりに力が籠められ思わず「ヒッ」と喉からか細い悲鳴が漏れた。


「さあ参りましょう。今日は13時よりロシェ商工組合との会議とユリナ筆頭補佐官より伺っております。お支度を」


「ひぇぇ」

 

 哀れ、僕は有無を言わせぬ厳めしい顔に囲まれ、鼻血と満面の笑みと黙祷に見送られながら仕事へと連行されるのであった───……。



 

 と、とりあえず、皆さんバーベル何キロ持てるんですかぁ……?

 

 








 ◆









「きゃあ!!出てきた!」


「ラウ親善大使ー!こっち向いてー!」


「この間のバラエティー見ました!ファンです!」


「ラウちゃーん!」


 ロシェ商工組合での打ち合わせを終わらせ、大理石の建物を後にした僕を出迎えたのは大勢のモンスターであった。

 口々に感想を叫び、歓声を上げる彼らは、この一か月で爆発的に増えたラウ親善大使のファン達だ。嬉しいことに追っかけまでいるらしく、その熱量は日に日に増しているように見える。


 こうして政策事業に打ち込んでいる姿を見せるのも親善大使の仕事の一部。認識阻害ローブを纏わずにおもてなし本部制服姿でモンスターだかりの前に出る。

 新たに護衛についた屈強なSP達が押し寄せる波を押し留め、確保された道を進む。微笑みを浮かべ、背筋を伸ばし、悠々と見えるよう心掛けながら手を振ることも忘れない。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 公用車のドアがSPによって開かれる。しゃなり、なんて効果音が消えてきそうな程に楚々とした動作で車内に乗り込めば、車はすぐに滑るように発進した。


 座席の背もたれに体重を掛け一息。

 ふふ、僕も有名になったものだ。外を歩けばファンに取り囲まれるなんて少し前までは想像もしてなかった。数カ月前までは売国奴なんて言われていたのにね……メディアの力は偉大だ。


 しかしファンがつくというのは気恥ずかしいが嬉しいものでもある。応援してくれるモンスターが居ると考えれば仕事にも張りが出てくるというもの。無様な姿は見せられない。


 そう。ラウ親善大使はいつだって余裕のある微笑みを浮かべて、優雅に、気さくであるべきだ。その為にも常に気を抜かずに、しかし心穏やかに───


「できるかぁ……っ!!!」


 筋肉に挟まれ窮屈な車内で手で顔を覆う。なんだこれは監獄か!?精神的休憩時間が一切無いじゃないか!

 仕事中は油断ならない商会員相手に交渉に当たり、外じゃファンに囲まれ完璧な親善大使を演じ、移動中はSPに監視され……くそぉ、覚悟していたとはいえやっぱりキツイ、キツイよぉ……!


「どうされましたか?親善大使」


「い、いいええ。なんでも」


 厳めしいながらも心配そうに僕を伺う筋肉護衛さん。まさか貴方方のせいで心が死にそうですなんて言える訳も無いので、へらりと引き攣り笑いで誤魔化す。

 あああカムバックロイド。この際鼻血出してるアジェルでも構わない。とりあえず僕の素顔と本性知ってるモンスターと護衛チェンジ頼む。

 居なくなったことで彼らのありがたみが非常に身に染みる。のびのび仕事できる環境って素晴らしかったんだ……いつもありがとうみんな。ロイドいつも喧嘩売ってごめん。明日から優しくするから戻ってきて……。

 

「…………ん?」


 いつか耐えきれずに護衛を振り切ってしまいそうな自分を早くも感じ取りながらふと窓の外へと視線を投げる。何とは無しの行動だったが、僕の目は街行くモンスターの中に見慣れた顔を捉えた。


「あの、すみません。ちょっとここで待っててくれませんか?」


「はい?何かありましたか?」


「その……仕事関係のモンスターを見つけまして」


 丁度信号待ちで車が止まったことを良いことに、運転手へと待機をお願いする。ミラー越しに僕を振り返ったSPのリーダーさんは少し逡巡するようなそぶりを見せたものの、頷いてハンドルを切って車を路肩に寄せてくれた。


 お礼を口にしながら認識阻害ローブを被りドアを開ける。当然のようについてくる護衛にもはや何も言うまいと言葉を飲み込み、そのまま来た道を足早に戻った。


「クマールさん!」


「……ラウ大使殿。まさか本当に気付いて戻ってきてくださるとは思っていませんでした」


 モンスターの間を縫い、騒がしい通りの中から見知った顔を見つけ出す。黒い羽根を背から生やすデーモンの男は、驚きと苦さを綯い交ぜにした複雑な表情で僕を迎えた。


「あんな顔見たら心配になりますよ。何かあったんですか?」


 車窓から見つけたクマールさんは、あのハイテンションな司会者と同じモンスターとは思えないほど暗い表情で僕の乗る車を見つめていたのだ。知り合いがそんな顔をしているのを見ればそりゃ心配にもなるだろう。


 どうしたのかと問えばクマールさんは困ったように小さく笑い、そしてチラリと僕の後ろに立つ屈強な護衛を見上げた。

 どうやら他モンスターが居ると話し辛い話題らしい。しかし生憎僕もこの後別の仕事がありロシェを発つ予定なので、場所を移してお話でも、と時間を取ることもできない。


 そんな葛藤を僕の表情から汲み取ったか、彼は握手でもするかのように手を握ってきた。


「……大変申し訳ないのですが、明日か明後日にお時間取ってもらうことはできますか?相談したいことが有りまして……私の力じゃどうしようもなく……」


「……?明日の夕方でしたら大丈夫ですが」


「ありがとうございます。……可能ならおひとりで来ていただけますか?例の事件の事なんです」


「っ」

 

 護衛に聞こえないよう、声を落としたクマールさんの言葉に息を呑む。僕の反応に微笑んだ彼は、護衛に咎められる前にさっと体を離し「ではまた」と踵を返した。


「……クマールさん……?」

 

 いつの間にか右手に握らされていた紙片に目を落とし、そして改めて去っていったクマールさんを見つめる。

 

 離れていくクマールさんの背中からは、胸をざわつかせるような不穏な空気が漂っている気がして───氷でも入れられたかのように、背筋が栗立つのを感じた。

 


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