「俺はラウ親善大使だーっ!」
親善大使、訪問先で傷害・器物破損容疑で拘束される───
「いやいや待て待て!親善大使ここにいる!悪いことしてない!マジで!」
「博士と陛下への恨み辛みからの犯行か……?なんてこった、無関係なモンスターまで巻き込むなんて見損なったぞラウ……」
「んな訳無いでしょうが!!ヴィオレットからここまでずっと一緒だったんだから僕じゃないって分かってるでしょ!」
口を手で覆い、悲壮感たっぷりに顔を逸らすロイドの胸ぐらを掴んで揺らす。
その犯罪者をよく知る同級生から話を伺いましたみたいな顔やめろ!!「そんなことする子じゃ無いと思ってたのに……」じゃないんだよ白々しいな!僕の無実はアンタが一番よく知ってるはずなんだよ!
「はっ!そ、そうだ、その親善大使っておもてなし本部所属の親善大使じゃなくて別の親善大使だったりしませんか!?」
「いえ!ハッキリと『俺はラウ親善大使だーっ!』って叫んでました!」
「紛うことなく僕の偽物ぉ!!」
俺て!!せめて一人称くらいは頑張ってくれよ!よくもまあその程度の解像度で偽物やろうと思ったな!速攻バレるだろ!
「ど、どういたしましょうか。親善大使を名乗るものは現在徒党を組んで主要街のバザールを荒らしており、憲兵隊から都市庁舎に応援要請が……って、あれ……?ま、まさか」
最悪性別すら違いそうな低クオリティーの偽物の登場に動揺を隠せないでいると、ようやく親善大使大暴れの報を持ってきた都市庁舎職員が今日の来客の正体に気付き始めた。みるみる青ざめていく顔に引き攣り笑顔で会釈する。
そしてそれとほぼ同時に、それまで黙っていた領主様が領主邸の屋根が吹っ飛ぶ勢いで吠えた。
「馬鹿者がーーーッ!!貴様、我の客が何者かも確認せんで乱入してきたのかー!!」
「ヒイイイイッ!も、申し訳ございませんんんっ!」
「親善大使は1時間以上前からここに居たわァ!!何でもいいからさっさとその偽物とっ捕まえて牢屋にぶち込めェ!!」
「かしこまりましたぁぁ!!」
チンピラもかくやなお顔でキレる領主様に、職員は半泣きになりながら退室する。
ま、まあ確かに来客がいる場で「来客が暴れています!」って大声で叫ぶのはよくないよねぇ。ちょっと失礼どころか犯罪者呼ばわりだもんね。そりゃキレるわ……。あまりにも僕の偽物のクオリティーが低すぎて正直ノーダメージだけど。
「はあ……すまない親善大使。優秀なやつなのだが、ここ最近少しぼんやりしているようでな……」
「い、いいええ……お気になさらず……」
どちらかというと貴方の気迫の方が恐ろしかったです……。
疲れた様にため息をつき、ソファーにどさりと座り直した領主様に、びびって掴んだままだったロイドの胸倉をきゅっと絞めてしまう。ロイドが「う゛」と小さく呻いた。
「ええっと……それでその、先程の方がまたと仰ってましたがもしかして僕の偽物って頻繁に出没していたり……?」
「……ああ。先月くらいから、貴君の名を騙って小犯罪を犯すものが現れ始めた。といっても街中で少々暴れたり、言いがかりをつけたりと小競り合い程度にしかならんものだが……」
言い逃れはできないと悟ったか、苦々しい顔でここ最近のロシェに起きている異変を口にする領主様。
その言葉にようやく胸ぐらを解放されたロイドが、苦しそうに首元をさすりながら割り込んだ。
「けほ、……小犯罪といえど、親善大使の名を騙って犯罪を犯している時点で大問題でしょう。親善大使の風評にも瑕疵が付く。それを分かっていて放置しているのであれば、それはおもてなし本部への、ひいては国王陛下への叛逆と最悪の場合捉えられかねませんが」
自ら嫌なことを指摘する役を買って出てくれたロイドに感謝しつつ、確かにその通りだと対面の領主様を伺う。
僕の個モンスターの所属はリライヴェッジ研究所であるが、しかしおもてなし本部は王城とリライヴェッジ研究所による共同組織であり、親善大使執務室は国王陛下直下の実働部隊だ。大使室の補佐官も、そして親善大使自体も陛下が直々に任命している。
その僕を愚弄することはつまり国王陛下を愚弄すると同義であり、内容によっては最悪叛逆と判断されても仕方がない。
そしてそれを諌められなかったとなれば、その責が問題が起きた都市の最高責任者である領主まで及ぶのは考えるまでもなく分かることだ。
そうならないよう今までは秘密裏に処理していたのだろうが、当事者である僕が知ってしまった以上もはやそうもいかなくなった。この問題について僕らは追求しなくてはならない。
今なおその不穏分子をのさぼらせている理由は何かと言外に責めるロイドに、獅子領主様は両手をあげて降参のポーズを取った。
「勿論、我々も対応はしている。そのような不届きものが現れたら迅速に拘束し、然るべき処罰を与えておる。だが……」
ふう、とまたもため息をついて腕を組んだ獅子領主様は頭が痛そうに瞑目し、まるで愚痴でも溢すように続けた。
「目的や誰に指示されたかを聞き出す為に取り調べを行っても、おかしなことに騒ぎを起こした者共は拘束された後、皆揃って意識が不明瞭になる。それ故あまり情報が得られず、現状場当たり的な対応しか取れておらぬのだ」
「意識が不明瞭?」
「──っ!まさか、昏睡状態になるって事ですか?」
脳裏に聖霊教会の地下で相対したブライテッド達の姿が過ぎり、思わず息を呑む。
親善大使と聖女を襲ったブライテッドのその殆どは、着用していた服や装備品が酷く損傷、腐食していたために未だ身元が分かっていない。
しかし、あの時特に苦戦を強いられた2体は───やけに綺麗な法衣と騎士甲冑を纏っていたあの2体はその限りではない。
昏睡状態に陥り、その後行方不明となったロシェ大聖堂の大司教。
そして同じく昏睡状態であった教会騎士団副団長。
あの時現れたブライテッドは、後の捜査でその二名であったことが判明した。
その事実は、事情を知るモンスター達の間に衝撃を走らせた。
つまり先の聖霊教会襲撃事件を起こした襲撃者は、精神干渉に耐性を持たない一般モンスターのみならず、大司教や騎士相手にも何らかの手段を用いて対象を昏睡状態に陥りさせ、その意思に干渉し魂を穢し堕とすことができる。
敬虔で光魔法にも通ずる聖霊教会の偉大な聖職者であろうと、強靭な肉体と精神を持つ騎士であろうと、だ。
───50年前に起きたブライテッド事件の時ですら、干渉できたのは魂が弱った者だけだったと言われているのに。
一体どうやって。
その疑問が孕む不穏な雰囲気は、誰しも明確に口にはしないものの関係者は全員肌で感じていた。
そんな中発生した意識が不明瞭になる偽物犯の話は、僕とロイドに危機感にも似た緊迫感を覚えさせる。
まさか新たな被害者が出ているのかと、眼差しを鋭くしたロイドの横で静かに口を引き結んだ。
大司教を手に掛けた時の感触が残る手が知らず震える。
咄嗟にそれを後ろに隠しながら領主様を見返せば、しかし彼は僕らの反応に不思議そうにキョトンと目を瞬いた。
「ぬ?ああいや言い方が悪かったな。意識が不明瞭と言っても昏睡というわけでは無く、何というか……夢現な状態とでも言うのだろうか」
「夢現?」
「ああ。意識はしっかりあるのだが、騒ぎを起こした時の意識が曖昧と言うか……」
鬣の延長のような立派な髭を撫でる獅子の領主は、怪訝な顔をする僕らの前でほとほと困り果てたように言った。
「───何故このような事をしたのか分からないと……記憶がないと、皆そう言うのだ」
◆
大司教と教会騎士団副団長のブライテッド化は、大きな混乱を招くことが予想されるため関係者以外には伏せられている。
現在、大司教も副団長も表向きは病気のため療養中と説明されており、ほとぼりが冷めた頃にひっそりと病死と発表する予定だとシエルリーファ様は言っていた。
被害にあった2名は昏睡状態に陥る前、特にこれといって悩みを抱えてる様子も無ければ体の不調を訴えることもなかったと言う。
心身ともに健康であったモンスターを昏睡状態にさせ、魂を汚し堕としめさせたその手法について、現在教会上層部と王国魔導士団、そしてリライヴェッジ研究所第三研究室にて共同チームを結成し原因究明に当たっているが、前回とは全く異なる手法が使われていることがわかっただけで未だ全容は解明できていない。
そして、その目的も。
表向き今回の襲撃犯はおもてなし政策反対派であると国民には発表しているが、それはあくまで都合がいいからそう言っているだけで、実際の所相手が何を考えてこのような事件を起こしたかは分かっていない。
なにせ、本当に政策に反対したいだけならばここまで手の込んだことをする必要なんてないのだ。
少し前まではおもてなし政策はほとんどの国民にとって受け入れ難いものであったのだから、反対署名でも募って抗議すれば十分に打撃となる。
しかし彼らはそんな正攻法は選ばず、街にモヴをけしかけたりブライテッドを大量に召喚したりとあまりにも大掛かりで被害が大きくなるような危険な手段を用いている。
そしてその手段を実行している最中、一切己の姿を見せていない。
それがあまりにも不気味で、別の目的があるようにしか思えない。……生きている者の在り方を歪めてまで成したい事とは一体何なのだろうか。
「…………」
ブライテッドによる聖霊教会襲撃事件と、今回のロシェで発生している偽親善大使による小犯罪。
この二つに共通しているのは、どちらも事件を起こした黒幕は対象の精神に干渉術を持っているという点だ。
領主様によると、親善大使の名を騙る偽物達は犯行時『自分はラウ親善大使である』と思い込んでおり、『親善大使として相応しい行動をしなくてはならない』という強迫観念に駆られ犯罪を犯したのだという。
その証言を受けて精神鑑定をしたところ、本当に僅かにだが精神魔法による干渉を受けた痕跡があったらしい。
つまり偽物達は何者かによって精神干渉を受けており、その何者かに植え付けられた観念に従って行動していたということだ。
しかしながら精神干渉系の魔法とは、基本的に適性があってもおいそれと軽々しく使えるものではない。
社会生物の精神とは、本能しかない野生動物と違い非常に複雑で煩雑である。『魅了』などによる多少の思考誘導なら兎も角として、自分自身という一番根強い認知を他者のものへと塗り替え誤認させるなんて芸当は、精神魔法のエキスパートと呼ばれるベルリアナですら無理に等しい。
強いて言うなれば、一ヶ月片時も目を逸らさずひたすらに精神魔法をかけ続けることが出来れば不可能ではないかもしれない、ということだがそんなの物理的に不可能であろう。
一応、事件を起こす前の偽物達の直近の動向も調べてみたようだが……当然のことながらそんな怪しい空白は存在しなかった。
現代で解明されている魔法では到底成し得ないような手法を用いて起こされた二つの事件。
この二つが無関係であると考えるのはあまりにも楽観的すぎる。まず間違いなく何かしらの関係があるとみて間違いない。
問題は、その両事件とも事件を引き起こした何者かの尻尾は何一つとして掴めていない現状───
「おいラウ、そっち車道」
「っ、」
腕を引かれて思考の海から浮上する。
同時に目の前を通り過ぎていく車の風圧に顔を叩かれ、あわや事故一歩手前であったことにようやく気がつく。
「フラフラすんな。お前さんの体ならワンチャン轢かれても無傷かもしれねえけど、痛いもんは痛いぞ」
「流石に車に轢かれたら怪我するわ。……するよね?」
「知らん」
後ろから引き留めてくれたロイドを振り返れば、ぼんやり歩いていた僕を咎めるように目を細めていた。
現在起きている偽親善大使事件の詳細を聞いた後、領主様から正式に謝罪を受け主犯格の捜索と再発防止に努めることを約束された僕らは、とりあえず本日の目的であったおもてなし事業案の提案も終わったことだしと領主邸を辞した。
そしてそのままバレンタイン事業と上手く掛け合わせられるようなロシェの既存の観光向けのイベントが無いか、領主様に教えてもらったスポットを見に行ってみようとロイドと共に街に繰り出したのだが……流石に気がそぞろすぎたと反省。
事故を未然に防いでくれたロイドの責めるような視線に「すみません……」と素直に謝罪を口にすると、彼は眉を顰めてはため息をついた。
「……今はバレンタイン事業に集中しとけ。考えてたって仕方ねえんだから」
「……そだね」
僕の思考を読んでいそうな言葉に含まれた心配のような色に気が付いて思わず苦笑いを浮かべる。
確かに事件のことは今僕があれこれ考えていても解決するような話では無い。ロイドの言う通り、まず僕はバレンタイン事業を成功させることに集中するべきだ。目の前のことを疎かにしちゃいけない。
事件のことは、後で研究所に戻ってからみんなに相談させてもらおう。
頬をぺちぺち叩いて思考を切り替え、ロイドの隣に並び直す。
「ロイド兄様にアイス奢ってもらうんだから事故ってる場合じゃないね。五段かー何味にしようかなー」
「くっ……ちゃんと覚えてやがる……」
ぶっきらぼうながらも僕を心配してくれる世話係に、感謝も込めてにひっと笑いかけてやった。
今回領主様へ提案したバレンタイン事業はニンゲン界にあるものよりも恋愛色強めに『女性から男性へ、手作りでも既製品でも構わないのでチョコレートをプレゼントすることで愛の告白とする』という内容で提案した為、掛け合わせるイベントもできれば恋人向けとか恋に関する伝承が元になっているものの方が相性がいい。
そんな訳でロシェ主要街に多数ある観光客向けイベントの中でも特に恋愛に関するイベントが多いと言われるオアシス地帯へと足を運んだのだが、真っ先に僕は視界いっぱいに広がるコバルトブルーの水源に歓声を上げた。
「すっごーい、オアシスって初めて見たー!」
「靴ん中砂でじゃりじゃりなんだけど……サンダルが正解か……」
太陽の光を受けてキラキラ輝く水面に、水源を取り囲むように広がる青々とした緑地とヤシの木のような太い木々。更にそれを囲む砂漠の上に無数に立てられたテントや手押し車からは商売モンスター達の呼び込みの声が上がっている。
珍しくちゃんとおもてなし本部の制服を着ているロイドが革靴の中に入った砂を嫌そうに掻き出そうと奮闘する横で、まさにイメージ通りのオアシスの風景にテンションが爆上がりする。
「ねえねえねえ!ロイド見てこれなんか面白そうなの売ってた!水印札だって、やろ!」
「この暑さの中よくもまあそんな元気でいられるな……」
暑い、砂がうざい、僕がうざいの三重苦に苦しめられていそうなロイドの手を引いて水辺へと走る。まあ確かに暑いけど、水辺だからか領主邸の近くよりかは涼しいし全然モーマンタイっすわ!
何故か二枚一組で売っていた水印札という札は砂金と植物繊維を混ぜたロシェ特産の石紙で出来ており、普通の紙に比べても水に強く崩れ難くなっているらしい。
これを水に浮かべ3分間破れず耐えられたら成功なのだとか。つまりは運試しである。
満面の笑みで金色に縁どられた少し硬い札をロイドに差し出す。すると彼は何故かその札を見て微妙な顔をした。
「おいラウ、これ恋人用だろ。なんで一枚入り買ってこなかった」
「えーい!いけー耐えろー!」
「聞け、話を」
早速自分の分の札を水に浮かべる。水印札というだけあって水に触れた途端ぼんやりと赤い紋様を浮かばせたそれは、じわりじわりとその身に水分を含ませ始めた。わあわあとスポーツ観戦中のような勢いで札を応援する。
「ロイド!今何秒!?」
「知りません。自分で数えなさい」
何やらぶつくさと文句を言っていたロイドだが、やがて諦めたのかやれやれとばかりに隣にしゃがんで水印札を水に浮かばせ始めた。
せめてロイドのやつよりも長生きしますように……っ!上から水かけて沈ませてやろうかな。
何故か地元民と思しきモンスター達から微笑ましそうな視線を頂戴しながらも、水を両手で掬ってぷかぷか浮くロイドの分の札に掛けようと画策する。
しかしいざ実行、と水を持ち上げた瞬間、突然対岸がざわざわと騒がしくなった。
何事かと顔を上げれば、何やら華美な踊り子意匠のようなものを纏った女性複数と楽団が現れショーのようなものが始まるところであった。
派手な音楽と一糸乱れぬ踊りに思わず感嘆のため息が零れ目を奪われる。そこかしこから囃し立てるような声と指笛が鳴らされ、オアシス地帯は一気にお祭りのような喧騒に包まれた。
「うわあ、すっごいねえ。……そう言えば領主様が観光地ではゲリラ的にダンスショーやってるって言ってたっけ。ちょっとお姉さんたちの衣装が際どくてドキドキしちゃうけど綺麗だねえ」
「年がら年中暑いロシェならではの服装だよなぁ。地元民もみんな薄着だし、正直他所の都市の男としては目のやり場に困るっての……おっ、あのお姉さんいい足してんな」
「全然困ってなさそうですけど」
踊り子のひとりの美脚に興味津々っぽいロイドにムッと口が尖る。
別に?僕だって結構いい足してますねって言われますけどね。ベルにも長いって言われたことありますし、ミモザはいつも褒めてくれますし……いや張り合ってるとかではない。
違うんだ、なんていうかあのーそのー……か、家族が鼻の下伸ばしてる所を目撃して複雑な感じ……?昔弟の部屋から結構際どいグラビアを発見してしまってドン引きした時に似ているというか、あとなんか正直ちょっとムカつくみたいなのもあって、ううん……。
「…………ん?」
あれ待って、つまりそれって僕ロイドの事結構本気で家族と認識してるってこと?
確かに兄様兄様言ってるけどアレはおふざけの延長だし、本気でロイドの家族として認めてほしいとまでは思って……え?嘘、マジで?それは無いよね?流石にそれは家族愛に飢えすぎじゃない?
「ええ……やだぁ……」
「隙あり」
「おわあああっ!?僕の札がああああっ!」
自分の感情を持て余し愕然としていると、ショーを見ていた筈のロイドが僕の札にざばっと水をぶっかけた。
水圧によって無残にもバラバラになった札に思わず絶叫する。
「なにすんの!?なにしてくれてんのぉ!?!」
「いややられる前にやったろうと思って」
「キサマァーーーッ!!」
こんな鬼畜と家族になりたいだなんて、絶対、絶対、絶ーーーっ対、思う訳ないんだからーーーーっ!!!




