『赤の都市』おもてなし政策事業案
青天の霹靂 (せいてんのへきれき)
意味:前触れなく突然に生じて大いに驚かされるような衝撃的な事件や出来事のこと。
青天とはその文字の通り雲一つない青く晴れ渡った空のことで、霹靂とは激しい雷鳴や雷光を指す。
つまりは「良く晴れた日に突然前触れなく雷が鳴り響く」という現象を表す言葉であり、転じて「あまりにも突然起きた衝撃的な事実に死ぬほど驚いた」時に使用する。ここテスト出るからよく覚えておいてね。
ちなみに魔法界にも同じような意味を持つ「埒外から竜撃」という言葉がある。
昔とある冒険者が雑魚モヴしかいない土地を歩いていたら、突然視界の外からドラゴンブレスお見舞いされて超ビビったっていう話から生まれたらしい。
っていうかよくその冒険者はそんな状況で生き残ってこの話後世に残せたよね。実は当時は名のある冒険者だったのかな?
そしてもっとちなむと、このドラゴンブレスを放った「ドラゴン」なる生物は絶滅危惧種らしくて、かつては鳥と同じくらいの数が空を跳んでいたと言われていたけど今やアルバストスやグリエルの山中に僅かに生息してるだけなんだって。
やっぱりドラゴンって言うくらいだから二本足で立つトカゲ系の姿の方なのかなぁ。恰好良いよね、僕的には蛇っぽい竜っていうか龍っぽいフォルムもカッコいいと思ってるけどね。
いつか見てみたいなぁ。アジェルによるとアルバストスには冒険者組合主催のドラゴン探索ツアーなるものがあるらしいんだよね。
参加してみたいものだよね。撮影ってしていいのかなぁ。今度ちょっとアルバストスに問い合わせてみようかなぁ。
あはは……うふふ……はは……
「───ハアッ!?あまりにも受け入れ難くてトリップしてた!ちょっと博士ぇ!?今の話どういうこ……」
「博士なら会議だって出て行ったぞ」
「逃げ足ィ!!」
気まずい顔のロイドが示す通り、室長席はもぬけの殻だった。いつの間に。
僕の怒りの波動を察知したのか、はたまた素か。爆弾だけ放ってこの場を去るという選択をした逃げ足の早い義理の父に、僕のこめかみがついにブチッと音を立てた。
「んああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!もう本当なんなのあのクソマッド!!腹黒オオカミ!!無茶ぶりも大概にせえよモンスターの事なんだと思ってんだふざけんじゃねえええっ!!!」
魔法界の命運を勝手に背負わせるんじゃねえ!!普通条約ってもっと頭のいいひと達が沢山話し合って決めるもんでしょうよ!ニンゲン界の重鎮相手に僕ひとりで何ができるってんだよ門前払いからの不審者として通報待ったなしだろうが!
つーかそもそもユウキエネルギーを保有してるから世界渡れるかもってそんなレベルの可能性を根拠にこんな壮大な計画立ててんじゃないよ!
うがあああ!と沸き上がる怒りのままに、博士の椅子に掛けてあった予備の白衣をギリギリ引き千切らんと左右に引っ張る。
あまりの怒髪天っぷりに戦々恐々と僕の様子を伺っていた第零研究員がわあ!と取り押さえに来た。
「やべえ!積もりに積もった疲労もあってブチ切れだ!いや気持ちは分かる、よく分かるぞラウ!めっちゃムカつくよな!分かるけど落ち着け!お前さんが本気で暴れると結構洒落にならねえ!」
「ラウちゃん落ち着いてぇ!分かりますよムカつきますよねぇ!でも一旦落ち着きましょう!!」
『お?殺る?フリントとへーか殺っちゃう?エイデル一緒に行こか?』
「こらエイデル!ラウちゃん焚きつけるのやめなさぁい!」
怒り狂う僕をロイドが必死の形相で羽交い絞めにし、ミモザが蔦で必死に宥め、エイデルがご機嫌で煽る。
最終的に大量に召喚されたスケルトンによって鎮圧されたものの怒りは冷めやらず、どこにもぶつけられない鬱憤に歯を割らんばかりにゴリゴリ噛みしめた。
「グルルル……蜘蛛、手足、折ル……黒オオカミ、毛、毟ル……」
『狙ってたメス横からかっ攫われたオスみたいになってる。ウケる』
「怒りのあまり言語体系まで崩れてますぅ……。で、でもラウちゃん!サーシャをニンゲン界に還す前にユウキエネルギーをモンスターに付与する方法を確立させれば、ひとりでニンゲン界行きなんて無謀なことしなくてもよくなりますからぁ!」
「何百年も成し遂げられなかった偉業を1年半で確立させるのか……う、うん。頑張るわ」
のしかかってくるスケルトン達の拘束を抜けようとする僕をミモザが「私達頑張りますからぁ!」と宥めすかす。
同僚の意気込みにプレッシャーを覚えるロイドも、非常に形容しがたい表情を浮かべながらもなんとか頷いた。
「あーそのーラウ?ラウさん?とりあえずもう時間だからロシェ行こう。あっちでアイスでも奢ってやるからさ、一旦落ち着け。な」
「……アイス……四段乗せ……?」
「ここぞとばかりにがめつい要求してくるな……四段でも五段でもいいから。とりあえず社会性を取り戻せ」
ええ、五段でも良いのぉ……?太っ腹な申し出に少しずつ自我を取り戻し始める。
ここぞとばかりにミモザが冷たい紅茶を差し出し、ロイドの指示でエイデルが自慢の毛並みをモフモフ擦り付けてきた。
ストローで流し込まれる美味しい味と至福のモフモフにようやく心がすうっと落ち着く。
そして一旦落ち着いてしまえば恐々と僕を見下ろすふたり(と、爛々と輝く瞳のケモノ)に対し、八つ当たりの如く大暴れしてしまった事実に罪の意識が芽生えてしまい、思わずぐう、と唸った。
「……………腕折るのは仕事終わってからにする」
「ああ、二本までな」
咎める声は、どこからも上がらなかった。
◆
どんなに腹立だしくとも、もう本当腕もぎたいくらいムカつくし許されるのであれば陛下の毛も十円禿げができるくらい毟りたいが、しかしそれでも親善大使の仕事は待ってはくれない。
仕事に私情は持ち込むべきでは無いと何とか気を取り直した僕は、護衛役としてロイドを引き連れて新たな事業提案先───広大な砂漠に囲まれた灼熱の都市『赤の都市』、その主要街にある領主邸へと足を運んでいた。
「この事業は、各国の品が集まる商業の中心であり、そしてどこの都市よりも情熱的であるロシェでしか成し得ないことであると僕は考えています」
「ほほう。その心は?」
ヴィオレット氷雪地方産でしか発掘されない希少な氷晶石で作られた冷気を放つ香炉。
グリエル海深海に生息している発光珊瑚を金の装飾品で縁どった燭台。
アルバストスで採れる最高級純度を誇る宝石が惜しげもなく嵌め込まれた地球儀───
世界中の希少品、珍品が集まると言われる『赤の都市』の、その頂点が住まう館としてこれ以上相応しいものは無いだろうと言わんばかりに絢爛豪華な領主邸。
その応接間に通され挨拶もそこそこに早速事業案を提示した僕に、対面に掛ける獅子の鬣を思わせる赤褐色の髪をなびかせる偉丈夫は興味津々と目を輝かせる。
その意気やよし、期待に応えてしんぜようと自信満々に胸を張った僕は、できるだけ余裕に見えるようゆったりと足を組み直した。
「時に領主様。話は少し変わりますがここロシェが特に厚く信仰されている始祖聖霊が一柱ゼフラハム様は、富と取引、そして恋愛を司る聖霊様ですよね?」
「ううむ、いかにも。ゼフラハム様は非常に愛情深き御方である。ロシェにはかつて聖霊ゼフラハムへの愛を証明するためにありとあらゆる財を献上し、代わりにかの御方より菓子を賜ったという逸話がある。以来ロシェではゼフラハム様を讃えるモンスターが多いのだ」
自らが信仰を捧げる聖霊への敬意を噛みしめるようにそう語る偉丈夫───『赤の都市』領主様。
僕が引き合いに出す前にその逸話を出してくれるとはな……その言葉が聞きたかったぜ、と穏やかに頷きながら内心でにやりとほくそ笑んだ。
予習通りだ、このライオン領主商人上がりのくせになかなか信心深い。それであればやはりこの切り口が一番刺さる。
すぐさま方向性を定めた僕は、まるでゼブラハムなる始祖聖霊を熟知してますみたいな顔を作り、ここだけの話ですよと言わんばかりに声を落とした。
「実はですね、その逸話に出てくる聖霊ゼフラハムから賜った菓子ですが……最近の聖霊教会の研究によると、ロシェの特産であるチョコレートである可能性があると分かったのです!」
「なぁ!?それは本当か親善大使!?」
「はい、これは確かな筋からの情報ですので、信ぴょう性は高いと思われます……あくまでまだ可能性ですが」
最後の一言は小さく付け足す。
嘘じゃないよ、だって確かな筋に言わせた……聞いたもん。「ゼフラハム様ってのがロシェの民にあげたお菓子ってチョコレートの可能性も有りますよね?」って。
そしたら確かな筋が「…………まあ、そう言う可能性もあるんじゃないですか」って言ってたもん。凄い目してたけど。
ソファーから立ち上がって前のめりになる浅黒い肌の砂獅子領主様へ、まだ話は終わっちゃいねえと指を振る。きらりと目を輝かせた僕は、畳みかけるように提案書をぱんっと指で弾いた。
「つまり!僕らおもてなし本部がロシェへと提案する今回の事業『バレンタイン』は、かつての聖霊様とロシェの民との逸話を再現する祭事にも等しい事業であり!」
「おお!」
「聖霊様がお認めになった菓子の生産地として利益も得られる!」
「おおお!!」
「そして好きなモンスターへと愛を込めてチョコレートを手渡すなんて『愛の可視化行為』は、情熱的で愛情深いロシェ民であるからこそ先んじて出来ることであり、この文化は広がればロシェは発祥の地として観光客も増える!」
「はああっ!!!」
「そしてそしてぇ!今即決いただきますと早期お申し込み特典として補助金額がアップ!お出しできる補助金額はこのくらい!!」
「乗ったぁ!!!」
「毎度ありぃ!!」
ガシィッと熱い握手が僕と領主様の間で交わされる。
話が早くてノリが良いモンスターは大好きだよ。内心で抱いた感想は、どうやら向こうも同じのようだ。お互い理解者を得られたぜ……と言わんばかりにへへ、と鼻の下をこする僕と領主様。
都市領主へと提案した事業としては最速で締結したバレンタイン事業はきっと双方へと大きな利益をもたらすだろう。頑張ろうぜ、同志……っ!
そんな僕らのやり取りを後ろから見ていたロイドはポツリと呟いた。
「……さっきまで大暴れしてたモンスターと同じ奴には見えねえなあ……」
カルベン行きを命じられたあの謁見の間で見た『赤の都市』領主様はとんでもなく恐ろしく見えたが、実際は今までお会いした各都市領主様の中でも一番親しみやすいモンスターであった。
砂獅子というロシェ特有の種族の出であるという彼は見た目こそどこぞの教皇領主と並ぶほど剛毅であるが、その性格は気さくで話しやすく、ノリも良い。
信心深く珍しいもの好きで、領主というこの国最高峰の権威を擁しているにも拘らず気安く街の市場に顔を出したりもするらしく、どこぞの狸領主と違って領民の生活を自分の目で見てくれると民にも慕われており、支持率も過去一だという。
だがそんなロシェ領主だが、モン格者でありながらも商いや政治に関しての目は鋭いやり手であるとも評判だ。
ロシェは世襲制であるウェルデや聖霊教会の教皇が領主を兼任するカルベンとは違い、領民による投票、つまりは選挙で領主を決める。
元々大きな商会の商会長をしていたこの砂獅子は、大商会の頭取として鍛えたその豪胆さと先見の目、そして類稀なる手腕をいかんなく発揮し領主として選出された英傑であり、商人の出入りが多く治安が悪くなりがちなロシェを治めているやり手なのだ。
……なので、こんな『僕が素晴らしい提案をしてそれに一にも二もなく乗った』みたいな顔しているが、正直なところこの領主今回僕がどんな話を持ってくるかなんてのは事前に知っていた可能性があり、友好的な姿勢を見せる為だけにそうしただけな気もしている。
やり手とは情報を集めるのも使うのも上手いものであるからして。
きっと見直され始めてきたおもてなし政策への意識が好転したのもそうだが、聖霊教会と同盟を組んだ僕に友好を示してワンチャン教会とも繋がれないかなぁと思っているのだろうな。熱心な宗教家でもあるし。
前もって僕がしたいことを掴んでいて、それが利益を生むと判断したのならこのやり手なら自分でやりそうだが、そうしなかったということはきっとそういうことだ。
だがまあ例えこの獅子領主の手のひらであったとしても、とりあえず表向きは上手く纏まったので良しとしよう。気付かない振りをして長いものに巻かれるのもまたうまく生きるコツなのだ……と達観ぶって紅茶を啜る。
「ふうむ、そうだなぁ……どうだろう親善大使。この事業を機にオアシスの一部をチョコフォンデュにしないか?超巨大な」
「そ、それ環境とか景観維持的にどうなんでしょう……チョコに砂めっちゃ入りませんか?」
「ううむ、しかり」
しかり、じゃないよ。子供みたいな提案をキラキラした目でしてくるんじゃないよ。どうしよう早くもやり手という評価が下がりそう。
僕の意見にしょんぼりと鬣をしおらせる獅子領主に苦笑いする。
「ですが、既にあるロシェの観光名所や興業と掛け合わせるのはいいかもしれませんね。オアシスには恋人との逸話が多くあると伺っていますし、上手くバレンタインと嵌りそうです」
今回僕が提案したバレンタイン事業に関しては、ニンゲン界にあったものを捻らずそのまま『好きなモンスターにチョコレートを渡す行事』として提案した。
バレンタインはそれだけでインパクトが大きいし、僕がこねくり回すよりも提案先のロシェの意見を聞きながら改良をした方がロシェの気風にあったものが出来ると思ったからだ。
なにせここは商人の都市、そういった新規事業に対し興味関心を引かせて購買意欲を高める技はお手の物だろう。
「そうだな、例えば主要街にある初代ロシェ領主像の金色秤などはデートコースとして定番とされておるな。言い伝えがあって……」
現に狙い通り、先の狂気のチョコフォンデュ発言は兎も角として、オアシスや観光名所に存在するバレンタインと相性の良さそうな話を話して聞かせては画期的なアイディアを挙げてくれる。
やはり地元民の話はためになる。なるほど、と頷きながらひたすらメモを取り続けた。
うわーどうしよう凄く楽しい。変にタレント業やるよりずっと楽しいわ。
やっぱ癪だけど僕こっちの仕事の方が性に合ってる。企画を立ち上げるのってひとりでやると気が狂いそうになるけど、こうして滅茶苦茶建設的な意見を言ってくれる相手がいると凄いはかどるなぁ。
かつての最悪な丸投げ都市興し事業事件を思い出し、じーんと今の状況に感動しながら領主様とアイディアを出し合い、地図を広げてどこに何があってと熱を入れて話し合った。
そして盛り上がること1時間。
熱が入りすぎてもういっそこの場に商業組合の重鎮を呼び出そうする領主様を宥め、飽きたロイドがこっそり欠伸をかみしめたその時──その一報は訪れた。
「失礼します!領主様!大変です、またです!」
突如ノックもそこそこに応接間に何者かが飛び込んできた。
制服からして恐らくロシェの都市庁舎に勤めるモンスターだろう。息を切らして現れた来訪者にびっくりしていると、傍らの領主様から音が聞こえてきそうな程重たい圧が発生した。
「……今日は来客があると言っていただろう」
「ひ、あ……あの……」
部下の教育不足を露呈する様な行動にか、はたまた楽しい話し合いに水を差された怒りか。圧し掛かるような『威圧』に、何事かを伝えようと訪れたモンスターが小さく悲鳴を上げる。
気の弱いモンスターなら失神してもおかしくない程の圧を向けられたモンスターは、可哀そうなくらい怯え震え上がった。
流石は荒くれ者も多いと言われるロシェの領主。半端ない迫力だ。
だがまあ彼も別に悪気があった訳じゃなさそうだし、とこの圧の中平然としているロイドを尻目に僕は「まあまあ」と怒れる獅子領主様を宥めた。
「お急ぎの用件みたいですし、僕のことは気にせず」
「……用件は」
客に促されたこともあり、渋々先を促す領主様。解れた空気にほっと息をついたモンスターはビシリと背筋を伸ばした。
「街にまた親善大使が現れ大暴れしているようです!現在憲兵隊が出動し鎮圧行動中です!いかがしましょうか!」
「「……は?」」
親善大使、ここに居るが。
まさしく埒外の竜撃な一報に僕とロイドは声を揃えて呆け、間抜けにもアホ面を晒したのだった。




