変わる認識
本日より『赤の都市』編開始です。よろしくお願いします!
ちなみに前にすごく雑なおまけを載せていますので、まだお読みでない方は是非
復活祭。
それは毎年九月下旬に聖霊教会が主催する、始祖聖霊ネイトルケスの復活を願う祭典である。
豊穣を司る薔薇と翼の聖霊を讃え、今年一年の実りを祈り、最後に薔薇を模した菓子を分かち合う。
それがこの世界に根付く慣わしだった。
───だが、今年の『赤の都市』の復活祭は、例年とは明らかに違っていた。
『───国民よ。祈りを、聖霊様へと日々の感謝と明日の糧への祈りを捧げましょう』
ロシェ主要街。聖霊教会ロシェ聖堂前。
この日のために特設された巨大な祭壇の上で純白の羽がはためく。
格式高い儀礼服を纏う銀髪の天使、聖女シエルリーファは祭事を見に聖堂へと参ったモンスターへ朗々と語りかけた。
『恐れてはなりません。たとえ許せじ敵であったとしても、いつの日かお互い手を取り合えるよう愛しなさい。それこそがこの世界の先を照らす光となりましょう』
体調を崩したというロシェ聖堂の大司教の代わりにこの地で祭事を行うのは、聖霊教会という組織の中でも特に徳が高く、誰よりも聖霊に愛されているとされる聖女シエルリーファ。
頭上に輝く天環を浮かべ、慈愛の笑みを浮かべるその姿は聖霊の生まれ変わりとも称される程に神々しい。
民衆人気が高く、そして先日のとある一件よりさらにその名声を高めた彼女が大聖堂ではなく己が住まう都市へと足を運び、この地のモンスターへと語り掛けている。
その事実にロシェの領民は沸き立つような心地を覚えながら、拡声の魔道具によって大きく響き渡るどこまでも慈愛に満ちている声に耳を傾けていた。
『過去は無くなりません。忘れてはいけません。ですが、それすらも抱えてよりよい未来を目指す。怯えながらの平和ではなく、仮初の平和ではなく、真の平和を得るために隣人を愛しなさい。それは聖霊様に愛され、そして聖霊様を愛する我々だからこそできることなのですから』
ふ、と微笑んだ聖女シエルリーファ。その呼びかけに答えるように一つの影が壇上に上がる。
黒いペリースをはためかせ、長い焦げ茶の髪を風に遊ばせるひとりの女だ。メディアで見るおもてなし本部の制服ではなく正装を纏う彼女───ラウ親善大使は狐獣人特有の白い狐耳を揺らしながらまるで騎士のようにシエルリーファの足元に跪き、その手に持つ銀盆を恭しく掲げた。
銀盆の上に積まれるのはこの復活祭開催中どこでも目にする薔薇を模したクッキー。何故この場にその菓子を持ってきたのかと首を傾げる者もいれば、事前に情報を仕入れていたのか「あれが……」と目を瞠る者も居る。
様々な反応を見せるロシェ領民の前で、聖女シエルリーファは銀盆を掲げる親善大使の手にそっと自らの手を添えた。
かつて彼女を聖霊の敵と断じたその手が、今は拒絶ではなく、確かに寄り添うように重ねられる。
傍目に見れば親善大使と手を取り合っているようにも見えるその光景に、どこかそわそわとしたような空気が領民の間に流れ始めた。
しかしそれはかつてあった戸惑いや懐疑的なものだけではなく、期待や感心、柔らかな好意とも取れる正の感情が入り混じっているものだった。
冷たかった視線は和らぎ、民衆の心は静かに、しかし確かに彼女へと傾き始めている。
壇下の最前列では、ラウ親善大使を「得体のしれない裏切り者」と罵った老樹人が杖を握り締めたまま深く頭を垂れ、また少し離れた場所で壇上を見上げていた猫獣人の子どもが母親の袖を引き、「ラウさま、せいじょさまと同じくらいきれいだね」と小さく呟いた。
その囁きに同意するように、誰かがそっと拍手を始める。
それはやがて波紋のように広がり、ざわめきとなって群衆を包んでいった。
『我々には手がある。この手は拒絶をするものでは無く、取り合うもの。愛する心を忘れなければ、きっと聖霊様も答えてくれましょう───聖き天上の御方よ、汝を愛す者に祝福を。汝の御声に応える者へと幸いを』
それでよいと微笑む聖女の声に魔力が宿る。親善大使に触れた手から銀色の光が溢れ、光は粒子のように弾けては盆の上の菓子へと降り注いだ。
仇敵であったニンゲンの文化の一つ、一年の運勢を書いた紙を内包する菓子フォーチュンクッキー。それを此度の復活祭用にと始祖聖霊ネイトルケスの象徴である薔薇型クッキーと融合させた新たな菓子───フォーチュンローズと名付けられた菓子に、聖女の安寧魔法が丁寧に掛けられていく。
聖霊に愛された者の敬虔な祈りと、聖霊からの赦しの両方があって初めて発現すると言われている安寧魔法。
例え敬虔で誠実な祈りだったとしても、聖霊がその祈りに応えなければ不発に終わる魔法が今、聖霊の敵と認定されたニンゲンの菓子へと降り注ぐ。
その結果は───
『愛しましょう。それが聖霊様が我々へと示した導きです』
積まれた菓子は粒子に触れた端から仄かな光が宿り始め、聖霊の愛そのものである銀色の光を放ち、モンスター達を照らしていく。
親善大使の手を引き立ち上がらせた聖女は、微笑みを交わした後、全てを見据えたような薔薇色の目で民衆の顔を見回した。
それはこの菓子の存在を聖霊が認めたと言わんばかりで───奇跡を目の当たりにしたロシェ領民は、目の前の光景にワアアッ!と歓声を上げるのだった。
冷めやらぬ熱狂を表すように、いつまでも、いつまでも───。
◆
こんにちは☆最近「そろそろ新人モンスターって名乗るのも苦しくなってきたかな……いやいや生後半年はまだ十分バブ」と葛藤しているアンデッドモンスター、ラウです!
腹黒国お……とても仕事熱心で絶大な期待を寄せてくれているクロード国王陛下のお願いによってリライヴェッジ嫌い、アンデッド嫌い、ニンゲン嫌いの嫌い三拍子が揃った聖霊教会へと派遣された僕は、向かった先で未曽有の事態に巻き込まれ命の危機にさらされたものの、最終的にアンデッド大嫌い聖女シエルリーファ様とも殴り合いの末友情を結び、なんとか大団円を迎えられました。
ニンゲンを聖霊の敵と定め政策に断固拒否の姿勢を見せていた聖霊教会に対しても、脅し……お願いすることで同盟を結ぶことが出来たし、国民のおもてなし政策に対する意識も徐々に好転してきた様子!
こうなればきっと政策を取り入れたいという団体組織も増えてくるでしょうし、僕の親善大使ライフも順風満帆!
……な筈、だったんですが。
「死゛に゛そ゛う゛」
リライヴェッジ研究所地下一階、第零研究室事務室。
順風満帆な親善大使ライフを送れるはずだった僕は、正しく死にそうな顔で自分のデスクに頬を押し付けていた。
「わあ、口から魂出てますよぉラウちゃん。大丈夫ですかぁ?」
「アンデッドモヴよりアンデッドらしい有様だねえ」
「最近テレビでお前さん見ない日はねえもんなぁ……」
『最近ラウ遊んでくれないからエイデルおこ』
口からエクトプラズムがまろびでる程に死に体の僕に大集合している第零研究室研究員+実験体のケモノが好き勝手宣う。
それに頷きながら、僕はここ数週間で鬼のように蓄積した疲労を吐き出すように盛大なため息を零した。
『黄の都市』および聖霊教会での一件が終わり、いよいよ本格化してきたおもてなし政策。
各地から寄せられる相談や打診に対応すべく、この一か月半僕は魔法界中を駆け回っていた。
まずはカルベンと行うことになったおみくじ入りクッキー、フォーチュンローズ事業。
製造、販路、宣伝などの打ち合わせから始まり、同盟力誇示の為の効果的な公表方法の相談、議論、そしてシエルリーファ様とのお茶会と僕は聖霊教会とカルベン都市庁舎に通い詰めていた。
何故かシエルリーファ様の熱い要望により僕まで祭事に参加するという予定外の波乱こそあったものの、復活祭での演出が嵌ったのか聖女シエルリーファの祈りと聖霊様の御言葉が書かれたおみくじ付きクッキーは大好評。
復活祭が終わった今も追加製造をしているくらい世界中で買い求められており、気力を削った甲斐あってフォーチュンローズ事業は大成功と言える結果となった。
聖霊教会と締結した『聖域防衛臨時連携体制』、通称『聖防同盟』も事業成功に拍車をかけた要因だろう。
当初、ニンゲンを聖敵と定めている聖霊教会がニンゲン文化の浸透を推し進めるおもてなし本部と防衛目的とはいえ手を組むなんてと、そしてそれをどう国民へと周知するかで聖霊教会のお偉方はかなり頭を悩ませたようだが、最終的に「聖霊様のお言葉です」でゴリ押すことに決めたらしい。
というかした。シエルリーファ様が。
肝が据わったことをするものである。聖霊の言葉を勝手に引用しておみくじにしている僕が言えたことではないが、勝手に聖霊の意思を語って教会としての方針を決めてしまったのだ。
罰当たりどころの話ではない。そんなことしていいのかと思わず尋ねてしまった程だ。
そしたら「まあ大丈夫でしょう。聖霊様の意にそぐわない言葉であれば今頃私は階段から落ち車に轢かれ風呂で溺れているでしょうが無事ですし」といつもの無表情で返された。肝据わりすぎだろ。
ちなみにシエルリーファ様って本当に聖霊の声聞こえてるんですか?と聞いたらすごく意味深な笑みが返ってきた。どっちの意味なのか全然分からなかったけど怖すぎたので深掘りはしていない。
しかしその言葉のお陰で聖霊教会という強大な後ろ盾も得た今、おもてなし政策は順調に回りだし世界中から相談が寄せられるようになった。
今親善大使執務室では大きく分けて4つの事業に取り掛かっており、日々補佐官達とあーでもない、こーでもないと言いあいながら準備を進めている。
だが、これはあくまで悲劇の序章に過ぎなかったのだ。
これだけならまだよかった。これだけなら忙しくも充実した日々、みたいな感じで健康的にモンスター生を謳歌できたのに───僕は何故か今、親善大使業の傍ら、タレントのようにメディアに出まくる生活を送っていた。
始めは情報番組のコメンテーターとしての出演だった。
おもてなし政策に関わるニュースのコメンテーターと言われれば断る余地もなく、引き攣る顔をベルの調教によって叩きこまれた完璧な笑顔で隠し、緊張で小鹿のように震える足を机の下に隠して出演した。
まあそれはいい。親善大使の仕事の一つであると言われれば反論は無かったし、徐々に国民感情が好転してきた今、改めて政策の目的や内容をテレビで説明するのは必要なことでもある。だからそれは良かった。滅茶苦茶緊張したし何回か吐き戻しそうになったがなんとか耐えた。
そう、あの時の僕はまだ「これは親善大使の仕事だ」と自分に言い聞かせられていた。
しかし、その『まだ』があまりにも致命的であった。
何とか情報番組の生放送をこなし、ガックガックと震える足で大使室に帰った僕を待っていたのは何故か陛下の内政官。彼らはにこりともせず徐に予定表なるものを渡してきた。
何事かと見れば、そこに書いてあったのは二週間先までびっしりと埋まった僕も把握していない僕の予定。『MonMon撮影』や『マジテレビ対談番組収録』、果ては『バラエティー番組収録』……身に覚え無さ過ぎて「これ誰のスケジュールですか?」と真顔で尋ねたくらいだ。
勿論断った。だって僕親善大使。どちらかと言えば政治家でありタレントではない。なんで親善大使がクイズに答えてアトラクション突破せにゃならんのだ。ローションに塗れる親善大使とかそれ誰得?って話だろう。
そもそも僕は事業のアレソレで忙しい。タレント業なんて無理だ、寝言は寝て言えと突っ返した。
そしたらまるでそのやり取りを見ていたかのようなタイミングで陛下から直々に電話がかかってきて、
『やってね』
って一言だけ言われた。
有無とか無かった。決定事項だった。
その声に首を横に触れる訳もなく、笑顔&サムズアップで「やります」って答えた。
泣いたよ。意味わからないもん。怖いし。
そうして始まったのはウェルデ水上パレード準備期間を思い出すような地獄だった。以下、とある日の僕のスケジュールである。
早朝、大使室に出勤し書類仕事。
午前、撮影スタジオでファッション誌の撮影。そのまま事業説明のため各地へ飛ぶ。
昼、休憩?何それ状態でテレビ局でバラエティー収録。
夕方、シャワーを浴びる暇もないまま、ローションに塗れで事業提案。
夜、有力モンスターとの顔つなぎの為夜会出席。
深夜、別の夜会へ梯子参加。
未明、大使室に戻って山のように積まれた書類を捌き、昇り始めた朝日を窓の外に見てようやく就寝───……
これが毎日だ。モンスターになってなきゃ過労で死んでそうな終わりの見えない強行日程の日々に、思わず自分の役職を親善大使ではなく広告塔と誤認したほどである。
ご飯?食べる暇なんて無いよ。カ〇リーメイト的な栄養補助食品を水で流し込んで世界中走り回ってました。
「スケジュール消化しても消化しても増えてく一方だし……コンプライアンス!基本的モンスター権!!労働基準法はどうした!!!」
「まあ今君の名前と顔売らないでいつ売るのって話だしねぇ。それに君思ったよりもテレビ映えするし、陛下としてはここでごり押ししておきたいんだろう」
まるで他モンスター事のように言う博士をギッ!!と睨む。
んなこた分かってんだよ!この間久しぶりに会った陛下にっこにこだったもん!「いやぁラウくん、君の知名度今凄くいい感じだよ。本格的にタレントやらない?親善大使と並行で」って言われたもんね!これ以上本格的にって何させられるんだよ!
怒りのあまり机をバンバン叩きまくる。
『エイデル、へーか嫌い。ラウと遊ぶ時間減らすから』
「エイデルぅ……ごめんねえ……」
でも僕も君もあのモンスターの慈悲で生かされてる所有るからあんまり滅多なこと言うものじゃないよ。僕が言えたことじゃないかもしれないけど。
むすっと僕の膝の上に乗せた顔を不機嫌そうに顰めるエイデルをすまんねえ、と頭を撫でて宥める。このまま遊んでやれればいいのだが、生憎この後も仕事が詰まっている。『赤の都市』領主様と事業案の打ち合わせなのだ。バックレる訳にはいかない。
死んだ目で次の仕事のことを考える僕に、珍しく労わるような表情でココアを淹れて渡してくれるロイドはうーんと苦笑いを浮かべた。
「親しみやすさってのを強調したいんだろうけどなぁ。政策って言うとどうしてもお堅いイメージつきがちで正直遠巻きにされやすい。でもその実働部隊長の親善大使が民衆的って姿を見せればとっつきにくい感は払しょくできるし、好意的なイメージもつきやすい。それを陛下は狙ってんだろうな」
「んん……まあね……」
陛下の思惑は大体ロイドが言った通りであろう。それは僕も理解している。
だが、分かっているからこそその思惑が正しいのかという疑問が芽生え、それがしこりとなって胸に違和感を覚えさせている。
その不安を零すように口を開いた。
「っていうか僕の事こんなに露出させて良いのかなぁ。正直ニンゲンとの和平とか無理じゃん、これから来るサーシャは和平の使者って体にするだけで本当は違う訳だし。こんだけ僕つかって過剰アピールしてたら友好条約結べませんでしたーって説明するときにマイナスになるよね?大丈夫なのかな」
僕らおもてなし本部の真の目的は一年後……いやもう半年後か、半年後に現れるサーシャを勇者化させずニンゲン界に帰すことだ。その為に体良くサーシャを和平の使者として担ぎ上げる予定なだけである。
記憶を失った状態でこの世界に来るサーシャに、それも勇者にさえならなければただのニンゲンの少女でしかない彼女に和平をニンゲンに認めさせるような力は無い。
帰したら最後、それで終わりだ。
だというのにここまで過剰に僕を使ってモンスターへと和平を目指していると強調させる理由は何だろうか。
勿論おもてなし政策を掲げる表向きの理由がニンゲンとの和平の実現である為ある程度のアピールは必要だが、今のこの即効性を求めるようなやり方をする理由が分からない。
まるで何としてでも和平をニンゲンに認めさせる気だと表明するかのようなやり方だ。
陛下は何を考えているのだろう。ここまで大々的にアピールして置いて、いざその段になってから「やっぱり和平の話は無かったことに」じゃ国民は納得しないと思うのだが。
派手に掲げた理想の裏で、何かが静かに軋んでいる気がしてならない。もしや陛下、おもてなし本部の真の目的を忘れているのではなかろうな……と陛下の海馬を心配したところで、死にかけの僕をニコニコ観察していた博士が「ん?」とまるで思い違いを発見したと言わんばかりに声を上げた。
「陛下は本気でニンゲンとの和平を目指してるよ。和平って言うか停戦を目的とした友好条約だけど」
「は!?どうやって!?」
ニンゲン界と魔法界を行き来できるのは勇者だけって話したのは博士だ。提案者も居ないのに友好条約どう結ぶのだ。サーシャに期待してるのか?無理だろ。確か公式設定12歳とかだぞ。
さも平然と、当たり前だろうと言わんばかりに首を傾げる博士に思わず素っ頓狂な声を出す。そんな僕に博士は笑顔で答えた。
「どうやってって、勿論ニンゲン界行って」
「何言ってんのぉ!?魔法界からニンゲン界に渡る方法は現時点で無いって言ったの博士でしょうが!」
おいそのまるで僕が変なこと言ってるみたいな目やめろ!アンタが言ったんだよ、あの胃が痛くなるような勇者侵攻対策会議の時に!
ねえ!?と同意を求めるようにロイドとミモザへと視線を投げればふたりも困惑した顔でこくこく頷いている。
そう、あの時博士は確かに言ったのだ。ユウキエネルギーを投与されたことでエイデルに発現した『時空渡り』を研究したとしても、勇者が使う『世界渡り』が規模が違うため解明には5年はかかると。確かにそう言った。
なんだ、もしかして思ったよりも研究が早く進んでいるということか?それにしてはロイドとミモザの反応がおかしい気がするけど。
それとも5年後『世界渡り』の原理が解明できて再現できた時の話をしてるのか?いやそれなら元々の疑問である今の過剰アピールの理由にはならないし……
「それはサーシャの『世界渡り』を観測せず、エイデルの『時空渡り』だけで研究を進めた場合だよ。あの時は魔導士団長の『そもそもサーシャをこの世界に来させないというのはできないのか』という質問に対しての回答だったからね」
「は……?」
「短い距離しか繋げない『時空渡り』のサンプルだけじゃ確かに解明に5年は掛かる。だが私がこの目で『世界渡り』が行われる現場を観測できればその限りではない。原理の解明だけなら一年もあればできると考えているよ。そして……」
詰め寄る僕から目を逸らし、くるりと椅子を回した博士は「ロイドくん、ミモザ」と呆気に取られている部下へと声を掛けた。
「私が今君たちにお願いしている研究内容は?」
「はいぃ?ええっとぉ、今はラウちゃん、エイデル、ソウルレスから採取した各ユウキエネルギーの値の比較と、特出した値を他のサンプルへと寄せるアプローチをしてますぅ。濃度、残存率、適合係数、拒絶指数と、項目は様々ですがぁ……」
「ふむ。ではその内エイデルが『時空渡り』を使用したときに値が上昇する時空開孔閾値についてだ。ラウから採取したユウキエネルギーとエイデルのユウキエネルギーを比較した結論を」
「……?ラウは『時空渡り』を発現していないが、採取したエネルギーからは時空開孔閾値……つまり『時空渡り』を実行するための力自体はごく微量ながら検出されている。恐らく『時空渡り』及び『世界渡り』は『修復』『強化』と同じようにユウキエネルギーに備わっている基本特性だからだ。そして何らかのアプローチを行ってこの時空開孔閾値をエイデルと同じくらいまで上昇させることが出来れば、理論上はラウも『時空渡り』を発現させることが……おいちょっと待て、つまり」
研究内容を口にすることで博士が言わんとすることを一足先に悟ったか、盛大に顔を顰めぐりぐりと眉間を揉み始めるロイド。
その様子ににんまりと笑みを深めた博士は再びくるりと椅子を回して僕の正面へと戻ってきた。
そして不気味な笑みを携えたまま僕にひたりと指を突きつけ、とんでもないことを言い出した。
「そう。つまりユウキエネルギーを保有する君とエイデルならば『世界渡り』の原理さえ解明できればニンゲン界に送ることが出来る可能性がある。ということで陛下はサーシャがニンゲン界に帰還する時に君もニンゲン界へと送り、君にニンゲンとの友好条約を締結させようとしているんだよ」
博士の言葉にロイドは本気かと言わんばかりに口を引き攣らせ、ミモザはいつもの微笑みを崩して大きく目を見開き、話が分かっていないエイデルは膝の上ですんすんと鼻を鳴らす。
凍り付く研究室の空気の中、僕は……いずれひとりでニンゲン界に渡り、モンスターの代表として友好条約を結んで来いと期待されていたと知った僕は───
「…………………………は、あ、あああああああ!?!!?」
怒りと驚愕を込めて、研究室いっぱいに絶叫を響かせたのだった。




