幕間【黄】「いつもおしごとありがとう」 其の三
ああ……其の三までに収めたかったのに、書きたいことが多すぎて収めきれんかった……。
幕間は前都市編で関わったモンスター達との話と、主要キャラの掘り下げしていきたいからどうしても長くなる……次話が最後です。
折角会ったのだし、と共に路地裏を出た僕らはドルニカさんの買い出しに付き合うべく彼の後に付いて主要街を歩き回っていた。
……のだが、
「……ドルニカさん。この量ひとりで買いに行くつもりだったんですか……?」
呆れたようにそう言うパーシーに全面同意と頷く。
買い出しメモの8割に斜線が引かれた頃にはパーシーとドルニカさんの両手は買い物袋でいっぱいになり、僕に至ってはゴンドラ用のオールを3本脇に抱えつつその肩に車のタイヤを肩に担ぎ、彼らの倍量の買い物袋を逆の手に引っ提げるという爆買い観光客も真っ青な有様になっていた。
「いやぁ、なんかあれよあれよという間に雪だるま式に膨れ上がってなぁ。正直どうしたもんかとは思ってたんだよ。今日はモンスター出が多いから車出したら危ねえしさ。大使さ……ラウちゃんとパーシーくんに手伝ってもらえて助かったわ」
「無計画すぎません?」
今日は車出せないって言う割にタイヤ買うのなんなの?絶対急ぎじゃないよね?
僕らの懐疑的な目にドルニカさんは「最悪息子たちに手伝ってもらうつもりだったんだ」と苦笑する。
子供数にん居てどうにかなる量じゃないけどね。よかったなガキ大将共、僕が上から通りがからなかったら君たち今頃ぺっしゃんこだったぜ。
「そういやパーシーくん達はなんで主要街にいるんだ?水上パレード観に来たんだろ?」
「実はぼくらも買い物に来たんです。パレードの開催エリアだとあんまり雑貨屋さんとか無さそうだったんで、まずこっちに」
「ほー、そうだったか。そりゃ悪いことしたなぁ……礼と言っちゃなんだが、後で嫁の店でシュークリームご馳走するよ」
「いえいえお構いなく。僕ティラミスシュークリーム食べたいです」
「言葉の前後が全く合ってねえなぁ……」
モンスター目が多い場所で大使と呼ばれると最悪正体がバレかねないので、オフの日は名前で呼んでほしいという僕のお願いを律儀に守るドルニカさん。
そんな今やウェルデの顔役と言っても過言ではない彼に、僕らの本日の命題であるプレゼント探しについて相談すれば途端に目を輝かせた。
「そうだな、洒落た小物やら何やらは確かに西通りが多い。文房具なら『運河筆匠堂』とか『カナル・クィル』らへんは外せねえな。あとは文房具じゃねえが贈り物探すにゃ『運河の水晶店』も有りだ。覗いてみて損はねえぞ。小洒落た菓子ならメインストリートの『パティスリー水波』って店の水紋チョコレートが人気だ。ひんやりしてて美味ぇぞ。ティラミスもいいよなぁ。嫁もパーシーくんからもらったレシピ貰って色々試行錯誤してんだ、あとで食べてみてくれよ。あーそうそう、装飾品とかだと東区に珍しくリーズナブルな良い感じの店が最近出来てな……」
「わー!待ってくださいドルニカさん!ちょっとメモしますから!」
スラスラと僕らが望む回答を口にするドルニカさんにパーシーがわたわたとマギホを取り出そうと身を捩る。わはは、とその様子に大声で笑うドルニカさんは自分の都市の話が出来てすごく嬉しそうだ。
きっと水上パレードだけじゃいつか集客率に頭打ちが来るかもしれないと、パレードに依存しすぎないようにそれ以外の特産を増やそうと常日頃から色々考えたり店を見て回ったりしているのだろう。観光ガイドブックさながらの知識量に何となくドルニカさんのたゆまぬ努力が垣間見えた。
ゴンドラ協会長としての仕事もゴンドラレーサーとしての練習もあるだろう。他モンスターの倍以上働く彼に、しかしその表情に辛そうな色は一切ない。
この都市が好きなのだと全身で示す彼は、きっと手探りで進まなくてはならないウェルデにとって先行きを照らす希望の光だ。
この世界の生き物は本当に愛情深い。まだ生後半年にも満たない僕だが、それでも幾度となく目の当たりにしたその愛情達に思わずひとり噴き出してしまうのだった。
「全く、親バカならぬ都市バカってね」
かつて客が全くいないカフェで静かに洗い物をしていたモンスターの姿はもはや無い。
そこに居るのは、生まれ変わった自慢の都市に胸を張る新たな英雄だった。
結局、大量の荷物の運搬はドルニカさんの部下と都市庁舎のモンスターが転移門広場まで迎えに来てくれていたことで何とか事なきを得た。
しかしよかったよかったと胸を撫で下ろすのも束の間、ドルニカさんの部下の水夫達はゴンドラレース観に来てくれと泣きつかれてしまい、なんとか後で行くからと約束し宥め、
そうだついでにと主要街で発見した問題の出店と未認可の過剰武装ゴンドラのことを青ざめる都市庁舎のモンスターに笑顔で報告しては後で行くからと脅し、
最後にドルニカさんに奥様とガキ大将にも後で遊びに行くからと伝えてもらうようお願いして、ようやくプレゼント探しの旅へと戻った。
────が、
「ん?あれ……」
「どしたんパーシー」
魔導士団長とドルニカさんのアドバイスを元に色々と店を見て回り、お互い納得のいく物を買ってようやく一息。
休憩したら転移門から出ている魔導バスに乗って水上パレードを見に行こうと、小休止のソフトクリームを購入したパーシーはふと羊耳を揺らして背後を振り返った。
何か面白そうなものでも見つけたのかとパーシーに寄っていけば「いや……」とキョロキョロと何かを探し始める。
「なんか今、泣き声が……」
「泣き声?どこから……あ」
言われてみれば、風に乗って微かに子供が啜り泣くような声が僕にも聞こえた。一緒になって視線を巡らす。
すぐに音の出所は見つかった。近くの建物の傍に小さな影が佇んでいる。
建物の影に身を隠し、道行くモンスターの顔を不安げに見ているのはひとりの女の子だ。迷子だろうか。
周りに親らしきモンスターが居ないかと伺っていると、僕らの見ている前で少女は堪えきれずポロポロと目から涙を溢れさせた。
只事ではないとパーシーと共に駆け寄る。
「ねえ、どうしたの?親御さんは?」
できるだけ刺激しないようにしゃがんで声を掛ける。しかし不安でいっぱいな様子の彼女は大人に声を掛けられたというだけで恐怖を覚えるようで、びくりと肩を跳ねさせた後オロオロと視線で逃げ場を探し、そして遂にはその目に大粒の涙を浮かべぷるぷる震え始めた。
わああ!と情けなくも大慌てで狼狽える。
「だ、大丈夫!悪いモンスターじゃないよ!何してるのかなーって思っただけだから!えーっと、あ!お洋服すごい可愛いね、お姫様みたい!」
「………リナ、お姫様みたい?」
「うんうん!いいなー羨ましいーお姉ちゃんも着たいなー」
パレードのためにおめかしして来たのであろう、普段着では無さそうな淡い緑色のドレスを褒めれば少しだけ表情が緩んだ。どうやらほんの僅かだが警戒は解けたようだ。ホッと安堵する。
その間にパーシーがそっと僕らから離れる気配を感じ取った。見回りの憲兵を探しに行ってくれたのだろう。何と出来たモンスターだろうか、心の中で感謝しつつこの子は任せろい!と少女に改めて向き直る。
パーシーが憲兵を呼びに行ってくれた今、ここを離れるのは得策ではない。親が探しに戻ってくるかもしれないし、パニック起こしてここを離れてしまえばこのモンスター混みの中じゃ捜索も困難だ。出来るだけ怯えさせないようゆっくりとした口調を心掛けながら、気が紛れるような話題を振り続けた。
「これからパレード観に行くの?」
「うん」
「そっかそっか。パレードで何観たい?」
「あのね、リナね、にんぎょひめ観たいの」
「人魚姫かあ、リナちゃんと同じお姫様だもんね」
お姫様と言われて嬉しそうにくふくふ笑うリナちゃん。可愛いねえ、と小さい子の笑顔にデレデレしそうになるが、あんまりそんな面晒していては僕が不審者として通報されてしまう。イエスロリータノータッチ。
「ラウ」
「あ、パーシー。ありがとうね」
そんなこんなをしている内に憲兵を連れてパーシーが戻ってくる。
憲兵隊の制服を着たモンスターの登場に再びびくりと震えたリナちゃんだが、「大丈夫だよ、リナちゃん今日誰と来たか教えてあげて」と伝えると、怯えた顔をしながらもポツポツと拙いながらも母親とパレードを観に来たこと、気が付いたら母親がいなくなっていたことを憲兵へと話し始めた。
「リナ!」
「っ!ママぁ!」
そしてそれから間もなくして、どことなくリナちゃんと似た面影の女性が慌てた様子で駆け寄って来た。ぱあっと顔を明るくしたリナちゃんが駆け出して女性へと抱きつく。
無事解決な空気に良かったと安堵する。そしてしきりに頭を下げるリナちゃんのお母さんへ気にしないよう伝え、憲兵へとお礼を言った後、僕らはそそくさとその場を立ち去った。
何せ変装の身である、いくらこの認識阻害ローブが優秀といえど直接会話をしようものならすぐバレる。子供ならいざ知らず、大人や憲兵なら親善大使の顔は分かるだろうから、見咎められて大騒ぎされたらまずいのだ。
「お姉ちゃんありがとー!」というリナちゃんの元気な声に手を振り返す。
そんな僕をパーシーはじっと見つめては意外そうに口を開いた。
「子供の扱いうまいんだな」
「えっ!そんなそんな良いお母さんになるなだなんてパーシーたら!結婚しようって!?やだもう照れちゃう!」
「そんなことは一言も言ってないぞ」
すごく雑に突っ込みを入れられるも、はにゃにゃ?と難聴を患ったぶりっ子になる。
なんだって?ラウちゃんお耳悪いから何も聞こえなかったなー!パーシー僕と結婚するってー!?いいぜよろこんで!
……いやまあそうは言っても僕そもそも基本的モンスター権も怪しい実験体だから、仮に勇者の侵攻を退けたとしても結婚とか出来るとは思えないんだけどね。博士が認めるとも思えないしな。体液は劇物ですし。はい。
それにアンデッドだから子供も……やばいネガってきた。考えるのやめよ。
勝手に舞い上がって勝手に落ち込む様はさぞや愉快だろう。ふっ……と諦めと悲しみを携えどうだ笑えよとパーシーを伺う。
しかしパーシーはそんな僕には一切目もくれず、ぼんやりとどこか遠くを見ている。どうしたのかと見上げれば、ようやく気付いたパーシーは困ったように笑った。
「いやな、昔を思い出してたんだ。兄様に拾われた時のこと」
「拾われた時……」
パーシーとロイドの出会いはゲームでも深く掘り下げられてはいない。幼い頃にロイドが孤児のパーシーを拾ったという描写があっただけだ。
だから僕はどういった経緯で彼がロイドの義弟となったのかは知らない。
気にならない訳はない。しかしもしそこにパーシーにとって苦い思い出があったら傷を抉ることになるかもしれないと思うと聞くことすら憚られていた。
それに気付いていたのか、パーシーはいい機会だと吶々と語り始めた。
「まあそんな大層な話じゃない。ぼくは孤児で、ヴィオレットの孤児院で育てられていた。その孤児院は劣悪な環境……というほどでは無かったが、貧乏でな。国からの支援を宛に、細々と運営されていた」
「……」
「育ち盛りのモンスターを育てるには、食べ物も服も、何もかもが足りていない。そんな環境だとな、どうしたってモンスターの思考は歪む。歪みは暴力性という形で現れ始め、孤児の中でいじめが始まった」
「いじめ……」
「当時体も小さかったぼくは真っ先に標的にされたよ。うん、今考えてもアレはそこそこ辛かったな」
そこそこ、なんて軽く表せるものである訳がない。ちゃんと、すごく辛かったに決まっている。
いじめは暴力と暴言で受けた者の尊厳を壊してしまう。まして孤児であるパーシーには助けを求められるような親はいない。孤児たちの面倒を見る養護者は居たろうが、パーシーの口ぶりからして積極的に助けるようなことはしなかったのだろう。
たったひとりで耐え続けなくてはいけなかった当時のパーシーは、どれだけ心細かっただろうか。辛かっただろうか。死ぬまで平々凡々と生きてきた僕にはきっと想像もできない絶望だった筈だ。
何も気にしていないとでも言うように気丈に振る舞うパーシーに何も言えなくなって、でも無視はしたくなくて、思わずその手を握ればパーシーは優しく顔を綻ばせた。
「……暫く耐えてたけど、それで子供達が我儘言わなくなるならと見て見ぬ振りする大人も、笑いながら蹴ってくる子供達も、全部が嫌になって、怖くなって、ぼくは孤児院から逃げた。何も持たずに。……まあ正気の沙汰じゃないな。10歳にもならない子供が身の着のまま雪降るヴィオレットにひとりで飛び出すなんて自殺行為だ。すぐ力尽きて倒れたよ」
「……」
「もうこのまま死ぬんだなー、寒いなー冷たいなーって雪に埋もれてた。……そしたらな、たまたま兄様が通り掛かったんだ。『どうした』って声を掛けてくれて、死なないようにずっと声を掛け続けながら暖かい場所に運んでくれて……助けてくれたんだ」
繋いだ手に力を籠める。温かい。生きてる温度だ。
この温かさを繋いでくれたその時の背中を思い出しているのか、瞑目したパーシーはゆっくりと足を止めた。
「当時兄様も色々バタバタしてたみたいでな、今の家には住んでなかったから知り合いのベルの家に運んでくれたんだ。それでベルの家族に頭下げて、ぼくの生活費は全部自分で持つからここで暮らさせて欲しいって頼み込んでくれて……自分だって大変な事情抱えてたのに」
「……そっか」
ロイドは稀代の天才フリント博士が創った世にも珍しいモン造モンスターだ。死んでいるのに生きているアンデッドモンスターとしてこの方、色々と大変な目にあって来たと聞いている。
きっとそんな事情の中じゃ自分のことで精一杯だったろうに、それでも彼は目の前の命を見捨てず手を差し伸べた。誰かに押し付けるのではなく、自分が責任を持つと言ってのけた。
パーシーとロイドの年齢差は約10歳、パーシーが孤児院を出てきたのは10歳にもならない頃ということはロイド自身まだ成年もしていない頃。今のパーシーと同じくらいの年齢の時だ。
そんなまだ子供と言っても過言でもない歳で、モンスターひとり養う責任を抱えるなんて並大抵の覚悟じゃできない。
強くて、優しい彼だからこそ出来た決断だ。
そう、ロイドは優しい。鬼畜だしブラコンだし女装するどうしようもない変態だけど、でも強い。───強くて、優しい。
何故そこまで優しくなれるのだろうかと不思議に思うくらいに。
「優しすぎて、信じられなくて、ただの行き倒れの他モンスターに何でそこまでするのかって聞いたら『前に別の奴に優しくしてもらったからお返し。あと運命』って。ぼくも見習いたい」
「運命ってのだけは今も意味が分からないけどな……」とパーシーは首を傾げるが、何となく僕は察した。多分倒れてるパーシー(幼)を見て「この子は俺は守護らなければ……!」と謎の使命感に駆られたのだろう。分かる。同じ立場なら僕もそうする。
『優しいでござるよ。お主がクラーケンに突撃していったとき、あやつは周りの制止も振り切って駆け付けようとしていたしな』
『なんだかんだ大事に思われているでござるなぁ』
ふと、アジェルとの会話が甦る。
あの時は照れ隠しでロイドは優しくなんてないなんて言ってしまったが、本当は分かってる。
ロイドはずっとずっと僕にも優しくしてくれた。この世界に来たばかりの頃も、この間も。
僕の危機に駆けつけてくれた時の顔は今でも思い出せる。いつだって余裕を崩さないくせにあの時は冷や汗掻いて、多分急いで来てくれたからか白衣もヨレヨレで。
リライヴェッジから聖霊教会まですごく遠いのに、誰よりも早く来てくれた。
怖かったと泣く僕の背中を宥めるように叩いてくれた。
パーシーを拾った頃から今まで、彼はずっと変わらない優しさを持ってる。
あの優しさを、僕もロイドに返したい。───言い合いしてばっかだけど、その気持ちは僕の中にずっとあった。
「まあ、だからな。ぼくは兄様に尽くしたい。せめて命を助けてもらった恩を返したい。貴方が救った命は立派になりました、って伝えたいんだ。……でも、兄様はまだぼくのこと子供扱いするんだよ。もう魔導士団も本入団したのに」
少し不満げにするパーシーに苦笑する。ロイドのパーシー猫可愛がりは度を越してるのもまた事実、いつまでも可愛い小さいパーシーっていう認識が抜けないのだろうな。
「……そっか、今日のはそういう意味もあるんだ」
「うん。そう」
ようやく今日の裏の目的を悟り、図らずも共犯にさせられたことも理解してニヤリと笑う。
そうすればパーシーもとても子供とは思えない悪い顔で笑い返して来た。
「んじゃ、もう子供じゃないんだから親の目ならぬ兄の目が無いところで遊ぶ悪いことも覚えましょうか?お姉様が教えてあげるよ」
「だから、お前が妹だって」
いつもの掛け合いにどちらからともなく吹き出した僕らは、気を取り直して水上パレードの開催地へと繰り出したのだった。
せめてもの恩返しが入った紙袋を抱えて。
零章で「パーシーは博士が拾ってきた子」という描写をしましたが、とてもあのマッドが研究の役に立たない孤児を拾う想像が付かなかったので訂正しました。業が深いぜ。




