幕間【黄】「いつもおしごとありがとう」 其の二
景観は綺麗だけれどもどこか寂れた雰囲気のある街から、どこもかしこも花で溢れ多くのモンスターが訪れる賑やかな水の都へと生まれ変わったウェルデを歩くのは楽しい。
幅広いメインストリートの両端に並ぶお洒落なカフェやレストランには昼前だというのに既にモンスター達が行列を為しているし、お土産屋の店頭には綺麗な小物や面白げなパレードグッズなど思わず買ってしまいたくなるようなものが沢山並んでいる。
嵩が低かった運河には今や十分なほどの水が満たされ、仮装したモンスターを乗せたゴンドラが大運河をスイスイと滑るように流れて行く。ゴンドラを操縦する水夫が水魔法で運河の水を操るパフォーマンスを見せたのか、時折遠くの方でワッと歓声が上がるのが聞こえた。
パレードの会場ではない主要街でこれだけ賑わっているのだからきっと今頃開催エリアは大盛況であろう。楽しさと誇らしさに思わず足取りが軽くなる。
しかも隣に居るのは愛しのパーシーだ。これが最高と言わずして何というのか。
どうしよう楽しすぎてアレもコレもパーシーに貢ぎたくなってきた。なんだかんだ金銭感覚シビアなパーシーだから無駄遣いするなって怒られそうだけど、正直親善大使の給料って使い切れないくらいあるからこんな日くらいいいよね。あのクレープとか美味しそうだし買ってきちゃおうかな……
サッ(『近すぎる離れろ変態』と書かれたパネルを掲げた凄く見たことある全身甲冑騎士が視界に入りこむ)
「………………」
「ラ、ラウ?なんでさっきから度々そんな砂漠に生息するスナギツネみたいな顔するんだ……?」
「誰がチベスナ顔じゃ」
いやそうでは無くて、ああもうあのブラコン本当に邪魔すぎる……。
行く先々でああやって僕に存在感アピールしてくるのだ。しかも楽しい気持ちに水を差すような言葉を添えて。
最悪だ。大人気なさすぎる。こんな事ならあの時無理矢理にでもふん縛って路地裏に転がしておくんだった。後悔先に立たず。
弾む足取りが思わず重くなる。このやり取りもう10回目だよ。
っていうかパーシーはパーシーでなんでアレ気付かないの?あの甲冑騎士を侍る奇行女装令嬢めっちゃくちゃ目立ってるよ?何で君の視界にだけ入らないの?節穴なの?それとも無意識の内にあの姿見られたくないロイドの意思を受信してるから見えないようになってるの?ブラコンがなせる業なの?
ああ……不審すぎて遂にパレード厳戒態勢の憲兵に職質されちゃってるよ。めっちゃ囲まれてる。どうすんのアレ、女装中ってバレたら社会的に死んでしまうのでは?
「…………………………それで、パーシー買うもの決まった?」
「えっ!?あ、ああ……まあ、仕事でも使えるものにしようかなって思ってるんだが」
「いいじゃん。趣旨にも合ってるし」
己の世話係の社会的な死とストーカーの排除を天秤にかけ、特に何もアクションを起こさないことを選択。見るに堪えない女装令嬢から視線を外し、買い物へと意識を戻す。
どこからか「どけ!!!俺は兄様だぞ!!!離せえええ!」とか聞こえた気がしたが気にしない。気にしたら負けだ。
「となると……文房具とかかなぁ?」
「そうだな。でもぼくウェルデのお店あんまり知らないんだよなぁ」
後ろから「こら!暴れるんじゃ……うわぁ!!この令嬢すごい力強い!」とか「しゅ、瞬間移動してる!?各員対モヴ戦闘体制を取れ!包囲を緩めるな!」とか必死の憲兵隊の叫びも聞こえた気がしたが気にしない。アレの知り合いだと思われたくないから。
はてさて困った、とパーシーと顔を見合わせて首を捻る。買うものの方向性は決まったものの、今日は自分用ではなく贈り物探しであるため、どうせなら少し高級なものがいい。
だが今いるメインストリート、お店は沢山あるのだがどちらかというとリーズナブルなものを扱っている店がほとんど。ちょっとしたお土産程度ならともかく、プレゼントとなると少しそぐわない気がしてしまう。
ならば高級店が立ち並ぶ東区に行くべきか。しかし貴族街でもある東区のお店は本当に高い物しか扱っていないので尻込みしてしまうのが正直な気持ちだ。渡される側も流石に何十万もするプレゼントは受け取り辛いだろうし。
「……ニャ?パーシー?」
こう、庶民にも十分に手が届く手頃なブランドは無いものか……とパレード事業の時に頭に叩き込んだウェルデ主要街マップを脳内で広げうんうん唸っていると、すぐ後ろ少し下方から可愛らしい声が聞こえた。
ま、まさかこの声は……っ!パーシーと共にバッと振り向けば、
「あ~、やっぱりパーシーだニャ。アンタもパレード見に来たニャ?」
「団長!?お、お疲れ様です!」
長い尻尾をふりふり。可愛らしい三角耳を魔女帽子から突き出し、先が曲がった木製の杖を携える魔女っ子スタイルケットシー、何やら久しぶりにお目に掛る魔導士団長であった。
突然の上司の登場に居住まいを正すパーシーに、くりくりの黄色の目を細めた魔導士団長はケラケラと朗らかに笑った。
「非番に上司に会うだなんて災難だニャ~。なんニャ?デートニャ?」
「ああいえ、そういう訳では……」
まるで近所の子をからかうお姉さんのような余裕のある口ぶりのくせに、ガン決まった目でパーシーの隣に立つ得体の知れない女を上から下まで値踏みするように眺める魔導士団長。腰高までしか無い体躯だというのに放たれるプレッシャーはまるでミノタウロスの如く。怖すぎて縮み上がる。
「オイコラ何うちの可愛い団員に手出してんだ燃やすぞ」と言わんばかりだ。メロメロやんけ、パーシーの虜が多すぎるよ……。
「あ、あのー……魔導士団長、僕です。ラウです」
「ニャ?親善大使?何してるニャ?」
「パーシーの買い物に付き合っていまして」
パーシーの魔性と魔導士団長の殺気に怯えながらも、誤解を解くべくフードを少し下ろしてペコリと会釈。
そうすれば剣呑に細められていた目がパチリと瞬いて「ニャ~んだ!」とようやく空気が和らいだ。
「てっきりパーシーが悪い女に騙されてるのかと思ったニャ。よかったよかった」
「パーシーに寄る女は全部悪い女認定ですか……同感です」
「同感しないでくれ……」
どうやらうちの弟羊は上司にも大層可愛がられているようだ。良きかな良きかなとげんなりしているパーシーを置いて魔導士団長と頷きあう。
いやパーシーくんよ、こんな純真で紳士的気遣いに溢れている天才魔導士の君を狙う悪い虫なんてなんぼでも居ますって。警戒を高めておくに越したことは無いのだよ。
安心してね、そんな輩はラウ姉様が親善大使の権力やら後ろ盾やらフルで使って排除する所存ですからね。
そして僕と志を同じくする者はいくら居たっていい。僕の目が届かない王城内とか魔導士団内に潜む不届者の始末をつけてくれる同志は喉から手が出るほど欲しいってもんよ。ねえ?
目線で問えばどうやら僕と同じ思考に至ったのか、フッと猫らしくないハードボイルドな表情で笑った魔導士団長が徐に手を差し出してくる。無言で握り返せば固い結束が僕らの間で誕生した。我ながら数カ月前に殺しかけた・殺されかけた間柄とは思えないぜ。
「なんで僕の周りのモンスターはみんな過保護なんだ……」
「やだ困り顔のパーシープライスレス」
「親善大使、写真撮るニャ。近い位置から激写するニャ。連写ニャ」
「合点」
「もうやだ……」
様々なアングルから写真を撮りまくる僕と囃し立てる魔導士団長に疲れた顔で哀愁漂わせるパーシー。その顔もいいねっ!後でロイドに自慢しよ!
どうやら聞くところによれば魔導士団長も本日は非番のようで、これからお友達と水上パレードを見に行くらしい。「親善大使の力作、お手並み拝見ニャ~」と語るケットシーと共にメインストリートを歩きながらほんわかしながらお話したりなんかして、穏やかな空気を楽しむ。
しかし、そんな和やかな空気は15分も経たずして終わりを迎えた。
「……親善大使。早速あの女は叩き潰すべき悪い虫ニャ?」
「え?げえっ!?」
不意に魔導士団長が再び剣呑な色を宿した目で振り返る。警戒一色な声で物騒なことを宣う魔導士団長に釣られて僕らも振り返れば、数メートル離れた謎モニュメントの陰に隠れてこちらをじっと見つめている影を見つけた。思わず汚い声が漏れる。
まあ言わずもがなロイ子である。髪も服もよれよれになりつつも追いついてきた彼、女は、何やら嫉妬と怒りに目の奥を燃やしている。今にも乗り込んできそうな勢いだ。
馬鹿な、どうやって憲兵隊の包囲を抜けて来た?不審行動する女装令嬢なんて署まで連行待ったなしの筈だろうに……まさか強行突破してきたとかじゃないよね?身内から犯罪者が出るのは流石に勘弁してほしいんですけど。
「あの女、ただ事じゃない雰囲気ニャ。なんかすごいパーシーの事見てるし……どうする?殺っとくニャ?」
「あー、すみません。あれはですね」
「ニャ?」
不思議な力でも働いているのか、まだロイドのことを見つけられていないパーシーが「なんですか?どこに誰が居るんですか?」とキョロキョロするのをそれとなく辞めさせながら三角耳に向かってコショコショと事情を説明する。
すると彼女は敵意むき出しの目から一転、呆れたような顔をしては酷く哀れで滑稽なものを見るような目で僕らの背後を見やった。
「……やっぱりあのマッド蜘蛛の関係者はどっかおかしいニャ。ネジ飛んでるニャ」
「ちょっと、その理論だと僕までおかしいみたいになるじゃないですか。やめてください」
「………………」
なんだよその目は!僕はまともでしょうが!あんなイカれたモンスター共と一緒にするな!
ぷんすこと全身で遺憾の意を表明していると、ため息をついた魔導士団長は仕方ないと言わんばかりに手に持った杖をふりふりと振って見せた。
「協力してやるニャ。パーシーに心労を募らせるのは本位じゃないからニャ」
「お」
すい、と猫の目がメインストリートに立ち並ぶ建物の屋根へと滑る。それを見て自らがすべきことを悟った僕は、ようやく尾行を撒けるとニヤリと笑みを浮かべた。
「ちなみに、ちょっとお高めな雑貨屋は西通りの方が多いニャ~。お洒落なお店も多いからおすすめニャ」
「助かります。パーシー舌噛むから口閉じててね」
「へ?」
魔導士団長に感謝の意を込めてぱちりと片目を閉じ、会話についていけずぽかんとするパーシーの体をひょいっと米俵のように肩に担ぐ。
何の前触れもなく抱き上げられ目を白黒させるパーシーと、身体強化魔法を自分に施す僕。それを確認した魔導士団長はその手に持つ杖を掲げて、高らかに声を上げた。
「『幻影』!!」
「うううわああああっ!?!?」
ボフンッと大きな音を立てて魔導士団長を中心に煙幕が発生する。
突然煙に巻かれた周囲のモンスターが何事かと悲鳴を上げる中、同じく絶叫するパーシーの体を抱きかかえた僕はそのまま一気に近くの建物の屋根まで飛び上がった。
「なっちょ!?ラウ!?団長が!」
「へーきへーき。ほら見てみ」
高みから見下ろせば、丁度地上を覆っていた煙幕は早々に晴れるところであった。
代わりに現れたのは色とりどりの花と無数の鳥たち。まるで手品のように煙の中から現れた鮮やかな色に、パニックを起こしかけていたモンスター達はこれがパレードの催し物の一種であると勘違いしたようで安堵の息を吐きながら歓声を上げていた。
観客と化したモンスター達の前で優雅に一礼する魔導士団長は、可愛いウインクで僕らを見送ってくれた。
おそらくこの後、騒ぎを聞きつけて憲兵が駆けつけるだろうが、事を起こしたのがあの有名な王国魔導師団の団長としれればお咎めなど無いだろう。怪我モンスターが出ている訳でもないし。ナイスアシストです。
そして当のロイドも無事僕らを見失ったようだ。焦った様子で周りを見回していた。
このままとんずらして用事終わるまで行方くらましてもいいけど、それはそれで後が怖いんだよなぁ。スケルトン大量召喚して主要街全域大捜索とかやりかねない。
少し考えた僕はパーシーを抱えたままマギホをポケットから取り出し、メッセージを打ち込んでから魔力を魔法に昇華させずに対象へと放つ『威圧』をロイドに差し向けた。
『威圧』は自分よりも弱い対象へと自分の魔力をぶつけ、恐慌状態に陥らせる技である。魔法訓練の傍教えてもらっていたのだ。
僕よりも強いロイド相手じゃ精神を揺さぶることすら出来ないが、それでも自らに向けられたものは感じ取れたようでハッとこちらを見上げた。
まさか屋根に登っているとは思わなかったのか、ギョッと目を剥いたロイド。その見開かれた青い目に向かって僕は自らの左の二の腕をこんこん叩き、マギホをひらひら振って見せた。
まあロイドなら頭に血が昇っていてもちゃんと僕の言わんとすることは汲み取ってくれるだろう。パーシーの買い物の理由的にもこれ以上ロイドに居られると困るし。
さっさと帰れ、という意味も込めて顔を青くしたり赤くしたりしているロイドにあっかんべーと舌を出す。本格的に逮捕される前に着替えろよ変態め。
「なんだ!?何が起きてるんだ!?」
「僕の命を狙う刺客が居たんだよ。逃げるよ」
あながち間違いでもない嘘を口にしながら屋根を蹴る。目指すは魔導士団長が教えてくれた西通りだ。
ぴょんぴょんと屋根を跳んで伝い、時に『八艘』も駆使して宙を駆ける。蹴る力を誤ると屋根が抜けるので細心の注意を払わねば、と力加減に苦心していると、衝撃から抜けたのかパーシーが幾分落ち着いた声で話しかけてきた。
「すごいな……信じられない身体能力だ」
「そうだねえ。我ながらとんでもない体になっちゃったもんだよ」
今や僕の瞬発力とか俊敏さは身体強化を掛けたロイドよりも上だ。……とはいえ実際には『移動』があるので単純な勝負じゃまだまだ分が悪いけども、しかしこうした三次元機動での対決であれば負けやしない。『移動』は万能な瞬間移動のように見えるが、行ったことのない場所や行き方が分からない場所、そして空中に向かって使うことはできないのだ。
腕力も、全力で身体強化をかければ『豪脚』無しのアジェルといい勝負できるようになってきた。もはや一般モンスターを凌駕するどころか生半可な騎士であれば推し勝てる程の身体能力である。
留まるところを知らない成長率に自分自身恐れ慄いているのが正直なところだ。僕の体を流れるユウキエネルギーは一体何を目指しているのやら……。
「すごいな、ラウは。本当に。魔法しか能がない僕とは大違いだ」
「僕としちゃその魔法の方が難しいんだけどね……あんなにすごい魔法扱えるパーシーマジリスペクトだよ」
対して、順調な身体能力制御に反して魔法の出来はイマイチなのが最近の悩みだ。魔法を飛ばすのは相変わらず苦手だし、無機物に魔法を付与するのも前よりかはマシになったがまだまだ改善の余地はあるとロイドから指摘されている。
今でこそ十全に扱っている身体強化魔法も完璧に会得するまでそれはそれは大変だった……どこぞの鬼畜の眷属オールスターズに訓練と称してボコボコにされた日々が懐かしいぜ。一昨日もされたけど。
ハナガタミ流の属性技、火剣『火廻』も、一度成功できたことでイメージが掴め少しずつ成功回数も増えてきているが、それでもまだ完璧とは言い難いのが現状だ。
モンスターとなり魔力を獲得して早四ヶ月。訓練のたびに思うが、魔法とはイメージ力がモノを言う世界だ。
イメージとはつまり想像力であり、想像したモノをそのまま彫像や絵に落とし込む力が強いパーシーは魔力を扱うのも上手い。
対して僕は少々……うん、少々見たモノ想像したモノをそのまま落とし込むのが苦手な所が有るので魔力操作が下手くそなのだろうとは鬼畜の言である。下手くそ言うな。
そしてこればっかりは生まれ持ったセンスもあるので、センスがない僕にパーシーのような繊細な魔力操作は難しい。だから僕としては魔法ができるなんて、なのである。魔法しか能がないなんて何を言うか。素晴らしい才能だろう。
何やら少し落ち込んでいるらしいパーシーを励ますべくそう口を開こうとした時。
「───、──────」
「え?」
零れた言葉はあっという間に景色と共に後方へと流れていく。断片だけしか捉えられなかったそれに思わず聞き返す声を上げれば、肩の上のパーシーはハッと息を呑んだ。
「あ、えっと、ラウ!西通りはこの下だぞ!」
「え?ああ、うん……?」
無理矢理躱された疑問に、しかしそれ以上の追及はできず曖昧に頷く。まあ後で聞くかと気を取り直して意識を下方へ向け、ひらりと屋根から飛び降りる。
大通りでもある西通りにそのまま降り立てばロイドに負けず劣らずの不審者となってしまう。「どこから現れた!?上!?」と騒ぎになって捕まれば親善大使だとバレかねない。
目立たぬよう路地裏へと向かって降り、何事も無かったように大通りに出れば万事解決───
「うわぁ!?どこから現れた!?上!?」
「あ、やべ」
ズダンッと薄暗い路地裏に着地した僕に驚いたモンスターの悲鳴が上がる。
大通りのモンスター混みを避けるためか狭い抜け道を使う先客がいたようだ。路地裏を通るモンスターが居ることは考慮してなかった。
冷や汗流しながら「お、驚かせてすみませぇん」と文字通り降って湧いた僕に驚いて尻もちついたっぽいモンスターへと振り返り手を差し出そうとして、その聞き覚えのある声にはた、と動きを止めた。
「あれ?ドルニカさん?」
「た、大使さん!?パーシーくんも!?何してんだアンタら!」
「ご、ご無沙汰してます……」
まさかまさか、そこに居たのは水上パレード事業で協力したウェルデゴンドラ協会協会長、ドルニカさんであった。
薄暗い路地裏でも分かる鮮やかな赤髪を心なしかへんにゃりさせた彼は、至極もっともな疑問を口にしながら狼狽えていた。
「いやぁすみません。追っ手を撒く為に屋根伝いに移動してまして」
「何してんだアンタは!?」
焼き増しのような疑問の叫びにえへへと頭を掻く。お恥ずかしい、ちょっとお転婆してるところ見られちゃいましたな。
走った影響で脱げていたフードをかぶり直し、改めてドルニカさんへ手を伸ばす。
「っていうかドルニカさんこそこんな所で何してるんですか?今日もゴンドラレースやってますよね?出なくていいんですか?」
「ああ……オレは前回優勝者だからな、決勝シード枠ってことで来季の本選まで出ないんだ。だから今日はゴンドラ協会長としてパレード要員なんだが、買い出しを頼まれてこっち来てんだ」
「なるほど?お疲れ様です」
よいしょ、とドルニカさんの手を引いて立ち上がらせる。特に怪我はなさそうだ。
良かった良かったと頷く僕と地面に降ろされ気まずそうな顔をするパーシーに、ドルニカさんは何故かジトっとした目を向けてきた。
「お疲れ様ですじゃねえよ大使さん。月一開催にするって言った張本モンスターのくせに何も手伝わねえで……パーシーくんもゴンドラレースに出てくれねえしよ」
「あはは……でも僕の代理を務める補佐官は送ったでしょう?」
「す、すみません。陛下から出場禁止されていまして……」
僕は苦笑い混じりに、パーシーは心底面目なさそうに頭を下げる。
とはいえ僕の方は運営から何まで全てウェルデ都市庁舎に引き継いでいるし、パレード要員として貸し出しているおもてなし本部員の指揮は大使室から補佐官を出しているので、もうぶっちゃけ僕に出来ることは何もない。
パーシーはと言えば、流石にリライヴェッジの実験体を勝手に連れ出してしかも公衆の面前にお出ししたということで上司である陛下に怒られてしまっており、当面の間ゴンドラレース出場を禁止されていたのだ。
ちなみに真面目なパーシーは陛下に怒られたことでしばらくの間かなり凹んでいたが、パーシーをそそのかして外に出た諸悪の根源は一緒に怒られていた筈なのにけろっとしていた。ケモノは強いなと感心する僕の目の前でロイドとミモザから拳骨食らっていたが。
「ま、大使さんは忙しいしな。この間もカルベンで何やら大騒動に巻き込まれてみてえだし……大変だな」
「あはは、それほどでもぉ」
「褒めてはねえぞ。……それに、オレらとしてもアンタの力充てにしておんぶに抱っこじゃ何の意味もねえしな。まあ何だかんだ丁度いい引き際ではあったか」
不満を口にした手前気まずそうではあったが、ドルニカさんはどこか誇らしげな顔をしていた。
僕はその目に何を言いたいのかを察し、静かに微笑んだ。
悪政を敷いていた領主ならびに都市庁舎と、ウェルデ領民の間にもう軋轢は無くなったとは言えない。
未だに水夫を始めとした領民は領主と領主の言いなりであった都市庁舎に対し「またいつか同じようなことをしでかすのではないか」と不信感を拭えずにいるし、都市庁舎はそんな領民へと負い目故か尻込みしている節がある。
そんな複雑な事情を抱えるウェルデに住むモンスターにとって、水上パレードを立ち上げた僕という存在は良い緩衝材だった。
お互いが抱える要望や相談は僕を通すことで必要各所に届くし、第三者が間に入ることでお互いが抱える負い目や憤怒というのは一歩離れた場所に置いておくことができる。
お陰で第一回目の水上パレードは、当日まで特に大きなトラブルもなく円滑に準備を進められていた。
しかしその緩衝材がなくなった今、領民と都市庁舎の関係性は再びぎくしゃくとしたものとなった。調整役として大使室の補佐官は派遣していたが、それでも今までのようにというのは難しい。
その関係性を解してくれたのがドルニカさんだ。
僕が水上パレードから手を引いた後、彼は虐げられた水夫の代表という立場でありながら両者を繋ぐために奔走してくれていたのだ。
ゴンドラレースと関係ないような事すら彼は引き受けては、領民と都市庁舎の橋渡し役として走り回ってくれていた。
その活躍は担当補佐官通して僕の元にも届いている。
きっと想像もつかない苦労がこの一か月にいくつもあっただろう。思い通りにいかないことも、彼自身抱える怒りを持て余すこともあった筈だ。
それでも彼はやり遂げてくれた。僕の立ち上げた水上パレードを未来につなぐために、必死にウェルデ中を走り回ってくれていた。僕の意思を絶やさぬように、継いでくれたのだ。
その気持ちが何よりも嬉しかった。
「……やっぱり、貴方に立ち上がってもらってよかったです」
「ハッ、言っただろ大使さん。オレらはアンタに怒られないギリギリのゴンドラ武装を目指し続けるって。その為にゃこの水上パレードが無くなっちゃ困るんだよ」
照れ隠しか、そんなふざけたことを言うドルニカさん。しかしその顔はやり遂げた達成感に満ちている。
いつまでも第三者が間に入っていては本当の解決にはならない。ウェルデを本当に想うのであれば、新世代のゴンドラ乗りとして未来を創るには、自分の足で立ち上がる必要がある。
そう語ったこの都市の『英雄』はニカッと笑って胸を張った。
「どうだ?オレ達が作った第二回ウェルデ水上パレードは」
「まだメイン会場行ってないですけど楽しいです。もう最高」
「すごい楽しいです!メイン会場行くの楽しみです!」
「はははっ!ならよかったわ」
────薄暗い路地裏だというのに、まるで陽の下にいるかのように感じる暖かく快活な笑い声は、表通りの喧騒にも負けないくらい大きく響いたのだった。
「あ、でもちょっと気になる点があるんですけど伝えてもいいですか?当日の憲兵隊配置についてとゴンドラ乗り場の設営について、あとメインストリートに多分認可降りてない出店が有ったので調査をお願いしたいんですよね。とりあえず後で都市庁舎に顔出すんで担当のモンスターに伝えておいてもらえます?それとあと……」
「……なあパーシーくん。君ら今日休みなんだよな?観光に来たんだよな?なんで大使さんはまるで仕事中みたいな目線で街歩いてんだ?」
「……職業病、ですかね……」
気になっちゃうんだよねぇ。




