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聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の十

 誰とはなしに安堵の息が漏れ、大使室を支配していた緊張感が緩んだ。

 やれやれという空気が流れだし、次第にいつもの慌ただしい業務時間の雰囲気が戻ってくるのを尻目に大きくため息をついては大使室全体が見渡せる自席に腰を下ろす。


「はあ……心臓に悪い。一国の王と一大主教の長がふらっと遊びに来る職場怖すぎる」


「そうですね。それほど心配していたのでしょうけど」

 

 ユリナの言葉にどうだか、と素直な言葉が出かかるが、流石に不敬かと口に出すことなく飲み込んで椅子の背もたれに体重を掛ける。ギイッと僕の代わりに不服を申し上げてくれた椅子に苦笑したユリナは「ですが」と表情を真剣なものに変えた。


「やはり大使周辺の警備体制の見直しは急務です。早く承認して下さい」


「あー……うん、そうだよねえ……」


 新しく淹れ直した紅茶のカップと共に差し出された資料に思わず顔を顰める。

 大層であまりにも恐れ多すぎる内容が記載されたこの『親善大使警備体制草案』を差し出されるのはこれで四度目。その都度色々と言い訳をつけてはのらりくらりと躱していたが、今日ばかりは逃さんと言わんばかりにユリナは腕を組んで僕の前に立ちはだかった。


「何故そこまで拒むのですか?」


「拒んでる訳じゃないけどさあ……でもたかが僕のために騎士団と魔導士団からローテーションでモン員出してもらうっていうのがちょっとねえ。国王相当の待遇な気がして尻込みしちゃうというか」


「確かに式典等には陛下の護衛に騎士団と魔道師団からモン員を出すことも有りますが、普段の陛下の護衛は基本的に王城の近衛の仕事ですから国王相当は違いますよ」


「余計恐れ多いわい」


 国王でも特別な行事がない限りしない警備体制を僕に割り当てるなんてそんなVIP待遇、僕のノミのような小さく止まった心臓じゃ耐えられませんて。

 それに騎士団も魔導士団も多忙でいらっしゃるしさあ……と口を尖らせてボソボソ反論すれば、ユリナは困ったような眉を下げた。


「たかが、なんて仰らないで下さい。今やラウ親善大使の名は誰もが知るところです。陛下から期待厚く、聖霊教会ですら一目置かざるを得なくなった大使の命は陛下相当の警備を敷いて然るべきなのですから」


「うむむ……」


 ユリナが言わんとすることは分かる。

 今回僕……『ラウ親善大使』が成した聖霊教会との同盟は魔法界に激震を走らせたと言っても過言ではない。

 何せ、いかに国王がこの政策に、ニンゲンとの和平に前向きであるかを表明し、それをあの頑なであった聖霊教会に認めさせたのだ。

 ニンゲンを聖霊の敵で不倶戴天の仇と声高々に宣言していたあの聖霊教会に、だ。防衛目的の同盟といえども、この功績は大きい……きっと僕が思っている以上に重たい功績だ。

 

 様子見に徹していた政治に多かれ少なかれ関わるモンスター達は、おもてなし政策に対して何らかのアクションを起こす必要が出てきたし、国民達も注目をせざるを得ない状況になった。

 

 そしてそんな状況を生み出した僕は言うなれば今世間で最も熱い的であり、その的を今後色んな意味で狙う輩が増えるのは自明の理。元々の反対派一派への牽制も兼ねて見える形で警備を敷きたいと思うユリナの気持ちも分かる。

 

 現に今回は様々な事情が絡んだ結果致し方なかったとはいえ、護衛兼補佐がアジェルだけという警備の薄さを突いたような襲撃だったのだ。もっと警備を厚くしておけばと後悔もあれば、期待されていた憲兵隊への救援要請も碌に果たせなかったと彼女が気に病んでいるのも知っている。

 

 だけどどうしてもこの功績は自らの力で成したものではない……どころか戦闘では情け無い姿を晒し、必要な場面では気絶してた僕なんかが、という気持ちが大きい上に未だ感覚的には一般庶民が抜けていないので恐れ多いというか申し訳ないという気持ちが抜けず、どうしても頷くことができていなかった。

 確かに、連日ニュースや新聞で名前が出され大多数の国民がラウ親善大使の名を知るところになった今、僕がまた襲われて怪我したとか最悪死んだとなったらまずいというのも分かっているのだけども。


「あと普通に知らないモンスターに四六時中引っ付かれると気が抜けないから嫌だ……」


「何ですか?」


「いいえ……」


 聞かれようものなら笑顔でお説教が始まりかねない本音を押し隠し、どうしたもんかねえ、という表情を作って見せる。

 わがまま言っている自覚はあるし、心配してくれるユリナには申し訳ない気持ちはあるが、色々と隠さないといけない事情がある身としては常に護衛という名の監視の目があるのは落ち着かないのだ。

 そんな僕の心情を知ってか知らずか、ユリナは大層困ったようにため息をついた。


「勝手に教会からの申し出も断ってましたし……」


「いやあれは断るでしょ。なんで教会騎士団が僕の護衛すんのよ」


 机の隅に押しやった打診書にちらと視線を落とす。

 目覚めてすぐに教会から届けられたこの書面には『この度同盟を結んだ盟主親善大使を教会騎士団にて警護したい』という目を疑うような打診が記載されていたのだ。

 おもてなし本部の本部員も所属している王国騎士団や王国魔導士団ならいざ知れず、同盟を結んだとはいえ別組織である教会が騎士団を派遣するなど意味が分からない。絶対これで借りをチャラにして同盟反故にしたいとか、親善大使の粗さがして同盟破棄の理由にしてやろうとか裏があるだろ!と内容を確認するや否や丁重にお断り申し上げたのだが。


「同盟相手との友好を示す絶好のチャンスでしたのに、大使ったら誰にも相談せずに返事して……」


「そうは言いますけどね、相手教会だよ?やだよ絶対ボロだすもん僕」


「まあ確かに送ってきたのが教皇様とか他の枢機卿ならそのような思惑もあるでしょうけど……って、まさか大使……もしかして打診書送ってきたお相手見てないんですか……?」


「え?」


 お、お相手?いや確かに内容に驚きすぎた上に申し出の裏を考えすぎて聖霊教会の誰がアレを送ってきたのかは見てません、でした、が……。

 眉根を寄せジッと僕を見下ろすユリナ。常日頃から書状の中身は隅々まで確認しなさいと怒られているだけにこれは不味い。素直に認めようものならお説教コースだ。

 ダラダラと冷や汗を掻きながらこの状況を切り抜けるべく目まぐるしく脳を回す。


「み、見たけど忘れちゃったぁ。えへ?」


「…………」

 

 そして出した結論は秘儀、ぶりっこ。はにゃ?と渾身の可愛い顔を作って首を傾げる。

 どうだ、少し前の飲み会以来ビジネスライクに徹していたユリナの態度は前よりも柔らかく、というか少し僕に甘くなったので、それを良いことに都合が悪いことがあればちょっとあざとく可愛い子ぶる術を最近覚えたのだ。

 大体の場合は「く……っ!こ、今回だけですよ……」と許してくれるのだけど……ああいやダメだわ。今回ばかりは免れなさそう。全然目の温度が上がらない。怖い。


「そりゃ悪手だろ狐っ子」とどこぞのハンター協会元会長に鼻で笑われる様を幻視し可愛い顔が強張る。ぷるぷると震える僕に再び盛大なため息をついたユリナは、痛む頭を押さえてダメダメな上司をしかるべく口を開───



「ラウッッッ!!!!!」


「ハイ!?僕がラウですっ!!?」


 突如、前触れもなくバァンッと開かれた大使室の扉に僕を含む大使室全員が飛び上がる。何事!?と扉へと視線を向け乱入者の確認を試みるも、それより前に僕の顔面はたおやかな白い手によってワシィッと鷲掴まれた。


「!?っ!?!っ!!!?」


「貴女、私が送った打診を断ったそうですね……?私からの施しは不要だと、そういうことですか……?」


「あぶぶぶぶぶっ!?」


 ギリギリとめり込む痛みに涙が浮かぶ。潤む視界に銀色が瞬き、静かでありながら怒りが籠る声が頭上に落ちてくる。

 非常に覚えのある声にまさか、と顔を上げれば、そこには非っっっ常に不機嫌そうな薔薇色の瞳が合った。


「ぶ、ぶうぇるびーゔぁばわ!?」


「なんですかそのブサイクな呼び名は。不愉快です、滅しますよ」


「おみゃままままっ」


 鷲掴まれた顔面が揺らされる。細い指からは想像もできないくらい強い力から逃れようと奮闘する僕を、大使室一同がドン引きした目で見つめている。

 やめてください腐ってもここの長なんで醜態晒されたら威厳とか無くなるっ!


 そんな僕の言葉無き懇願が届いたのかそれとも満足したのか、細い指が頰から離れていく。己の頰が抉れていないか涙目で揉みしだきながら本日3名目の乱入者を恐る恐る見上げた。


「シエルリーファ様……なんでここに……」


 白地に黄色の刺繍が刺された丈の長い法衣を纏い、その背にどこぞの教皇とは比べ物にならないくらい立派な純白の白い羽根を背負う女───聖女シエルリーファ様は、頭上の天環を輝かせてはふん、と憮然と鼻を鳴らした。

 

「貴女が私の打診を拒否したからでしょう」


「打診?打診って……あ゛」


 シエルリーファ様の背後で、ユリナが机の隅に追いやられた資料へとチラチラ目配せする。前のユリナが言いかけた言葉と、目配せの意味と、シエルリーファ様からの問い詰めにようやく事態を悟った僕は愛想笑いを浮かべながらサァーッと顔面からエネルギーを引かせた。どうやら今回無碍にしてしまった打診は、裏も表も無い、友を想うとある枢機卿の心配りであったらしい。やばい。


「…………まさか、中身も見ずに断った、と……?」


「いやいやいやいやまさかまさかですよぉシエルリーファ様!!当然見てた上でお返事してるに決まって」


「ほう。ならばこれから大変であろう友を慮った私の配慮と分かった上で断ったということですね」


「んっぐぅ……っ!」


 クソッ!何言っても墓穴を掘る!こんな事ならちゃんとユリナの助言を得てから対処するんだった……!数日前の浅慮を悔いながら、目の前のお目目真っ黒聖女の追求から逃れる方法を必死に考える。アカン!視界に入り込んでくる聖女が怖くて全然思考が纏まらない!


「……っ、ち、違うんですよシエルリーファ様!決してシエルリーファ様からのお手紙だと気付かなかったとか、そんな配慮いらねーよペッ!ってした訳ではなくて!あのーそのー……そう!僕はシエルリーファ様を友達だと思っているからこそ!今回の打診をお断りさせていただいたんです!」


 ぴくりと亡霊のように視界に入り込もうとするシエルリーファ様の動きが止まる。ここだっ!と攻め時を悟ってその細い肩をガッシリと両手で掴み、更に言葉を募った。


「シエルリーファ様のお気持ちはとっても嬉しかったです!が!友達であるからこそ僕は貴女と対等にいたい!一方的に恩恵を賜るような庇護下にありたい訳じゃないんです!」


「…………………………………友達だから?」


「イエスッ!!友達は一方的に施ししない、受けない!常に対等友情万歳!!」


 友達とか友情という言葉が出る度にぴくっ、ぴくくっ、と羽を震わすシエルリーファ様。手応えあり、どうだ行けるか……!?と固唾を飲んで様子を伺う。


「……………まあ、そういうつもりの拒否だというのであれば認めましょう。友達ですからね。友のあり方、考えを認めるのもまた器広き友の使命ですから」


「チョロすぎる……どうしよう僕シエルリーファ様の今後がすごく心配になってきたよ……」


「私は大使のその言いくるめスキルの高さに驚いていますけどね……」


 胸を張って誇らしげにするシエルリーファ様にユリナへとコソコソ耳打ちすると、呆れたような視線が返ってきた。

 モンスター聞きの悪いこと言うなあ。そんなことないよね、と大使室の補佐官達を振り返れば、みんなで集まって僕をチラチラしながら何やらコソコソ言い合ってた。言いたいことがあるなら直接言え。


「えへんおほん。えーっと……改めましてシエルリーファ様、後始末の諸々も含めて色々とありがとうございました。本当はこちらから伺いたかったのですが……」


 世話になった立場なのに足を運ばせてしまって申し訳ない、と頭を下げれば対面に着席したシエルリーファ様は初対面時にはまるで無かった柔らかい雰囲気で微笑みを浮かべた。


「いえ、礼を申し上げるのはこちらです。貴女方の力添えが無ければ今頃聖霊教会は内から外からと瓦解していたでしょう。本当にありがとうございました」


「…………」


 聖霊教会の瓦解、と聞いて思わず口を噤む。事の重大さが身に染みたからでは無い、果たしてそれは本当にあり得たかもしれない未来で、それを示唆するものを僕が知っているからだった。


 この世界のことを語るゲーム『リリィの聖剣』において、聖霊教会とは存在こそ仄めかされていたものの直接シナリオに関わってはこない組織であった。

 しかし現実の聖霊教会はとてもそんな小さな存在では無い。対ニンゲンという面で見ればどこよりも過激で過剰反応を起こすような組織だ。


 そんな組織がゲーム内ではニンゲンが現れても沈黙を守り続けていたし理由とは、一体何か……恐らく沈黙守っていたのではなくせ(・)ざ(・)る(・)を(・)得(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)、もっというなれば関与するほどの力がゲーム内の聖霊教会には無かったのだ。


 何故か。───それはきっとゲーム内の聖霊教会は今回の襲撃を切り抜けることができず、ゲーム開始時点では組織として致命的なまでに力を失ってしまっていたから。

 

 そう考えれば色々と辻褄は合う。魔法界存続の憂き目にあえば聖霊教会は『時の祭壇』による結界を持って国民を保護するはずなのに、実際に勇者として目覚めたサーシャが暴虐の限りを尽くす事態になっても国民をその内に入れ守ったと言う描写はなかった。

 

 きっとその頃には既に『時の神殿』は破壊されており、内部から溢れたブライテッドによって聖霊教会は多大な損失を受けていたのだ。

 だから王国騎士団と肩を並べる教会騎士団も出て来ず、強力な光魔法を使える聖女が勇者の前に立ちはだかる事もなく、モンスターはひとり残らず殺し尽くされ、魔法界は呆気なく滅亡した。


「………」


 唇を引き結ぶ僕に、シエルリーファ様は不思議そうな顔をした。───こんな責任感に厚く、聖女として誇り高くあろうとする彼女のことだ。ゲーム内の中でもそれはきっと変わらない。だからこそ手に取るように分かった。


 ゲームの中聖女シエルリーファは死んでいる。……あの、ブライテッドの大群を抑えるべくひとり戦うことを選んで。



「………親善……ラウ……?」


「……いえ」


 僕のお陰でシエルリーファ様が助かった、なんて自惚れたことを言うつもりはない。

 だけど、今までずっとどこか懐疑的だった僕の存在理由僕が、この世界で僕が『ラウ』として生きて、親善大使をしていく理由がようやく分かった。


 紅茶のカップを一気に煽り、中身を空ける。突然の僕の行動に目を白黒させるシエルリーファ様の前で行儀悪くガチャンッとソーサーにカップを戻した僕は、彼女へと───ちゃんと生きて、僕の友達となった聖女へと手を差し出した。

 

「改めて、この世界をより良く導く同志としてよろしくお願いします。シエルリーファ様。一緒にこの世界を守りましょう」


「…………ええ。望むところです」


 呆気に取られた様子で目を瞬かせたていたシエルリーファ様は、やがて意思の強い薔薇色の目でしっかりと僕を見据え、差し出された手を握り返した。


 

 そうだ、胸を張ればいいんだ。

 凄惨なシナリオなんてぶち壊して、この世界で一生懸命に生きるモンスター達と共にハッピーエンドを目指す───こんな荒唐無稽な話は、僕にしかでき無いことで、僕だからできることなんだから。


 それは何にも変え難いもので、格好良いことだから。

 

 








 ◇






───リライヴェッジ研究所地下一階、第零研究室実験室。



 ただでさえ光が差し込まない地下だというのに、照明すらも最低限に絞った薄暗い部屋の中。

 三対六本の腕を動かしひたすらに本の項をめくり、何かを書き留め続けていた男はおもむろに手を止めた。


「……見つけた」


 それは一つの法則。かつての教皇が残した書に隠された、決して表に出されなかった闇の歴史を紐解くための法則性。

 この蔵書を管理していた聖職者達が気付くことすら出来なかった暗号を紐解き、そして本当の歴史を知ったその天才は、薄暗い部屋の中でひとり嗤った。


「なるほど、そうか、不自然だと思ったんだ。おかしいと思っていた。ああそうか、そうかそうかそうか───では、何故だ?」


 理解は歓喜を呼び起こし、そして新たな疑問へと押し上げる。

 その身にあまりに強大すぎる好奇心を宿した蜘蛛は、新たな疑問を紐解かんと思考を巡らせる。

 

 没頭し、没頭し、喰らって、歓喜し───部下である萌葱色の髪をした研究員と四つ脚の実験体が、部屋から響く嗤い声に気味が悪そうに扉の前で首を傾げているのにも気付くことなく、ひたすらに謎を、疑問を、食らい続けた。



 ────『勇者=自死』と、紙片に殴り書いて。









 ◇







「悪い悪い。遅くなった」

 

「いや、こんな所まで呼びつけてすまなかったでござる」



 

 ───『王都』、とある酒場。

 世間を騒がす聖霊教会襲撃事件の影の功労者、五つの頭蓋を侍らせた少年然としたアンデッドは、喧騒あふれるメイン通りから一歩裏通りに入った酒場にて馴染みの虎獣人と落ち合っていた。


「いやぁ王都久し振りだから迷った迷った。通りがかりに声かけてくれたウサミミお姉さんに道教えてもらわなきゃ今も迷ってたわ」


「……今日はナンパか?迷子センターか?」


「迷子センターの方」


 その実年齢とはかけ離れた見た目のこのアンデッドは、良くも悪くも……というか、色んな意味で目を引く故に道を歩けば声を掛けられる。

 今日はその見目に惹かれた女が同伴目当てで声をかけてきた訳ではなく、見た目年齢に引かれた親切なモンスターがウロウロ道に迷う姿を見て庇護欲に駆られ声を掛けてきたらしい。


 昔はどちらの意味でも声をかけられること自体疎んでキレていた彼だが、歳を重ねたことで余裕を得たか今やラッキーくらいにしか思っていないようだ。これが成長かと長年の付き合いの虎獣人は遠い目をした。


「ラウの怪我はどうでござる?」


「もうピンピンしてるよ。普通なら全治一ヶ月ってところなんだけどなぁ、流石の修復力だな」


 ソファーに掛けるロイドにドリンクメニューを差し出すアジェル。ありがたく受け取りさっさとオーダーを決めた彼は店員へと注文を言いつけ───そしていつもの食えない笑みをアジェルへと向けた。


「そんで?こんな個室のある店に呼んだんだ、なんか相談あるんだろ?ミモザ関係?」


「え!?あ、いやまあ……そ、それも後々色々と相談したいのだが……んんっ、まずは酒が入らぬ内に真面目な話をだな」


「真面目な話ぃ?」


 心惹かれる話題目に若干流されかけるも咳払いで己を律し、真面目な顔を作る友にロイドが怪訝な表情を浮かべる。


 勿体ぶっていても仕方がないと、アジェルは店員から受け取ったジョッキを掲げることなくテーブルに置き、そして単刀直入に切り出した。


「ラウのことでござる。……なあロイド、お主あやつに関することで隠していることがあるでござろう」


「…………」


「ハナガタミ流『八艘』、虚空に魔力による足場を生み出し空中移動を可能とする術。指南書には魔力の通し方や足場の発生方法、維持方法は書いてあったものの、その技の正体までは書かれておらんかった。故にラウは気づいていないが……あの技は、」


 続く言葉は分かっているだろうに、その紺色にも見える青色の瞳を細めたロイドは───第零研究室筆頭研究員の肩書を持ち、実験体016番『ラウ』の世話係を務めるアンデッドモンスターは、口を挟むこともせずに彼女の戦いの指南役の言葉を待つ。


 その態度に半ば確信を得たアジェルは、しかしそれでも確証を得るべくあえて疑問を口にした。


 即ち───


 




「あの技は、風属性魔法『飛翔』の応用にござる。───何故あやつは、複数の属性魔法を使えるでござる?」




 

 モンスターの身に宿る魔法属性は一つのみ。

 これは魔法基礎学の最初も最初に習う魔法の常識であり、不変の法則であり、世界の理である。



 確かに中には正面のアンデッドや、モデル業と王国魔導士との二足の草鞋を履くラミアのように、基本属性である火・水・風・土・氷・雷以外の特殊属性を宿すモンスターもいるにはいるが、それでも属性数は一つだけ。それは絶対に変わることのない世界の決まりごとなのだ。


 その理を自覚なくねじ曲げ、なんの気負いもなく駆使して戦ったあの元ニンゲンのアンデッドモンスターは、一体なんなのか。


 恐らくその問いの答えを持つであろう男をアジェルはジッと見つめる。彼女の指南役を務める者として、そして彼女を己に託す者として、これは避けては通れぬ確認だと、ひたすらに目で問い続け───そしてロイドは、困ったように笑っては、ため息をついた。


「……博士にもまだ言ってねえんだ。ちゃんとアイツが悪いことにならないようタイミング測ってる所だから、誰にも言わないでくれ」


「───」


 そう前置きして語られた内容にアジェルは驚きを溢すとともに、ずっと頭の片隅にあった疑問への答えを見出した。




 そして数奇な運命を───考えようによってはあまりにも残酷な運命を背負わされた彼女を、正しく導くことを心新たに誓うのだった。


 

 





◇









「そういえばシエルリーファ様、僕ずっと気になってたんですけど」


「なんですか?」



 初対面の頃とは比べ物にならないほどに気安くなった聖女シエルリーファへと、ラウ親善大使はずっと引っかかっていた問いを投げつけた。


「なんで晩餐会の日、あんな遅い時間に大浴場に来たんですか?僕は諸々の事情で他のモンスターとかち合うの避けてたから遅い時間に行ったんですけど」


 本当はただ単純に寝落ちしただけなのだが、まるっきり嘘ではないと調子のいいことをぬけぬけと口にしながら、大使室を後にしようとするシエルリーファを見送る。


 そのラウの何気ない質問に、初めての友達に浮かれていたシエルリーファは───態度を一変させ、酷く痛々しい表情を浮かべた。


「え?シ、シエルリーファ様?」


 まさかすぎる反応に目を見張ったラウ。してはならない質問だったかと慌てふためく。

 なんてことない些細な疑問だった。何でもない、忘れてくれ───余りにも悲壮な雰囲気に、そう言い募ろうとするラウを、しかし目を伏せながらもシエルリーファは遮った。


「……あの日は、ロシェの大司教の元へ行っていたのです」


「え……あ、ああ、もしかして過労で倒れてしまったという?」


「……ええ」


 大使室の扉の内側で立ち竦むラウの腕を引いて廊下へと連れ出し、静かに扉を閉める。

 まるで誰にも聞かれたくない話をしようばかりの行動にラウが眉根を顰めると、シエルリーファは吶々と語った。



「私は聖女……他の誰もが使用できない『安寧魔法』の使い手です。聖霊様へと祈祷を捧げることで気力を漲らせ、病床を退け、生きる者に憑く悪きものを滅することができる」


「……そう、ですね。きっと大司教様もシエルリーファ様の手にかかればすぐ元気になったことで……」


「いいえ」


 形の良い唇を引き締め、悔いるように瞑目するシエルリーファはまたしてもラウの言葉を遮る。

 

 やがて、諦めたように……否、今もなお信じたくない事実を無理やり飲み込み苦しむような表情で、今聖霊教会を───この魔法界を襲う静かなる脅威を口にした。



「大司教は、過労で倒れたのではありません。……原因不明の昏睡状態でした」


「え……?」


「私の『安寧魔法』を持ってしても目覚めさせることはできない、謎の昏睡。そしてそのまま…………あの方は私が見舞った翌日、同じように昏睡状態に陥っていた聖霊教会騎士団副団長と共に、忽然と姿を消しました」









 ───言葉を失うラウの脳裏に、あの時相対したやけに綺麗な法衣と甲冑を纏う、2体のブライテッドの姿が、蘇った。













これにて『黄の都市』聖霊教会編完結です!年内に終わらせられてよかった……!!

この後は幕間を数本挟んだ後、『赤の都市』編へと突入です。よろしくお願いします!

良いお年を!

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