聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の七
「なんでこう行く先々で死にそうになるかなお前さん……世話係の身にもなってくれねえ?心配すぎるんだけど。いい加減禿げるぞ俺」
誰かに抱き起される感覚を覚えると同時に、頭上で硬質な金属音が響いた。
朦朧とする意識の中でのろのろと顔を上げれば、薄茶色の髪と白衣が視界に入る。
青い魔力を体に薄らと纏わせる彼は、見慣れたその顔に僅かな焦燥と冷や汗を滲ませた笑みを携えて僕を見下ろしていた。
「っていうかよく見たらすげえボロボロじゃねえか。大丈夫か?生きてる?」
「…………ロイド……?」
「あ、生きてた」
僕を支える手と逆の手で握った剣で振り下ろされた剣を片手で受け止め続ける彼は、弱弱しい返答にほっとした様子を見せた。
同時に、大槌を大きくスイングした五番目の近衛によって騎士の体がひしゃげて吹っ飛ぶ。他にも大鎌を振るう二番目や大槍を持った三番目が群れへと突撃していく。
一気に逆転した形勢に、ようやく自分がリライヴェッジにいる筈のロイドに助けられたのだと理解した。
なんでここにだとか、どうやってとか、次々と疑問が湧く。───しかしそれを口にする前に、押し寄せた安心感にぶわわっと涙が溢れた。
「うわああああんっ!!ロイド来てくれたあああありがとおおおおっ!!」
「うわっ!?あー泣くな泣くな、まだ一応戦闘中だから落ち着け」
緊張とか恐怖とか痛みとか、アドレナリンによって一時的に忘れていたものが助けられたことによって一気に表面化し、思わずひしぃっ!とロイドにしがみついて号泣する。
いい歳したモンスターが突然わんわん泣く様に驚いたロイドだが、しかし貶すでも笑うでもなく彼は優しく宥めてくれた。それに余計安心感を覚えて涙が出てくる。うう背中トントンするなぁうわぁん。
「よしよしよく頑張った。泣く元気があるならまだ大丈夫だな。立てるか?」
「無理ぃ……体動かない……足痛いぃ……」
「どれ……うっわ何これグロっ!足首やべえことになってんぞ、見る?」
「見ないいいい」
全身悲鳴を上げているが、特に足首は全く動かせないくらい痛い。無理して拘束魔法を抜けたせいで皮がずり剝けているらしい。見たくない見たくないと首を振りながら主人に武器を奪われ手持ち無沙汰っぽい一番目に負ぶってもらう。
固い甲冑の背でズビズビ鼻をすすっていると、少々小柄な体に似使わない大剣を弄ぶロイドはうーん?と首を傾げた。
「にしても、ブライテッドねぇ。なんでこんな所に、しかもこんな大量にいるんだか……」
「ずび……ブライテッド?」
「アンデッドとは似て非なるもんだ。まあ詳しくは後でな。とりあえず今はこの状況何とかしねえと」
その言葉にハッと我に返る。そうだった、ロイドが来てくれたことで気が緩んでしまっていたがまだ戦闘は続いているのだ。全身顕現した近衛の猛攻によって、ソレ───ブライテッド?の確実に数は減っているが、しかしそれでも依然として群れと呼べる程の数が残っている。
しかもあの厄介な騎士ブライテッドもあんな強烈な攻撃を食らったというのにまだ健在なようで、ふらつきながらも復帰するのが遠くで見えた。大槌を担ぐフィフと大槍を構えるドライが向かって行く。
未だ敵意の消えないブライテッド達を前にどうしようと焦燥を覚え、助けに入ってくれたロイドに何か策はあるかと伺ってみる。数には数で対抗するべくアンデッドモヴ軍団を召喚するのかと思ったが、しかし彼は僕の疑問の眼差しに頭を振った。
「教会だからなあ、アンデッドが嫌うこの空気の中じゃ生半可なアンデッド召喚した所で弱体化食らって泥仕合になるのは目に見えてる。ダメだな」
「じゃ、じゃあどうするの……?うわ、アイツらこっち来たよ!?」
「まあもうそろそろ向こうも準備できそうだからこのまま逃げ回ってもいいけど……折角来たんだしちょっと頑張ってみるかね」
群れの相手をしていたドライが騎士の抑え込みに回ったことで、ツヴァイだけでは抑えきれなくなった少なくない数のブライテッドが僕らへと標的を変える。大楯を持つ四番目が僕らを守るように前に出るが、一体で何とかできる数ではない。
かと言ってもう僕は正直戦える状態じゃないし、アンデッド軍団は当てにできないときたらどうすれば……!!
迫りくるブライテッドを前に焦り倒す。しかし傍らのロイドは全く焦った様子も見せず、何やらブツブツ言いながら瞑目し自らの額をコツコツと叩いて思案に耽っていた。
「んー、脳は多分もうぶっ壊れてるだろうから定義としては『親戚』くらいが妥当かなー。えーアレは親戚親戚……うーんいけるか……?いやいける、うんいける多分」
「ロイドさん!?何してんのもうアイツら来るよ!?」
「待て待て、こういうのは思い込みが大事なんだよ。多少無理にでも自分を騙しきれれば大抵のことは上手くいくんだ。後は強制力だな、親戚と言えども管轄外の他所様だしいつもよりこう偉そうな言葉選びをしてだな」
「何言ってんの!?いやもう本当にヤバいって!うわあああアインスもうダメだロイド持って一旦逃げ……」
すぐ傍まで這い寄ってくる悲鳴と狂笑と絶叫に涙目で自分を背負う近衛へと指示を出す。
───しかし僕の指示が実行される前に、ソレは下された。
「『跪け』」
その言葉と共に、この場の空気が変わった。
ロイドが───王が手に持った剣の切っ先で床を叩く。切っ先を始点に広がった青が、儀式の間全体に張り巡らされた黒い陣を上書きする。
生者への怨嗟の叫びも、生かされ続けることで狂った笑いも、死の懇願の絶叫も、何もかもがその静かな一言によって掻き消される。
薄らとその青い目を開いた王の命に、圧倒的で強烈な魔力の圧に、敵対していた配下と見做されたモノはそのこと如くが地に這いつくばった。
命の在り方を歪められた死ならざるモノ達は、一斉にその場に膝を折り額を地にこすり、不生なるモノの王へと許しを請う。
王はその様子をただ静かに、尊大に、傲然と睥睨していた。
『王命』
それはアンデッドの王しか使用できないアンデッドへの絶対命令権。
アンデッドではない、似て非なる存在である筈のブライテッドへと行使されたその命は、王のすぐ傍に居た僕にも及ぶほどに強烈なものだった。
「────ッ」
モンスターとして生き返った時に新たに刻まれた本能が問答無用で僕に頭を垂れさせる。
無意識下の行為に、しかし疑問を覚える暇すらなく意識は上位存在への畏怖と畏敬の念に塗りつぶされる。
あれは───あの方こそが、本当の意味での僕らの王であると、脳ではない別の場所が理解する。
逆らえない絶対的な存在への恐れ、信仰心じみた崇拝の念に近衛の背の上で身を震わせる。
死して尚付き従う者がある歓喜、手が届かぬほどに圧倒的な上位な存在への畏怖と喝采、命を下される事への多幸感。感じたことのない感情の波は渦を巻き僕を溺れさせ、配下としての在れることに感激を覚えさせる。
王より齎される命は何においても優先されるもの。絶対的な存在に求められ、命を下されることのなんと素晴らしき事か。
そう王の命令は絶対である。例えこの身が裂けようと壊れようと、王が望むのであれば配下たる僕らはすべからくこの身を捧───
「……あ?あー本気すぎてそっちにも影響行っちゃったか?おーい戻ってこーい」
「ハッ!!」
ペペペっと頬を叩かれて我に返る。
ななななんだ今の思考は!?なんか滅茶苦茶ヤバイこと考えてなかったか!?えっこわ!?狂信者みたいな感じになってなかった!?怖い怖い怖い!
たった一言で周囲のブライテッドを全てその場に膝をつかせた事実に、そして一瞬前までの意味不明な思考に打ち震える。
自分の意思ではないようなのに、紛れもなく自分の意思であると言い切れる謎の感覚にぶわりと汗が噴き出た。
「……お、王命、こわ……」
「どうだ、見直したか」
ドヤ顔するロイドにこくこく頷く。
こ、これがアンデッドレクスの本気……冗談じゃなくロイドが本気になれば僕の意識など一瞬で配下仕様に塗りつぶされるということをまざまざと見せつけられ、素直に恐怖を覚える。
まるで自分が書き換えられたような感覚だった。しかし普通であればそんなもの忌避すべき感覚だろうに、僕は今も尚それを忌避どころか当然の物であると受け入れている。これがアンデッドとしての本能だというのか。
ロイドは以前に、僕はアンデッドモヴではなくアンデッドモンスターだから抵抗力があるとか言っていたけれど、今のは本当に抵抗の余地もなく配下としての本能だけで頭を垂れていた。ということは本気を出せばロイドは僕に何でもさせることができるということだ。
それも何の疑問も不満も生ませず、それどころか王に侍る配下として嬉々として行わせることができる……その事実が指し示すところとはつまり、
「へ、変態……っ!!」
「助けてやったのにその言い草は酷すぎるだろ。もう一回やったろか」
「ヒッ!?僕をえっちなメイドさんにしてどんな命令する気っ!?」
「何?????マジで何の話してんの????」
た、例え本能で付き従っちゃったとしても心まで好き勝手にできるとは思わないでよねっ!僕は最後まで屈しないんだから……っ!そんな悲壮な覚悟を胸に自分の体を抱きしめ涙目で震える。
負けない!と無体を強いようとする(してない)ロイドをキッと睨むが、返ってきたのは非常にしらーっとした眼差しだった。
「ロイドぉ!?何でござるかこれはぁ!?」
「お、アジェルいいところに。この変態何とかしてくれ」
「僕は変態じゃない!」
どうやら数百はいたブライテッドが軒並み平伏した為に駆け付けてくれたらしいアジェルに、親指で僕を指し示したロイドが失礼なことを言う。
アインスの背の上でぷんすか怒っていると、僅かばかり傷を負ったアジェルが僕の顔を見てほっと息をついた。
「ラウ、無事でござったか。良かった……敵がおかしな動きを見せたから心配したでござるよ」
「うん。ロイドが助けてくれたからなんとか」
「恩モンスターっていう認識はあるのに俺のこと変態って罵ったのかお前さん」
じっとりした目の追及にぐぬ、と唸る。いやだってあの王命の威力が凄まじすぎてちょっと怖くなっちゃったんだもん……驚きすぎて平静が保てなかったんだよ……。
しかし冷静になって考えれば確かに恩知らずも恩知らずな発言だったので、「ごめんなさい……」ともにょもにょ謝罪する。
「して、ロイド。こやつらは……」
「とりあえず俺がこの場に居る限りは動かねえよ。管轄違いだったから本気出す羽目にはなったけど……まああとは向こうに任せようぜ」
そう言って肩を竦めたロイド。その言葉を肯定するように、図書館からカッと眩い光が放たれた。
「───褒めて遣わしましょう。よくぞ時間を稼いでくれました」
見れば平伏すブライテッドの向こう。銀の波紋を広げまるで鼓動のように断続的に放つシエルリーファ様は、白亜の翼を大きく広げ頭上の天環を輝かせる。
そして司教杖を高らかに掲げてはそっと瞼を持ち上げた。
「ここに儀典魔法は成りました。……滅されたくなければ目と耳を塞ぎなさい、親善大使」
「げっ、マジかよ!?」
「え?んぎゃっ!?」
朗々とした宣告に、そして放たれるプレッシャーに呆けるのも束の間、引き攣った声を上げたロイドが突然アインスの顕現化を解いた。身を預けていた大きな体が無くなり、枯渇で動けない体で受け身も取れる訳もなく床にべしゃりと落ちる。
痛みに悲鳴を上げる僕に何かが覆い被さり、視界が黒一色に染まり、誰かの手によって耳が塞がれ、
そして───
「────、『*****』」
何も見えず、聞こえない中で、しかし確かに感じ取れたのは周囲を浄化する光。体を通り抜けた何かがゾワゾワと体を芯から震わせる。
正しい輪廻から外れた存在を否定するその光は、儀式の間を包み、図書館を駆け抜け───
「……あっぶねえ、死ぬかと思った……持っててよかった対陛下用耳栓……」
「う……?」
体を突き抜ける気持ち悪い感覚に身を縮こませていた僕は、耳を塞ぐ手が離れたことで恐る恐る目を開けた。
真っ先に目に入ったのはロイドの綺麗な顔。至近距離に迫るそれに思わず「う゛わ゛っ!?」と仰け反る。
しかしロイドは僕のそんな反応を気にした様子はなく、背後を振り返ってはチッと忌々し気に舌打ちした。
「あんの聖女……ワンチャン俺諸共殺す気だったな……」
「え?え?」
「ロイド!ラウ!大丈夫でござるか!?」
何が起きたのか、なんでロイドに庇われている体勢なのか分からず疑問符を飛ばしていると、アジェルが慌てた様子で駆け寄ってきた。ロイドの手を借りて立ち上がりつつ頷く。
周囲を見回せば儀式の間を埋め尽くさんばかりに居たブライテッドは綺麗さっぱり一体残らず消えていた。襤褸すら残っていない清浄な空気に満ち足りた空間に目を丸くする。
「す、すご……こんなとんでもない魔法をひとりで……?」
「聖女の直前の言葉から察するに対象の認識に作用する系の儀典魔法だな。自分が死者もしくは正しく生きていない存在であると認識しているモノが術者の宣告を聞く、もしくは宙に浮かび上がったエンブレムを見ると強制的に終了させられるっていう超高範囲のエグイ奴」
「ひえ」
ロイドが滅茶苦茶に焦った顔で僕を庇った理由が分かって顔を青くする。意識が無くても聴力か視覚が生きてれば効果は出るということだから、確かにこの場においては最適解だけどアンデッドに対して余りにも特効すぎる。
シエルリーファ様の言葉聞いてロイドが咄嗟に動いてくれなかったら僕死んでたじゃん……。っていうかロイドもアウトだった可能性すらある。
「ロイドありが……おうっ!?」
間一髪のところを一度ならず二度も救ってくれたロイドにお礼を口にしようとして、しかし言い切る前に碌に動かない体が突如宙に浮く。まるで米俵のようにロイドの肩に担がれたと気づき目を白黒させていると、身体強化までして僕を担いだロイドはアジェルを振り返った。
「とりあえず後でな。アジェル俺らはもうここ出るからあとよろしく」
「あ?」
「は!?いやいやいやちょい待てちょい待て!僕まだ仕事が……」
「ラウ、狐面の認識阻害切れてんぞ」
「!?」
思わぬ指摘に肩の上でワタワタと狐面を触れば確かに頬の部分にガッツリ傷が入っている。あれか、騎士の一撃目避けきれなかったから……!と顔面から血の気ならぬエネルギーがざあっと引く。
その反応を肯定と受け取ったらしいロイドは、スタスタと歩き始めながら追及を続けた。
「認識阻害が切れたお前さんを見ても聖女は驚いてなかった。ってことはお前さん、アンデッドであるどころか元ニンゲンってこともバレてんな……?」
「ぎっっっくーーーん!!」
「そろそろ騎士団とか大使室の奴らも来るだろうから、とりあえず顔見られる前に今すぐここから離れるとして……帰ったらどういう経緯でバレたかとかなんで俺らに報告しなかったかとか、全部、何もかも、洗いざらい説明してもらおうか」
「あばばばばばば」
担がれているせいでロイドの顔は見えない。だがそれでも僕の体を支える手にギリギリと力が込められていることからどんな表情をしているかありありと想像できてしまってガタガタと体が震え始める。
あ、アジェル助けて!!一緒に言い訳考えてくれるって言ったよね!?ね!?
必死に味方を付けようと虎騎士を振り返るが、ロイドの顔を見たらしい彼は顔を青くしてはふいっと僕から目を離した。しかも「あ、あー、いい天気でござるなー」とか言う始末。ここ地下だから窓ねえよ!!
「いやあのその、ロイド兄様違くて、これはそのアレがソレしてコレがこうした結果があれでしてその」
「言い訳は結構。バレたのはしょうがねえが報告しなかったことについては陛下も交えてじっくり……」
「その前に、お前からじっくり話を聞かせてもらいましょうか」
テンパる僕と怒れるロイド、そして南無三!と手を合わせるアジェル。騒動は収まったというのに混沌とし続ける場に、突然可憐な声が割り込んだ。
視界を煌めく銀髪が掠め、白い翼がはためく。
あ、と喜色を浮かべ声を上げる。しかし一番の功労者、聖女シエルリーファ様は僕の声に反応することも無くツカツカと歩み寄ってきた。
彼女は既に敵は全て消えたにも関わらず、その瞳に剣呑な光を宿したまま僕を───否、僕を担ぐロイドを睨みつけ、そして
「何故時の祭壇を破壊し、あの不浄なる者共をこの聖霊教会に引き入れたのか……洗いざらい吐いてもらいましょう。不死の王よ」
───僕を助けてくれたロイドをこの騒動の首謀者だと言い切っては、その首に司教杖を突きつけた。




