聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の五
◇
「あ゛ー……怖いー……やだぁ……帰りたい……あんなお願いしたからフラグ立っちゃったのかなぁ……」
泣きそうな顔で、しかし一歩も引かない強い意思を目に宿し扉を見据える女に、アジェルは静かに口元に笑みを浮かべた。
そして以前より薄々感じていた所感を改めて思う───即ち、このラウという女は気が狂っていると。
元ニンゲンである彼女は、死ぬ以前は普通の庶民として戦闘や荒事とは無縁の生活を送っていたらしい。それ故か、はたまた悲惨な死を経験したからかは知らないが、異様なまでに生きることに執着している節がある。
勿論必死に生きることは何も恥じることでもなくむしろ正しいことであるし、生に執着することは何らおかしなことではない。
だがこの女の在り方は矛盾している。生きる為なら、死なない為なら何でもすると口にし、そして生きる為に本当に命を賭けるその在り方は生き物としておかしいのだ。
往々にして、戦いに身を投じるものには剣を握る理由がある。
誰かを守りたい、平和を脅かす悪を葬りたい、誰それの仇を取りたい……様々ではあるが、大抵は自分以外に剣を振るう理由を求めるものだ。
そして理由があるから、自分の命を危機に晒したとしても剣を振るい続けることができる。
だというのに、この女の剣を振るう理由は徹頭徹尾自分の為だ。
この女にとっておもてなし政策や勇者への対抗策は目的ではなくあくまで生きるための手段でしかない。魔法界を救いたいだとかモンスターを守りたいだとかそこに崇高な意思はいっぺんたりとも……と言って終えば「いっぺんくらいはあるわ!」とおそらく否定が入るだろうが、しかしながら目的に対してその意思はあまりにも比率としては小さい。
何もかも、あくまで生きるため。生きるために彼女は身を粉にして働いている。そして命を簡単に天秤にかける。
なんとおかしいのだろうか。生きたいという誰しもが持っている根源的で純粋な理由で動いているくせに、いざ命の危機が迫れば命を守る行動をするのではなく命をベットする歪みに彼女自身は気が付いているのだろうか。
荒事と無縁の生活を送っていたのであれば、普通は自分の身に危機が迫れば命を守るために逃げる。
だというのにこの女は剣を振るえる。自分よりも何倍もの巨大な敵にひとり特攻し、今も怖い怖いと言いながらも脅威を前に立つことができる。命を捨てれる。
なんておかしい、とアジェルは笑う。狂っていて、おかしくて───強い。
何故ここまで強く、狂っていられるのだろうか。正直アジェルとしては、ラウは本当はニンゲン時代に軍かどこか戦闘を生業とする……もしくはそれに近い組織に所属していたのではないかと疑っていたこともあった。
そうでなければニンゲンは、庶民だろうが子供だろうが皆どいつもこいつも彼女のように肝の据わっているということになる。何と恐ろしい種族であろうか。そうでないこと祈るばかりである。
そして粗削りではあるが、たった3ヶ月で戦闘技術をものにしているのもその疑念に拍車をかけている。本モンスターは「ロイドの地獄のしごきのせいだよ……」と恨めしく言っていたが、アジェルからしてみればロイドのしごきなど生易しいものである。
危なくなれば中止し、なんだかんだと適度に休憩も取らせているのだ。正直3ヶ月であの恐るべき身体能力を十全に活かせるようになる訓練内容では無い。普通は。
だというのに彼女は身体能力の制御だけであれば完璧と言っても差し支えないレベルにまで上り詰めている。果たしてそれは彼女自身の卓越した学習能力のお陰なのか、その身に宿す勇者原産のエネルギーがそうさせるのか、狂っているからなのか……それともやはり彼女の生前はそういう生業であったのか。
「…………でもまあ、スパイでは無いだろうなぁ……」
「なによ」
「何でもないでござる」
スパイにしては何でもかんでも顔に出すぎる。正直者すぎるし、何かと騒ぎに巻き込まれがちだし、腹芸はそれなりにこなせる様だがやはり正直者すぎる。
だから違うだろうなぁ、とは思うがこれ以上のことは自分が考えることでは無いだろう。なにせ自分は今でこそ一部隊の長たれと肩書を賜ってはいるが、所詮は剣を振るう事しか能がない男だ。そういう頭を使うことは陛下やフリント博士、そして皮肉屋じみた友と可憐でいつも愛らしい彼女に任せておけばいい。
彼らが一応は敵意が無い存在だというのであれば自分はそれに従うのみ。───それに、
「どんな理由であれ、頑張る者は嫌いではないでござる」
青い顔ながらも毅然と前を向く女にふっと笑う。
誇りとはなんぞやと尋ねて来たということは、きっと剣を振るう理由を自分以外に見つけようとしているのだ。理由を見つけられれば彼女は更に強くなる。今でさえ自分の事だけしか考えていないのにここまで強いのだ。一本芯通った信念が生まれればなお強くなるのは分かり切っている。
強い者は好きだ。肉体的であれ、精神的であれ、強い者は他者を奮い立たせる力がある。
きっと彼女も、自分以外の理由を見つければさらに強くなる。いずれ自分すらも凌駕するほどに。
なれば自分はせめてその努力が実るようにフォローするまで。
……とはまあ、全てはこの問題を片付けてからであるが。
命の危機を前に、しかし虎騎士はどこか清々しい気持ちで大剣を構えるのだった。
◆
図書館のド真ん中でアジェルと並び立つ。
息を吸って、吐いて、震えそうになる手でギュッと剣の柄を握る。恐怖で今にも一歩下がりそうな足を叱咤し魔力を流し込む。
遠くからシエルリーファ様が儀典魔法発動のための詠唱に入ったのが聞こえる。聖典を読むような高らかに響く声と杖で床を叩く音は一定だ。そのリズムを自分の中に落とし込むことで逸る気持ちを抑えようと試みる。
「怖いでござるか?」
「……当たり前でしょ。僕実戦らしい実戦一回もしてないんだからね」
吸って吐く。心を凪がせる。
やることはシンプルだ。ただシエルリーファ様を守るだけ。ひたすら相手を切る、そう、アレを───
「……ラウ、アレは」
「分かってる」
言われなくとも本能的に理解している。アレはアンデッドではない。生きているモノだ。
いつも訓練で戦っているアンデッドモヴとも、思念体であるソウルレスとも違う。ただただその在り方を強引に歪められただけのまだ生きているモンスター。
───そう。僕は今から、生きたモノを殺すのだ。
「……無理なら下がってもいいでござる」
「馬鹿言わないで。今更そんな格好悪いことできると思う?」
集中のために閉じていた目を開く。途端に無意識に取捨選択し切り捨てた音が戻ってきた。
悍ましい呻き声と、大扉が悲鳴を上げる音が鼓膜を叩く。
だがもう怯えない。震えが止まった体で剣を構える。
生きている者を斬る忌避感が消えた訳じゃない。嫌悪感はずっと残ってるし、恐怖に打ち勝てたとも言えない。
でも、それでも、逃げることだけはしない。
「だって、これは僕にしかできないことだもんね」
「上等だ。……死ぬでないぞ。お主が死んだらロイドとフリント博士に殺されるでござる」
「ふ、」
遂に大扉の蝶番が折れる。砕けるようにして落ちたそれを発端に、大扉に斜めに大きな亀裂が入り───
「冗談───アジェルが心配してるのはミモザからの好感度、で、しょっ!!」
轟音を立てて扉型魔導具が瓦礫となって崩れ落ちる。隔てる壁が無くなったことで、久しぶりに対面した哀れな生き物達がバラバラと降り注ぐ瓦礫の向こうから溢れ出した。
一斉に、さながらゾンビパニック映画のような有様で図書館へと傾れ込んできた大群に対し、全身に身体強化を掛けた僕は真っ向から飛び出した。
「『無拍子』、『無拍子』、もういっちょ『無拍子』!!」
広い図書館を一直線に横断し、アジェルを置き去りにして三歩で群れに到達する。そのままの勢いで跳躍すれば『八艘』を使わなくとも、この体は軽々とモンスターの背丈を越えて宙に躍り出る。
「───『光緘の鎖』」
儀典魔法の詠唱をしていた筈のシエルリーファ様が何事かを唱える。すると眼下の群れの一部が光る鎖のようなものに縛られ、動きが封じられるのが見えた。
まさか儀典魔法を中断したのではあるまいなとチラリと入り口に目を向けるも、依然シエルリーファ様は詠唱を続けておりその周囲には五線譜のような光の帯が渦を巻いている。
どうやら儀典魔法を詠唱しながらも妨害魔法も行使したらしい。どうやったんだ、訳わかんないけど取り敢えずとんでもない技術であることは分かる。
なにせシエルリーファ様の近くで構えているアジェルの目玉飛び出んばかりに驚いてるし。……やっぱ勇者関係ってロイドとドルニカさんとシエルリーファ様がいれば良くない?ダメ?
「とはいえ……ナイスアシスト!!」
群れのど真ん中に立つ一際背の高いソレへと肉薄、両手で握った剣を横一文字に振るう。光の鎖に阻まれてろくな身動きも取れない首はなんの抵抗もなく刃を通した。
嫌に呆気なく頭が落ちる。断面からは黒いヘドロのようなものがドロリと流れ落ちた。
「……っ」
考えるな。今は思考をそっちに持っていくな。手に伝わった生々しい感覚に体が強張りそうになるのを歯を割らんばかりに噛み締め堪えながら、今し方倒したソレの傍に着地。
そのまま剣を振り払って背後のソレの胴も両断する。
途端、斬り倒された二つの亡骸から黒い靄のようなものが噴き出した。咄嗟に口と鼻を覆うものの、目を凝らして見てみればどうやら毒の類では無く肉体を汚していた何かが亡骸から抜けていっているようだ。
靄が晴れたその先には直視することも憚られるようなあの姿は無く、彼らが纏っていた襤褸だけが残されていた。
「…………はあああ……」
それがどういう意味なのかは分からない。だが、思考していても仕方がない。きっと救われたのだと、自分が都合のいいように解釈し大きく息を吐く。
ならばやることはひとつ。迷う必要なんてないだろう。
「……うん、これあれだな。生涯で一回は言ってみたいセリフランキングトップ10にランクインしているあれを使うチャンスだな」
剣の峰で肩をトントン。光の鎖をギチギチと鳴らし、僕へと手を伸ばすソレらをぐるりと見渡した僕は、虚勢の笑みを浮かべた。
「死にたい奴からかかってこい、ってね!」
あ、ごめん縛られてるから動けないよね僕から掛かりまぁす!!
この聖女防衛ミッションにおける作戦は非常にシンプルだ。
即ち、群れのド真ん中で僕が暴れ、アジェルがシエルリーファ様の近くで暴れる。これだけ。
発案者は僕である。なんと分かりやすい作戦だろうか。流石はナイスインテリジェンスモンスター、世界の国宝として褒め称えてくれ。……博士とかロイドの前で言ったら鼻で笑われそうだから口には出さないけど。
当初アジェルは実戦経験の乏しい僕をひとり群れの中に飛び込むのを良しとはしなかった。
しかしながら実戦経験が乏しいからこそ、僕には何かを守りながら戦うなんてことはできない。
そもそも数百という数に届きうるほどに増えた相手に対しこっちはふたり。そもそも数が足りていないのだから効率的に行こうやと言うことで、群れの密度が一番高いところで僕ができうる限り数を減らし、シエルリーファ様の方に流れたものに関してはアジェルが完璧の対処するという作戦をとった。
そして、僕が最前線を張りたがった理由はもうひとつある。
「流石に、こんな歴史ある図書館を燃やすのは気が引けるからね」
扉が壊れた事で少なくない数が図書館へと流れたものの、動きの鈍いソレ達の大多数はまだ儀式の間であった大理石の部屋に蔓延っている。
その中央で僕は飛んで跳ねての大立ち回りを見せながらひたすらに剣を振り回していた。
今朝は散々こき下ろした剣の長さも、周りが斬るべきもので溢れ返っている状況であればただ単純に攻撃範囲が広い有利な獲物となる。大太刀と言っても差し支えない長く重い剣は、振るえば振るうだけ敵を薙ぎ払い、時に叩き潰す鈍器として儀式の間を中央を猛威を振るっていた。
敵一体一体がそこまで強くなく、武器を持たず魔法攻撃もしないで腕を伸ばして群がろうとするだけなのも救いだった。それならば碌すっぽ剣術の練習ができていない僕でも知識だけの見様見真似ならぬ知りよう知った真似の足運びと取り回しでなんとか状況に食らいつくことができるというもの。息切れすることなく敵を屠り続ける。
「っ」
そうこうしている内にシエルリーファ様の行動阻害の魔法効果が完全に切れ、遂に四方八方から僕を圧殺せんと腕が迫り来る。
だが残念なことに僕は三次元機動を可能とするスピードアンドパワー型モンスター。手を伸ばすだけのゾンビもどきに遅れは取らない。顔面に向かって伸びてくる腕をしゃがんで避けそのまま下からアッパーキック。すぐさま体勢を立て直し剣で心臓部を突き刺し斬り上げる。
そのまま流れるように剣を担ぐように構え『無拍子』を発動、すれ違いざまに並ぶ三体の首を刎ねた。
戦えている。思うように体を動かせている。忌避感を飲み込んだ今、その事実は僕に安堵と少しの高揚感を覚えさせた。
だが余韻に浸る暇は無い。前方から迫り来る圧をバック宙で避け、『八艘』を発動。宙に作った足場に着地し俯瞰視点でうぞうぞと蔓延る敵を見据える。
「分かっちゃ居たけどすんごい数だな……無限湧き……では無さそうだけど」
かつて儀式の間であった空間は今や壁や床も滅茶苦茶に壊され見る影も無くなっている。床一面に走る黒い魔法陣だけが健在だが、その魔法陣から生み出されるソレの数はかなり少なくなっている。
残弾数と言っていいのか悩むところだが、好き放題に生み出せるという訳ではなさそうだ。
だとしてもやっぱり数が多いけど。
「……うん、よしやるか!」
僕の仕事はできうる限り向こうに流れる数を減らすこと。であればチマチマ削っていてもしょうがない。大技ブッパでごっそり減らすべきだろう。僕は超範囲攻撃技は持っていないが、実はそこそこの範囲技なら持っている。早々に切り札を切る判断をする。
正直滅茶苦茶に魔力を消費する上に練習量は全然足りて無いし、練習では一回も成功してないので自信は皆無だが……ええい迷っててもしょうがない!女は度胸!一発成功決めて見せようじゃないか!
息を吸い、覚悟を決めたら息を吐いてその場で跳躍。空中で体を反転させ、再度『八艘』を発動。
体を流れるユウキエネルギーは正しく今の状況を鉄火場と判断しているのか、いつもより動きやすい体はしっかりと斜め60度くらいの角度をつけて創り出された仮初の地面を踏みしめた。
足に力を漲らせる。角度良し、方向良し、覚悟よし!狙うは特に密度の高い一点!ビビんなよ僕!!
最後の怖気を振り払い思い切り地面に向かって跳躍。常モンの数倍の膂力で紫の足場を蹴れば重力も相まって凄まじいスピードが発生する。
そう、創り出された地面に対して斜めの魔力の足場は地面であると同時に弾を打ち出す発射台だ。
弾はなんだって?でっかい剣構えた親善大使だよ!!
「ッッッ!!お、りゃ、あああっ!!」
ごうごうと唸る空気を切り裂いて一直線に射出された体を気合いで制御し剣を両手で握る。
燃えろ!と内心で叫ぶとその長い刀身に紫炎が纏った。
狙った首に向かって紫に染まった刀身を振り下ろす。威力増し増しの一撃は硬そうな表皮を持つソレをゴシャァッ!と音を立てて両断。そしてその断面から一拍遅れて紫炎が噴き出した。
「ハナガタミ流、火剣───ッ」
着地。同時に燃え盛る剣をまるで居合のように構え体を捩る。切り伏せられ紫の炎に取り込まれたソレが倒れるのを合図に、剣を抜き放つ。
「───『火廻』!!」
紫の軌跡が円を描く。僕を取り囲んでいた敵の胴に横一文字の線が入り、一拍後、斬った傷から凄まじい勢いで紫炎が噴き上げた。
刻まれた被害者を一瞬で飲み込み更に火勢を強めた紫炎はまるで火柱のように立ち上がり渦を巻き始め、複数の炎の渦は花弁のような火の粉を撒き散らして周囲にも紫炎を引火させる。
轟々と燃え盛る炎の渦はやがて全てが僕の頭上で融合し、一つの大きな火柱となった。
さながらそれは花が開く前の蕾。想定してなかった威力と規模にちょっと焦りながらも、紫の蕾の中で床に剣を突き刺した。
「散、開!!」
ボバッと音を立てて蕾が花開く。まるで太陽に向かう花のように儀式の間の中央に咲いた巨大な火の花は、炎の渦と燃え散る花弁により焼失した包囲網の、さらにその向こうから殺到しようとした悉くすらも燃やし尽くし───
「………うん」
少なくない数のソレが炎に巻き込まれ灰へと還り、ポッカリと空いた空間で残心。剣を振り払えば纏っていた紫炎は解けるように消えた。
理性があるとも思えないが、本能に刻まれた根源的な恐怖心は残っているらしく火を恐れるように後続の敵がジリジリと後退し始める。
僅かな燃え滓を残すだけとなった襤褸、心無しかドン引きしてそうな敵、ちょっと制御ミスってチリチリになった前髪、そしてごっそり減った魔力に僕は一つ頷いた。
「図書館でやらないで正解だったわ」
これ奥義じゃないとかハナガタミ流エグすぎます。




