聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の四
「はあ!?何言ってるんですかシエルリーファ様!?」
ここにひとり残ると宣言したシエルリーファ様の背中に素っ頓狂な声を上げる。まさかアレと戦う気か!?ひとりで!?あんな大群相手に!?
「聖女殿、流石にそれは……」
「おふたりは地上に戻り、教会騎士団を呼んできてください。それまでは私が食い止めます」
「無理ですよ!図書館を閉鎖して安全な場所で応援を待ちましょう!第一あんな得体の知れない何かを相手に……」
「アレは絶対に地上に出してはいけないのです。アレが地上に出たら最後、生きとし生けるもの全てを自らと同じ場所まで墜とさんとこの地を穢しまわる。……アレは、そういうモノなのです」
扉の向こうで増殖し続ける存在の正体を知っているらしいシエルリーファ様は、こちらに一切視線を向けずに司教杖の柄尻で床を叩いた。途端、その足元に銀色の魔法陣が広がる。
本気でこの場に残るつもりと悟り息を呑む。なんで、と更に言い募ろうと口を開くが、しかしシエルリーファ様が言い放った言葉に二の句が継げなくなった。
「教会騎士団に連絡が取れないのです。教会には貴方方と同じように独自のネットワークを利用した連絡手段がありますが、それが何者かによって妨害されている」
「!?」
「つまり……教会騎士団に応援を求めるには直接地上に上がる必要がある」
そう言ってシエルリーファ様は懐から取り出した端末機をカシャンと床に放った。その画面には『通信が遮断されています』と表示が出ている。
こんな緊急事態の時に限って……いや違う、この事態を引き起こした者が助けを呼べないように妨害しているのだ。
教会のネットワークに干渉できる者なんて限られている。……しかしそれが事実だとしたら、この事態を作ったのは……
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。首を振って思考を打ち消し、シエルリーファ様の肩を掴んで一緒に逃げるよう説得を試みる。
「今僕の部下が憲兵隊へ救援要請を出しています!教会騎士団と連絡が取れずとも、すぐに憲兵隊が……」
「……そちらも難しいでしょう」
「はい!?何を……」
目を伏せるシエルリーファ様に噛みつく勢いでその肩を引くが、僕の行いを遮るように鋭い電子音が差し込んだ。
それは未だ第零と繋がったままの通話に第三者が割り込んだことを伝える音だった。
『大使!大使聞こえますか!?ユリナです!!』
「ユリナ!」
憲兵隊へ救援要請をしに行っている筈のユリナの声に喜色を浮かべる。
しかしどうやらこの連絡は僕が待ち望んていた展開を知らせるものでは無いらしい。ルイエルくんや他の補佐官の怒鳴り声のようなものも聞こえる中、焦燥と怒りを滲ませる声色でユリナは『申し訳ございません!』と絶叫した。
『現在憲兵隊へ出動要請を出しているのですが、教会深部の大図書館への立ち入りはできないと拒否されてしまっています!必死に掛け合っているのですが、アイツら教会からの正式な要請がない限り動けないと保身に走りやがる状況でして……申し訳ございません、少し時間が掛かります……!』
「は……!?」
予想だにもしていない事態に言葉を失う。
とはいえ考えてみればそうだ。教会内部というだけならいざ知らず、聖霊教会大聖堂地下の大図書館は教会関係者でも無闇に立ち入れない深部。他組織である憲兵隊が聖霊教会の要請でも無いのに動ける訳もない。後々のことを考えれば許可があったとて入りたく無い場所であろう。
だがそうは言っても今は緊急事態。なんとか陛下とリライヴェッジからの要請であると説明し説得を試みているようだが、今すぐにどうにかという訳には行かない状況だという。
ただでさえ教会とカルベン憲兵隊の詰め所には距離がある。交渉に時間が掛かるようでは間に合わない。八方塞がりの状況にギリッと歯を噛む。
この状況を見越していたらしいシエルリーファ様は特に焦った様子も無く「もし」と憲兵隊へと交渉を続けるユリナへと静かに声を掛けた。
「親善大使の部下の方ですね?聖霊教会枢機卿シエルリーファです。私の名前を出し、教会周辺に厳戒態勢を敷くよう憲兵隊へ要請してください。そして一般モンスターを避難させるようにも。こちらは私が何とかしますから教会内部には立ち入らないよう厳命し、万一に備えてください」
『え、し、シエルリーファ枢機卿……?』
「シエルリーファ様!!」
「親善大使、早く地上へ。押し問答を繰り広げている時間はありません。……大丈夫です。考えは有りますから」
僕の怒鳴り声と同時に、大扉が大きく軋む音が響く。細かな亀裂を走らせ始めたそれから一瞬たりとも目を離さない彼女は、そう言って自分の背後に銀の円環を創り出した。
昨夜は不発に終わった強烈なプレッシャーを放つ攻撃魔法を練り上げ迎撃の準備をするシエルリーファ様に、何やら黙考していたアジェルがようやく口を開いた。
「その考えとはもしや、『儀典魔法』ではないでござろうな?」
「────」
答えは無い。だがそれはアジェルの言葉を肯定していると同義であった。
聞きなれない『儀典魔法』という名称に眉を寄せる。僕の態度を見てか、アジェルは更に言葉を重ねた。
「他の属性魔法に比べ攻撃手段に乏しい光魔法でこの場を切り抜けるには、広範囲の殲滅魔法である『儀典魔法』を使うかしない。しかしアレは通常複数の聖職者が長い聖句を唱えてようやく完成するものでござる。どうやってひとりで、そしてこの時間も足りない中で行使するつもりでござる?」
「……魔力を多く籠めれば、少々威力は落ちますがひとりでも行使可能です。遅延の魔法を掛けますから発動時間も稼げます」
「そんな無茶を押し通せば、発動後魔力枯渇で動けなくなるのは自明の理でござろう。殺しきれなければどうするのでござる?」
「それまでには騎士団も到着しましょう」
「お主はどうするのだ」
片眼を瞑り、シエルリーファ様に問うアジェル。しかしシエルリーファ様はそれ以上返答を返すことなく、黙々と魔法を創り上げている。その態度は、まるで自分の生存は考慮していないとでも言わんばかりで血の気が引く。
『儀典魔法』
その名の通り煩雑で面倒な手順を踏まねば発動しないそれは、面倒な発動手順を強要する代わりに途轍もない威力を発揮する広範囲殲滅型光魔法だ。
通常3名以上の聖職者が儀式には必要で、膨大な魔力を要する大魔法でもある。そんな大掛かりなものをシエルリーファ様はひとりで、そして短時間で発動しようとしている。
本来複数名で魔力を分け合ってようやく発動するものを、襲い掛かってくるアレを相手にしながら行使するのが如何に無茶なことであるか魔法に詳しくない僕でも理解できる。
誰かしらがその魔法の発動準備に入るシエルリーファ様を援護し、万が一殲滅しきれなかった場合には枯渇で動けなくなる彼女を担いで退避をする必要がある。
だが今から急いで騎士団へと向かったとて、到底間に合うとも思えない。何しろ大扉にはもう何本もの罅が入っているのだ。扉に施された魔術によって何とか開け放たれる事なく持ちこたえているが、その表面に走る魔術のラインももう限界とばかりに激しく明滅している。
どうすればいい、どうすれば……。この大群を一気に殲滅する術は僕にはない。アジェルも土魔法が使えると言えど殲滅力には欠ける。なれば確かにその儀典魔法はこの状況を打破するには打ってつけだ。あの大扉を破れる大群相手に広範囲攻撃を使わずに対処するのは悪手だろう。いずれ物量に負けて押し潰される。
だけど発動には時間が掛かる上、中途半端な発動じゃ殲滅しきれない可能性がある。
時間稼ぎをする必要があるが騎士団に助けを求めに地上に走れば間に合わずシエルリーファ様が死ぬ。憲兵隊はもっと無理だ。
第零から誰か……ダメだ、ヴィオレットからここまではいくら転移門があると言っても遠すぎる。王国騎士団も魔導士団も同じ理由で無理だ。
ウェルデからゴンドラ部隊を派遣してもらう?馬鹿か、そっちの方が手続きに時間かかるわ!……ああもう!
「……私のことは気になさらず。これは教会の問題です。部外者は即刻立ち去りなさい」
「ふざけ……っ!」
「親善大使。……お願いします」
目線だけで僕を見遣り、厳しい言葉でここから去るよう命令するシエルリーファ様。その言葉は彼女自身もこの事態の黒幕が何者か分からずともどこの組織のものであるか理解していると告げていて。
同時にこの厳しい言葉は僕らをそれに巻き込まないように……あくまで僕らは被害者であるという立場を明確にするが故のものであることに気付く。
それがシエルリーファ様の優しさであることも。
だからと言ってはいそうですか、と引き下がれるわけが無い。引き下がればシエルリーファ様は間違いなく自らの命を犠牲にする。それが分かっててじゃあよろしくとここを離れられるほど僕は強く無い。
くそ、と状況を口汚く罵り、苛立ちに頭を掻きむしる。
……いや、全てを解決できる可能性がある方法は浮かんでいる。だがこれで状況が打破できる確証が持てないのだ。危険もある、下手したら命を落とす可能性もある。こんな危険なこと僕が決断していい筈がない。何よりも怖い。そんなこと僕にできる訳がない……。
唇を噛み、ぐるぐると思考を巡らす僕の肩に大きな手が載った。アジェルだ。今回何度と知れず見上げた騎士にまたしても助けを求めるように目を向けるが、アジェルは真っすぐ僕を見据えたまま呟くだけだった。
「今回のリーダーはお主だ。お主が決めるでござる」
退却でも、そうでなくとも指示に従うと言外に告げるアジェル。
そういう言葉が出るということは、きっとアジェルも考えていることは僕と同じということだった。そしてアジェルとしてはその考えは有りだということ───アジェルは兎も角、僕が居た所で大したことができるとは到底思えないのだが、アジェルがそう考えるならワンチャンあるのだろう、クソったれ!
「あー、もう!!」
言ってくれる。どいつもこいつも生後数ヶ月に余りにも期待を寄せすぎだ。いや期待じゃなくて責任か?どちらにせよ重すぎるっての。無事に終わったら特別手当出してもらうからな!
尻込みしそうな内心に喝を入れるようにバチンッと頬を叩く。もうこれしか無い!!腹括れ!!何のための力だ、何のための訓練だ!こんな時に発揮できなくて何の意味があるってんだ!
状況への怒りも込めて傍らのアジェルを睨むように見上げれば、僕の答えを見た彼は悲壮な覚悟を目に───浮かべず、むしろ「待ってました」とでも言わんばかりに獰猛に目をギラつかせた。
そして了解と口にする代わりに全身に魔力を漲らせる。戦闘狂さながらの態度に思わず大きく舌打ちをした。
「気合十分で大変よろしい!!シエルリーファ様、後方で儀典魔法とやらの準備をお願いします!僕らが前線を張ります!」
「は!?ちょ、親善大使、何を……」
「ユリナ!!補佐官誰でもいいからひとり教会に派遣して、状況説明の上教会騎士団へ救援要請とこれから来る応援が教会内に入れるように許可申請!その後は憲兵隊と連携して一般モンスターの避難誘導に当たって!」
『かしこまりました!』
「コディアちゃん達ー!?君らのお家を守るために今すぐ地上に行って教会騎士団のモンスター呼んできてくれるー!?僕と同じような服着てるモンスターが騎士団とお話してるだろうから嘘じゃないよー本当にヤバいよーって伝えてきて!!」
『がってんしょうチー!!』
「えへんごほん!あーそのーミ、ミモザ?すまぬが王城にも騎士団の派遣要請を出してほしいでござる。拙者の部隊が今日は有事待機で王城に居るでござるから比較的すぐにここに来れるでござろう。大使室のモンスターと連携し、教会側から立ち入り許可が出次第突入するようにとも伝えてほしいでござるよ」
『……っ、分かりましたぁ!ご武運を!』
ユリナが電話の向こうで誰かに指示を出し、本棚の陰に隠れていたコディア達がワラワラと飛び立つ。
そしてアジェルの指示にこれから何が起きるのか察したミモザが何かを堪えるような声で通話を切ったのを最後に、マギホを胸ポケットにしまった。
「勝手なことを……きゃっ!?」
動き出した状況が己の想定とかけ離れたもので、ギョッと目を剥き僕らを振り返ったシエルリーファ様。その細い体を問答無用で再び担ぎ上げ、図書館の入り口付近まで走り下がらせる。
僕の行動に対する返答は、怒りのこもった睨め付けだった。
今直ぐにここを出ろと、実力行使も厭わないと言わんばかりに杖を両手で握るその薔薇色の瞳を真っ向から見つめ返す。
すごい、美少女って激怒してても可愛いんだなぁ……と場にそぐわない益体も無い事を考えながらその細い体を降ろし、そして沸き上がるムカつきを指に載せその額を弾いた。
バチンッ!おー、めっちゃいい音。
「!?!???!!」
「……自分の身も顧みずにモンスターを守ろうとするその象徴としての誇りは尊敬します。あなたの優しさも理解してます。それこそが僕が目指すべきものなのだろうと思います。……が、」
突然弾かれた額が痛かったのか、涙目で額を抑えるシエルリーファ様にため息をつく。デコピン如きで涙目になる癖に、あんなのとひとりで戦おうとするなんてどういうつもりなんだか。いやまあ多分僕のデコピンはだいぶ痛いだろうけど。
床にへたり込んだシエルリーファ様へとずいっと顔を寄せる。そして僕は怒ってます、という顔で額を弾いたその指を突きつけた。
「死んだら意味無いんですよ。全部無くなるんです。家族も、友達も、仕事も、誇りも使命も。何もかも。……聖女だからって、モンスターを守らないといけないからって、そう簡単に死のうとしないでください。あなたは聖女である前に一つの尊い命だ」
「……」
僕に『死』を語らせたら長いぜ、なにせ現在進行形で死んでるからな。……いやアンデッドモヴとは違うから生きてはいるんだけども。死属性なだけである。……死属性って結局のところ何……やめよ、今自分のアイデンティティー見つめ直してる場合じゃないわ。
そして僕はおぞましいアレとも違う。上手く説明できないが、アレは死んでいない。だからこそ歪で、近い存在として引導を渡してやらないといけないと何となく義務感のようなものが生まれているのも確かだ。
胸に浮かんだそれが動かない心臓を燃やすのを錯覚し、背中を押された気分になる。
パンプスを脱ぎ捨て放り裸足で床の状態を確かめ、剣の峰で肩を叩く。うん、やっぱヒールない方が動きやすいわ。その場で軽くジャンプし体をほぐす。
そして肩越しにシエルリーファ様を振り返った。
「そんでもって僕も生きていて死にたくないので、死ぬ前に一秒でも早く最強の儀典魔法を発動させてくださいね。よろしくお願いします」
嫌だし怖い。正直帰りたい。……でも逃げない。ここで逃げたら格好悪いから。
ここでシエルリーファ様を守りきって、アレを地上に出さずにここで殲滅出来たら『格好いい』から。
ね、そうでしょ?と惚けた顔で僕を見上げる薔薇色の目に笑い、拳を突きだす。
「……馬鹿ですか?貴女は。騎士様も」
聖女は自分の覚悟をコケにしたモンスターへの怒りに顔を歪ませ、己の不甲斐なさに唇を噛み───次の瞬間、全てを飲み込んで瞳に決意を浮かべた。
「任せなさい。全て蹴散らして見せましょう」
「……どさくさに紛れて僕まで滅しないでくださいね」
返事はない。しかし差し出された拳にコツンと拳が突き合わされた。




