聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の三
本を探す。渡す。本棚に本を戻す。
本を読み込んで内容を写す。写す。本を探す。コディアに魔力を貪られる。本を戻す。
探す。聖女に折檻される。写す。探す。戻す。写す。写す。
写す、写す写す写す───……
───────
─────
───………
「……まあ、こんなものでしょうか」
「うはあ……やっっっっと終わったぁぁ……」
「流石に疲れたでござるな……」
満足そうなシエルリーファ様の声とパタンと最後の本が閉じられる音を聞いて、ようやくこの地獄のような作業から解放されるとぐったり机に突っ伏した。
自分の書架から持ってきた本を同じデスクで写し込んでいたアジェルも、体中の凝りを解すように大きく伸びをする。
机の上に散乱した本をコディア達に戻すよう指示するシエルリーファ様は、そんな僕らを見て怒るでもなく「お疲れさまでした」と微笑んだ。
「いやいや、聖女殿こそお疲れ様でござる。こんなに手伝っていただけるとは……かたじけない」
「ありがとうございました。っていうか今更ですけど、持ち出し厳禁の内容ってマギホで写真撮るじゃ駄目だったんですか?」
「ダメです。写真媒体では流出した際に追えないでしょう」
ズラズラと本の名前が書き連ねられた目録を手渡してきながらシエルリーファ様は首を横に振る。
確かにそれもそうか。中には禁書と呼ばれるものも含まれているようだし、取り扱いは厳重にしすぎるくらいでちょうどいいだろう。
とりあえず借りる本と写しについては教会のモンスターが後日研究所に届けてくれるそうなので、届いたら目録と照らし合わせが必要だな。長時間の事務作業によってギシギシ鳴る肩と首を回す。きっと図書館に入った時には高かったであろう陽も随分と落ちているだろう。窓がないので分からないが。
「にしても……よく300年とか400年前とかの本がこんな綺麗な状態で残ってるよね」
ぐるりと自分を取り囲む本棚を改めて見回す。どれも古くはあっても破損したり汚れてはいない状態で保たれており、文字が掠れていて読めないといったことも無かった。下手すれば600年近く前のものなんかもあって驚いたものだ。なんでだろう?とコディア達と共に首を傾げると、アジェルが口を開いた。
「保存魔法様様でござるな。これのおかげで重要な文献も腐りやすい食材も無事で済んでいるでござる。だが……保存魔法というと水魔法、氷魔法由来のものが一般的だが、ここのは光魔法由来の保存魔法が使用されているのでござるか?」
「ご明察です」
フォーチュンクッキーの中身にも施されていた保存魔法は、できる限り長く物質を元の状態のまま維持させる魔法として食品加工や歴史物の保存などに幅広く使用されており、この魔法界においてごく一般的なものである。
そして一口に保存魔法と言っても、使用する魔法の系統によりそのアプローチ方法が異なる。
例えば水魔法は物質内の余剰水分を抜くことで腐りにくくする。原理的にはドライフルーツやドライフラワーと似たようなものだ。
そして氷魔法は物質の温度を下げることにより経過をゆっくりにするという方法である為、水魔法由来の保存魔法よりも効果時間は長いものの温度変化に弱い物質の保存には向かないという欠点がある。冷える事で不味くなる料理とか。
「光魔法由来の保存魔法は……言うなれば守護や回復でしょうか。元の状態にできる限り近づけるよう回復させつつ、外部からの刺激から対象を守るという保存方法なので、効果も長く保存魔法による対象の変化というのも少ないのです」
「しかしそもそも光魔法の使い手というのは少ないでござるからな。まずもって教会以外でお目に掛ることは無い上、光魔法由来の保存魔法を依頼しようものなら高い料金を払う必要があるでござる」
「なるほど……」
奥深し魔法の世界。ふたりの解説にほうほうと頷いていると、徐にシエルリーファ様が立ち上がった。
「……お二方。恐縮ですが地上に戻る前に、少しお時間をくださいますでしょうか」
この地下大図書館は来訪者に知恵を授ける図書館であり、教会、ひいては魔法界の防衛の要であり、そして聖霊を祀る祭場である───つまりこの図書館内には、7柱おわす始祖聖霊様の内1柱、知と時の聖霊サマルエラ様が授けた『時の祭壇』を安置した儀式の間が存在する。
大図書館への立ち入りを許可されている教会上層部の者は、図書館に訪れた際には必ず儀式の間に立ち寄り、サマルエラ様へと感謝と祈りを捧げる決まりになっているらしい。
教会の決まりごとと言われてしまえば部外者である僕らが否やを唱えられるはずもなく、それに散々手伝ってもらったのに少々の寄り道に文句をつけるなんて出来ようがない。
快諾した僕らはシエルリーファ様の後に続き、本棚で埋め尽くされたエリアから更に奥へ進んだ。
「……こちらです」
大図書館入り口でも使用したロザリオを翳し、最奥の大きな扉を開錠したシエルリーファ様に促され祭壇が安置されている間に足を踏み入れる。
そこは想像していたよりもシンプルな部屋だった。図書館とは打って変わって大理石調のその間には過度な装飾などは一切無く、白を基調とした空間にポツンと大きな祭壇が置かれているだけ。
しかし立ち込める雰囲気はどこか厳かで、自然と背筋が伸びる。
祭壇もまた白い大理石のような素材でできているようだ。藍色の布地に黄色の刺繍が刺されたクロスが掛けられ、その上には金杯と燭台が置かれている。
中央上部には大きな時計のような藍色の円盤が埋め込まれていた。知と時を司る聖霊様から賜ったものだから時計がモチーフという事だろうか。本来数字が書かれる部分には謎の記号と星のようなマークが描かれている。
これが何を表すのか僕にははさっぱり分からないが、きっと宗教的に重要なことが書かれているのであろう。4本の針が各々のスピードで回っている不思議な光景をまじまじと見つめる。時間と分と秒と……あと一本何用?やたら遅いけど。
「……ん?」
儀式の準備に取り掛かったシエルリーファ様の後ろから目を凝らす。よくよく見てみると藍色の円盤の真ん中、4本の時計の針の根本とでも言うべき所に変な窪みができているのに気がついた。
なんかあの形どこかで見たことあるな……二つの三角形を縦に頂点くっつけたような……ああ、砂時計か。
くびれのある特徴的な形は、最近あまり見ることのなくなった時計の形であることに気づきひとりぽんっと手を打つ。
いやでもなんで空洞?本当はあそこに装飾かなんか入ってたのでは?実はその辺に部品落ちてたりする?
「それでは、これより儀式を執り行います。お二方も共に聖霊様へ感謝と祈りをお捧げください」
気付いたものに違和を抱かせる謎の窪みに嵌まりそうな物が落ちていないかきょろきょろと辺りを見回していると、準備を終えたらしいシエルリーファ様が振り返る。
おっとそうだった、と落ち着きのない僕の様子を心配そうにチラチラ横目で見ていたアジェルの隣で居住いを正した。
「『叡智と時を統べる御方よ、永き巡りの理を示したまえ。御身の息吹によりて、時は流れ、知は芽吹く。その御身に感謝を捧ぐ───』」
燭台に火を灯したシエルリーファ様は祭壇の前に跪き、両手を胸の前で組んで朗々と祝詞のようなものを唄い始める。
羽を広げて瞑目し、澱みなく聖霊を讃える聖句を唱えるその姿は宗教画のように神々しい。
そんなシエルリーファ様の後ろでアジェルが同じように瞑目し手を胸に当てるのを見て、とりあえず同じように目を閉じる。
えーと感謝、感謝ね……うーんどうしよう碌な感謝が思い浮かばない。よく一年間の平穏無事とか家内安全のお礼を言うといいとか聞くけど、この世界に来て日が浅い上にこの方平穏無事とは程遠い日々を送っているし、家内安全も何も家族は義理しかおらんしなぁ……。
もういいか、感謝じゃなくてお願い事しとこ。えーこのあと何事もなく帰れますように、勇者とか怖すぎる存在が生まれませんように、あと今日の晩御飯オムライスがいいです。ロイドが作ってくれますように。……まあ多分作ってくれないだろうけど。
いやでもお願いしてみたらワンチャン出張先でえらい目にあった僕を労わる為に作ってくれたり……僕がお願いするよりもパーシーから言ってもらった方が成功率高そうだな。
聖霊への感謝を捧げるはずが、何故かパーシーをいかにして丸め込んでロイドに晩御飯を作ってもらうかの画策を始める
───その時だった。
「……?」
「……っ」
僕が疑問と共に顔を上げるのと、傍のアジェルが腰に履いた剣の柄を握るのはほぼ同時だった。
今何か、変な音が聞こえた。低く、ひび割れたような男の声が。アジェルのものではない。なんだ今のは?
どうやらアジェルも何かを感じ取ったのか、剣呑な眼差しで周囲に視線を巡らせている。
僕らのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、シエルリーファ様も祝詞を上げ続けながらも怪訝な顔でこちらを振り返った。
「……誰か、いる?」
「何者だ」
僕らの声に答える声はなく。
しかし、応えたモノはあった。
突如ズンッと空気が重くなり、身に迫る危機を感じ取った本能が警笛を鳴らす。
ぶわっと全身から冷や汗が噴き出て、無意識の内に身を護る武器を右手に転送させた。
何だ?───今、誰かに見られている?
ひしひしと感じる全身を刺すような視線に体が強張る。一つ二つではない。まるでウェルデ水上パレードの開会式の時のような数十、数百にも及ぶ多数の視線に晒されている。
どこから?誰の?
───胸中に浮かんだ疑問を解消したのは、時の祭壇の真下に現れた巨大な黒い魔法陣だった。
「っ、え」
「シエルリーファ様!」
黒い靄と共に発生した魔法陣。明らかに良いものでは無いとわかる黒く光るそれから、ずるりと腕が這い出る。
枯れ枝のように細く汚らしい腕は、そのまま祭壇に跪くシエルリーファ様へと向かって伸ばされる。
何が起きたか理解できず呆けるシエルリーファ様。ドス黒い手が揺れる薔薇色の瞳に触れる瞬間、僕は思い切り床を蹴った。
「───っ!!」
『無拍子』で両者の間に割り込み、右手の剣を思いきり薙ぐ。剣で受け止めた腕は枝のように細いくせに異様に重い。しかし流石に常モンの数倍の膂力を持つ僕の全力の薙ぎ払いには敵わず、ガキィッと音を立てて弾かれた。
その隙にシエルリーファ様を抱えて再び『無拍子』を発動、抜刀し戦闘態勢のアジェルの元へと戻る。
「素晴らしい反応速度でござる!ナイス!」
「お褒めに預かり光栄ですわ!これ何が起きて……」
「……っ!?」
片腕で抱いたシエルリーファ様が息を呑む。その視線を辿れば、黒い魔法陣からあのおどろおどろしい腕が何十本と這い出して来る光景が広がっていた。
そのまま腕の群れは時の祭壇へと伸びては白い祭壇を汚すように纏わりつき、爪を立て、ミシリと石が軋むほどに万力込めて締め付ける。
「やめなさいっ!『光の守砦』───っ!?」
時の祭壇を破壊しようと纏わりつく腕を排除すべく、シエルリーファ様が叫ぶように光魔法を唱える。呼応するように発生した光の膜は祭壇を覆うように広がり、纏わりつく腕を弾いた。
───が、
「おいおい……マジでござるか?『光の守砦』は光魔法の最上位防御魔法でござるぞ……!?」
アジェルの呻き声は、僕ら全員の心の声だった。シエルリーファ様が時の祭壇に張った結界のような魔法は、更に這い出してきた大量の腕に纏わりつかれミシミシと音を立てる。そして瞬く間にヒビが入り、ガシャンッと大きな音と共に割れてしまった。
そのまま数を増した腕はまるで津波のように祭壇を飲み込み、バキッ、ゴシャッと音を立てて中の物を破壊する音を立てた。
「あ、ああ……祭壇が……」
悍ましい腕が祭壇を取り込み、うぞうぞと蠢く球体のような様になる光景に、そして世界の最後の砦であったはずの祭壇が破壊されたという事実にシエルリーファ様が愕然とする。
しかし、それで事態は終わらなかった。
「うおっ!?」
突如、音も無く黒い魔法陣が大きく広がった。儀式の間全体に広がった魔法陣は気味悪く明滅し、聞いた者の脳を掻きむしるような呻き声が響き渡る。
何者の、と問う言葉はアジェルの声に掻き消された。
「───ッ!退避するぞ!」
流石にこのままここに居続けてはまずいとアジェルが吠える。それに従って儀式の間から飛び出そうとした瞬間、足元まで広がった魔法陣からまたもや何かが這い出してきた。
「───っ!」
「う……っ」
「何という……」
目の前に現れたソレの姿に、思わず上げそうになった悲鳴を唇を噛んで耐える。
シエルリーファ様が嘔吐き、アジェルが目を見開いて絶句する。
───それは、余りにも生を冒涜した姿をしていた。
それは、かつては大きな羽を持つ天使であったろうモノ。
あるいは、獣の特徴を持った獣人であったろうモノ。
あるいは、蝙蝠の羽を生やしたモノ、妖精の羽を持つモノ、長い耳の特徴持ったモノ───かつてはこの世界に生きるモンスターであっただろうモノ達が、全身を黒い何かに侵され、喰われ、壊された姿であった。
羽は毟られ、腕は枯れ木のように肉が削げ落ち、足は半ばから抉られ、肌の悉くが黒く斑らに染め上げられている。本来眼球が収まる眼窩は真っ黒に落ち窪み、そこから留めなく黒い泥のような涙が流れ続けていた。
纏う襤褸はよくよく見れば法衣や革鎧、ローブ等、かつての彼らの所属を表すものであり、それが余計に目の前の存在の歪さを強調し、受け入れ難いものとして脳を認識させる。
死よりも酷い状態に堕とされても尚苦しめられているのか、聞くに耐えない絶叫を上げ、泣き叫び、そして狂い嗤いながら、ソレらは際限なく次々と魔法陣から這い出してきた。
「リビングデッド……?」
違う、とシエルリーファ様の言葉を内心で否定する。呻き声をあげてフラフラとこちらに迫ってくるソレは確かリビングデッドのようだが───しかし、僕はソレを自分と同じ存在ではないと本能的に理解していた。
リビングデッドは肉体こそ時間の経過によって腐ってはいるが、こんな何かに穢されたような黒い姿はしていない。あんな生きているのに死んでいるような状態にならない。
口では説明し辛い感覚を、しかし言葉に落とし込んでいる暇は無い。無理矢理生かされ続けているソレが魔法陣から這い出して来る勢いは凄まじく、あっという間に儀式の間を埋め尽くさんばかりの数になった。
「……っ!」
沸き上がる恐怖と悲鳴を飲み込んでシエルリーファ様の体を抱え直し、髪に、足に、体に向かって一斉に伸びてくる腕を搔い潜ってアジェルと共に儀式の間から脱出する。
「ど、どうする……っ!?」
「お主は第零とユリナに救援を出すでござる!」
「そうだった忘れてた!」
儀式の間の大扉を強引に閉じるアジェルの言葉にようやくアームバンドの存在を思い出す。
僕のバイタルを計測するアームバンドは僕の緊急事態時に第零と待機中のユリナに救難信号を出すように作られている。こんな状況だ、きっと既に救難信号は発信されている筈。
震えそうになる手で慌てて胸ポケットに入れていたマギホを取り出せば、案の定ユリナとロイドから大量の着信が入っていた。一番最新の着信履歴からロイドに電話をかけ直す。
『おいラウ!?大丈夫か!?』
「全然大丈夫じゃないヤバい助けて!!なんか教会の地下の一番奥の儀式の部屋からアンデッドみたいな変なのがいっぱい出てきた!!」
ロイドは間髪入れずに電話に出てくれた。地下だから繋がるが心配だったが、特別な通信方法を使っているらしい第零特製マギホはしっかりと第零と通話を繋いでくれた。
久しぶりに思えて仕方がないその声にホッとしながらも早口で状況を説明すれば、バタバタと騒がしい電話の向こうでロイドの声が裏返った。
『はあ!?変なのってなんだよ、アンデッドじゃねえのか!?』
「分かんないよ!アンデッドみたいなんだけどアンデッドじゃない感じのやつなの!!」
我ながら支離滅裂だったと思うが、何とか儀式の最中に魔法陣が現れてアンデッドのようなものが現れたこと、時の祭壇と呼ばれる重要施設が破壊されたこと、そしてその何かが今も尚現在進行形で大量発生していることを伝えきる。
すると電話の向こうから今度は博士の声が聞こえた。
『時の祭壇が破壊されただって?アレは大聖堂を守る強力な結界を維持するための装置だろう。ピンポイントでそれを狙った?このタイミングで?……ラウ、実は君が壊したんじゃないだろうね?』
「っはあああー!?んな訳ないでしょ話聞いてた!?なんかキモい手がいっぱい出て来てそれが壊したんだってば!!って言うか取引先の歴史的建造物壊すわけないでしょ!!僕のことなんだと思ってんの!?」
「落ち着け落ち着け。フリント博士、ラウは本当に何もしていないでござる」
重要施設器物破損の容疑者にされ憤る僕を宥め、冷静に電話の向こうに僕の無罪を伝えてくれるアジェル。博士はその言葉に『ふむ……』と何やら思考に耽り始めた。
しかし何考えてんだか知らないが、博士の考えが纏まるのを悠長にまっている暇はない。次々に魔法陣から生み出されている何かの圧のせいで今にも儀式の間へと繋がる扉がミシミシと嫌な音を立てているのだ。
良いからさっさと救援を寄越してくれ!と叫びそうになる。そんな僕の心情に応えるように、今度は可憐な声がマギホから響いた。
『邪魔です退けですぅ!!ラウちゃん、アジェル聞こえますかぁ!?とりあえず今、バイタル計測器から救援を受け取ったユリナちゃんが先行して憲兵隊の派遣を要請していますぅ!少し待ってくださいねぇ!』
「ミモザ!!」
「ミモザッッッ!!!!!!!??!!」
マギホの向こうからドガッと何かを蹴り飛ばすような音と共に声を響かせたのは、我らが頼りになる変態アルラウネだった。その言葉に思わず喜色が浮かぶ。
ちなみにスピーカーにしたので真面目な顔をしていた筈のアジェルが突然挙動不審になったが、しかしこの緊急事態に構っている暇はないので謎に震えた虎は無視することにする。
『とりあえずそこから今すぐ離れてくださぁい!聖女様も一緒に地上へ……』
「いいえ」
退避を促すミモザの言葉をぴしゃりと遮ったのは、僕が腕に抱くシエルリーファ様だった。
気分が悪そうに手で口を覆って黙り込んでいた彼女は、僕の肩を叩いて下ろせと促してきた。思わぬ言葉に呆気に取られながらも床に降ろせば、彼女は自らの足でしっかりと立ち上がり、その手に司教杖を握った。
対峙する先は今にも決壊しそうな儀式の間へと続く大扉。大きな亀裂を走らせたそれを前に、聖女はその薔薇色の瞳に決意を宿した。
「親善大使、騎士様、今すぐ退避を。───私はここに残り、アレを食い止めます」




