聖霊教会大聖堂 地下大図書館 其の二
おもてなし本部親善大使、図書館で大騒ぎし聖女に正座で叱られる───……
メディアに取り上げられたら陛下の支持率諸共地に落ちそうな不祥事である。きっとそんなことになったら僕という存在は跡形もなく抹消されてしまうであろう。ああ権力者とはかくも恐ろしきもの……。そして僕は何と哀れで儚き存在だろうか。
今後ラウ親善大使は儚さ重視で売り出していくべきだと思う。儚い系狐美女か……悪くない。
「……何考えてるのか知りませんが次の本取ってきなさい。11段目の『聖戦年代記』です」
「イエッサー!」
氷河期かってくらい冷たい横目で命令を下されビシィッと勇ましく敬礼。儚さ?そんな一銭の得にもならんもんエイデルに食べてもらいな!!
この数十分の間に躾けられた体は素晴らしい条件反射で梯子を駆け上がり指示された本を素早く抜き取る。
そしてそのままデスクでペンを走らせている聖女様へ献上すれば、「ん」とそっけない返事と共に受け取られた。既に数十回は繰り返されたこのやり取りにももう慣れたものである。無駄がなさすぎる動きにシエルリーファ様も文句は出ない様子。ふふんとドヤ顔で胸を張ったら「うるさい」と怒られた。解せぬ。
群がるコディア達を散らし説教かまされた後、僕は「お前をひとりにしていると聖霊様の怒りに触れます」と既に怒りに触れてそうなシエルリーファ様によって首根っこ掴まれ、アシスタントとしてこき使われている。
いやまあそれ自体は自業自得なので甘んじて受け入れているのだが、しかしこの聖女余りにもモンスター使いが荒い。
取ってくるよう言われた本が高所で取れないからと僕がコディアにお願いしようものなら「助手のくせに楽する気ですか?」とあの恐怖梯子を顎でしゃくりやがるのだ。鬼かよ。僕の周りのモンスター鬼ばっかすぎないか。怖すぎて最初は途中まで登って降りれなくなったからな。
さながらその様子は木の上で悲し気に無く猫のようであっただろう……想像するだけで可哀そうだな。根性で降りたけど。
「だがそれも過去の話……刮目せよ、親善大使の成長を……っ!」
「次。28段目、『聖刻の記録』」
「よし来たハァイただ今ぁっ!!」
居酒屋かラーメン屋かみたいな威勢のいい返事と共に跳躍、一息に本棚の中段くらいまで飛び上がり梯子に一瞬だけ手と足を掛け更に飛距離を伸ばす。そしてそのまま『八艘』を発動、紫の波紋を踏みしめ滞空時間を引き伸ばし目を凝らす。
「せ、せ、せ……あった!アレだ!」
四方八方から伸びてくる人形の手よりも先に赤い装丁の本をむんずと掴み引き抜く。
周りから『あーっ!』と悔し気な声が聞こえたが、ニヤリと口の端を吊り上げるだけに留め『八艘』を解除。途端全身に落下運動に伴う重力が掛かる。
しかしこの感覚にももう慣れたものだ。臆することなく再び『八艘』を連続して発動しピョンピョンと即席の足場を使って危なげなく着地する。
『んモー!大使サマ早すギー!』
『コディアのお仕事取らないでヨー!』
「すまんなコディア達。僕も命が掛かっているのでね、手加減はできないんだ……」
空中で地団太を踏む人形達にふっと勝ち誇った笑みを浮かべて背中に髪を払う。僕はもう最速の捜索術を身に着けてしまったのでな……いくらインデックスゴーレムといえどももはや僕に適うことは無いぜ、諦めな。
コツは梯子を頼りにしすぎると最悪な想像をして怖くなっちゃうので極力使わない事だよ。アイアムジャンプキング。
いや別にこれは遊んでいる訳では無い。むしろ大真面に助手業に精を出している。そう、僕は命令を迅速に遂行し存在価値を示し続けないといけない理由があるのだ。例えそれが先住民の仕事を奪うことに直結しているとしても……!
何故かって?そりゃ決まっている。
「モンスター聞きの悪いことを言わないでください。コディアにも劣る助手など存在価値無しと言っただけでしょう」
「杖突きつけられてそれ言われたら命の危機と普通思いますが」
平然と僕の生殺与奪の権を握り続ける期間限定上司へと本を手渡しながらジト目を向ける。しかし当のモンスターは感情の薄い表情ではて?と首を傾げるだけだった。
いい性格してるわぁこの聖女……思わず顔が引き攣っちゃう。
「貴方の分の書架も確認してあげているのですから、感謝こそされどむくれられる筋合いは無いと思うのですが」
「むむむ正論……ありがとうございます」
シエルリーファ様は今、二つ分の巨大な書架に収められた本の目録に目を走らせ、勇者関連のことが書いてありそうな本を取ってくるよう僕とコディアに指示を出し、パラパラと速読で内容を確認し貸し出しするもの、貸し出しできないもの、戻すものに振り分けてくれている。
おまけに貸し出し厳禁な本に関しては必要部分の写しまで作成してくれおり、かなり手厚いフォローをしてくれている。正直シエルリーファ様には頭が上がらないのだ。淀みなく手を動かしコディア達と共にペンを滑らせるシエルリーファ様に頭を下げる。
何故だか分からないが、シエルリーファ様はツンツンチクチクした物言いではあるが僕らを凄く助けてくれている。正直ありがたいのだが、その真意が分からなくて怖い。
政策の話の時もそうだ。昨日は断固拒否!みたいな姿勢だったのに、今日は何故か少し態度が軟化しているのだ。
なんでだろう、昨日は僕大浴場での出来事も含めて痴態しか晒していない気がするのだけど。ベルへの取次が嬉しかった……にしてはトゲトゲしさはそのままなんだよな、うーん分からない。
「……次、12段目の『古戦の碑』、『光と影の記章』、あとは……ああ、これもですね。『黎明より出でし光の記』を」
「あ、はい!!」
静かな声に我に返り、慌てて本棚から本を取り出す。手渡しながら本棚に戻す本を手に取って再び本棚へと向かう。
そんな助手業に勤しむ僕の背中に、不意に本の名前を告げる声ではなく静かな問いが掛けられた。
「……貴方のその身体能力は、ニンゲンの指導者……勇者から得たというエネルギーによる恩恵なのですか?」
「へ?ああ、はい。多分?」
「……そうですか」
僕の身体能力は一般モンスターを軽く凌駕する。例えば一般モンスターでも身体強化魔法を使えば同じくらいの出力を得ることは可能らしいが、まず魔力を魔法として昇華する素質が必要な上長時間維持するだけの魔力量も必要になってくるので、基本的には騎士など戦闘を生業としており普段から鍛えているモンスターで無い限り素の力で僕に適うモンスターはいないと考えていい、とは博士の言だ。
あのロイドですら僕と組手するときは身体強化魔法をかけてないと無理、と言っていたし。……いやまあそもそもロイドはインドア拗らせすぎて素の身体能力は非力な部類であり、動かなくてはいけないときは膨大な魔力量で身体強化魔法フルマックスでゴリ押しが基本なので参考にならないのだが。
身体強化無しで僕と腕相撲したら0.5秒で負けてその後ずっと肘折れたって涙目だったしなぁ。ちなみにちゃんとそのレアショットはマギホに収めてあります。
「そして勇者は……貴方の身体能力すらも大きく上回り、その上強大な力も行使できると」
「……そうらしいですね。これから来る勇者も、僕が知る限りモンスターが太刀打ちできないくらい強いです」
僕も手のひら大の石を握り砕くことはできるけども、流石にデコピンで岩は砕けない。少々宙を跳ぶことはできても飛ぶことはできないし、ロイドの『移動』を発動前に察知するなんて未来予知じみた芸当もできない。凶行を止めるべく派遣された騎士、魔導士の軍団相手にたった1人で立ち向かって壊滅させるなんてもってのほかだ。
正直勇者侵攻対策チームが戦力強化を図っていると言っても、サーシャが勇者に転じてしまえば今のままじゃ僕らは為す術なく壊滅させられるのは目に見えている。だから陛下は勇者が発生しないように先手を打とうとしているし、博士は勇者に対抗するための一手を創り出そうと勇者の記録を集めまくっている。
そして僕は───……
「……貴方、実は多重モン格者ですか?」
「はい?多重……なんて?」
ギョッとして棚に本を戻す作業を中断し振り返れば、デスクから顔を上げたシエルリーファ様がジッと僕を見つめていた。
「昨日はずっと情けない面を晒していたくせに、今日は何やら自信に満ち溢れた顔をしています。教皇様相手にあんな腹芸までする始末ですし。かと思えば事業案が却下されそうになれば大焦りするわ、子供のように燥いでコディアに群がられるわ……と思えばそのような思慮深い顔をする。……貴方、いくつモン格持っているのです?」
静かな問になんて返すべきか悩み閉口する。モン格ってこちはきっとモンスターのパーソナルの事を言っているのであろうが、残念ながら多重な性格はしていない。猫被って虚勢張っているだけである。
何と言ったものかと困って頬を掻く。その間も桃色の瞳は僕の内面を探ろうとするようにこちらに向けられている。
しばらくの沈黙の後、僕は苦笑いを浮かべてはおずおずと口を開いた。
「いやあ……どちらかと言えば情けない方が僕の素ですね。ただただ必死なだけですよ。事業案認められませんでしたーなんて帰れば多分陛下に殺……怒られるので、必死に虚勢張ってそれらしいこと言ってるだけです」
「……」
「昨日と違うように見えるなら、それは……うん、シエルリーファ様のお陰です」
「は?」
まさか自分の名前が出ると思っていなかったのか、素っ頓狂な声を上げるシエルリーファ様。驚いた顔に初めて年相応な表情が見れたなと少し親近感が湧く。
「シエルリーファ様が僕に足りないものを指摘してくれたから、この世界に来て初めて自分と向き合えました。それでそれに悩んでいたらアジェルから助言をもらえて、それのお陰でなんだかすっきりしたというか……自分の中で芯のようなものができたというか」
誇りが無いというシエルリーファ様の言葉が合ったから、初めて自分が抱えていた後ろめたさのようなものを自覚できた。
そして自分にしかできないことは格好いいとアジェルが教えてくれたから、僕はその言葉を指針に頑張ろうと思えるようになった。
ふたりの言葉のおかげで、僕は本当の意味で前向きにこの世界を救うと考えられるようになったのだ。
「いやまあ、まだシエルリーファ様のように象徴として生きる誇りなんてものは理解できてませんけど……でも、僕にしかできないことを成し遂げるのは格好いいことで、格好いい姿を見てもらいたいっていう気持ちは生まれてたんです。それを誇りなんて思えたらなーなんて……思いまして……だから、えっと……」
ヤバい待って調子に乗ってペラペラしゃべりすぎたかも!めっちゃ恥ずかしくなってきた!ちょっと中二病みたいなこと言ってないか!?いい歳して隙あらば自分語りはちょっとそれ恥ずかしいのでは!?
自分の言葉を反芻して顔が熱くなる。無言の聖女の圧が痛い怖い。「コイツさっむぅ……」って思われてたらどうしよ、そんなこと思われてたらもうシエルリーファ様の顔見れませんよ!?
今すぐこの場を辞したい気持ちでいっぱいだが、しかしそれこそ恥の上塗りのような気がしてぐっと堪える。ええいままよ!と勢いのままバッと頭を下げた。
「と、とりあえず!昨晩も今日もありがとうございます!!シエルリーファ様のお陰で色々吹っ切れましたし事業案も纏まりました。感謝してもしきれません!今後ともよろしくお願いします!」
「……」
ひしひしとつむじに視線が刺さる。何か……何か言ってくれ……!居た堪れなさで死にそうになりながら頭を下げ続ける。
───と、不意に頭上から思わず漏れたような微かな笑い声が聞こえた。
「……まあ、迷える者を教え導くのは聖霊様に仕えその御声を代弁する者として当然なことですから」
笑い声につられて顔を上げれば、ほんの僅かにではあるが微笑むシエルリーファ様と目が合った。
初めて僕に向けられた笑みにぽかんと呆ける。聖女はそんな僕の顔を見てハッと息を呑み、それから何事も無かったようにすんっと表情をデフォルトの無表情に戻した。
「……世間話は終わりです。さっさとその本を戻してこちらの作業を手伝いなさい。親善大使」
「シエルリーファ様……」
少し気まずそうに視線をデスクに戻すシエルリーファ様。見ようによっては照れてるようにも取れるその仕草に、驚きから復帰した僕は我慢できず噴き出してしまった。
なんだこの子、めっちゃ可愛いじゃないか。確かに言動怖いしすぐ杖向けてくるし銀矢撃ってきたけど、嫌いなアンデッド相手にも教え導くのが仕事とか言うし何だかんだ言いながら手伝ってくれるし……シエルリーファ様にしてみれば元ニンゲンのアンデッドモンスターなんて不安要素しかない筈なのに、僕の素性を知っても吹聴したりもしない。それどころか僕の気持ちも笑わないでちゃんと聞いてくれるなんて……なんて良いモンスターなんだろう。
「くっ、ふふふ……シエルリーファ様、ツンデレって言われません?」
「は?ツンデレ?」
作業に戻ろうとするシエルリーファ様の隣の席に掛ける。胡乱気な眼差しの聖女に僕は満面の笑みで頷いた。
「普段ツンツンしてるくせにたまにデレる性格のことですあでででででででで杖刺さってる!刺さってますシエルリーファ様!」
「誰が誰にデレてるですって?地獄の業火しますよ」
「嘘です嘘ですごめんなさい舐めたこと言いましたデレてません全然デレてませんツンツンしかしてません」
「む、ツンツンもしていません。ベルリアナ様みたいなクールビューティーと言いなさい」
「現在進行形で杖でツンツンされてますうう!!」
司教杖を宙から取り出し僕の頬にツンツンゴリゴリ押し付けるシエルリーファ様。前言撤回怖いわこのモンスター!!そしてベルもアンタも全くクールビューティーしてないよ!クールビューティーの意味調べ直してこい!!
なんとか司教杖の攻撃から逃れることに成功し、ぜえはあと床に膝付いて荒い息を吐く。そんな僕にシエルリーファ様は悪びれもせずぷーいっと顔を背けた。
うう……えらい目にあった……僕のほっぺ無事ぃ……?片頬だけ抉れていないか揉んで確かめる。よかったぁあるぅ……。
「……まあ確かに、アンデッドとアンデッドモンスターは似て非なるモノ、というのはお前を見ていれば何となく理解できます。……悔しいですがこちらも認識を改める必要があるでしょう。別にお前のことを認めた訳では無いですが」
「またお前呼びに戻ってる……」
シエルリーファ様の中の僕の評価って秒単位で変動繰り返してそう。いい奴といけ好かない奴の間を永遠と反復横跳びしてるというか……ちょいいけ好かない奴寄りか。悲しい。
「シエルリーファ様に認められるように頑張ります……」
「ハッ、口では何とでも言えましょう。そのボコボコにされても私に纏わりついてくる粘着質な根性だけは買いますが」
「褒めてます?それ」
「褒めてると思いますか?」
むむむっと口を尖らせて唸る僕から顔を背け、さっさと作業に戻るシエルリーファ様。すげない態度に、せっかく距離が縮まったような気がしたのに……と、がっくりと項垂れるのであった。
『……聖女サマ、楽しそウ?』
「……まさか」
───アンデッド嫌いの聖女がその時どんな顔をしていたかは、傍らにいたコディアのみぞ知る。
ようやくデレたぜこの聖女……




