『黄の都市』おもてなし政策事業案
最悪の場合は関係悪化もやむなしの覚悟で聖霊教会のネガキャン工作も考えていたが、割かしあっさりと教皇領主様はおもてなし政策への参加に頷いてくれた。
「…………え?いいんですか?」
余りの呆気なさに拍子抜けしてしまう。自分で言うのもなんだけど結構権力を笠に言いたい放題だったよ僕。ぶっちゃけ不敬を理由に出禁も有り得ると思ってたんだけど、え?いいの本当に?
「む?不満か?」
「いえいえいえいえいえ!滅相もありません!ありませんけど……」
「なんだ、もっと詰められると思ってたのか?いやなに、本気でニンゲンと仲良しこよしの関係を築くつもりですなんて頭の中お花畑発言をするのなら追い返して聖敵認定でもしてやろうかと思っていたのだがな。ニンゲンとの戦争を未然に防ぐ為の策だとこう何度も主張されちゃ致し方あるまい?」
「頭の中お花畑……ああまあ、はい」
先程までの空気を霧散させた教皇様がしれっと宣った発言に顔を引き攣らせながらも、どうやらなんとか首の皮一枚繋がった事を悟り内心で安堵の息をつく。
っていうかそんな簡単に聖敵認定ってできるもんなんですか……?陛下直属の僕を聖敵認定したら下手すりゃ内乱沙汰になりかねないのでは?聖戦パート2は勘弁なんだけど。
「しかしだ、親善大使」
なんとか目的を果たせそうだとアジェルと顔を見合わせていた僕は、しかし教皇領主様の次の発言に冷や水を浴びせられたような気分になった。
「おもてなし政策事業案は聞こう。それがカルベンにとって有用であれば採用もしよう。だがそれだけだ。我々聖霊教会はニンゲンを依然聖霊様に害成すモノとして聖敵と見做す」
「────っ!」
「都市を預かる領主としてお主らおもてなし本部に協力はしよう。だが聖霊教会としては、かつてこの地を踏み躙り聖霊様を冒涜したニンゲンを許すつもりは無い。聖霊様の代弁者としてそれは変わらぬ。ご理解いただけるな?」
威圧を伴う視線を受け、思わず喉を鳴らす。
『聖霊教会教皇でもあるカルベン領主が、信徒たる国民を守る為渋々おもてなし政策に頷いた。これだけでも十分恩恵は得られるだろう』
彼女はつまりそう言いたいのだ。
確かにそうだ。ニンゲン絶許を掲げる聖霊教会教皇がおもてなし政策に頷けば、信心深く聖霊を畏怖する国民達も「教会がそういうなら」と政策を認めるようになるだろう。これは教皇領主様ができる最大限の譲歩であることは僕でも分かった。
だが、それはあくまでも消極的な受け入れだ。聖霊教会および『黄の都市』は間違いなくおもてなし政策事業内容を公表する際に『ニンゲンから魔法界を守るために仕方なくおもてなし政策を認めた』という内容の声明を出すだろう。そうしなければ聖霊教会や聖霊の威光が堕ちるからだ。
過去に聖霊を愚弄し、モンスターの尊厳を踏み躙り、魔法界を滅亡手前まで追い詰めた巨悪を、いつか討ち取るべき仇を、特に理由もなく全面的に認め聖敵判定を覆しましたなんて言えばニンゲンに臆した腰抜けと評されるのは目に見える。
図らずも、僕が聖霊教会に政策を認めさせるために掲げた大義名分を盾にされてしまった訳だ。逆手を取られたと歯を噛む。
聖霊が認めた訳では無いという前提の上、仕方なく受け入れた政策は果たしてどこまで好意的な目で見られるのだろうか。……きっとそれは、僕らが求める結果にはいささか足りないものであることは考えるまでも無い。
しかし、聖霊教会は『黄の都市』と違う。リライヴェッジと同じように王城と各都市間の上下関係に左右されない独立した組織だ。僕らはこれ以上を聖霊教会に無理を求めることはできない。教会を従わせるだけの権力も無ければ、教会が威光を堕としてまで頷かざるを得ないようなメリットを提示できるわけでもないからだ。
教皇様の言葉の裏は読み取れている。「これ以上を求めるならば、聖霊教会の力を以て全て白紙にする」と釘を刺しているのだ。
───ここが限界だ。
「……はい。ありがとうございます」
悔しさを飲み込み、頭を下げる。
想定通りじゃないか、一番難易度が高い第一優先事項は元々無理だと判断していただろう。上々だと自分に言い聞かせる。
「うむ、話が分かる奴で何より。それでは早速その事業案とやらを見せてもらおうか」
「……はい!」
だけど、まだ終わった訳では無い。『黄の都市』としては事業を検討すると言ってくれているのだし、教皇様が事業案を気に入り聖霊教会としてのメリットも見出してくれれば、聖敵認定を覆す可能性だってゼロではない。
切り替えろ。頬を軽く叩いた僕は、食堂に戻ってきた給仕のモンスターへ自室に置いたままのカバンを取ってきてもらうよう声を掛けた。
……と、勇んでみたのだが。
「ダメだ」
「ええええええええ!?」
数十分後、とりつく島もないくらいキッパリとNGを突きつけられた。
ニッコリ笑顔で首を振った教皇領主様の言葉に思わず絶叫する。
「なんで!?何がダメなんです!?」
「いやお前、これは地味すぎだろう」
「地味!?地味ですって!?」
「地味だろうて。ウェルデみたいなバカでかい案を持ってくると思ってたのだが……あの位でかくて派手なのは無いのか?」
「あれは都市起こしという大きな目的が別にあったからあんな大掛かりになっただけであって、これが本来の想定です!」
「えー……」
行儀悪く頬杖を付いては僕が差し出した事業案、『フォーチュンクッキー』と名付けられた薔薇の形を模したクッキーを摘まみ上げた教皇領主様は、あからさまなガッカリの表情を隠さずため息をつく。
筋肉隆々な体躯と比較すると余りにも小さく見えるそれは、陛下と聖霊教に詳しい学者先生達と三日三晩額を突き合わせ、パーシーに無理を言って頑張って作ってもらった努力の結晶体であった。今しがた無碍もなくNG出されたけど。
清貧を是とする清廉潔癖な宗教組織聖霊教会の教皇、まさかの派手好き……っ!衝撃で予想外の事実に冷や汗が吹き出る。
いや派手が好きというよりも、教皇領主様の中での前提があのウェルデの水上パレードになってしまっていた故というべきか。
頼むからアレと比べてくれるな。僕としても初回事業をあんなにでかいものにするつもりは無かったんだ……!
いずれにしよ期待外れだとため息をつく教皇領主様に僕は焦ってテーブルをぺんぺん叩いた。あかん!折角政策に協力すると頷いてくれたのにこのままじゃ破談になる!
「確かに見た目は地味かもしれませんが!!経済効果も見込めるものと思ってますから!!」
「これがぁ……?うーん……この中にくじが入ってると?」
「くじというか占いみたいなものです!割ってみてください!」
ほらこう!とテーブルの上に山盛りに載せた薔薇型のクッキーを一つ手に取り実演するように真っ二つに割って見せる。教皇領主様も渋々、という風にクッキーを二つに割り、中に入っていた紙を取り出した。
この薔薇型のクッキーは、来月に控えた聖霊教会主催の大祭────遥か遠い昔、聖霊同士の争いの末に長き眠りについたとされる始祖聖霊様の一柱の復活を願い祀る復活祭において配られるカルベンの特産ともいえるお菓子だ。
子供も大人も、貴賤も関係なく聖霊様へ日々の感謝を捧げながら食べるものらしく、何でもその長き眠りについている始祖聖霊様が大層好んでおられた薔薇を模したものを食すことで聖霊様への供物とする……みたいな考えから始まったものなのだとか。
今回はそのカルベンにおいて最もポピュラーなお菓子を、ニンゲン界にあったおみくじ入りのクッキー『フォーチュンクッキー』に仕立て上げたのだ。中には聖霊教の聖典内にあるありがたいお言葉と共に今年一年間の運勢が書かれた紙が入っている。
いやもう本当に大変だった。何が大変ってこの中身の内容を考えるのがだ。聖典を何度も何度も読み込み、聖霊教会的に縁起の良いもの、悪いものを抜粋して段階別に6つに分けつつ、運勢別に教訓となりそうな文言をこれまた抜粋抜粋抜粋……お陰で下手な信徒よりも聖典に詳しくなったわ。何なら夢にまで聖典の内容が出てきたレベルだ。
というのに、このアマゾネス碌に見もせず食べもせずにダメ出ししやがって!僕とパーシーの努力を無駄にする気かこのやろー!
露骨にテンションを下げるアマゾネス天使に一周回って怒りが湧いてきてふんふん鼻息荒くしていると、黙り込んでいたシエルリーファ様も隣に習ってクッキーを割った。
筒状に巻かれた小さな紙には、クッキーの油や湿気で紙がダメにならないよう、また衛生的にも問題がないようにとパーシーにお願いして氷属性由来の『保存』魔法を掛けてもらっている。なので少々コストはかかるものの、製造過程にさえ気をつければ腹痛を起こす心配は無い筈だ。
攻撃魔法以外も使えるなんて全くパーシーったら凄いぜ。
出来の良い弟を思うと僅かにだが溜飲が下がる。ふんふんっ!からふん……ふん……くらいにまで鼻息を鎮めた僕をよそに、紙を広げたシエルリーファ様が静かな声で内容を読み上げた始めた。
「……『光』、至高の祝福。全ての歩みに光が注がれる。『子よ、天を仰ぎ風を感じなさい。導きは常に想いになりて』……聖典第三章2節。始祖聖霊様が第一席、ネイトルケス様のお言葉ですね」
「こっちは『屍』だな。荒野を歩むとき。だがそこに再生の恵みが芽吹く。『精進せよ、邁進せよ。さすれば光差して道は開けん』……つまりこの光だの屍だのが今年一年の運勢で、それに対応する聖霊様のお言葉が書かれていると?」
「はい。上から光、恵、環、試、静、杭、屍となっていまして、光が出れば今年一年は安泰、屍は運勢最悪という風に順序立てられています。いわば運試しですね」
ようやく興味を少し持ってくれたらしい教皇領主様に息をつきながら概要書をふたりの前に差し出す。
「この運勢試し……ニンゲンの間では『おみくじ』と言われているようですが、、元は吉凶を占うものでは無く政治や国民の運命を占う者だったそうです。それがいつしか庶民も神……聖霊様のような上位存在に今年一年の自分の運勢をお伺い立てるものになっていったと」
聖典を読む限りこの世界にも神という概念はあるようだけども、あんまり詳しい事書いて無いんだよなぁ。『世界を創りたもうた聖霊様の母』みたいな紹介のされ方を冒頭の方でチョロッとされてたくらいで、聖霊みたいにこの世界に対して何したアレしたという描写が一切描かれていないのだ。概念としてはあるのに語られないなんて不思議だな。
対して聖霊様はすごいぞ。空を割りながら下界に降臨して光り輝く羽を世界中に撒き生きとし生けるものの寿命を延ばしただとか、黄金の羽を持つ使徒50名を引連れて世界を回り山一つ金にしてみせたとかとんでもない話がたくさん載ってる。
山を金にする意味とか全くわからんけどね。しかも最終的にその金の山、紆余曲折を経て粉々に砕け散って砂漠になったらしいし。意味が分からんよ。まあ神話とは得てしてそういうものであるけども……。
「ニンゲン界のとある国ではこのおみくじが神の代弁として大事にされており、より神への信心を深くする一助になったと言われています。この世界ではニンゲン界で語れている神よりももっと身近な存在である聖霊様がいらっしゃいますから、聖霊様へ今年一年の無事を祈りながら引くことで聖職者ではない一般市民でも聖霊様の存在をより近く感じることができるのではないかと思っています」
とまあ、そう宣う僕が実は一番聖霊の存在を信じていない。
ぶっちゃけおみくじは楽しいからするけど、正直神とか聖霊とか目に見えないものを熱心に信じるタチでは無いのだ。いたらいいよねくらいの感覚なので、今回のおみくじに関しても話題ネタ程度に会議で挙げて見ただけだった。
だっておみくじだよ?娯楽以上のものにはならんだろうて。
しかし意外や意外、この世界に生きるモンスターの大多数は聖霊様は絶対に存在するものと信じて疑っていないらしく、またその御声を聞けるのは聖職者の中でも特に徳の高い選ばれし者……すなわち聖霊教会の上層のみと考えられているため、お金を払うだけでお言葉を頂戴できるなんて画期的と陛下と学者先生たちの間では高評価だったのだ。
最終的にきっと信心深いモンスターが多いカルベンであるなら尚のこと刺さるであろうと賛成意見が多数上がり、そのままトントン拍子で確定してしまった。
モンスターのほとんどが心から聖霊の存在を信じてるなんて聞いた時は本当かなぁって半信半疑だったのだが、しかしあのリアリストロイドですら事業案見せた時「それ聖霊様の言葉無断引用じゃねえ?大丈夫か?」って言ったから驚いたものだ。
っていうか僕の周りのモンスターの中で信じてないの博士だけだったわ。
「え?そんなレイスとかソウルレス以上に希薄な思念体って存在していると見なしていいのかい?」って、言わんとすることは分かるけど多分そういう話ではないと思うよ博士。
だけどまあ使えるものは親だろうが種族の王だろうが聖霊だろうが神だろうが使うのが僕の流儀。これがモンスターにウケるというのなら、不敬のそしりを受けるとしても全力で推し進めていく所存である。
いけしゃあしゃあと聖霊様に全力であやかろうとする僕(信心深さレベル0)の提案に、教皇領主様は概要書から目を上げた。
「つまり、我々に聖霊様のお言葉を騙れと?」
「まさか。これは運試し以上の何物でもありませんよ。ただ聖霊教会の本拠地があるカルベンがこの事業を行えば、きっと聖霊様の御声の代弁であるとモンスター達は勘違いしてしまうことはあるかもしれませんけど」
聖霊詐称ではないよ。だって紙に運勢と聖霊教会が出してる聖典の聖句が書いてあるだけだもん。それを元に不安を煽って怪しげなアイテムを売りつけるだとか無理矢理お布施包ませたら犯罪だけど、運勢が書いてある紙が入ったクッキーを売るだけなら何の問題もない。
仮にこのクッキーの通り行動して良いことが起きて聖霊教会の威光が高まったとしてもあくまでそれは運が良かっただけであって、カルベンはクッキー売っただけで関係ないから何の問題も無い。そうでしょ?
「……は。流石はあの天を天とも恐れないあの黒狼坊ちゃんと、存在自体が天への冒涜と先の教皇に言わしめた蜘蛛をバックにつけるだけあるな」
割ったクッキーの欠片を口に放り込む教皇領主様は、呆れ半分感心半分といった表情を浮かべる。しかし感心も浮かんでいるあたり、どうやらこのクッキーが及ぼす金策効果に気が付いたようだな。これはいける!
好感触に微笑み、テーブルの下でぐっと拳を握───
「却下だ。帰れ」
「えええええええええええええ!?」
「だって地味すぎるんだもん。それに流石に聖霊教会と無関係貫いてカルベン名義で売り出したとしても、聖霊様の御言葉を頂戴する以上何かしら効果が無いと信徒はキレる。光魔法の痕跡すら無いとか舐めてんのかと最悪暴徒化する」
「そ、そんなに……?」
「そんなに、だ。他の都市ならいざ知れず、ここは聖霊教会のお膝元だぞ?カルベンにわざわざ住む住民は皆筋金入りの信徒だ」
マジかよカルベンの住民こっわ。そんなたかだか運試しで暴徒化とか……。
しかしその暴徒化の恐れがある信仰の頂点が言うのであればそれはきっと誇張でも何でもないのだろう。そんな怖い話を聞けば勢いも流石に萎む。まさか信心深さが逆に仇になろうとは……。
ダメだ、ニンゲン時代もそういう上位存在へのこだわりが薄い国民性の国に居たために宗教関係の恐ろしさをちゃんと理解できていなかったようだ。でも陛下も学者先生もいけるって言ってたんだけどなぁ。
仕方ない、出直すしかないか、もう少し教皇領主様好みの派手な事業案考えるか……。
「……例えば、ささやかでも実際に効果があるとしたらどうでしょうか」
「シエルリーファ?」
しんなりしょぼしょぼと椅子の上で項垂れる僕を見て小さくため息をついたシエルリーファ様は、そう言って立ち上がり、そして胸の前で祈るように手を組み瞑目しては全身に魔力を漲らせた。
すると突如彼女を中心に食堂が神々しい銀光に照らされ始めた。何が起きてる!?とアジェルと共に目を丸くする。
「『天の光の主よ。真を信ずる子らに闇を払う守を与えたまえ』」
銀色の光に包まれたシエルリーファ様が朗々と祈りの言葉を諳んじる。想定もしていなかった光景に息を呑んでいると、テーブルの上に無造作に置かれたフォーチュンクッキーが僅かに輝いた。
やがてキィン、と甲高い音が響き渡り光が収束する。誰もが静かに見守る中、そっと瞼を上げたシエルリーファ様は僕らの顔を静かに見回した。
「……ごく微小ですが、守護の呪をかけました。この紙を肌身離さず持ち歩けば、悪しきものを遠ざけ聖霊様のご加護を得られるようにと」
「え、ええ……?」
薔薇色の目に促され、テーブルの上のクッキーを割り中の紙を取り出してみる。すると筒状に巻かれた小さな紙には見たこと無い銀色の紋様が浮かんでいた。
銀円の中心に収まる天使の羽を象ったような美しい紋様は、まるでホログラムのように薄っすら透けた状態で紙の上に浮かんでいる。
「こ、これが守護の呪……?」
「おお……!微弱ではあるが聖女殿の魔力を感じるでござる。これが安寧魔法でござるか」
「はい。ささやかですが災いを退ける効果があります。お守り代わりに一年肌身離さず持ち歩くように宣伝すれば、きっと信徒にも受け入れられましょう」
他のクッキーも割って中身を確認する。テーブルの上に載ったクッキー全てに銀色の紋様は浮かんでいるようだ。あの一瞬で?結構の数あったよ?
驚愕と「なんで僕に協力を?」という疑問を込めてシエルリーファ様を仰ぎ見るも、しかし彼女は僕の視線に僅かに口を尖らしてふいっと顔を逸らしてしまった。
「ふむ、確かに聖霊の寵愛深い聖女シエルリーファの呪入りともなれば体裁も保たれようが……どういう風の吹き回しだ?シエルリーファ」
「……別に。ただ彼女達の活動の意義は認めざるを得ないと思っただけです。協力するのでしょう」
何やら意外そう、というよりは面白いものを見たという顔でシエルリーファ様へと問いかける教皇領主様。そっけない返答に、くはっと噴き出しては状況が飲み込めずオロオロする僕にニヤニヤと笑った。
「何をしたんだ親善大使?うちのシエルリーファが身内以外にここまで心を砕くことは滅多に無いぞ」
「え!?いやぁ、ええと……」
まさか『推しとの交流の場を設ける約束をしたからですかね』とは言えずしどろもどろになる。だって教皇領主様の後ろから僕を射殺さんばかりに睨みつけるあの目は間違いなく言ったら殺すと言っておられる……!恐怖に顔を引き攣らせながらぶんぶんと首を振った。
「し、シエルリーファ様は困っているモンスターを見捨てないお優しい方ですからっ!僕が何したって訳ではないですよははははは」
「うむ、誠その通り。シエルリーファはどこに出しても恥ずかしくない慈愛の天使であるからな。わははは!」
大口空けて大笑いする教皇領主様になんだかパーシーを溺愛するロイドを彷彿としながらも、「で、ですよね~」と頷く。判定は……セーフッ!何事も無かったように椅子に座り直したシエルリーファ様に額に浮かんだ冷や汗をこっそり拭う。死ぬかと思ったぁ……。
「しかし復活祭間近だぞ?大丈夫か?ロシェの方もあるだろう?」
「多少量を絞る必要は有るでしょうが問題ありません。性質的に復活祭に披露した方がいいでしょうし、早々に各所へと連携し取り掛かります」
「だ、そうだ。良かったな親善大使」
「へっ?あ、は、はい!!ありがとうございます!」
ロシェの方、という言葉に首を傾げていると突然水を向けられる。
それはつまり、僕の提案した事業案を呑むということで、怒涛の展開に呆けそうになるのを堪え慌てて立ち上がり頭を下げる。
良かった、一時はどうなるかと思ったが……助け舟を出してくれたシエルリーファ様には感謝してもしきれない。当のモンスターはすんって顔して絶対こっち見ようとしないけど。後で改めてお礼を言おう。
となれば、おもてなし本部の方で確保しているクッキー製造工場へと大至急発注を掛けつつカルベン都市庁舎の担当と詳細を打ち合わせなければ。
できればユリナ達にも早々に報告し動き出してもらいたいところだ。詳細を詰め始める前に少し部屋に戻らせてもらって……と脳内で今後の段取りを考えていると、教皇領主様へと給仕のひとりが耳打ちしているのが見えた。
「ふん……まあ仕方ないか。分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」
「はい」
何やら伝言を持ってきたらしい給仕が足早に退室する。疲れた様に眉間を揉んだ教皇領主様はコーヒーカップをぐいっと煽っては椅子から立ち上がった。
「すまん、また出なくてはならなくなった。とりあえずそのフォーチュンクッキーについては復活祭でお披露目できるように調整しよう。後ほど担当者から連絡させる。よろしく頼むぞ」
「は、はい。お忙しい所お時間ありがとうございました。精一杯頑張ります」
「うむ。……ああそうそう、大図書館の件だが」
どうやら多忙は本当らしい。慌ただしく外出の準備を始めた神官服のモンスター達に促される様子に若干の申し訳なさを覚えていると、教皇領主様は食堂から出る寸前に肩越しに僕らを振り返った。
「シエルリーファ同伴ならば許可しよう。今ここで突っぱねてあの蜘蛛が直々に来ても嫌だしな。だが持ち出し厳禁なものもあるからシエルリーファに詳細は確認するように」
「っ!ありがとうございます!」
「ああ、ではまた会おう」
真夏だというのに重そうな分厚い白の上衣を肩から掛けられ、その手に錫杖を持たされた教皇領主様はそのままあっさりと食堂から出て行った。
大きな音と共に扉が閉まった途端、体を支配していた緊張感が溶ける。ぶはーっと詰めていた息を吐いて椅子の背もたれからだらしなくずり落ちた。
「あああ……乗り切った……」
「お疲れ様でござる」
「だらしないですね。先ほどの威勢はどこに行ったのです」
「威勢じゃなくて虚勢ですぅ……」
応酬中もテーブルの下の足はガックガクだったつーの。いくら話す内容を事前にシミュレートしていたと言っても、あのアマゾネスもかくやみたいな威圧感を前に冷静さを損なわないで想定通り話すなんて所詮一般市民的感覚しかない僕には無理よ。虚勢に虚勢を張って自信満々に見せてただけだわ。大丈夫かな声震えてなかったかな。
「普段の残念な姿から想像もつかないくらい凄かったでござるよ。色々と」
「それ褒めてる?」
残念ってなんだ、色々ってなんだ。どういうことだおい目を逸らすなこっちを見ろ。テーブルの縁から目だけ出してアジェルへ追及の視線を刺すも、すん……とした顔で黙秘を貫かれこめかみがピクる。
とりあえず最低クリアラインは突破した。これで陛下に怒られ……もとい、詰られることは無いだろう。きっとおもてなし政策ももう少しやりやすくなる筈だ。しかしここがゴールではない、引き続き気を引き締めなくては。
っていうかそもそも博士の縁者だなんて教会にとって地雷でしかない僕を送り込んでおいて、失敗したら詰るとか理不尽じゃないですかね。これが社会人だっていうのか、モンスターだけど。生後3ヶ月なのに世知辛すぎるぜ。
喜ぶべきなのになんだか素直に喜べず、何となく窓の外、王城がある方角に遠い目を向けてしまうのであった。




