その天使、驍勇無双につき
ごとんと扉が開く音と共に顔を覗かせたのは、きっちりと法衣を纏ったシエルリーファ様であった。今日も頭上に天環を輝かせる彼女はアジェルに僅かに微笑み、ついでに僕に冷たい眼差しを向けながら楚々と訓練場に入ってきた。
「おはようございます。そろそろ朝食の準備ができますので」
「おお、すまぬでござる。今行くでござるよ」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
穏やかな顔でアジェルと会話を交わすシエルリーファ様。長い銀髪も翼も朝の陽光を受けてキラキラと光っており、まるでここだけ切り取ったら崇高な宗教画のようだ。そうやって黙ってれば聖女なんだけどなぁ……と何となく気まずさを覚えてアジェルの後ろにさりげなくすすすっと隠れる。
しかしながらシエルリーファ様は見えてんぞコラと言わんばかりにぎょるんっと僕へと顔を向けた。堅気とは思えない形相に思わず息を呑む。
「親善大使」
「お、おはようございますシエルリーファ様。えと、あの昨日は……」
「例の件忘れていないでしょうね。もしあれが口からの出まかせなら昨夜のことは全て教皇様を始めとした全国民に流布した上でお前を地獄の業火で焼き尽くしますけど」
「ヒイイその顔やめてください!もうベルリアナ様には連絡してありますからぁ!!」
真っ黒な目でがっくんがっくん首を揺らして迫ってくる聖女(?)にほら見て!とマギホの画面を見せつける。僕が昨夜寝る前に送信した『数日後で結構ですのでお時間下さい。紹介したい方がいます』というメッセージが最後のベルとのトーク画面を見たシエルリーファ様は、一応の納得をしてくれたのかふん、と鼻を鳴らして離れてくれた。
「返信が来たらすぐに知らせなさい。こちらも予定を合わせる必要がありますから」
「いえすまむ……」
あの動きホラーゲームの幽霊みたいで本当に嫌だ……朝から怖いよぉ。
颯爽と踵を返した聖女の後ろ姿に怯えがくがく震えていると、盾にされたアジェルは首を傾げた。
「……仲良くなってないか?お主ら」
「どう見ても脅迫恫喝の被害者加害者でしょうが……」
節穴も大概にせえよアジェル。
一先ず簡単に身支度を整えた僕らは、聖女の後に付いて昨夜ぶりの食堂へと向かう。
今日はようやくこの都市に来た本分、教皇様との会合だ。シエルリーファ様の態度を見る限りすんなりと事業案が通るとはとても思えないが、それでもできる限りのことはやるべきだ。最悪、陛下と博士のお使いである地下図書館の閲覧だけでもなんとかなればそれでもいい訳だし。
とりあえず教皇様が戻るのは午後3時頃らしいから、朝食を頂いたらもう一度第零とユリナ達と最終調整打ち合わせがしたい。何とか時間を取ってもらって……。
シエルリーファ様とアジェルの後ろを歩きながら今日の段取りを脳内で組み立てる。あー緊張してきた、と小心者丸出しに食堂に足を踏み入れれば、ピカピカに磨き上げられた長テーブルの上には、やはり清貧というにはいささか豪華な朝食が並んでおり───
───その上座には、思わぬモンスターが座っていた。
「おはようシエルリーファ。今日の朝食はやけにキラキラしているじゃないか。親善大使の分だけ。張り切ってるなぁ」
逞しすぎる剛腕、筋骨隆々という表現がぴったりな勇ましい風貌。嫌に豪奢な刺繍が為された神官服が包むのは今にも弾けてしまいそうなほどに立派な筋肉。レスラーか格闘家か、少なくとも戦闘を生業としているに間違いないであろうその勇ましいモンスターは、呆然とする僕とアジェルの前でムッシャムッシャとサラダを貪り食いながら、非常に気安い態度でシエルリーファ様へ片手を上げた。
予想だにしないモンスターの登場だったのか、驚いたように目を見開いたシエルリーファ様。しかし次の瞬間には非常に頭の痛そうな顔をし、デフォルト固定されているジト目を更にジトっとさせた。
「……何故ここに。お戻りは午後の予定では?」
「急いで帰って来たんだよ。なんて言ったってあの黒狼坊ちゃんがようやく遣いを出したんだぞ?待たせちゃ悪いだろうて」
「そういう時は前もってご連絡くださいといつも申しておりますでしょう───教皇様」
「はっはっはっ、まあそうかっかするな」
豪快な笑い声に呆気に取られる。不意打ちのように目の前に現れた彼女は、呆れと怒りを込めたシエルリーファ様の視線を受けて何故かその逞しすぎる体を存分に見せつけるようなポーズを取った。
「きょ……教皇、様?」
「おはよう親善大使。昨晩は良く寝られたかな?」
突如現れたのは、本日の会号相手たる『黄の都市』カルベン領主兼、聖霊教会教皇。
彼女は───とても、シエルリーファ様と同じ天使族とは思えないほどに厳めしい風貌をしていた。
「あ、アマゾネス……っ」
「こらラウ!」
思わず零れた呟きを拾ったアジェルが肘でド突いてくる。しかし窘められた所で納得等出来ようもなく、朝食を豪快に口に運び続ける教皇様と怒気を立ち昇らせるシエルリーファ様とを見比べる。
確かに頭の上に光る天使の輪はあるし小さすぎるけど背中から羽も生えてる、けどそれ以外の全てがあの目の前のモンスターが天使であることを否定しているでしょうが!ファーストコンタクト天使族が(性格以外は)天使らしすぎるシエルリーファ様だったことが余計に僕の脳に混乱を招いている。あれ天使じゃなくて僻地に住む狩猟民族の女長とかちゃうの?っていうかなんでここに!?
「昨日は悪かったな親善大使。どうしても外せない急用ができてしまってな」
「エッ!あ、い、いえ。こちらこそ……その、体調がすぐれないと伺っておりましたが、お加減は……?」
「いたって好調だ!」
失礼なことを考えていたのを誤魔化すように体調を伺う言葉を口にすれば、わはは!と二の腕で力こぶを作りながら教皇様は屈託なく笑う。
ええと、教皇様?陛下の招集を拒否した理由を体調不良にされていたと思うのですが、そんな元気そうにしてていいんでしょうか。いや仮病であるのは皆分かってるけど一応さ……。
戸惑いながらチラとシエルリーファ様を横目で伺い見る。お宅のトップ大丈夫そ?という視線に込めた僕の疑問は正しく受け取られたようで、シエルリーファ様は額に手を当てては滅茶苦茶疲れた顔でため息をついた。
「……とりあえず、どうぞ。召し上がってください」
「い、いただきます……」
昨晩に引き続き異常にキラキラしている朝食を指し示され、しかしもはや色々とそれどころじゃない心境の僕はツッコむこともできずにおずおずとカトラリーを手にすることしかできなかった。もう食べ終えてしまったらしい教皇様は、のんびりと椅子の背もたれに体重を掛けては食後のコーヒーを啜っている。
食堂によく分からない空気が流れる。とりあえず怒れるシエルリーファ様怖いし何考えてるか分からないアマゾネス教皇も怖い。怯えながらアジェルと並んでもそもそと食事に手を付け始める。
「そうだそうだ親善大使、仕事の話の前に一つ聞きたいことがあるのだがいいか?ああ食事はそのまま続けてくれて構わん」
「はい?なんでしょう……」
「お前の目的を吐け。投獄されたくなければな」
「んっぐふ!?」
突然の過激な発言にパンを嚥下し損ねる。必死に咽て吐き出さないよう耐えるが、にこやかな顔で物騒なことを宣った教皇様は僕の状況など知らんとばかりに追撃をかましてくる。
「なんだ、世界征服か?それとも世界の滅亡が望みか?ニンゲンのスパイなんかして何を考えている?どうやってあの腹黒国王を篭絡した?ウェルデはもうお主の手中と聞いたか本当なのか?あの武装集団を従えて一体何を……」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください!そんな恐ろしいこと考えてないですし陛下を篭絡なんてしてません!!スパイでもありません!」
ようやくごっくんと口の中のものを飲み込み、ズイズイと詰めてくる教皇様に待ったをかける。た、確かに怪しさ十割マシマシ親善大使かもしれませんが本当にそんな気はありません!信じてくれ!とぶんぶんと首を振る。
こんなド直球に僕がニンゲンの手先であると疑ってくるとは……ハッ!まさかシエルリーファ様僕の正体バラした!?
慌てて教皇様の隣の席のシエルリーファ様へ視線を向けるが、しかしシエルリーファ様は「もうちょっと外交というものを……ああもういいです好きにしてください……」とぐったりしながらブツブツ呟いてた。う、うーんあんまりこの状況聖女の本位じゃなさそう……。疑ってごめん。
「ふうむ?それでは純粋にニンゲンと手を取り合いたいと考えているのか?正気かお主」
「え、ええと……」
余りにも明け透けな物言いに口籠る。いやモンスター的に教皇の懸念はもっともであるし理解はしているのだが、いかんせん巨大な組織のトップとは思えないズケズケとした言葉に戸惑ってしまったのだ。なんと言えば納得してくれるだろうか、と頭を悩ませていると、対面のモンスターは先程までの勢いはどこへやら、遠い目でどこかを見つめながら静かに長い息を吐いた。
「陛下はほれ、腹黒だろう。食えないモンスターだろう。だからお主に騙されているのでないのなら、和平条約結ぶふりしてニンゲンの寝首を掻こうと考えているのかなとか思っているんだが、実際どうだ?」
「はあ……い、いやぁ一応今のところは考えていないと思いますけど……」
「ならばいよいよ目的が分からない。まさか本気でニンゲンと友好条約を結べるなんて思っていないだろう?何を企んでいる?ニンゲンの凶悪さ悪辣さを忘れたわけではあるまい?」
本気で正気を疑うような目で僕を見つめる教皇様の圧に息を呑む。
もう一度言うが、教皇様の言うことはモンスター的目線ではもっともであるし、その考えは非常に正しい。何の慈悲も躊躇も無くこの世界を一方的に蹂躙せしめたニンゲンがモンスターにとって不倶戴天の仇であるのは疑いようもない事実であり、そんな相手と和平条約を結ぼうなど、相互理解を深めるためにその仇の文化を理解し国民に押し付けようなど、モンスターにとってすれば唾棄すべき行いであろう。
まして聖霊教会はニンゲンを一等憎んでいる組織だ。清貧を掲げ資金力が高くないと言えども、『緑の都市』のように経済的に切羽詰まっている訳でもない聖霊教会並びに『黄の都市』が、ニンゲン文化を推し進める政策にいい顔をするべくもなく。
それではやはり『黄の都市』に事業案を認めてもらうのは難しいのか───答えは否、である。
「教皇様」
「おん?」
「僕と陛下は……いえ、僕らおもてなし本部は、徹頭徹尾この魔法界のことを考えています」
椅子に座り直し、背筋を伸ばす。真っすぐに教皇様を見据えれば、視界の端にシエルリーファ様が映った。
こんなことを言えば、もしかしたらまたシエルリーファ様にはパフォーマンスだ誇りが無いだの言われてしまうかもしれない。
否定はしない。……だけど肯定もしない。
訝し気な表情の教皇様。彼女も僕に懐疑的であるのであろう。それは正しい。当然だ。
でもね教皇様、いつまでも立ち止まって過去ばっかり見るのは誰でもできる。昔の幻想に威嚇して呪って、それで得られるものはきっとそんなに多くない。
それは多分───格好悪いんじゃない?
「モンスター・ニンゲン友好条約締結対応対策政策、通称おもてなし政策は表向き和平条約を最終目標としていますが、あくまでそれは正直副次的な結果でしかありません。おもてなし本部の真の目的は来るニンゲンの侵攻に対する防御策。僕らが考えているのはひたすらこれです」
ぶっちゃけこれは借り物の考えだし、まんまもろパクリで大変恐縮厚顔無恥は重々承知であるけども、それでもこの『言葉』は迷いだらけだった僕に一つの正解を導き出してくれた。だから堂々と使わせてもらう。
「政策を通してニンゲンに対する国民の悪感情の緩和をし、そしてその上で来年の春に来訪するニンゲン界親善大使の保護およびおもてなしをする。これはニンゲンの手からモンスターを守るために必要なことであり、僕らがやらなきゃいけない事なんです。僕らおもてなし本部と、そしてこの世界の領主である貴方方としかできないことです」
元ニンゲンで、今の魔法界を生きるモンスターの僕が先導に立つことでしか成し得ない事なのだ。だから胸を張れ、腹に力を入れて笑え。
嫌々じゃなくて、ここに居るべくしているのだと見せ誇れ。
それはきっととてつもなく格好いい事の筈だから。
「ですから、モンスターを守るためにどうかお力添えください。教皇様」
僕と世界を救うなんて超絶格好いいことしようぜ、教皇領主様。




