自分にしかできないこと
遅くなってすみません!
そもそもの話、武器が悪いと思うんだ。なんなのこの長い刀は。取り回し辛いったらありゃしない。もはや太刀と言っても過言ではない超長物じゃんか。素人がまともに扱える訳がないだろう。玄人でも扱いが難しそうなコレをチョイスするとか本当にセンスが悪い。作成依頼者である博士曰く「ラウの膂力だとこのくらいの重さが無いと軽すぎて振り辛いかなって思って」とのことだが、長くする必要は無かったと思う。普通に振れば天井やら床に刺さり、横に薙げば空気抵抗で肩が持っていかれそうになるんだぞ。博士はその辺ちゃんと理解しているのだろうか。
つまり剣として扱いづらいこの刀を武器として用いるのであれば、あのラウちゃんヨーヨー戦法は最適解であるのだ。ある筈だ。そうだと思う。そう思いたい───
「邪念を感じるでござるな。素振り100回追加」
「鬼か!?僕の指導係はどいつもこいつも鬼ばっかか!?」
「鬼族は温厚な種族でござるよ。口答えするようならもう100増えるが」
「くっそおおお!」
片頬を腫らしひたすら素振りに打ち込む僕は、どこにもぶつけられない怒りやら悲しみやらにギリギリと歯を鳴らしていた。
もう300回はしてるんですけど!?いい加減腕パンパンなんですが!もはや苦行となんら変わりない訓練にやけくそ気味に剣を振り続ける。素人だって言ってんだろうがァ!
そんな慈悲も無い訓練メニューを言い渡した鬼コーチアジェルはというと、博士が用意した『ハナガタミ流剣術指南書』なるものを読み込んではうーむ、と顎を撫でていた。
「ハナガタミ流剣術……中々に興味深いでござるな。突撃あるのみみたいな戦法故、求められる技能はトップレベル。速さ、手数、機動力、魔力、そして純粋な膂力……素人が手を出すには中々茨の道でござるな」
「ひい、うぎぃ……っ!な、なんで、博士は、こんな剣術チョイスした訳!?僕魔力多いって言っても、ぜえ、火属性しか使え、ないんだけ、どっ!」
「……」
肩で息をしながら前々から思っていた疑問をぶつけてみる。
ハナガタミ流は4つの奥義と火・風・土・水・氷の5つの魔法属性技で構成されている剣術である。とどのつまり、この剣術を完璧に習得するには5つの属性魔法を行使する必要があるのだが、通常モンスターに宿る魔法属性というのは一つだけと言われている。
例えばパーシーの持つ属性は氷、ウェルデゴンドラ協会長であるドルニカさんは水、アジェルは土、ベルリアナの精神干渉系魔法は闇、そして僕はといえば紫炎を出す魔法なので火属性である。自分の魔力の属性というのは生涯変わらないらしいので、僕が使用できるのはハナガタミ流火剣という火属性技のみだ。完全習得はハナから無理なのである。
もっと言えば4つある奥義の内2つは土と氷の属性魔法を基礎に展開する技である為、これも使用できない。いよいよこの剣術をチョイスした理由が分からず首を傾げるばかりである。
アジェルなら博士の真意がわかるかと尋ねてみるも、しかし何か考え込むように視線を宙に投げるだけで口を開こうとしない。突然静かになったコーチを訝し気に見つめると、「……さあ、あのモンスターの考えていることは分からんでござる」と毒にも薬にもならない答えだけが返ってきた。
「ま、ロイドがこの数ヶ月で集めたお主の特性を見る限り、銃や魔法よりも近接武器が性に合っているのは間違いないでござろう。このまま特訓あるのみでござるな」
「え?!この世界銃あるの?」
「む?勿論あるでござるよ。なんならロイドはお主の主力武器は銃が良いと主張していたようでござるが」
マジで!?いやこの世界下手したらニンゲン界よりも近未来化してる分野もあるから、銃の生成ができない訳は無いんだけども。
しかしながらアジェルもいつぞやに見た騎士団長も原始的な近接武器を携帯していたのでてっきり無いものだと思っていた。フィクションの異世界観に毒されてしまっていたかもしれない。
言われてみれば数日前、博士に剣を手渡される前にロイドが「射的とかシューティングゲームとか得意?」って聞いてきていたな。アレはつまりそういう事だったのかとひとり納得していると「もっとも、お主の射撃力その他諸々を鑑みて断念したようだが」とアジェルより補足説明がなされスン……となる。すみませんねノーコンノーキンで。
どうやら聞くところによれば、先日のクラーケン襲撃事件および親善大使突撃事件を受けて、第零研究室内で僕に護身用の武器を持たせた方がいいのではないかという話になり、各々僕に相応しい武器を検討していたのだとか。
議論の末、結局は博士の刀案が僕の適性とニンゲン文化を推し進める親善大使が持つ武器として相応しいだろうという話で纏まり、刀と親善大使専用瞬時収納転送システムの作成に踏み切ったらしい。
みんなが僕のためにそんなことを考えてくれていただなんて、露にも思っていなかった。何となくこそばゆい気分になる。
ちなみにロイドは銃を、ミモザは魔法少女変身バンクを激推ししていたらしい。ミモザには僕は女児に見えてるのかなぁ……。流石にこの歳でフリフリ魔法少女衣装はきついものがあるんですけど。
「ミモザのその魔法少女?というのは分からないが……ロイドが銃を推していた理由としては、お主の脳筋具合からして近接武器なぞ持たせたら積極的に前線に突撃するのではないかと危惧したためらしいでござる。『アイツが前線に出て行ったら世話係の俺も一緒に行かなきゃいけねえじゃねえか』とな」
「ひとをイノシシか何かのように言って……」
しかしながら積極的にクラーケンに突撃していった前科がある為、強く反論もできない。憮然としているとアジェルが愉快そうに喉を鳴らした。
「あやつはなんだかんだ言って優しいでござるからな。できるだけお主を戦いの場に出したくないのでござろう」
「優しいぃぃ?」
正気か?もうやめてって言っても意気揚々とアンデッド嗾けてくる鬼畜が?『王命』で僕に恥ずかしい事させて爆笑した挙句「こんな奴隷はいらん」と言い捨てたアレが?
もしや僕とアジェルでは見ている姿が違うのか……?それとも優しいの定義が僕とその他モンスターとで違うのだろうか。
「優しいでござるよ。お主がクラーケンに突撃していったとき、あやつは周りの制止も振り切って駆け付けようとしていたしな。お主を助けようとしないフリント博士に本気で怒鳴っておったし。剣術指南に関しても大量のお主のデータを渡してきては『無理はさせないでやってくれ』とかわざわざ言ってきたくらいでござる。なんだかんだ大事に思われているでござるなぁ」
「え……?」
知らないロイドの姿に驚く。
突撃後のお説教から本気で心配してくれていたのは分かっていたが、まさかそこまでだったとは思っても居なかった。
思えばロイドは、博士の提唱した『最終防衛ライン:ラウ案』にもそこまでさせる必要はないと否定的だったし、昨日の夜も博士の言葉にちょっと落ち込んだ僕を慰めてくれていた。
なんだかボロクソに扱き下ろしてしまったことへの罪悪感と照れがこみ上げてきて口をもにょもにょ、指をもじもじしてしまう。
「ふ、ふーん。へえ。知らなかったや。そうなんだーあの鬼畜兄様がねーふーん」
「お主も大概素直でないでござるな……似た者同士というか。まあいい、それで何故あまり銃が騎士団で採用されていないかという話でござるが……端的に言えば己の身の方が銃より強いから、でござるな」
素直に喜びを口にできない僕に呆れた顔をしていたアジェルだが、気を取り直して再び木剣を鞘から抜いては全身に魔力を漲らせてみせた。
一本芯の通った刃のように張り詰めた気迫を放つアジェルに喉を鳴らす。
「王国騎士団員ともなれば身体強化魔法は必須技能。身体強化魔法をかけて振るった武器は、飛び道具である銃よりも殺傷能力が高い。そして銃弾というコストを払う必要もない。機構で自動掃射されるされる銃弾は純粋な手数としては弓矢よりも上でも、一発一発の威力としては身体強化した弓士が射る矢よりも弱いのでござる」
「でも手数が多いってのはちゃんとメリットじゃないの?」
「勿論そうでござるな。しかし手数なんてものは魔導士ひとりいれば事足りるのでござるよ」
王国騎士団と王国魔導士団はどちらも国王陛下直下の組織であり、任務の際には部隊単位でタッグを組んで臨むのが基本だ。複数の部隊が集まってできる一個小隊ともなれば魔導士の数は10名前後になるため、守護も遠距離攻撃も範囲攻撃もある程度対応できる。
チマチマ銃を撃って敵を削るよりも、魔法の散弾なり絨毯攻撃でも放てばことは足りるということだ。そして食料さえあれば魔力は回復可能。後方支援が整っている戦場においてはコスト面でも銃に勝る、と。
「という訳で銃は基本的に魔法が使用できないモンスター達の武器でござるな。しかしながら携帯性や速射性に優れておる故、騎士団と違って身体強化魔法が必須ではない憲兵隊のモンスターなんかは銃を携帯している者も多いでござる」
あとはもっぱら害獣駆除や危険地帯の開拓などに赴く冒険者などが、ギルドで臨時許可証を発行して使用するのがほとんどらしい。
「へええ、そうなんだ……」
戦車や戦闘機を採用しない理由も似たようなものだという。そりゃそうだ、魔導士数にんが束になった威力しか出ないのに行軍スピードの遅い重量級の車を使うメリットがない。風魔法の使い手であればエイデルがゴン寺レースで使用していた『飛翔』なる魔法で空を飛ぶことも可能らしいので、バカにならない燃料を用いる戦闘機も同様。いよいよ兵器の立つ瀬がないという訳だ。
そもそも兵器というのは、特別な力を持たない存在でも戦線に立てるようにするものであり、人的資源が豊富な存在が数の有利を取る為に使うものだ。モンスターの総人口……いや総モンスター口は、何十億という途方もないニンゲンの数と比較すると余りにも少ない。
ならばハナから数の有利など捨て、ひとりひとりが一騎当千ともいえる戦力を身に着け少数精鋭で挑むべきという理論は理解できる。
「とはいえ、魔力の砲弾を撃つ魔法砲等は威力が大きい上に鉄や燃料になる資源をそこまで酷使しないからな。有用でござるよ。初期費用が掛かる為にそこまで数は無いが。……いや、どこぞの親善大使が一個小隊規模の武装ゴンドラ部隊を創り上げるまでは無かったと言うのが正しいか……」
「わーい素振り楽しいなー」
怖いわぁ、一体どこの親善大使ですかねぇ。アジェルのジト目から逃げるべく白々しく剣をぶんぶん振り回す。
しかしそうは言ってもあのゴンドラ部隊は確かに書類上は僕の部下であるが、実際のところ彼らは親善大使預かりではなく国王陛下預かりというのが正しい。
というのも、先のクラーケン出現の時のような有事の際には武装の使用を許可すると定めているが、緊急時の使用の認可は僕だけではなく陛下の認可も必要という取り決めが為されているからだ。
当然だ、一個モンスターの判断であんな戦争でもする気なんですか?みたいな武装集団を世に放てるわけがない。というか反旗の意思有りなんて思われたら堪ったもんじゃないので、僕の方からそういう運用にしましょうと陛下に上申したのである。
「まあ……そんなモンスターの努力とかその他諸々を無に帰すのが勇者なんだけどね……」
「本当に理不尽な存在でござる。何故今までモンスターはニンゲンに勝てなかったのか正直不思議であったが、あんなとんでもイキモノが相手なら納得でござる……」
なんて言ったってデコピンで岩を砕き、チョップで海を割り、けんけんぱのぱで空を飛び、場合によっては全体支援最強バッファー機能も完備されてるらしいですからね……アジェルと揃ってため息を落とす。
そんな存在といずれ戦わないといけないかと思うと今から気が重い。正直逃げ出したい───そう考えたその時、昨日のシエルリーファ様の言葉が蘇った。
『自分の事しか見えていない、誇りも何もないお前が世界を守る為と言ったところで何の説得力もありません』
『そんな心積もりでは自分の身に何か危機が降りかかった時、お前は逃げる』
「……」
そんなことは無いと、否定できなかった。
何故ならばそれはドンピシャで僕の本心であるから。
何が何でも世界を守ってやるなんて気概は僕にはない。自分の身と、よくしてくれた周りのモンスター達の安全が確保されたら、きっと僕は魔法界を見捨て逃げる。
だってそうだろう。僕はヒーローでも何でもない。ヒーローたらんと民衆の前に立つ勇気もない。逃げれるなら逃げたい。それが普通の感情だろう。間違っていると言われても、どうすればいいのか分からない。
思い出してしまった苦い記憶に肩が落ちる。不思議そうな顔で急に静かになった僕を見下ろすアジェルに、僕は「ねえ」と助けを求めるように口を開いた。
「アジェル」
「む?」
「アジェルにとって、誇りって何?」
騎士として長年陛下に、国に仕えるアジェルであるならば、昨夜シエルリーファ様が言った誇りが何なのか分かるだろうか。誇りを見せるとは一体どういうことなのか。
誇りなんて、一般人としての価値観しか無い僕にはついぞ理解できない。酷く高潔なものに思えて仕方ないそれを自分の中に落とし込むことができない。
しかし、シエルリーファ様の言葉は無視できるほどに浅くは無くて、受け身で他者のせいでいた僕の心に見て見ぬふりが出来ないほど突き刺さっている。
余りにもそれがジクジクとずっと傷を抉っていて、この気まずい痛みを何とかしたくてアジェルに答えを求める。
何故そんなことを突然聞いて来たのかと疑問に思っているだろうに、深く追求せずに顎を撫でた彼は「そうでござるなぁ……」と視線を宙へ投げた。
「王国騎士団の騎士は叙任される際、陛下へ『騎士の八条』というものを宣誓するのでござるが、一般的にはこの八条を守ることが騎士の誇りであるとされる」
「『騎士の八条』?」
「騎士道精神を八つの徳目に分けた宣誓文でござる。『一つ、誠実を胸とし、虚偽を遠ざけん。二つ、正義を守り、不義を許さじ。三つ、高潔を旨とし、欲に魂を売らざらん。四つ、勇気を掲げ、恐怖に膝を屈せざらん。五つ、忠義を抱き、主と大義に仕えん。六つ、慈悲を忘れず、弱気を護り強きを挫く。七つ、名誉を重んじ、恥を行いとせざらん。八つ、信義を貫き、約を違えず、長く誓いを守らん』……とな。騎士の誇りというのであればこのことを指すことが多いでござる」
「……抽象的だね」
「まあ精神なんてものを語るのだ、どうしても抽象的になってしまうものでござろう。……だが」
晴れない僕の表情に気付いているのかいないのか、木剣を鞘に納めたアジェルは何故か少し得意げに腕を組んだ。
「これはあくまで表向きでござる。誇りと言っていいのかは微妙でござるが、拙者は騎士としてあらんと決めた時に一つ自分に決めごとをしていてな。即ち『拙者にしかできないことをしよう』とな」
「……アジェルにしかできないこと?」
「うむ。ああ、誰にも手が届かないくらい強くなろうとか、英雄譚の英雄のようになろうとか、そういう話ではないぞ。そうなれたら素晴らしいのであろうが……」
そう言ってアジェルは少し思案するように首を傾げた後、徐に僕の隣に並んでは前方を指さした。
指の先にはコロッセオの石床と石壁しか無いが、しかしアジェルは何か見えているようにまっすぐ前を見据えて口を開く。
「例えば、この道の先に大きな荷物を持った足を悪くしたご婦モンが居たとする。具合が悪そうで今にも倒れそうだ。それに気づいているのは拙者だけ……いや、もしかしたら他に気付いている者もいるかもしれないが、今この場この時この瞬間に手を伸ばせるのは自分だけ。自分にしかあのご婦モンは助けられぬのだ。であるならばやるしかあるまい?」
「……なんで?」
もしかしたら数秒後、自分以外の誰かが手を伸ばすかもしれない。手助けは大事なことだが、自分にも今この瞬間何よりも優先しないといけないものがあるかもしれない。それなのに、今この場で助けられるのは自分しかいないと手を伸ばす理由はなんだ。そう言外で問うと、フッと鼻で笑うような音が聞こえた。
「それは勿論、自分にしかできないことをするのは格好いいからでござる!」
「────」
「考えてみるでござる。例えばモヴ殲滅任務中、一時撤退命令が出て誰かが危険な殿を務める必要がある。隊の中で一番適任なのは自分となったならどうする?命を落とすかもしれない、群れに囲まれ自分ひとりだけ戦場に取り残されるかもしれない。それは怖いことでござるが、しかしだ、それは拙者にしかできないことで、無事にその役目を果たすことができたならそれはとても格好いい。拙者は格好いいと評されたい。だから拙者は迷いなく殿を務めるでござる」
ドン、と自らの胸を叩くアジェルをただただ呆然と見上げる。
自分にしかできないことをするのは、格好いい……?まるで子供のような理論じゃないかと思うと同時に、シエルリーファ様の言葉が脳裏をよぎった。
『ならば、その未来を回避するべく奔走するのはそれを知るお前がやるべき事なのです』
「……僕が、やるべきことで……僕にしかできないこと……?」
いつか来る勇者の為に奔走することは、生きる為に仕方なくやっていたことだ。その『生きる為』という理由を取っ払って現状を振り返った時、僕の中に残ったのは『重荷』と『逃げたい』という感情だけだった。
モンスター達に白い目で見られるような事したくない。命を脅かされかねない危険なことをするのは怖い。民衆の前に立つなんてできない。ただただ安全に、平和に何事もなく生きていたい。
僕はただ、誰かに殺されてこの世界に来ちゃっただけなのに、何でそこまで背負わなきゃいけないの。
胸を抉る痛みの正体はきっとこれだ。被害者なんだから優しくしてよ、巻き込まれただけなんだから厳しいこと言わないで。
そんな子供じみた否定を指摘されて、それを否定できなくて、その在り方は間違っていると言われて悔しくて悲しくて怖くて。
でも確かに、このままじゃいけないのかもという焦燥感も生まれてしまって、燻ぶった感情はずっと心を重くしていた。
でも、そうじゃないかもしれない。
この世界を救うために頑張ることは、僕にしかできないことで───僕にしかできないことをするのは、格好いいのかもしれない。
そう考えた瞬間、何かがすとんと自分の中に納まった気がした。
そうか、格好いいのか。僕が頑張った結果モンスターのニンゲンに対する意識が好転させることが出来たら、そしてそのお陰でサーシャを無事にニンゲン界へ送り返すことが出来たら───それを果たした僕は、僕にしかできないことを成し遂げた僕は格好いい。
大義とかそんな大きなものはまだ僕には備わっていない。
だから今は、格好いい姿を見てもらいたいからやるってだけでいいのかもしれない。
それが僕なりの誇りでいいのかもしれない。
霧が晴れたような感覚に、思わず手に握った剣の柄をぎゅっと握りしめる。
「誇りなんてそんなもんでござる。小難しく考えることは無い。自分がやるべきことをやる為の後付けの理由であり、自分が今まで積み重ねてきたことへの自信が誇りなのだと拙者は思っているでござる。……む?もしや騎士の八条を宣誓して叙任された現役騎士がこんなこと言うのは不味いでござるか……?」
「アジェル」
少し焦ったようにブツブツ呟くアジェル。虎耳をちょこんと頭の上に乗せた誇りある騎士に目を合わせ、頭を下げる。
「ありがとう。……昨日からずっともやもやしてたんだけど、なんかアジェルの言葉聞いたらすっきりした」
心臓が熱を持つ。肩を重くするプレッシャーや腹の底からザワザワと込みあげる恐怖は小さくなり、被害者面して駄々を捏ねていた心の中の自分が自信に満ち溢れた顔で前を向いた気がした。
微笑んだ僕の顔は、きっと先程よりかは幾許か晴れていただろう。それを見たアジェルは仕方のない弟子にふっと優しく笑い───そして、視線を彷徨わせては冷や汗を流し始めた。
「う、うむ。それは何よりだ。何よりだからできれば今の話は陛下の耳に入れないでほしいでござる……と、特に誇りなんてそんなものってあたり……」
「な、情けない……」
尊敬の念が僅か3秒で萎んでいくのを感じ、ガックリ肩を落とす。僕の感動を返せエセ侍……。
そんな僕らの会話の区切りを測ったかのような丁度のタイミングで、訓練場の扉が叩かれた。
ハナガタミ流に関して少々訂正を致しました。




