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悠久の魔女の暇つぶし  作者: たれねこ
第八章 後悔と嫉妬のベルクワイア
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後悔と嫉妬のベルクワイア ①

「兄さん、見えてきたよ。あれがストベリク市だよ」


 ローブに付いているフードを目深に被った少女が地図と見比べながら口にした。それから地図を丁寧に畳み、腰の後ろのポーチに入れ、代わりに一冊の本を取りだした。


「でも、本当にやるの? この本に書いてあることが本当なら、私たちの手には負えない相手だと思うんだけど……」

「お前は心配性だな。大丈夫、このために俺たちは十年以上も準備してきたじゃないか。それに例のモノもちゃんと用意できたんだ。やるだけやってみるさ。仮に失敗しても魔法師の歴史と今の情勢を考えたら、殺すことまではしないだろうしな」


 同じようにフードを目深に被っていても、安心させるように大げさな笑みを浮かべているのが少年の口元で分かる。少女はその表情に安心して、小さく頷いて本をポーチに戻した。


「じゃあ、計画通り行こう! エレナ」

「そうだね、エリク兄さん」


 二人は顔を見合わせると同時に手にしていた杖にまたがると、杖の先に結ばれているベルが小さく音を響かせた。そして、ふわりと浮かび上がると並んでゆっくりとストベリク市へと飛んでいった。

 そんな目立つ姿と行動をしていながら、周囲を行く人々は二人には気付く素振りもなく通り過ぎてゆく。



 ストベリク市の上空に辿り着き、二人は市場の上で止まった。


「話に聞いていたよりも活気がすごいね。なんかいいなあ、この街」


 エレナは思わず感嘆の声を漏らすが、隣のエリクは逆に顔を引きつらせ難しい表情をしている。


「どうしたの、兄さん?」

「なんでもない。ただ数十年前にストベリク市を中心に街道を整備したんだ。他の都市の苦労なんて気にも止めない、ごうつくばりな魔女が支配しているのだから、自分たちだけが賑わって儲かればいいとでも思っているんだろ」

「そうなのかな?」

「そうに決まっているさ。本で書かれているのだって、過剰によく書かれていたり、力以上に大きく見せるなんて昔からよくあることなんだしさ……それより、エレナ。ここら辺りから堂々と見せつけるように飛んでいこう」

「分かったわ」


 エレナが指を鳴らすと、下を行きかう人たちがざわざわと騒がしくなっていく。


「魔女様だ!」

「おーい、魔女様!」


 足を止め、空にいる二人に向けて歓声が上がりだす。そのことに二人は驚いてしまうが、エリクが顎先あごさきでエレナに無言の合図を送る。

 二人はゆっくりとした速度で街の中心部を通り過ぎ、少し外れたところにあるストベリク市の政治の中心地である議事堂の敷地前へと降り立った。

 それと同時に議事堂からは衛兵と、数人の議員とおぼしき身なりの整った人間が顔を見せる。さらに魔法師の姿を追ってきた野次馬も集まり始めた。

 そのなかで議員たちは一様に渋い表情を浮かべながら、小声で何かを話していた。それから一人の男が代表して、数歩前に出てきて周囲を見渡し、視線を二人の魔法師へと固定する。


「私はストベリク市の議員をしているコンラッド・ツィーラーである。あなた方は魔法師とお見受けするが、このストベリク市に来訪した用件をお聞きしたい」


 コンラッドの声が響き、場は静粛に包まれる。誰もが突然現れた魔法師が来た理由を聞きたがっているのだ。それと同時に警戒し、衛兵は腰にたずさえた武器に手をかけ、いつでも戦える準備をしていた。

 明らかに歓迎されていない訪問者という扱いを受けていることを気にしていないのか、エリクは何食わぬ顔で数歩コンラッドの方に歩み寄り、周囲の民衆にも聞こえるように声を張り上げた。


「この街、ストベリク市は悪しき魔女にだまされている! 私たちはそれをただすべくこの街に来た!」


 エリクの言葉は誰の心にも響かない。それどころか嘲笑までされる始末だった。誰もが妄言を吐いているとしか思っていないのだ。それは長年の魔女のストベリク市への貢献と功績、また魔女への信頼が強いことを考えれば、当然の反応だった。

 しかし、エリクはエレナに目配せをしてから、顔色一つ変えることなく話を続ける。


「私の言葉が信じられないのは無理もないことだろう。それは長年この街の都市機能が維持され、それが未来永劫続くと信じ、安心しているからだろう。では、そんな人々にこそ問いたい! この地に間もなく災害が起こるということを聞かされているのか?」

「黙れ! 妄言もそこまで行けば、わずらわしいばかりだな。我らが魔女様はこの街をお見捨てにはならない。それは遥か昔より契約を元に築かれた信頼関係と相互利益を考えれば、お前の言うことなんぞ聞く価値もないわ」


 コンラッドはエリクの言葉を一笑いっしょうした。そのことにエリクはひどく呆れたとばかりの表情を浮かべた。


「聞く耳も持たず、疑うことすらしないとは、宗教か、はたまた洗脳か――どちらにしても、ろくでもないな」

「貴様、私を侮辱するのか!」

「いや、憐れんでいるのさ。それよりそろそろだ。身構えた方がいいぞ。お前だけじゃなく、ここにいる全員! 身を低くしろ!」


 エリクの言葉と同時にリンッとベルの音が小さく響き、突然地面が揺れ出した。

 都市機能が維持されている間はありえなかった地震という自然災害。

 ストベリク市にとっては、実に千年以上ぶりに起きた地震に民衆は混乱し、動揺し、パニックにおちいった。


 その中で二人の魔法師だけが冷静に事の推移を不敵な笑みを浮かべながら見守っていた。

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