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第2話 世界最弱の国で、世界最強を目指します

「ヌゼリオ様、どうか、もう少し辛抱してくださいませ」


俺を抱えて空を飛んでいるシェルヴァニカ王女が、心配そうに声をかけてきた。長い銀髪が風になびいている。俺たちは今、フェルクシア王国から逃げているところだ。ついさっきまで、俺は処刑台の上で首をはねられそうになっていた。それを助けてくれたのが、この王女様だ。


「それにしても、飛行魔法ってすごいですね! こんなに高いところを飛べるなんて!」

「ヌゼリオ様……」

「俺、空を飛ぶのは初めてなんですよ! あっ、あそこに川がありますね! ずいぶん大きいなあ!」


俺が下を指さすと、王女様はなぜか悲しそうな顔をした。


「……どうして、そんなに楽しそうなのですか?」

「えっ? だって、空を飛んでるんですよ?」

「そうではありませんわ……。あなたは、つい先ほどまで処刑されそうになっていたのですよ……?」

「ああ、そうでしたね。でも、こうして助けてもらえましたから!」


俺は笑った。


「本当にありがとうございます。俺、まだまだ研究したいことがあったので、助かってよかったです!」


すると、王女様の青い目から涙がこぼれた。


「……ごめんなさい」

「えっ?」

「わたくしが、もっと早く助けに行っていれば……。あなたが処刑台に上がることも、あんなに傷つけられることもなかったのですわ……」

「そんなことありませんよ。王女様が来てくれなかったら、俺は今ごろ死んでいたんですから」

「死ぬことを、そんなに簡単に口にしないでくださいませ……」


王女様は俺を抱きしめる腕に力を込めた。

ちょっと苦しい。でも、助けてもらったばかりだし、我慢しよう。


「ヌゼリオ様。お体は痛みませんか?」

「大丈夫ですよ。いつものことですから」

「……いつものこと?」

「はい。兄上にはよく殴られていましたし、魔法の練習台にもされていましたから。今回はちょっとひどかったですけどね」


王女様の顔から笑みが消えた。


「魔法の、練習台……?」

「ええ。火の魔法とか、氷の魔法とかです。俺は魔力がないので、魔法で防げなかったんですよ」

「そんな……」

「でも、おかげで痛いのには慣れました!」


俺が笑うと、王女様は急に黙ってしまった。青い目から、また涙が流れている。


「あの、王女様?」

「ごめんなさい。わたくし、何も知らずに……」

「謝らなくていいですよ。王女様は何も悪くないんですから」

「……はい」


王女様は小さく返事をした。それから俺の背中に回した手を動かし、破れた服の下にある傷を確かめ始めた。


「……これは、火傷の跡ですの?」

「はい。昔、兄上の火の魔法が当たっちゃって」

「こちらの傷は……?」

「それは父上の杖ですね。怒られると、よくたたかれていたので」

「……では、この手首の傷は?」

「鎖でつながれていたときのものです。あっ、でも大丈夫ですよ。そんなにご心配いただかなくても」


王女様はそれ以上、何も聞いてこなかった。ただ、俺の背中に回した手が震えていた。


「どうしました?」

「いいえ……。何でもありませんわ……」


王女様は俺の頭を自分の肩に寄せた。


「到着したら、ゆっくり休んでくださいませ……」

「わかりました。ありがとうございます」


俺は素直にうなずいた。助けてもらったうえに、こんなに心配してもらえるなんて。本当に優しい王女様だな。


やがて、山に囲まれた小さな国が見えてきた。


「あちらが、ユムネッカ王国ですわ」

「おおっ! あそこですか!」


俺は目を輝かせた。大きな山がいくつも並んでいる。山の間には川が流れ、広い森も見えた。

これはすごいぞ。山があるなら、鉱石が見つかるかもしれない。川があるなら、水車も作れる。森林があれば、木材だって手に入る。


「王女様! あの山には鉱山があるんですか!?」

「え? ええ。小さな鉱山はいくつかありますが……」

「鉄鉱石は取れますか?」

「はい。少しですが……」

「石炭は!?」

「せきたん……?」

「あっ、黒くて燃える石です!」

「それでしたら、山で見つかることがありますわ」

「本当ですか!?」


俺は思わず身を乗り出した。


「すごい! いい国じゃないですか!」

「ヌゼリオ様! 危ないですから、動かないでくださいませ!」

「あっ、すみません!」


王女様が慌てて俺を抱き直した。それから、不思議そうに首をかしげた。


「……いい国、ですか?」

「はい! 山も川もあるし、資源もありそうですから!」

「……そう、ですのね」


王女様は少し困った顔をしていた。

どうしたんだろう。俺には、とてもいい場所に見えるんだけどな。



王都キュロメに近づくと、町の様子がよく見えてきた。フェルクシア王国の王都とは、ずいぶん違っていた。高い城壁はなく、家の屋根もあちこち壊れている。道には大きな穴があり、荷車が泥にはまっていた。市場に並んでいる食べ物も少ない。薄い服を着た子供たちが、道の端に座っていた。


王女様が小さな声で言った。


「わたくしの国は、とても貧しいのですわ……」

「そうみたいですね」

「せっかくお越しいただくのに、立派な町も、おいしい食事も用意できなくて……」

「そんなこと、気にしないでください!」


俺は笑った。


「これから、この国を豊かにすればいいんですから!」

「……えっ?」

「食べ物が足りないなら、たくさん作れるようにすればいいですし、道が壊れているなら、直せばいいんですよ!」


王女様は驚いた顔をした。


「……そんなに簡単なことでは、ありませんわ」

「そうですね。時間もお金も必要です。でも、方法はありますよ!」

「本当に……?」

「はい! 俺、そういう研究が大好きなんです!」


王女様はしばらく俺を見つめていた。それから、目元をぬぐった。


「……ありがとうございます、ヌゼリオ様」


俺たちは王城に降り立った。王城といっても、フェルクシア王国の宮殿とは比べものにならないほど小さかった。石造りの建物で、壁にはひびが入っている。中へ案内されると、王女様はすぐに俺を椅子に座らせた。


「ヌゼリオ様、まずはお食事をお持ちしますわ」

「ありがとうございます!」


運ばれてきたのは、黒パンと野菜のスープだった。俺は思わず目を輝かせた。


「おおっ!」


もう何日もまともに食べていなかったんだ。俺はパンを手に取り、スープにつけて食べた。


「おいしい!」


温かいスープが、空っぽだったお腹に入っていく。パンは少し硬かったけど、十分おいしかった。


「こんなにおいしい食事、久しぶりです!」

「……久しぶり?」

「はい! 牢屋に入れられてから、ほとんど食べてなかったので!」


王女様が口元を押さえた。


「……何日、食べていなかったのですか?」

「えっと、5日くらいですかね?」

「5日……?」

「水は少しもらえましたから、大丈夫でしたよ!」


王女様の目がうるんでいた。俺はどうしていいか分からず、パンをもう1口食べた。ああ、幸せだ。すると、王女様が俺の前に置かれたパンを見つめた。


「……もっと、お持ちしますわ」

「えっ、いいんですか?」

「はい。好きなだけ召し上がってくださいませ」

「では、いただきます!」


王女様は使用人を呼び、俺のために追加のパンを用意してくれた。俺はお腹いっぱい食べた。こんなに親切にしてもらえるなんて、ありがたいな。


食事が終わると、王女様が国のことを話してくれた。


「ヌゼリオ様。実は、わたくしの国は今、とても厳しい状況にありますの」

「はい」

「国民は約65万人おりますが、食べ物が足りず、冬になると飢える者が大勢出ますわ」

「それは大変ですね」

「国庫にも、ほとんどお金が残っておりません。軍隊もわずか2500人で、隣国から何度も攻め込まれています」


王女様は両手をぎゅっと握った。


「父である国王も病に倒れ、今はわたくしが代わりに国を治めております」

「王女様が!?」

「はい……。ですが、わたくし1人では、この国を救えません」


王女様はうつむいた。


「わたくしは氷魔法なら使えます。でも、魔法で国民全員のお腹を満たすことはできません。兵士を守れても、壊れた家や道をすべて直すことはできないのです……」

「なるほど……」

「そんなとき、フェルクシア王国で新しい農具が作られたという話を聞きましたの」


王女様が俺を見た。


「調べてみると、その農具を開発されたのは、ヌゼリオ様でした。魔法を使わずに、農作業を楽にする道具を作ったと知って、驚きましたわ」

「まだ改良したいところがたくさんあるんですけどね」

「わたくしは、あなたのお力があれば、この国を救えるかもしれないと思いました」


王女様は俺の手を握った。


「ですが……」

「どうしました?」

「わたくしは、あなたを助けたばかりです。それなのに、もう国のために働いてほしいとお願いしている……」


王女様の声が震えた。


「これでは、あなたを利用していたあの方たちと、同じではありませんか……」

「ええっ!? 全然違いますよ!」


俺は慌てて首を振った。


「俺、研究ができるなら、喜んで働きます!」

「……本当に?」

「はい! 好きな研究ができて、それが人の役に立つなら、こんなにうれしいことはありません!」


王女様はしばらく黙っていた。それから、俺の手を強く握った。


「……ありがとうございます」


また泣いている。この王女様、ずいぶん涙もろいんだな。


「ただし、1つだけお願いがあります」

「何でしょう?」

「どうか、ご自分のお体を大切になさってくださいませ。研究よりも、あなたの命の方が大切ですわ。お食事も、睡眠も、きちんと取ってくださいませ」

「わかりました」

「もしお怪我をされたときは、必ずわたくしに教えてください」

「はい」


王女様は少し安心した顔になった。まあ、研究に夢中になると食事を忘れることもあるけど、気をつけよう。


「それでは、ヌゼリオ様。研究室を用意いたしますわ」

「本当ですか!?」

「はい。ただ、国が貧しいため、高価な道具はそろえられませんが……」

「十分です! ありがとうございます!」


俺は思わず立ち上がった。すると、体のあちこちが痛んだ。


「いてて……」

「ヌゼリオ様!?」


王女様が慌てて俺の体を支えた。


「やはり、まだお怪我が……!」

「大丈夫ですよ! ちょっと痛かっただけです!」

「大丈夫ではありませんわ!」


王女様は俺の手を握ったまま、なかなか離してくれなかった。





それから少しして、俺は王女様に頼んで、城の近くにある古い鍛冶場を見せてもらうことになった。中には炉と金床があり、壁には工具が並んでいた。古い道具が多いけど、まだまだ使えそうだ。


「おおっ! いいですね!」

「……このような場所で、よろしいのですか?」

「はい! これだけ道具があれば、いろいろ作れますよ!」


俺は金床に近づいた。鉄を加工する道具もある。炉も使えるみたいだ。これなら、最初の農具を作れそうだな。


「ヌゼリオ様。最初は、何を作られるおつもりですの?」

「農具です!」

「……農具?」

「はい! この国は食べ物が足りないんですよね? だったら、まずはたくさん作物を育てられるようにしましょう!」


王女様が驚いた顔をした。


「ですが、あなたは農具の研究成果を奪われ、あれほどひどい目に遭わされたのですよ……?」

「そうですね。でも、農具は悪くありませんから!」

「……えっ?」

「便利な農具を作れば、農家の人たちが楽になります。食べ物も増えますし、いいことばかりですよ!」


俺は笑った。


「それに、前に作ったものより、もっといい農具を作れると思うんです!」


王女様は俺に優しく笑いかけてくれた。


「ヌゼリオ様。あなたは、この国をどんな国にしたいですか?」

「そうですね……」


俺は鍛冶場を見渡した。今は古い道具しかない。だけど、これからいくらでも増やせる。まずは農具を作ろう。それから発電所や工場を建てて、便利な機械をたくさん作りたい。そのためには学校も必要だな。研究する仲間が増えれば、もっといろんなものが作れるはずだ。


「まずは、みんながお腹いっぱいご飯を食べられる国にしたいですね!」

「……素敵ですわね」

「それから、病気になっても治療を受けられるようにして、便利な道具もたくさん作りたいです!」

「はい……」

「それに、ほかの国から攻められないくらい、強い国にもしたいですね!」


王女様は少し驚いた顔をした。


「……どれほど強い国を目指していらっしゃるのですか?」

「うーん……」


俺は少し考えた。どうせなら、大きな目標があった方が楽しいよな。前世には、戦車も、戦闘機も、ミサイルもあった。核兵器だって存在していた。この世界でも、時間をかけて研究すれば、きっと作れるようになるはずだ。


魔法が使えなくても、科学の力で国を守ることはできる。だったら、目指す場所は決まっている。


「せっかくなので、世界最強の国を目指してみましょう!」


俺が笑って答えると、王女様は目を丸くした。それから、ゆっくりと笑った。


「ふふっ。あなたと一緒なら、本当にできそうな気がしますわ」


俺はもう1度、古い鍛冶場を見渡した。

ここで、いろんなものを作っていくんだ。今までずっと研究を邪魔されてきたけど、ようやく自由に研究ができる。しかも、俺を必要としてくれる人までいる。こんなにうれしいことはない。


俺は笑いながら、金床の上に置かれていた古い鉄の道具を手に取った。

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