第1話 役立たずの俺は、処刑されるらしい
「ヌゼリオ! 貴様のような役立たずは、生きている価値すらない! よって、公開処刑を命じる!」
国王ゾルドヴァグの怒鳴り声が、広い謁見の間にひびいた。俺は冷たい石の床にひざをついていた。両手には鉄の手かせがつけられ、首には重い鎖が巻かれている。服は破れ、体中に殴られた傷があった。
もう5日もまともな食事をもらっていない。水もほとんど飲ませてもらえず、立っていることさえ難しかった。
「陛下! 俺は何も盗んでいません! どうか、もう1度調べてください!」
「黙れ! 魔法も使えぬ無能が、余に口答えするでない!」
国王が玉座のひじ掛けをたたいた。その横では、俺の兄であるバルギュスが笑っていた。きれいに巻かれた金髪に、高そうな青い服。胸には立派な勲章がついている。その勲章は、俺が開発した農具の功績で授けられたものだった。
「やれやれ。ヌゼリオ、最後くらい素直に罪を認めたまえ。僕様だって、弟が処刑されるのは悲しいのさ」
「兄上……俺は王国のお金なんて盗んでいません。それに、あの農具は俺が……」
「まだそんな嘘をつくのかい?」
兄が俺の顔を蹴った。
「ぐっ!」
俺は床に倒れた。口の中が切れて、血が流れた。
「僕様の研究を盗んだうえに、王国の研究費まで横領した。そんな犯罪者が何を言っても無駄なのさ」
「違います……。研究をしたのは俺です……」
「しつこいねぇ!」
兄が俺の腹を何度も蹴った。俺は体を丸めて耐えた。周りにいた貴族たちが笑っている。
「ははは! 魔法も使えないくせに、研究者を名乗るとは!」
「伯爵家の恥さらしめ!」
「こんなゴミ、生かしておくだけ税金の無駄だ!」
この国では、魔法が使える人間ほど優秀とされている。俺には生まれつき魔力がなかった。そのせいで、伯爵家の三男でありながら、使用人よりもひどい扱いを受けてきた。食事はいつも家族の残り物だった。寝る場所は屋敷の裏にある物置だった。冬には水が凍るほど寒かったけど、暖炉なんて用意してもらえなかった。兄は暇さえあれば、俺を魔法の練習台にした。炎で背中を焼かれ、氷で手足を凍らされたこともある。父も母も、助けてくれなかった。それでも俺は、いつか家族に認めてもらいたかった。だから、一生懸命勉強した。魔法が使えなくても、人の役に立つ方法はあるはずだからだ。
実は俺には、前世の記憶がある。
前世の俺は日本で暮らし、核技術の研究開発に関わる技術者だった。物理学や化学、工学について学び、毎日研究をしていた。そんな俺が死んだあとに生まれ変わったのが、この剣と魔法の世界だった。
この世界には、前世のような科学技術がほとんどない。電気も自動車もないし、大きな工場もない。人々は魔法に頼って暮らしている。だから俺は、前世の知識を使って便利な道具を作ろうとした。最初に作ったのは、農作業を楽にする道具だった。村人たちはとても喜んでくれた。作物もたくさん取れるようになった。
だけど、その功績を兄に奪われてしまった。兄は俺の研究資料をすべて取り上げ、自分が開発したことにしたんだ。俺が抗議すると、今度は研究費を盗んだという罪を着せられた。証拠は兄が用意した偽物だった。
それなのに、誰も俺の話を聞いてくれなかった。
「父上……どうか、俺の話を聞いてください……」
俺は父のドレガンツを見た。深緑色の髪に、太いひげを生やした男だ。黒い貴族服を着て、金の指輪をはめている。父は俺を見下ろすと、手に持った杖で床をたたいた。
「わしを父と呼ぶでない。そなたのような出来損ないなど、我が家には必要ないのじゃ」
「でも……」
「まだ口答えするか!」
父が杖で俺の肩を殴った。俺は痛みに耐えながら、母のネフィロッサに目を向けた。桃色の髪を高く結い上げた母は、きれいなドレスを着ていた。
「母上……」
「あら、まだ生きていらしたの?」
母は小さく笑った。
「あたくし、あなたを生んだことを今でも後悔していますのよ。魔法も使えない子が生まれたせいで、どれほど恥ずかしい思いをしたことか」
「……ごめんなさい」
「謝るくらいなら、最初から生まれてこなければよかったのに」
俺は何も言えなくなった。やっぱり、俺は家族に必要とされていなかったらしい。兄が楽しそうに笑った。
「そうだ。処刑する前に、ヌゼリオに見せたいものがあるのさ」
兄が指を鳴らすと、使用人が大きな木箱を運んできた。俺はその木箱を見て、目を見開いた。
「それは……!」
中に入っていたのは、俺の研究資料だった。前世の記憶を頼りに、何年もかけて書いたものだ。農具の図面も、機械の設計図も、科学の研究記録も入っている。
「兄上! それだけは返してください!」
「おや? そんなに大切なのかい?」
「はい! お願いします! ほかのものは全部差し上げますから!」
「ふふん。じゃあ、こうしてあげるよ」
兄の手から炎が出た。木箱に火がついた。
「ああっ! やめてください!」
俺は立ち上がろうとした。だけど、騎士に背中を踏みつけられた。
「動くな! 犯罪者め!」
「お願いします! それは何年もかけて書いたものなんです! 燃やさないでください!」
俺は必死に手を伸ばした。でも、届かなかった。研究資料が次々と燃えていく。書いた文字が黒くなり、紙が灰になっていった。
「ははは! 見ろよ、ヌゼリオ! お前のくだらない研究が全部燃えているぞ!」
兄は腹を抱えて笑っていた。俺の目から涙がこぼれた。せっかく、ここまで研究したのに。まだ完成していない道具もあった。村の人たちと約束した、新しい農具も作りたかった。
「どうして、こんなことをするんですか……」
「決まっているじゃないか。僕様より優秀な人間なんて、必要ないのさ」
兄は俺だけに聞こえる声でそう言いながら、笑顔で俺の頭を踏みつけた。
「お前は何も持たず、何もできず、惨めに死ぬんだよ」
俺は燃えていく研究資料から目を離せなかった。やがて、最後の紙が灰になった。
「さて、もう十分であろう」
国王が立ち上がった。
「罪人ヌゼリオ! 貴様の爵位と財産をすべて没収する! さらに、王国の国民としての権利も永久に剥奪する!」
「……」
「貴様は明日の正午、王都の広場にて公開処刑とする! その首をはね、罪人として歴史に名を残すがよい!」
国王の言葉に、貴族たちが拍手をした。兄も、父も、母も笑っていた。俺は騎士たちに引きずられ、地下牢へ連れていかれた。
冷たい石の床に投げ捨てられる。傷だらけの体が痛んだ。俺は壁にもたれ、焼かれた研究資料のことを考えた。全部、なくなってしまったな。だけど、頭の中にある知識までは奪われていない。生きてさえいれば、もう1度書き直せる。そう考えていたら、少し気が楽になった。ただ、明日には処刑される。できれば、もう少し研究を続けたかったな。
俺は冷たい床に横になり、目を閉じた。
翌日。
俺は騎士たちに引きずられ、王都の中央広場へ連れていかれた。広場には大勢の人が集まっていた。中央には大きな木の処刑台が作られている。
「出てきたぞ! 魔法も使えない犯罪者だ!」
「王国の金を盗んだ役立たずめ!」
「さっさと処刑しろ!」
石が飛んできた。俺の額に当たり、血が流れた。腐った野菜も投げつけられた。周りの人たちは笑っていた。俺が助けた村の人たちまで、こんなふうに思っているのかな。だとしたら、少し悲しい。だけど、村の人たちが悪いわけじゃない。俺が犯罪者だと聞かされているんだから、信じてしまうのも仕方ないだろう。
「罪人ヌゼリオ! 前へ出ろ!」
処刑人が俺を引きずり、木の台の前にひざまずかせた。首を押さえつけられる。目の前には、血のついた木の板があった。俺は思わず体を震わせた。怖い。やっぱり、死ぬのは怖いな。
「最後に言い残すことはあるか!」
処刑人が聞いてきた。
「……俺が作った農具には、まだ改良できるところがあります」
「ああ?」
「村の人たちのために、どうか研究を続けてください」
「くだらん! 魔法も使えぬ無能のくせに!」
処刑人が俺の頭を押さえつけた。広場の高い席では、国王と兄が笑っている。
「ははは! 見ろよ! 僕様の弟だった男が、今から首をはねられるのさ!」
「余の王国から無能が1人消えるのだ! 実にめでたいことであるぞ!」
俺は2人の声を聞きながら、目を閉じた。
ああ、残念だ。まだまだ作りたいものがあったのに。電気を使う機械も作りたかった。大きな工場も建てたかった。病気を治すための道具だって、もっと研究したかった。戦争から人々を守るための兵器も作りたかった。前世で研究していた核技術も、この世界でどこまで実現できるか試してみたかった。でも、もう無理らしい。
「処刑を執行せよ!」
国王が命令した。処刑人が大きな斧を振り上げた。俺はぎゅっと目を閉じた。
「……くそ」
ドゴォォォン!
大きな音がして、処刑台が激しく揺れた。
「うわあああっ!」
処刑人の悲鳴が聞こえた。俺が驚いて目を開けると、処刑台が真っ白な氷におおわれていた。木の床も柱も、処刑人が持っていた斧も、すべて凍りついている。処刑人の足は氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなっていた。
「な、何が起きた!?」
「氷魔法だ! 誰かが処刑台を凍らせたぞ!」
「馬鹿な! 王宮の結界を破ったというのか!?」
騎士たちが騒ぎ始めた。俺も驚いていた。こんな広い場所を凍らせるなんて、どれほど強い魔法使いなんだろう。
すると、空から1人の少女が降りてきた。長い銀髪をなびかせた、青い目の少女だった。白と青のドレスを着ていて、足元には青白く光る魔法陣が浮かんでいる。少女は凍った処刑台に降り立つと、俺の姿を見て目を大きく開いた。
「ヌゼリオ様……!」
少女が駆け寄ってきた。俺の顔についた血を見て、唇をかんだ。
「こんなに……傷だらけにされて……」
「あの、あなたは……?」
「ごめんなさい……。わたくしが、もっと早く助けに来ていれば……」
少女の青い目から涙がこぼれた。俺は困ってしまった。初めて会った人なのに、どうして謝っているんだろう。
「大丈夫ですよ。まだ生きていますから」
「大丈夫なわけがありませんわ!」
少女は俺を抱きしめた。
「こんなに傷つけられて……首まで切られそうになって……。どうして、そんなことをおっしゃるのですか……!」
「えっと……」
「もう、誰にもあなたを傷つけさせません。わたくしが必ず守ります……!」
少女は俺の手かせに触れた。鉄の手かせが白く凍り、粉々に砕けた。
「すごい!」
「ヌゼリオ様、今はお話ししている場合ではありませんわ。ここから逃げます!」
少女が俺の体を抱き起こした。
「待て! 何者だ、貴様!」
国王が怒鳴った。大勢の騎士たちが剣を抜き、処刑台に向かって走ってきた。少女は俺を抱えたまま、片手を上げた。処刑台の周りに分厚い氷の壁が次々と現れた。
「うわああっ!」
「道がふさがれたぞ!」
「くそっ! 氷を壊せ!」
騎士たちが剣を振り下ろしても、氷の壁には傷1つつかなかった。
「ヌゼリオ様。わたくしに、しっかりつかまっていてくださいませ」
「えっ? 何をするんですか?」
「空を飛びますわ」
「ええっ!?」
俺たちの足元に青白い魔法陣が広がった。体がふわりと浮き上がる。
「おおっ! すごい! 飛んでる!」
俺が声を上げると、少女は俺を抱く腕に力を込めた。
「絶対に離さないように……!」
俺たちは処刑台から高く飛び上がった。
「逃がすな! 撃ち落とせ!」
国王が怒鳴った。広場にいた魔法使いたちが杖を向けてくる。火の玉がいくつも飛んできた。だけど、少女が手を振ると、大きな氷の壁が現れた。火の玉はすべて氷の壁に当たり、消えてしまった。
「馬鹿な! 余の宮廷魔法使いが、たった1人の小娘に負けるというのか!」
「何をしている! 早く撃ち落とせ!」
国王と兄の声が遠ざかっていく。少女は俺を抱えたまま、王都の城壁を飛び越えた。俺は下に広がる町を見た。16年間暮らした王都が、どんどん小さくなっていく。
「ヌゼリオ様……もう大丈夫ですわ。あの方たちには、二度とあなたを傷つけさせません」
少女は涙を流しながら、俺を強く抱きしめた。
「ありがとうございます。命を助けてもらって、本当にうれしいです」
俺は笑って答えた。
「ところで、まだお名前を聞いていませんでしたね」
少女は俺を見つめた。
「わたくしはシェルヴァニカ。北の辺境にあるユムネッカ王国の第1王女ですわ」
「王女様だったんですか!?」
「はい。あなたを迎えに来たのです」
「俺を……?」
「どうか、わたくしの国に来てくださいませ。ヌゼリオ様のお力が必要なのです」
俺はシェルヴァニカ王女の顔を見た。その青い目には、まだ涙が残っていた。
「俺、魔法がまったく使えませんよ?」
「存じておりますわ」
「それでもいいんですか?」
「魔法が使えなくても、あなたには素晴らしい才能があります。わたくしは、あなたの研究を必要としているのです」
俺はうれしくなった。魔法が使えない俺を、必要としてくれる人がいるなんて。
「ありがとうございます! 俺でよければ、喜んで!」
シェルヴァニカ王女は泣きながら笑った。
「……ありがとうございます、ヌゼリオ様」
俺たちは北へ向かって飛んでいった。




