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前略 不在の親友へ  作者: 碓氷みゆき


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4

「――っ、……うう」

 カレンダー、は見るまでもない。また意識が戻ってきたということは再び巻き戻ったことだろう。

 僕は朝焼けに染まる寝室で泣いた。両腕を交差させて、次々にあふれる涙をやり過ごす。

 知らなかった、知らなかったんだ。イグニスが殺されていたなんて!!

 それなのに僕は呑気にもう一年以上、彼を待ち続けた。そりゃ待ちぼうけにもなるはずだ。彼は故人となっていたのだから。

 この世を去っていたはずのイグニスはといえば、今はすやすやと寝息を立てて反対側を向いて眠っている。僕の泣き声にも気付かぬ様子で。


 突然の死を思い出す度、ショック死するような、そんな衝撃を胸に受ける。僕の頭は発狂しそうだった。ただそんな暇はない。なのにベッドに潜り込んで動けない。

 どうにかしないと、いけないのに……。


#


「ふぁ~~、おはよ…………? セレーヌ? おい、どうしっ」

 目覚めたイグニスについに気づかれてしまった。

「っ、」

 ごまかそうとしたが、声がでない。

 そればかりかすすり泣く音まで漏れ始めた。


 イグニスの死、というトラウマを思い出してふさぎ込む僕。彼のまなざしや優しい掌を思い出して、とうとう鼻まですするほど、ひどい泣き方になる。

 そんな僕を彼はやさしく介抱する。布団ごしに背中を擦って、大丈夫か、そう声をかける。優しさに余計に泣けてきて、死ぬのが怖いんだ、そう気持ちを吐露してしまった。イグニスは難しい顔をしたあとで、なんてことない様子で言ってのけた。


「いつか人間は死ぬだろ。当然だ」

 仕方ないと言う彼は現実的過ぎた。

「でも受け入れられないよ!! あれは、突然だった……あんなの……ゆるせないっ」

 イグニスの命を奪った連中はやけに手慣れた様子だった。顔をみせない覆面のような頭巾。揃いの衣装で彼を惨殺した光景がよぎって、気づいたらつい叫んでいた。

「平常心でいられるわけないだろ!」


 癇癪を起こした僕に付き合うイグニスはとても面倒見が良い。

「何があった、言えよ」

「それは……」

「俺には言えないってか。ならいい。俺が自分で、」

「待って! ちゃんと話すから……だから」

 今、外にでてほしくない。出ていかれたら帰ってきてもらえる保証がないのだ。僕はまたあんな光景をみるなんてごめんだった。


 だから彼に全部正直に説明した。彼は最後まで口を挟まず話を聞いた。

 僕の話が終わってもイグニスはしばらく口を開かなかった。

 後頭部を乱暴にかくと、ワックスで整えているヘアスタイルがぐしゃぐしゃになったのも構わず口にした。

「……信じられん」

 やっぱりという気持ちで気落ちした。

「でも」と続けるイグニス。

 僕の頬に手を当てて彼は続けた。

「そんなに心配されるのは悪い気がしないな」、と。


 ひとついいか、彼は僕に尋ねる。

「じゃあお前を残して死ななきゃいいんだな?」

 そして彼は約束をするように僕と指を絡めた。しっかりと手を重ねてつながった僕らの指。頑強に絡んだ指が約束の頑丈さを物語るようで。

「ふたりで大往生しような、セレーヌ」


 はにかむ笑顔をずるいと思った。こんなに人の心をかき乱しておいて彼は平常心、こんなの割に合わない。


「一日だけ……休んでもいい?」とイグニスに断って僕は眠った。眠りについて英気を養う僕に寄り添って、イグニスはベッドの横に椅子を持ってきた。そのまま、眠る僕の手を握ってイグニスが語りかけてくれる。だいじょうぶだと。その言葉に僕の胸に小さな勇気の火が灯る。


#


 それから——……僕はイグニスが殺された背景を調査した。なぜ彼は殺されなければいけなかったのか。盗賊周辺の情報や現場の地形、巷の風の噂、ギルドや情報屋を使ってありったけの情報を集めた。

 例の盗賊だが不思議なことに、積荷や人が襲われた、という被害報告はなかった。なにか狙いがあっての行動なのか出没地点でみかけたという情報も入ってこない。それでも僕は出没する盗賊の一団についての情報をギルドや騎士団に自分から報告しておいた。これが抑止力になるといいなと願いながら。

 現場であるテーグラ山一帯は勾配のゆるやかな道だがけもの道などを歩くと途端に迷ってしまうという。なかには神隠しにあったという迷信も存在し、実際に行方不明者も知られている。

 現場付近の竹林は禁足地となっておりうかつに侵入すると霊獣の餌食になるという言い伝えがあった。生半可な覚悟で挑めば食い殺されるが、神話の英雄は自らの血をもってかの者を鎮めたという。

 情報屋によると竹林の手前は冒険者の採取地として有益で、鉱物なんかが採れるらしい。なかには自然に落ちているものもあるそうだ。心得があるからこの辺の素材採集には少し興味が湧いた。


 これだけ情報を集めて、でもわからない。なぜイグニスが狙われたのかが。そのせいで根本的な解決がわからず手詰まりだ。


 椅子に座って書類と睨めっこする僕をイグニスが励ます。

「焦りすぎだ。少しは休め」

 遠ざけるだけならできるかもしれないが同じことがまた起こらないとは限らない。気落ちする僕に彼が悪ふざけのようなふれあいを仕掛ける。


#


「セレーヌは頑張り屋だよな」

 イグニスが僕の背中を撫でる。さするように撫でられたからつい気持ちがよくなってしまう。これは安堵だ。でも僕には時間がない。彼にかまってる余裕すら惜しくて無視していると、イグニスがむっとしたような声を出した。

「俺まで蚊帳の外か」

「ちょっと待って。今――」

「だめだ。お前は俺をみろ」


 強引な腕。振りほどけない力で書類から顔を上げられる。目と目がしっかりと合った。イグニスは眉をしかめて僕を鋭い目でみつめた。

 たじろぐ僕。


「イグニ……」

「どこにも行かない。だから、……だから、俺のことも少しは構えよ」

「え」


 イグニスはそっぽを向いた。心なしか耳が赤い。普段こんな構い方をしないイグニスが僕に構えって。そんなわがままなおねだりをして、彼はこちらの様子を耳でうかがっている。


「ふはっ」

 思わず笑ってしまった。するとイグニスは呆れたようにため息をこぼしてから、雰囲気を切り替えた。

「笑うなよな……」

「分かったよ。それじゃあイグニス、君も僕のことに付き合って」


#


 ――攻略対象キャラとの絆が深まりました。

 イグニスが飲み物を取りに向かって一人きりになった時、ワークデスクからピコンピコンと音がする。僕は訝しみながら音がする机を開いた。そこには見覚えのある手紙……いや、例のラブレターがあった。封を開けてみれば裏面に書いた返信までそのままだった。

 ところが、おかしなことにラブレターにはユーザーインターフェイスが表示されていた。ラブレターからの通知ではいくつかの機能が解放されました、と注意書きのような説明がでている。僕は煩わしい表示を確認してみた。


【用語集機能】←New!!

 ・ストーリーを深く楽しむための辞書です。専門用語や世界観の解説をいつでも確認できます。


【プロフィール機能】←New!!

 ・ゲームの進行度に合わせて、キャラクターの趣味、好きな食べ物、過去の経歴などの詳細プロフィールが明かされます。


【クイックセーブ/クイックロード機能】←New!!

 ・セーブ&ロードを行い、選択肢のやり直しを行えます。


 と、ある。試しに用語集を開いてトップにでてきた事柄について引いてみた。


『聖なる祈りが奇跡へ導く』

 ドラマチック恋愛アドベンチャー(乙女ゲーム)


 略称:聖キセ。


ゲーム紹介

 彩り豊かなキャラクターたちと絆を育む乙女ゲーム。今なお冒険者が活躍する異世界のレクス王国を舞台に繰り広げられる、男たちの情熱と乙女の献身が交錯する、闘う愛の物語。


 賑やかな都。かつては黄金で栄えた王都ルーメンは今や人々の穏やかな暮らしを支えていた。何不自由なく育った貴族令嬢の主人公は18歳のある日、聖女の力に目覚める。聖女として神殿へ足繁く通う中、彼女はそれぞれの信念で戦う男たちと出会うこととなる。彼らが抱える恐れや不安は、時に争いの火種となって降り注ぐ。――主人公であるあなたはその悩みに寄り添って、時に清く、時に正しく、彼らを導いていく。


 運命の歯車は、やがて、ふたりに燃えるような愛をみつけさせるだろう。


 ※本作の目玉システム。聖女のサポートを担う蛇神の力によって日数ごとにセーブデータを管理します。あらかじめ決められた期間の中で特定の条件を満たすとエンディングが分岐します。さらにルートを解放することで出現するキャラクターも存在。この世界にどっぷり浸かってお目当ての彼との激しく荒れ狂う愛の物語を堪能してください。


 ……――そうか、ここは乙女ゲームの世界だったのか。道理で容姿の整った人が多いわけだ。ゲームめいたシステムが存在するのにも得心がいった。


 プロファイルを調べると彼の名前が一覧にあった。僕は目的をもってイグニスのページを開く。ところどころ黒のマーカーで塗りつぶしたようになっているのは情報を隠すためか、一縷の望みを懸けて開いたページには見知った情報が羅列するだけだった。期待外れもいいところだ。朝食のコーヒーが好きなのも、小鉢のサボテンをたいせつに育てていることも、剣の稽古を欠かさないことも、全部、知っている内容だった。


 一旦、まだ読めるページがある辞書機能に戻った。


【盗賊/影】

 イグニスルートで立ちはだかる敵。彼らは主人である【とあるお方】に仕えており、主人がため【※イグニスの出自に関わる隠し情報のため塗りつぶされています】であるイグニスが叛意を翻した場合出現する。選択肢次第では味方にもなり得る、【※所属先に関わる組織名】である。


 あれ。米印の部分、少しめくれてる。もしかして剥がせ、……た?

 すると新たな情報が飛び込んできた。


 彼らは主人である【とあるお方】に仕えており、主人がため国王の落とし胤であるイグニスが叛意を翻した場合出現する、とある。


 イグニスが――国王の息子だって!?

 そんな情報どこにも……まさかさっきのページにも?


【イグニス】

 年齢:28歳。

 性別:男性。

 誕生日:1月2日。

 血液型:B型。

 身長:190cm。

 体重:78kg。


 容姿:黒の直毛をエアリーなシャープショートにワックスで仕上げた髪型をしている。鋭い印象を与える赤目。彫りの深い顔立ちが特徴的。古の彫刻のようなたくましい筋肉のついた男前である。


【補足情報】

 ・鍛錬を欠かさない。

 ・剣は愛用のもので手入れが行き届いている。

 ・朝からしっかり食べる派で、朝食とともにコーヒーを嗜む。

 ・特別な日には日記をつけている。

 ・サボテンに『ペルペトゥス』という名前をつけてかわいがっている。

 【隠し情報】

 ・イグニスはレクス王国国王と踊り子との子。囲われていた踊り子はイグニスが幼少期に死亡。母がなくなるとイグニスは城からひっそりと放逐された。彼に母親の記憶はほとんどない。


 情報が追加されてる。さっきのページとリンクしていたのか? でもおかげで、情報を漁った結果、彼の出自がどうにもきな臭いことが分かった。


 イグニス、僕は君と――。


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