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前略 不在の親友へ  作者: 碓氷みゆき


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28 選択肢「ラブレターを差し出す」

 俺は、いなくなった大切な相手を思って涙していた。戻ってきてくれと懇願すれど姿はない。返事すら、この場所には届かなかった。


 玄関先にまで迎えに行っても彼の影も形もない。気配のない場所をみつめていると、ふと靴に白い紙が刺さっているのが目に入った。拾って目にして驚いた。それはあいつが常に持ち歩いていたらしいラブレターだったからだ。


「お前に逢いたい……」

「会えるもんか! さっさとそんな奴忘れてしまえ」

「おまえっ、まだいたのか……!」


 俺の靴にのっかろうとしているのは日記帳を拾う前に発見した例のマスコットだった。黄色い手足をよたよたさせながら靴先によじ登る。失礼な発言を許していない俺はそいつがよじ登るのを許さなかった。ぬいぐるみ虐待? なんとでも言えばいい。こいつは俺からセレーヌを遠ざけようとしているのだから。


「会ったりするなよ……絶対だぞ!」

「だれがお前の言う事なんか聞くかよ。俺はセレーヌを絶対に探す」

「なッ……!?」

「お前は黙って戸棚にでも引っ込んでろ」

「は、はああああ~!? 親切にしてやってるのに! 君ってば、ひどい人!」

「うるせえ。そっちが悪いんだ」


 怒り出すマスコット。だが今の俺には怖くもなんともない。露店で買ってやった恩も忘れて俺に罵詈雑言や皮肉の多いお小言をこぼしまくる。迷惑なくまを無視していじわる半分に靴をあちこちに移動すると、追いかけていたテディベアは目を回したようで床で昏倒した。はは、いい気味。

 悲観的なことばかり口にするぬいぐるみには俺もイライラしていたのだ、許せ、ぬいぐるみ愛好家たち。


 俺はさっき拾ったラブレターを改めて確認する。封筒には宛名があるだけ。便箋を取り出すも、表面には何も書かれていない。裏をひっくり返す。

「は……これ、セレーヌの……返、信?」

 勢い余った様子で綴られたのか、ところどころ文字が崩れている。ペン先のインクが滲んでいる部分もあり、正直読みづらかった。が、解読してこれが泣きながら書かれたものであることに遅れて気づいた。

 セレーヌから聞いた話を思い出す。


 このラブレターのUIとかいうののおかげで不思議な力が使えること。ラブレターはそもそも俺が死んでから1年後に届いたものであること。どうやって届いたのかも不明だということ。セレーヌの表情からは亡くした俺本人が差し出したと思っていた様子だが……。


 そういえばあの時ひっくり返そうとしたら急に取られたのはこの裏面があったからか。


 ふふっと笑っていたが急にとんでもない相違点に気づいてしまう。

 このラブレターは裏面だ。ということは、表面がある。いや、たしかにあったはずだ。俺は実際に見た。8月1日の明け方、パンケーキを食べたあとだ。内容までは記憶していないが、文字は……。

『たしかに俺の筆記みたいだな。ん、裏にもなにか……』

 自分で言った言葉に冷水をかけられた心地がした。


#


「よこせ、これは僕のだ!」

 戸棚から飛び降り、ラブレターを俺の手から奪取してダッシュするチビくま。ぬいぐるみが独りでに動いて妨害工作をはかった。ラブレターをひったくって逃げ出そうとするのを背中から鷲掴みにする。

 焦った……。ちまちま動いているやつの手にはいまだ封筒ごとラブレターが握られていた。

 そんなまるっこい手でどうして握れるのかという疑問は置いておいて、邪魔をするテディベアが向かおうとした先が問題だ。そいつはごみ箱に向かおうとしていた。つまり、破棄しようとしていたのだ。


「もう許さん。お前から先にごみ箱行きにするぞ」

「ふん! できるものか!」

「なんでお前そんなに自信家で皮肉ばっかりなんだよ! かわいげがねえなあ」

「ふん! しるか!」


 もうこいつのことは無視しよう。それより問題なのは大事なセレーヌからの返信だ。


「返信があるってことは先に届いているはずだ。宛名の記載もあるのに差出人の名前すらこれにはない。表面が真っ白ってことは……消された? なんでだ」

 いや待てよ。

 無地なのは、消されたのではなく、ないのだとしたら?

「ってことはまだ書かれていない……?」


 俺の心臓が痛いくらい高鳴る。握った拳からも心拍数が上昇していくのが分かった。これは期待だ。


「なあ、くま。お前はセレーヌがどこにいるか知ってるか?」

「ふん! ずぇったいおしえないね!!」

「おい。絶対の言い方に棘がありすぎるだろ……」

「それに僕はくまなんてなまえじゃない!」

「はいはい。で、セレーヌは?」


 コミカルなやり取りを繰り広げていたその顔つきが暗いものに変じる。くまは渋った様子で口にした。


「……運命の輪から欠けて一度外れてしまった存在を呼び戻すのは不可能だ」


「そうか。やっぱりな」

「やっぱり? やっぱり、だって!? 君、気は確かかい! 僕は不可能だって、そう言ったんだよ!?」


 くまはなおも怒った様子で拳を振り上げていたが、俺が指先でつつくとそれ以上は近づけない。それでもむしゃくしゃとした苛立ちを発散するかのように拳をぐるぐると回したままなおもこちらに向かい続けた。


 くまの発言で確信した。


 そう、きっと――セレーヌは今頃過去にいるのだ。だから俺がすべきことは決まっている。この「ラブレターを差し出す」ことだ。


 機能を失って白紙に戻ったラブレターをみつめる。マスコットの言う事が本当なら、因果律の法則のように、途切れた運命を繋げればいいだけのこと。

 俺は再びあの日、謎めいたラブレターを眺めて笑っていた彼を思い浮かべた。


 ――帰ってこい、セレーヌ。いや、俺が呼び戻す。


 もしかしたら今この時だったのかもしれない。運命が結ばれる地点は。


 俺はリビングのチェストから万年筆と黒のインク壺を取り出す。ダイニングテーブルの椅子に座り、内容を一度頭で考える。あとは手汗をかきながら必死に書いた。

 ただ戻ってきてくれとか、待ってるとか、好きだということとか。そういった言葉をひとつずつ並べ立てていった。手紙なんてあいつとやり取りした覚えはないから緊張した。最後の一言は、お前に会いたいと締めくくった。もちろん、差出人である俺の名前を綴って。


 すると不思議なことに、ラブレターの文字が蠢き出して最後のUIとやらを表示した。


【警告】

 この恋文を届けますか。

 注意)ラスボスを倒したことにより手に入れたポイントを全消費します。また、現在のラブレターの機能は失われ、所有者権限は譲渡されます。

 よろしいですか。


 はい/いいえ


 俺は迷わず「はい」を選択した。ラブレターが宙に浮かぶ。そして時空の裂け目が開いてその穴に吸い込まれていった。


「セレーヌ……!」


 俺は一心不乱に祈った。裂け目がまた開いて過去からセレーヌが帰還するのを。


#


 今頃ラブレターは時間を超えてほぼ一年前の12月24日のお前へ届いていることだろう。

 時を超えて、彼方にいるお前へと呼びかける。俺は呼び戻そうと必死だ。


 ほがらかに笑うお前にまた会いたいんだ。いつだって俺を助けてくれた、そんなセレーヌに。


 しかし一時間経っても変化はない。時空の裂け目が開かないことに俺は焦りを覚える。どうして、そんな疑問が湧いてはとりとめもなく消えた。ありえない、違う、まだなにかあるはずだ。そんな切ない希望を信じて待ち続けたが、やがて日が落ちて、俺の希望は潰えてしまった。


「むだなんだよ。あんなことしたって戻れないんだ」

 神に祈った俺を鼻で嗤うマスコット。

 憎々しいことにテーブルに座って足をぷらぷらとさせている。


 のんきなマスコットはポケットに手をつっこんだまま言った。

「彼の運命は終わったんだよ。早く諦めればいいのに」

 はーあと、首を横に振ってやれやれという仕草にまで殺意が湧く。


「じゃあお前はなんとも思わないのか!?」

「……僕?」

 不審げにマスコットがこちらを睨んだ。クリアなボタンが光を孕む。

「たしかに俺はあの祭りでお前を買った。それを渡したセレーヌに対して、主人に対して、なにも思わないのかよ……!!」

「おもわないね!」

「っふざけるな!! 俺は、俺は……」

「手紙なんて出しちゃって。あーあ、どうせ書いてあることなんて……」


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