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前略 不在の親友へ  作者: 碓氷みゆき


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27 プレイアブルキャラクター▶イグニス

「ん、うあ? 俺、なんで玄関に倒れてたんだ?」

 目を覚ますとあまり覚えのない場所に倒れていた。冷たい床の感触に不快になりながら立ち上がる。身体中が硬直していたのか、全身バッキバキである。腰を伸ばして両手を添え、左右に揺らした。とりあえず、起きるのは問題ない。

 それにしても酔っ払ってこんな場所に寝ていたとは。自分の不甲斐なさに呆れてしまう。一体昨日の俺は何を考えて深酒などしたのか。

「鍵まで開いてるし……おい、……?」

 不用心だなと思いながら、誰かの名前を呼ぼうとしてその名前に心当たりがないことに気づいた。

 俺に起きた異変を最初に認識したのはこの時だ。

「名前って……なんだっけ」


#


 部屋中を探って日めくりカレンダーを見つけた。寝室に飾られていたそれを一枚めくる。1月2日になっていた。寝室のベッドを避けて戻ろうとしたところで自分のベッドは奥に一つしかないことに違和感を覚える。なぜ俺は避けようとした? たしかに部屋には意味深なスペースがあるが……。そこで見知らぬ鞄が目についた。中身を探る。中の品に覚えはない。誰かの持ち物か? 友人たちのものにしては奇妙なものばかり入っている。ポーションを入れるような空き瓶に、小型の錬金釜、片手で扱えるナイフに医薬品がいくつか。化粧品まで入っているが、どうやら錬金術師の忘れ物らしかった。

「俺にはそんな知り合いいないんだが……空き巣にでも入られたか?」

 とはいえ物を奪うならまだしも物を置いていくなど理解しがたい。俺の誕生日にサプライズ、と考えたが実用性ゼロの品々に困惑するばかりだ。


 錬金釜を手に取る。コンパクトな壺は愛用品なのか、使用されてきた痕跡がいたるところに残っている。壺の中身を混ぜた時にできた細かい傷や、なにかの汁の色がついていたり。


 ふと、声を思い出した。


『約束……果たせないやっ。ずっと一緒に居たかった。それから、大きなベッドで君とひとつになりたかったよ。イグニス……忘れないで。僕は君が――……』


 言葉を思い出してはっとする。俺は朝っぱらから何を思い出して……?


#


 騎士団の詰め所に向かった。朝から冷たい北風に吹かれて脳みそはまともになった気がする。冷えたことで、ぼーっとしていた頭も覚醒し、今朝の疑問など吹き飛んでいた。だが……。


 ふとつぶやいた「あいつ何してるかな」とか「帰ったら今日の料理は……」とか、所帯じみた言葉を俺自身がつぶやいて周りをドン引きさせている。いつから俺は同棲を? と思う度に強烈なデジャブに襲われた。彼女ができたのかと聞かれ「そんなものはいない」と答えると同僚にも気味悪がられて、妄想癖でないなら病院に行けとどやされた。


 そういえば詰め所には相棒のマルクスだっていない。だがあいつは捕縛されたのだったと思い出す。たしか俺の命を狙っていて、シルバ村の家屋を燃やした犯人とも繋がりがあったはずだ。それを助けたのは……助けた? 誰が?


 じっとりとシャツの中で汗が垂れた。俺の記憶にはたしかにわからない空白期間があった。どうしてしまったというのだろう。


 ありもしない相手が頭を過ってしょうがない。だが誰に聞いても俺は独り身だったとか、マルクスのことじゃないのかとか、そんな答えしか返ってこない。俺が期待しているのはそうじゃないんだ。俺は、確かに、【あいつ】と暮らしていて。


 ――そのだれか、が白線で塗りつぶされたようにでてこない。


 髪や瞳、そういった色まで水彩絵の具でぼかしたようににじんでしまっている。では体格はと想像するもどんな姿だったのか、これまた同じような有様だ。透き通った正解を探すも意識はだんだん濁って、俺は絶望に支配された。


 この飢餓感はなんだ。俺は一体……、何を失った?


 誰かに呼ばれた気がして日暮れの商店街を振り返る。もちろん相手はいない。だれも俺の名前を呼んだ様子のない、平和な町並みが広がる。それが妙におかしいと思えた。なにか焦燥感に駆られて俺は駆け出す。

 家まで走って、玄関前に到着した。扉を乱暴に開閉して中に入る。


 おかしいぐらいガタガタと震える体。寒くもないのになんらかの喪失感から、恐怖が込み上げて、俺の心はますます臆する。


 なんだ、なにが一体、俺はどうして……。


「どうした?」

 ふと、紙袋に入っていたなにかから声が漏れ聞こえた。不気味な現象に背筋が凍った。怖気を感じたまま紙袋を手に取る。

「どうしてそんな顔をする?」

 また話し声が聞こえて今度は紙袋ごとそれを取り落とした。

 落ちた衝撃で紙袋から夏の日のひまわりのような配色のなにかが覗く。布の寄せ集めでできた何かはごそごそ動いて自ら紙袋から抜け出た。そいつは体にまとわりついたほこりを払って俺の足元めがけて歩みだした。

「ひっ……!! 俺に触るな!」

 とっさに脚を動かした。だがその何かは俺の脚をめがけてふらふら歩み寄る。意思をもった奇妙な存在に鳥肌を立てている、と。

「もう忘れてしまえ。傷つく必要もなくなる」

 ぽんぽんと俺の靴をなでる――ぬいぐるみ?


#

 

「君は何も悪くない」


 俺の足元をうろついていたそれは、手乗りサイズのマスコットだった。ひまわりの花弁みたいな配色。体はツギハギなパッチワークで出来ており、どうやらテディベアのようだった。愛くるしい瞳はライムグリーンとオリーブのクリアボタンが左右に付き、黒のジャケットまで着た正装姿でちょこんと座り込む。首元の赤の蝶ネクタイをみつめながら顔の前に持っていくとそいつは俺をなだめるようにしゃべったのだった。


 既視感のある瞳だ。ただのぬいぐるみなのに、何故か俺は目が離せない。


 奇妙なマスコットは喋り続けた。俺に向かって、偉そうな口調で。

「それは必要のないものだったんだ。だから忘れろ。忘れてしまえばいいんだ」

「お前は妖精かなにかか?」

「ちがう。だが詮索する必要はない。君はなにも思い出さなくていい」

 度々思い出すなと警告を出す。だが俺はむしろ知りたかった。自分が何を失い、なにに怯えているのかを。


「俺には……だれかがいた気がする。この部屋もひとりでいると不安になるんだ。なにかが足りなくて、だれかが、そう親しい友だちみたいな【あいつ】が……」

「よせっ! それ以上思い出すな!!」

「う、うう……!? なんだこの頭痛は! 俺は何を……」

「よすんだ。また傷つく必要はない。すべて忘れて平穏に生きて、」


 ――「君は生きてよ」、そよ風のようにやさしい声音。


 窓の外、ある日の春の陽光のような、そんな柔らかな声だった。

 たしかに俺にはいた。大事な相手だ。なくしちゃいけない人だった。

 でもいない、なぜだ? どうしてその人は俺のそばにいないんだ。

 欠けたピースがある自覚はあるのに、そのものずばりが出てこない。

 浮かび上がらない真昼の月。俺は手に届かないそれを手に入れようと何度も思い出そうと試みた。


 いない。どこにも、痕跡の一つもない相手。

 いや……? ある。違和感が、強烈な違和感があった。

 あの鞄、他にはなにかなかったか、【あいつ】のいた痕跡は……!!


 頭痛にうめいていた俺が立ち上がるとリビング近くの書棚から数冊本が落ちた。手元に集めるとその中に日記帳が紛れ込んでいた。付けていたのは俺だ。ページをめくる。綴られていた文字を目で一つずつ拾った。


#


 ――12/19。

 命を狙われた俺を【あいつ】が助けた。盗賊に扮した王家の影は今頃霊獣の腹の中だろう。といっても本当に喰っちまったわけではない。全部【あいつ】が片付けたのだ。


 突然出現した彼になんでいるのかと問えば「打開策を探す」かのように、「僕も戦う!」と彼は言った。一緒にいたいと駄々をこねて、お前だけでも逃げろと叫んだ俺を説得してみせたのだ。


「僕も戦えるよ。忘れたの、道具さえあれば――僕だって無(・)敵(・)になれるって」


 自信にみなぎる表情が俺の記憶にきれいに焼き付いた。


 そこからはおかしな力を使って一騎当千。【あいつ】は霊獣まで味方につけて場を収めた。死んでたという【あいつ】のことが心配になって今頃心臓が痛い。もし、彼がいなくなっていたらと思うと肝を冷やした。絶対にそんなことにはしたくないから、お互いに秘密はなしだとふたりで約束した。


 ――4/17。

 相棒に裏切られた俺に寄り添ったのはずっと支えてくれた親友だった。


 なにもしなかったら自分を許せなくなりそうだと、彼は俺の任務についていきたがった。思い詰めた様子で俺に「生きてて」と言う。いつになく弱った様子、それでいて俺のことを一途に心配する彼がかわいく思えた。


 任務に同行させると怪しい行動をするマルクスに気づいた。相棒の企てと彼が放つ殺意に俺は動揺した。それでも【あいつ】は俺がピンチに陥るとまたもおかしな力を使って魔物のように変じたマルクスを、「事態を解決する」のは僕しかいないと息巻くように戦った。


「君はそこで見ていて。僕が解決するところを」


 不敵に笑いかける姿が眩しかった。

 俺を助けたい一心で行動する【あいつ】は契約印の刻まれた腕を自分のナイフで刺してまで霊獣を召喚してみせた。猛獣と霊獣、二頭の戦いの最中、負傷した俺に口づけてポーションで回復させた。彼の唇の柔らかさに俺は陶然としていたが、【あいつ】はしっかりとマルクスを拘束させてみせた。


 家に帰ると裏切られたことと激しい憎しみをぶつけられたことに心を痛める俺にそっと寄り添ってきた。


「こんなに思ってくれるのは君だけだよ。僕の大事な人」


 彼はその後、貧血で腕の中で倒れてしまった。くたりと動かなくなったその体を抱きしめて俺は改めて頼りない体に驚かされた。今度は俺が支えるから。俺の大事な――親友【あいつ】。


 ――8/5→8/9。

 俺たちをおびき寄せた不審な魔術師のせいで、嵐の中、遭難する羽目になった。だがそれは悪いことばかりではなかったように思う。


 どんな苦難が襲ってきても「共に抗う」覚悟を決めて一緒にいると、突然涙が止まらなくなった【あいつ】。

「僕もいる、ふたりで立ち向かおうよ。この運命に抗いたいんだ」

 そしてふたりで謎の魔術師と対峙した。


 魔術師との鍔迫り合いで岬が崩落し、俺たちは嵐の海へと投げ出された。漂流先の地下洞窟では怪我をした俺を彼が助けてくれた。どこからか取り出した薬や食料で食いつなぐサバイバル生活。懐かしいコーヒーやパンケーキの香りや味で心がなごんだ。


 焚き火の消えた暗がりで、半裸に近い格好で身を寄せて過ごした。【あいつ】が今、どんな顔をしてるのか、ものすごく見たくなった。だけど高鳴る心臓を逆に暴かれてしまったらと思うと、無性に緊張もした。横たわる彼を抱きしめるこの時間が少しでも長引いて欲しいような、早く終わって彼の笑顔をまたみたいような……すごく悩ましい時間だった。


 そして最初の日から4日後、俺たちは浜まで全力で泳いだ。無事生還した。互いの健闘を拳で称え合って、【あいつ】と笑った。


 俺たちが揃えば何も負けない、そんな気さえしていた。


 ――12/31。

 身勝手な相手にさえ情をかける彼をみつめて俺は思う。彼はたしかに素敵な人なのだ。それは当然、人ひとりくらい狂わせてしまうかもしれない。


 【あいつ】のことが心配で家に来るかと後ろ手に誘った。すると迷った末なのか、時間を置いて俺の背中から回る腕。飛びついた彼は一生懸命に訴えてきた。


「君がいなくなることが考えられない。この先何があってもそばにいてくれ!!」


 熱烈な告白から間をおかず、口づけを受けた。返事をしようとした俺を遮り、決意を固めたような表情で屋敷へと向かった。


 困惑する俺を背に夫の帰宅を静かに待って、【あいつ】は離婚届を突きつけた。俺を傷つけるという夫を「例えあなたでも許さない」と言ってのけて、彼はあのおかしな力で離婚届を手に入れてしまった。書類もろとも俺を排除しようとした夫に対しても同様の力で食い止めてみせた。


 ところが暴走した夫によって急加速する矢がまっすぐに【あいつ】に射出された。とっさに俺は魔法を放った。部屋を大惨事にする魔法の威力。強く頭をぶつけて、目覚めた彼を見て、俺は【あいつ】がかけがえのない相手だと気づいた。


「あなたは――優しい人だったんですね。僕なんかに構わず、幸せになれればよかったのに……」


 その【あいつ】は自分を殺そうとしてきた夫にもやさしく言葉をかけて別れを告げた。


 静かな星の夜をふたりで歩くのは不思議な気持ちだった。指と指とを絡めて歩いていると無性に隣の相手が愛おしく思えた。


 ――12/31→1/1。


 教会の石段で俺の返事を聞いてほしいと伝えたが彼は聞こえないようだった。夢中で例のラブレターをみつめてなにかをしている様子だった。俺はしばらくして近づいた。


 彼が苦しげに笑った。それを見てから問いかけると、俺の誕生日を祝った日を思い出していたと告げられる。家族連れが買うようなホールケーキを買って、薄闇の中拍手を送られた、しあわせな一日。振り返っても素晴らしい記念日だった。泣いている彼に思い出すままを話すと【あいつ】は一旦言葉を飲み込んだ。


 そうして俺の「返事を待たない」で俺を抱きしめてきた。

 

「君がすきだよ。たとえ今この瞬間しか許されないなら僕は今を君といたいんだ」

 

 反則だろうと返して、自分から返事をできなかったことが不服だった俺は、彼に文句を言うみたいに言質を取った。


「お前からのそれはプロポーズに聞こえるぞ」

「それでもいい」

「一生、俺と添い遂げてくれるのか」

「そうだよ」

 

 なんとしても俺を生かしたいと焦る【あいつ】に零時の鐘が鳴り終わったことを告げて事態の解明をふたりでした。俺達を邪魔する存在は気になったが、それ以上に彼が不安がるから俺からなら試すかと持ち出した。


 魔法が解けた確認と称して【あいつ】にプロポーズの仕切り直しをした。答えは分かっていても緊張した。ヘタレた俺の胸に聞こえる彼の泣きじゃくる声。笑いかけてやるとほっとした様子で彼も笑いかけてくれた。


 打ち上がる花火の中、帰ったらキスをしようと約束をして。ああきっと俺はもう彼を手放せない。こんな幸せを味わったら、彼なしの生活なんて考えられないだろう。


#


 リビング近くでめくっていた日記はそこで途絶えていた。

 日記帳に残る名前の潰された文字。あいつとしか書かれていない頁にはたしかにそのだれかさんの痕跡が残っていた。顔がみえない相手との思い出だけが溢れている日記帳を抱えて、俺は。 

「なに俺は泣いてんだ……」

 一人、ごちた。


 ――会いたい、たまらなくその彼に会いたい。


 この執着はきっとどんなにカレンダーをめくっても消え去ることはないだろう。時間経過程度では色褪せない思い出が俺の中に息づいているのを今なら感じる。腕の中に閉じ込めて大切にしたい相手。彼を、思い浮かべながら、その名を呼んだ。


「セ(・)レ(・)ー(・)ヌ(・)――どこにいるんだ返事をしてくれ」


 世界は回っているのにお前だけがいないんだ。


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