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前略 不在の親友へ  作者: 碓氷みゆき


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29 プレイアブルキャラクター▶????

 その時ふと頭の中に文字が過ぎった。

【たぶん、ずっと前からお前のことが好きだった。俺自身が恋として認識していなくてもお前といるのは居心地がよかったんだ】

【?】はそれにこう応えるんだ。

【僕もだよ。居心地が良すぎて、この関係の呼称を決めあぐねていたんだ】


 なんだこの恋愛小説みたいな展開は! 僕は、……あれ? 僕は?

 その時じぶんの体が目に入った。サンフラワーカラーのツギハギの布の体が。


 するっと解けた糸のように続く文章が脳裏に浮かんだ。

【あの日まで、このまま俺達の関係は変わらないもので、それでもずっと一緒に過ごせると、俺は思っていたよ。慢心だよな】

【?】はそれにこう応えるんだ。

【君がいなくなる日までは。突然見かけなくなってずっと探してたんだよ? なのに君の背中すらみつけられない】


 いないいないって、ほんとに探したのか!? 僕は憤った。ちいさな……ちいさな腕を振って何者かに猛抗議したんだ。じぶんの、綿が詰まってふくらんだ腕をぐるぐる振って。


 さらにさらに、文字がびっしりと僕の視界に雨のように降って来た。

【そんなだからこの有様。ロマンス小説にあふれるような恋心のときめきを自覚してからいなくなるなんて狡いじゃないか。もうお前がいないと俺はだめなんだ】

【?】はそれにこう応えるんだ。

【僕は独りぼっちになってしまった。ほんとうに大切にしてくれる相手を失って、今、寂しくてたまりません。君はどうしているのかな。僕にこんな手紙を寄越して、一体どんな顔をしているんだか。僕はね、文句の一つでも言ってやりたいんだよ?】


 最初は不快だったそれも、見ているとなんだか無性に切なくなった。すれ違う心に翻弄されて僕はテーブルの上に座り込んだ。テーブルのつややかな表面には僕の愛くるしい瞳が映り込む。色違いの翠のクリアボタンが。


 滝のように文字が流れていくのに合わせて心臓にビビビっと電気が走った。

【だから戻ってきてくれ。お前がどんなになってもここで待ってる。早く帰ってきて、俺の最愛の人。この恋文がお前に届いていますように。お前に会いたい】

【?】はそれにこう応えるんだ。

【だけどきっと君に会えたなら、僕が言う事なんて決まってる。この胸に咲く小さな蕾だった一輪の花について。それを、君に差し出したい。どうかな。君は受け取ってくれるかい】


 文字の羅列は止まったが、僕の内側に走った電流は止まらなかった。なんだかじぶんの格好を眺めるとちぐはぐに思えた。なにか、違う。いいや、これは違うんだと思い――僕は、その時すべてを、思(・)い(・)出(・)し(・)た(・)。


 赤の蝶ネクタイに黒のジャケットまで着た正装姿でちょこんと座り込む、この愛らしいくまは僕じゃない。


 僕の本当の名は――。


【イグニス様へ】

【――セレーヌ・ウァレリウスより】


#


「イグニス……、ごめんね」

 僕はちょこちょこと動き回って顔を伏せて泣いているイグニスに寄り添った。もうイグニスはあっちへ行けとばかりに足を退かす気力もないようだった。代わりに僕のことも見てくれないが。


「あのねイグニ「もういいんだ。お前の言いたいことは分かった。セレーヌは、もう戻ってこない」」


 ああ、これはだめだ。こんな終わり方ではまた彼を不幸せにしてしまう。

 僕は僕を取り戻したい。でも最後の勇気、あと一押しが欲しい。


「イグニス……。ぼくはきみがすきだよ」

「くま? 急にどうした?」

「強制力に呪われて自分を失った僕は、きっとふてくされていたんだ。もう戻れない僕から君を遠ざけなくてはいけないと思ってあんな酷い言い方をした、許してくれ。今思い出しても火が出るような恥ずかしさ……を、覚えてる」

「く、ま。それは……」

「一年前のラブレターの返信はちゃんと届いていたんだね。僕、うれしかったよ。君も僕みたいに寂しくて泣いてたんだね。ね、未来のイグニス」

「過去に……いったんじゃ……?」

「ううん、違うの。呪われて、僕、こんなものになっちゃった」


 しゃべるマスコットなんておかしいでしょと言うと僕はイグニスに抱きかかえられた。彼の涙が僕の布の体に染み込む。心地良い重さを感じながら涙を受け止め続けた。


「セレーヌ、ああ、セレーヌ!! お前はずっと俺のそばに居てくれたんだな!」


 その時イグニスが泣き腫らした目で僕をみた。ぬいぐるみなんかになった僕を愛おしげな目でみつめている。


「喧嘩みたいになってごめん。俺も暴言吐いて悪かった」


 イグニスはマスコットな僕にも殊勝に謝る。


「それから、たとえお前がぬいぐるみになっても俺はラブレターを書く」


 イグニス……それは。

 彼は知らないだろう。でも、かつて書かないと言い、でも最後ぐらいは出すかもと続けたイグニスの姿が懐かしく思えた。


「お前が俺を生かしたんだ。そのお前がいなくて俺、どんな顔してた? 分かるよな。お前は俺にとって忘れてもいい存在じゃないんだ」


 イグニスが僕をそっと手に持つ。開いた掌の上で動かされる僕。ちょこんと大人しく座り込む格好にされると、テディベアの口元にキスされた。


 ――どくん、ドクンドクン。


 自分のことを少しずつ思い出していく。


 ――彼と食べた食べ物の味。

 ――彼と話した出来事の内容。

 ――彼とふれあった体の感触。


 そういったすべてが過った。


 思い出す過程で僕の魂に打ち込まれた楔が緩む。魂が解放され、やがてぐるぐるに巻き付いていた鎖も解き放たれる。


 僕は、気づくと、人間だった頃の元の体を取り戻していた。


#


 奇しくも今日は1月2日、イグニスの誕生日だった。僕を抱えてプレゼントを受け取ったように喜ぶ彼。

 帰還を喜ぶ彼に気恥ずかしい思いをしながら僕は抱擁されていた。


「キス、してもいいか? ほら、花火の帰り道、家でするって言って結局忘れていたから……」


 彼はほんのり頬を染めて睫毛を震わせた。

 イグニスからのおさそいだ。

 お待ちかねのキスに僕はそっとまぶたを閉じた。

 そうして唇をほんの少し突き出す。


 イグニスの呼吸が聴こえる。手と手を重ねて、僕らは再び、ひとつになった。


 No.11 ハッピーエンド 『お家へ帰ろう』

 ただいま。おかえり。取り戻した平穏というふたりの日常に。


 fin.


これにて完結です。ありがとうございました。


もしよろしければ評価等していただけたら嬉しいです。機会がありましたら次回作などもよろしくお願いします。

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