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UIを確認した瞬間だった。僕の視界がぐにゃりと歪んだ。玄関先のドアや家々の表示にまでズレが生じているのだ。まるで世界が二重になったような……。
「ここ異界じゃない! なんの用よ、ヤーヌス!」
「何とは失敬な。お主が困っているから出てきたまでよ」
ドルシラと喋る不思議な声。僕は周囲を見回すが僕と、倒れたイグニス、それからドルシラの他に人は居ない様子。それなのに聴こえる声に耳を澄ます。一体どこから聞こえているのかと思えば、ドルシラの辺りからしている気がする。彼女をじっと観察すれば、ドルシラは以前自慢していた指輪に話しかけているようだ。白い蛇が巻き付いたような左の人差し指のリングに。
突如リングが発光し、ドルシラの指から蛇が抜け出る。巻き付いていた体を伸ばすと全長5mはあろうかというでっぷりとした大蛇が出現した。
喉頭からシュルルと音を発し、舌を伸ばす白き蛇は僕が持つラブレターに目を付けた。蛇の目が瞬きしたあと、半月型に細められた。薄気味悪い雰囲気に僕はたたらを踏む。
「我はヤーヌス。運命を司る神であり、そこな主に各種力を授けたこの世界のいわば強制力そのものである。何の因果か知らぬがその力はもとは我のものだ」
眼差しをきついものに変えてラブレターを持つ僕へ牽制する白蛇。自らを神と名乗るヤーヌスがいう力とはラブレターの各種機能のことだろうか。だとしたら上位者権限とはつまりこの蛇のことで、こいつがいるから力を使えないというのが判る。
と、ドルシラが急に威勢を取り戻しヤーヌスを名指しで糾弾する。彼女は蛇を指さして声高に叫んだ。
「そうよ、あなたのせいだわ! 呪いに失敗したせいでセレーヌさんはうちのものじゃなくなったじゃない! 早くセーブデータを書き換えてよ!!」
「シュー……、耳障りな主……いや女よのう。そろそろ潮時か」
「なっ! あなたは従えたはず……! 封印されてた祠から出してやった恩を忘れたの!?」
「くく、造作もない。これだから愚かな人間は」
「なによ! これは命令よ!! 時間を巻き戻しなさい!」
やれやれといった仕草で頭を揺らして蛇はわからずやなこどもに物を教えるように、力の行使について説明した。
「セーブデータ、巻き戻しの力が使えるのは我だけだ。しかも力を行使するには生贄が必要じゃ。何者かが死んで命を我に差し出さねば発動せぬぞ?」
「だからそこの男を殺したじゃない!」
「虫の息じゃが……ふむかろうじて生きておるな」
「まだ生きて!?」
「ッフフ、しぶとい奴じゃなあ」
腹部から出血したまま倒れるイグニス。それでも痛みのせいか時々身じろぎしているようだった。
僕はイグニスを庇うようにドルシラたちの前へ出る。
ラブレターから通知が届いた。
【円環の蛇の登場】
・運命を改変したことでカルマ値が高まってラスボスが具現化しました。
・白き蛇ヤーヌス。かの者は死神としての一面も備わっており、異物を排除し、世界を平定するために動く物語の強制力です。
ごくり、喉が鳴った。
つまり僕がイグニスを助けようと動いたからこの蛇神は僕らの前に姿を現したと。異物がなにかはわからないが嫌な予感しかしない。死神、その名の通りなら……。
「ちょうどいいからそこな男は殺しておこう。どういうわけか我の力の気配がするからな。死ねば我はさらなる力を手に入れるだろう……くくっ」
――やはり女を介して張っておいたのは正解だった、と蛇はいう。
「さて物語を元に戻そう。そやつは殺してお主はあるべき場所に戻そうの。それで世界の調和も保たれるじゃろう。邪魔をすれば殺すぞ、なぁ人間」
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「断る。僕は必ずイグニスを助ける。そのためにここにいる」
「どこまでも愚かな人間だ……。ああ、まずは喰って我の糧としよう」
腹の足しにしてくれると蛇神が襲いかかったのは、僕――ではなく興味なさげにこちらを見ていたドルシラだった。
「ちょ、うちじゃな――……」
ごくり、ドルシラの体が丸呑みされた。白蛇は体をうねうねと動かすと彼女のすべてを腹の中に収めたらしい。
「命を奪って力が出た――いくぞ」
白い蛇は姿を変えて、鎖の尾と楔の頭になって僕のもとに飛び込んできた。とっさに払いのけようとする腕だが素早く翻した尾に絡め取られた。ぎゅうぎゅうに巻き付く力が強まる。すさまじい締め付けに僕は叫んでいた。痛みにうめく。
それでも僕が負けるわけにはいかない。
イグニスの息遣いはだんだん弱まっている。指が動く回数も減ってきた。
僕は視線を蛇神に戻す。
長く赤い舌を伸ばしていたヤーヌスは機械仕掛けの胴体となり、僕の脚に鉄の尾を刺した。鎖状の尾の先は頭同様杭のようになって地面に突き刺さる。完全に動きが封じられた右脚は貫通しそこから出血していた。
蛇神の胴体がさっきとは比較にならないほど伸びていく。頭が向かう先に僕ははっとした。
白蛇の狙いは最初からイグニスだった!
倒れる体を目にして僕はむちゃくちゃに抗った。突き刺さる右足をもろともせず動かして腕を振るう。蛇神を引き戻そうと胴体を掴むがびくともしない。
それでも引き剥がそうと抗う。
イグニスに近づく頭部が獲物を仕留める動きに入る。
僕は強制力の鎖を引きちぎってイグニスのもとへ行こうとした。
「僕は彼がいいんだ。他の誰でもない、イグニスがっ!!」
ラブレターが言うことを聞かなくとも。思いは脚を踏み出す力になる。脚に杭のような頭を打ち込まれて本格的に動けなくとも。
イグニスの様子はどんどん怪しくなり、今にも死んでしまいそうだった。
僕は腕をさげて脚からの出血部位に近づけた。
「アルブス――来い!!」
白虎の霊獣。契約印の刻まれた腕が僕の脚から流れる血を受け止めて召喚した存在。不機嫌そうなアルブスはヤーヌスをみつけると毛を逆立てて威嚇した。
「ガァアアア!!」
ヤーヌスの頭部めがけて噛みついた。蛇神は恐れた様子もないが忌々しそうに舌打ちした。噛みつかれた頭を振って脱出しようとするがアルブスの牙がそれを許さない。二匹の攻防は続いている。
鉄の蛇となったヤーヌスが動く度、僕の脚部の杭も微妙に動いた。傷に響くせいで時折気絶するような痛みに襲われた。
それでも僕は倒れているイグニスのもとへ行きたかった。
ラブレターに目を留める。手伝ってくれ、と呼びかけた。
UIが震えて反応を示した。
ラブレターの封筒から現れた便箋が増殖して羽を形作る。僕の身がわずかに浮遊した。飛び立とうとする僕と絡め取ろうとする強制力の戦い。
アルブスと戦っているヤーヌスの目が見開いた。紫の燐光を発し、十字のオーラを打ち出す。高く舞い上がった、こちらを焼き尽くさんばかりの熱量のオーラ。巨大な気と対峙し、それでも僕はイグニスに手を伸ばした。
アルブスの牙が鉄の頭を砕く。欠ける機械の体。
脚の鎖が抜けた。叫びながら、飛んだ。
光はますます強まった。それでも僕は屈しない。
一枚一枚焼け落ちる翼でも飛翔をやめない。羽ばたきで風が起きた。地面に落ちていたラブレターの封筒が蛇の頭に触れた。ジュワと、溶け出す楔。
強制力に異変が生じる。
「ばかな。なんだこの力は。これはもう我のものでは……グギャアアア、やめろおおおお!!」
ラブレターが点滅するように通知を出す。
【愛の結晶】
・クリア済みのルートを確認し、特別な報酬を付与しました。
・邪悪な存在を滅する生の軌跡。
そして最後の悪あがきのような力を使い果たし、行く先を限定しようとする鎖を引きちぎって退かした。これまで僕らを引き裂き続けた強制力が解かれた瞬間だった。
「イグニス――ッ!!」
「すまない、セレー……ヌ」
彼の目から涙が落ちる。目を見開いたまま動かない指先。痛みにもだえていた表情が和らぎ、魂が解放される。
喘ぐように泣き叫んだ。与えられたシャツに残るぬくもり。まだ暖かい彼の体。
「死なないで! ねぇってば、イグニス!!」
二重構造のようになった世界が、ヤーヌスの不在で崩れ始めた。崩壊する世界に巻き込まれる。僕らは突然開いたべつべつの裂け目に吸い込まれていった。
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夕日が沈む心象風景のような世界。建物の暗い影が凪いだ水面に映り込んでいる。静かに暮れる海辺に佇み、僕は涙していた。
イグニスに届かない懺悔をしながら、見つからない彼の姿を探し求める。
すると倒れたままのイグニスを見つけた。僕は彼の脈を確かめる。動いていない。息遣いも感じない彼は瞳を固く閉ざしていた。
「何度も死なせてごめん。負のループから抜け出したかったのに……僕は、なにもできない……」
たそがれる世界に吹雪く幻の雪、現実とは比べようのない絶景の中、僕は――。




