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前略 不在の親友へ  作者: 碓氷みゆき


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23 選択肢「返事を待たない」

 もう何度目だろうか。

「聞いてくれるか、俺の返事を」

 その固定されたような台詞を聞くのは。


 けれどその先はいつも決まっていた。

 零時の鐘が鳴った瞬間、イグニスは死ぬのだ。何度挑戦しても不可解な死が訪れる。ゲームオーバーの文字だけが僕の頭の中に積み重なり、無駄に繰り返す死のタイムループ。


 ――理由がまったくわからない。


 彼を殺そうとするような人物には会ってないし、そもそも最初のループですら記憶にないバッドエンドを迎えていた。ログを解析するとイグニスが突然死した、と目を疑うような文言が書かれていた。


 身に覚えのない死因。理由が解明できず頭を抱えた。


 もしかするとこれがイグニスの天命なのかもしれない。ここまで導けたのが、奇跡で……。落ち込む心はなにもかも諦めかけている。ただ、彼の運命を受け入れようにもタイムループがそれを許さない。

 繰り返される過程で僕の意識だけがゆるやかに塗りつぶされていく。

 こんなのもう、どうすればいい?

 絶望でいっぱいの暗い空を見上げた。


 今いるのは教会近くの樹の下だ。夜道は星あかりだったはずだが、風花が舞う空は曇天。星の道しるべもみえなくなった。


「セレーヌ?」


 彼が返事の準備をする間に僕は距離を置いて時間を稼いでいた。わざと彼に応答せず聞こえないふりをして、ラブレターを見続ける。


 過去ログまで見返していると第4章クリア前に条件を満たしました。新機能が解放されますと、ラブレターからの通知が届いている。使った覚えのない機能を漁った。


【ギャラリー機能】←New!!

 ・一度見たメモリアルを後から何度でも見返せるモードです。


 僕はハハッと凹む気分のまま笑った。笑ってしまった。

 期待した分だけ損をした気がする。

 記憶を思い返したって彼を救えるわけがない。僕が欲しかったのは、この逆境を変更できるようなモードやプレゼントボックスがもたらす奇跡のようなアイテムだけ。

 それがなんだ、いまさら彼との思い出を見たところで、何が変わると……。


 ギャラリーにリストアップされている【イグニスの誕生日(27歳)】。ラブレターの画面にちいさく映像が映し出された。


 そうだ。一昨年はわざわざバースデーケーキを買って彼の部屋で過ごしたのだ。ふたりの休日が重なり、普段なら用意しないケーキまで用意して。僕は火のついたろうそくを立てて薄闇の中、彼に拍手を送った。


 映像にはイグニスしか映らない。彼は照れたように目尻にシワを作って頬を軽く持ち上げた。唇は喜びで引き結ばれている。


『誕生日おめでとう!』と楽しそうな雰囲気にいる僕が伝えた。

『ああ、ありがとう、セレーヌ。去年もふたりで過ごせて楽しかったな。今年もあんな風に過ごせるだろうか』

『誕生日っていうよりなんだか新年の振り返りだな』

『現にほぼ新年だろうが』


 イグニスが白い歯をみせる。赤らめた頬は酒のせいだけじゃないはず。

 彼と過ごした誕生日のはずだが怒涛の二年のせいですっかり遠い記憶になってしまった。新鮮な気持ちで、知ってるはずなのに知らない誕生日の映像を鑑賞した。


『来年もこうして祝ってくれると嬉しい』

 ますます目尻を下げてイグニスは言った。


 ラブレターの映像はここまで。もう八方塞がりだ。これ以上イグニスを無視して時間を先延ばしにすることもできない。けれど目元を拭おうにも次から次から涙が溢れて止まらないのだ。


「泣いてるのか? なにか、」

「……幸せな一日だったんだ。覚えてる? 去年の君の誕生日」

「もちろん。ホールケーキを食ったやつだろ。ふたりで食べるには胃が受け付けないとかなんとか言って冷蔵庫に大半をしまったよな。翌日の冷たいのもまああれでうまかったが……セレーヌ?」


 いいかけた言葉を一度飲み込んで別の言葉を思い出したように伝えた。


「君が楽しそうだったんだ。僕も嬉しくて。君と過ごせる日はいつもそうだった」

「どうした? お前なんか変じゃないか」

「いなくなって知ったんだ。あの気持ちはイグニスがいてくれないと味わえないって」


 ――もう、いいかな。諦めなくて、いいかな。


 彼を助ける方法は未だ見つかっていない。どうしたら救えるか分からないけど、もう彼を待つだけなのはごめんだった。


 僕は「返事を待たない」でイグニスを抱きしめた。


「君がすきだよ。たとえ今この瞬間しか許されないなら僕は今を君といたいんだ」


「セレーヌ、それは反則だろう」

 イグニスは夜の冷気が足元から忍び寄る野外で鼻をこすった。僕の二度目の告白を受けて彼はうるんだ赤い目を隠すように笑う。


「お前からのそれはプロポーズに聞こえるぞ」

「それでもいい」

「一生、俺と添い遂げてくれるのか」

「そうだよ」


 きつく彼の背中まで腕を伸ばして抱擁した。かかとをあげて背を伸ばす。僕はそのまま彼を抱き込んで唇に顔を近づける。アルコールの香りがする、大人のキスだ。


「悩みの種は俺か? また、繰り返していたり……」

 死ぬことなんか知らないイグニスは僕の髪を撫でるように梳いた。ハーフアップのヘアスタイルが解けて蜂蜜色の髪が首元から垂れ下がる。

 はらりと落ちた一房をつかまえて、イグニスがキスした。

 甘やかすような仕草にそろそろ目がとけてしまいそうだ。


「絶対に助けたいんだ……でも、原因が分からなくて。零時の鐘が鳴ってしまったら君は死ぬんだよ。ねぇ、死なないでよ……」

「悪いがセレーヌ、それは……」

「できないって言うの!? がんばって生きて、生きて……君とずっと一緒にいたいよ!!」


 イグニスはなだめるように腰をかがめて僕の額にも口づけを贈る。

 手放したくないと思ってしまった。こんな優しい彼を――。


「悪いが零時の鐘ならとっくに鳴ってるんだが」


 僕の肩に手をおいて、きまりの悪そうな顔でイグニスは頬をかいた。


#


 状況を整理しようと始まったのはイグニスの不審な死の検証だ。


「イグニス、君は零時の鐘で死ぬはずだった。それも突然死だ。胸をかきむしるように苦悶して倒れてね」

「たしか返事をしようとした時だっていう話だよな?」

「そう。僕は何度もループするけど原因は突き止められない。ラブレターに助けを求めようにも使えそうな機能はなかった。けれど興味をそそられたのは忘れていた新機能」

「そこでセレーヌは誕生日の思い出を振り返っていた、と」


 ここまでにヒントのようなものがあっただろうか。

 僕とイグニスは続けてここまでの流れを思い出す。


「君と話しながら諦めたくないって思った。今度は僕の方から抱きしめて返事を無視して告白したんだ。それで、それで……?」

「ふむ。これは推測なんだが、ひょっとすると俺は呪いにかけられていたのではないだろうか」

「呪いって、ノクスがかかっていたのと同じものかい?」

「死ぬほど強力なんだ。種類は違うだろう。だが、かけた相手は同じかもしれない」


 となると結論は。


「俺からの告白を防ぐこと。つまり、俺達が結ばれるのを阻止するためだったんじゃないのか」


 両思いになるのを防ぐために?

 イグニスが返事をしようとすると発動する仕掛け。巧妙な手口だ。

 物証はなにも残っていないから断定することはできないのが悔しいが。


「例の魔術師の仕業かもな」

「え! イグニスはどこかで?」、慌てて僕は尋ねた。

「いや、直接接触した覚えはない」


 相手に遠隔から呪いをかけられそうな相手はそいつしか思いつかなかったと。むしろイグニスの死に関わる一連の出来事は魔術師が裏で糸を引いていると考えるほうが自然だと語った。

 イグニスに固執する謎の魔術師。正体が掴めない、不気味な相手。

 僕はイグニスの体調を確かめてから心配になってきた。


「本当に呪いは解けたんだろうか」

「なら試すか」

「へ?」

「失敗しても成功するまで続けてくれるんだろう?」


 それはそう。だが、彼はなんと言った?


「次の鐘が鳴った時にもう一度、今度は俺から告白してみよう。告白の返事を、再度。なに、きっと平気さ」


 イグニスのこれ以上の死を見たくなくて怖気づいていると彼が抱きしめて僕を留めた。大丈夫だと励まして熱い気持ちを伝えられる。たとえこの先何があろうと、と腕の中に閉じ込められたまま、一時の鐘が鳴り響く。緊張が走った。


「俺の気持ちはひとつだ。たとえこの先何があろうとセレーヌのそばにいるよ」


 イグニスはもう倒れなかった。おずおずと目を開けるが彼に異常はない。代わりに頬を撫でられる。


 彼の腕の中に閉じ込められる。僕は泣きじゃくった。生存。やっと負の連鎖を抜け出したことをつぶやく。

「よかった……」

 待ち望んだ瞬間だ。僕もやっと笑いかけることができた。


 それから僕らはふたりで手を繋いで石段を降りる。今度こそ、家路につくため。


 新年の花火が次々に打ち上がっては消えていった夜空。


「帰ったらもう一度キスしてもいいか」

「いいよ。べつにいまでもいいけど」

「帰ってから、だ。俺も安心したい。お前がいることを」

「そっか」


 ポケットのラブレターから新しい通知メッセージが届いた。それは嬉しいお知らせだった。


【イグニス】の好感度メーターが満杯になりました。



 No.10 ノーマルエンド 『魔法が解ける時』

 忌まわしい呪文は消えた。だからこれからもそばにいてね。約束だよ。


#


 夢の中、UIから通知が届く。ラブレターの文字が意思を持ったように蠢いて、文字を形作って知らせていた。

 ――第5章クリア。

 ――攻略対象キャラ【イグニス】ルートクリア。


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