21
丘の上の屋敷からの帰り道、なにやら広場が賑わっていた。イグニスもそのようで「すっかり忘れていた」と照れたように笑う。
「12月31日――今日は年末だな。ちょうど祭りだ、寄ってくか?」
片目を眇めたイグニスに手を差し伸べられた。
僕はおずおずとその手をとった。きゅんと高鳴る心臓のまま、彼のおちゃめな表情にはにかむ。
「フフ、年忘れにはちょうどいいか。今年は忙しかったな」
ほんとうに他人事ではない。君を生かすために奔走した一年を凝縮したような十数日に僕は翻弄されきった。疲れたよと、口を尖らせて言えば彼は重労働はしてないだろと返された。面白くなくて悪戯まじりに脇腹がちょっと……と押さえる素振りを見せると、真顔で心配させてしまった。爆発で怪我をしてないことを改めて告げれば指を差して「嘘の申告禁止」と注意されてしまった。
「さすが騎士様」
「驚かせたくてもやめてくれ。俺の心臓がさきにもたない」
「甘えたいだけでも?」
「それでも、だ。甘えたいならもっとわかりやすくやってくれ」
僕はそろっと周囲の人並みを観察する。露店に並ぶ人々の顔は晴れやかなものだ。新しい一年がもうすぐそこまで迫っている。誰も彼もが希望や期待を胸に家族や恋人、親しい人と連れ立って出歩いている。
僕らも手を繋いだまま歩く。
端からみればこれはどう映るのだろうか。親しい友達? それとも……。
「あそこの酒屋空いてるな。うまそうだし、一緒に呑まないか」
「う、うん……」
こそばゆい想像をしていたことを隠すように返事をした。
出店に立ち寄り、店主に注文をした。ボトルに入ったエールビールが渡される。おまけのようについてきた木製カップを片手にとくとくと酒を注ぐ。
「どうぞ」
「どうも」
イグニスから片方のカップを受け取った。
「乾杯! ……ぷは、生き返る……!」
さっそく口をつけたイグニスは感無量といった感じで酒を味わう。
僕も口をすぼめて最初の一口、鼻からフルーティーで華やかな香りをたしかめる。続いてビールともまた違ったコクを舌先でなめるように愉しんだ。あとは一気にごくごくと喉に流し込む。
「フハ。お前、顔が赤いぞ」
「え、そう?」
「寒いせいかもな」
細められた赤い目、頬を撫でた彼の手が唇に当たった。
つうと視線が彼の口元に寄せられる。酔ったせいか、妙に欲しくなる。身を乗り出せば、彼に支えられた。抱きしめる格好で寄り添う。
「もう少し……このまま」
「うん」
肩に白い綿毛が乗った。12月の空から舞い降りた妖精はコートにかかって溶けだす。降りしきる風花が僕らの視界を染めていった。
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イグニスはそれから色んな露店を巡った。雪道で転ばないよう、僕らは寄り添って。
トイレから戻ってくるとイグニスの腕の中は紙袋でいっぱいだった。
「ポーションまで買ったの?」
「いいだろ。ここにはレニタスの薬屋もないんだから」
酒瓶を時々開けてはちまちまとすするイグニス。するとポーション瓶のコルクまで開けて一気に飲み干してみせた。
「ああっ!? 同時摂取なんかして、副作用が出たらどうするのさ」
気の抜けた笑みで僕の肩に腕をかける。
「セレーヌが心配してる」
「そりゃそうだろうね!?」
「なんか、……いいな」
しみじみとつぶやくイグニスに、感極まった僕も、なにも言えなくなった。
「足場も悪いし、ちょっと休憩するか」
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人気のない街路樹のベンチに腰を下ろす僕ら。そこで「ほらよ」と彼から紙袋をひとつ、渡された。紙袋をまさぐる。
リボンを解いて封を開ければ、手乗りサイズのマスコットが現れた。
ひまわりの花弁みたいな配色。体はツギハギなパッチワークで出来ており、どうやらテディベアのようだ。愛くるしい瞳はライムグリーンとオリーブのクリアボタンが左右に。黒のジャケットまで着た正装姿でちょこんと座り込んでいる。
「ポケットまで付いてる。ずいぶん凝った人形だね」
首元の赤の蝶ネクタイをぴんと指で弾く。
「この目がお前みたいなんだ」
「僕の目は琥珀色なんだけど」
「この今にも泣き出しそうな瞳だ。ああ、泣かせたくなくてつい買っちまったよ」
「僕はここにいるのに……。ってか、ただ欲しかっただけでしょ」
「バレたか」
くつくつと喉をならして上機嫌に笑うイグニス。
「何年親友やってると思ってるの」
「それもそうか」
僕らは舞い落ちる雪の精を眺めながらつかの間の静寂を味わった。
「そろそろ行くか」とイグニスは家とは反対方向を目指す。僕の手を引いたまま、歩き出した足。どこへ向かっているのかと問えば教会と、短い返事があった。
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「ここでいいか」
イグニスは僕と向かい合いになる。教会の正面入口は閉ざしたまま。中に入る様子はないようで、僕の前で浅く呼吸をしている。僕は手の中のマスコットをみつめてイグニスの気が済むのを待った。
「聞いてくれるか、俺の返事を」
僕はイグニスの真剣な表情で語られる返事を――。




