20 選択肢「例えあなたでも許さない」
「そういえば解放されたんだったな、お前の夫は。心配なら俺と家に来るか?」
後ろ手に「ん」と誘われ、縋ってもいいのか、逡巡した。
夕空に染まる町――12月31日の日暮れを受けながら僕はラブレターを握りしめる。するとラブレターのUIに通知が表示された。
【セレクト機能】←New!!
・物語の分岐点で、クリアした章や別の選択肢へ簡単にジャンプすることができます。
【オートモード機能】←New!!
・自動でセリフ送りが行われ、ストーリーをストレスなく鑑賞できます。
そういえば知らないうちにバックログが溜まっている。記憶にはないがまたバッドエンドを迎えているようだ。僕は早速表示をスクロールさせてかつての自分がたどったであろう場面を文字として読む。
――胸から背中にかけて風穴がぽっかり開いた。手を離される彼の体。倒れたまま動かないイグニス――……。
――僕は夫だった魔物に囚われながら意識を失った。
――足元の亡骸はどんなに見つめても同じ温度でみつめ返してくることはなかった。
そうか、イグニスはまた殺されてしまったのか。プレゼントボックスには未記入の離婚届が入っていた。フレーバーテキストには【役所に提出できる正式な書類。名前が書かれていないのは大切な人を思っていた彼の迷いの現れだ】とある。
僕の決意はそれらを見て固まった。
オリオンを見送ったイグニスにどうすると再度誘われて答える間もなく背に飛び込んだ。
彼の体がぎこちなくこわばる。僕を気にかけながら振り向いた。困っているような素振りで、それでいて僕を支える腕には傷つけるような力はこめられていない。
僕は続けた。彼に素直な気持ちを伝えようと、一心に言葉にする。
「君がいなくなることが考えられない。この先何があってもそばにいてくれ!!」
熱烈な告白をしたうえで、彼の返事も待たずに唇を重ねた。
その瞬間条件を満たしました新機能が解放されますと、ラブレターからの通知が届いた。
僕は余計な通知を無視してイグニスの腕の中で彼を陶然と見つめる。
「セレーヌ、俺は、」
ずるいと自覚しながら、彼の唇を人差し指で塞ぐ。
「ごめん。今はまだ君の答えは聞けないんだ。僕にはやるべきことがあるから。でも――、それが終わったらふたりきりで聞かせてよ」
肩を落として笑いかけるとイグニスが固まった。
さあ、ケリをつけよう。愛しい彼を守るためにも。
ラブレターをくしゃっと丸めて決意のまま僕は動く。
#
「ただいま戻りました」
丘の上の一等地にそびえるお屋敷に僕は帰ってきた。夫は不在。僕はイグニスを堂々と家に上げてノクスを待った。
窓の外から星が覗ける頃になると夫が庭先に映り込んだ。僕の姿をみつけて微笑もうとした夫だが背後で困惑した様子のイグニスもみつけたのだろう、すぐに眉を怒らせて邸宅に飛び込んできた。
「セレーヌ! どういうつもりだ! なぜここにその男がいる!?」
僕は夫の質問には返答せず、無言で向かいのテーブルから一枚の用紙を突きつけた。
「なんだこれは、……ッばかな!!」
まだ理性がある夫に突きつけたのはプレゼントボックスに収納されていた離婚届である。僕は羽ペンを掴んで指を添えた。脇のインクボトルにペンを浸す。僕は、声高に罵詈雑言を叫ぶ夫を無視して、離婚届に記入し始めた。激昂する夫から顔色とともに表情がごっそり抜け落ちる。
「な……っお前……本気なのか……?」
「そうですね。イグニスを傷つけるあなたを、僕は「例えあなたでも許さない」です」
僕は高らかにノクスに宣言した。夫は我慢ならないような様子でテーブルの上で震える拳を握り込んでいる。今にも爆発しそうな夫の不機嫌さだが、もう僕に彼を労われるだけのまごころは残っていなかった。ログ通りに夫が宵闇にまぎれて帰って来たのだから。
代わりに屹然とした態度で彼に詰め寄る。
「あなたも記入してください」
「は? 嫌だッ……俺は絶対、お前を離さない」
「そうですか」
夫は忌々しそうに眼の前に差し出された用紙を見て手に取る。もちろんそれに記入するつもりなどないのだろう。宙に掲げて仇敵のように睨みつけ、その手を左右に……。
「オートモード開始。僕と同じようにその離婚届にサインします」
「何を言って……うっ、手が勝手に!? やめろ、ばかな! それにサインをするなぁああああ!!」
自分があらかじめ選択した行動をなぞるように夫が行う。
夫は自分のフルネームをサインする右腕を止めようと左手で妨害を行う。しかし右腕は意思をもったように動き続け、最後には僕の方へと書類をすべらせるように寄越した。
「こんな、簡単に終わっていいわけが、……俺達の時間はどうなる!」
「どうにもなりませんよ。今この時……いえ、この書類を提出すれば完全に終了するだけの関係です。今までありがとうございました」
僕は彼に頭を下げた。用意した最低限の手荷物だけを肩にかける。あとはこんな場所から去るだけだ、となって夫が暴走しようと瓶に入った丸薬を取り出す。
「ゆるさん、これで書類もろとも始末して――ッ!?」
――ポロリ、丸薬が手元から不自然に落ちる。指から滑り落ちた丸薬は走り込んだイグニスがキャッチした。あらかじめ打ち合わせした手筈通りだ。
「なんだ今のは!?」
焦る夫は当然の疑問を口にした。動揺した手は空をさまよう。
対峙するイグニスから目をそらしてノクスは僕をみつめた。
「セレクト機能であなたの選択肢を変えました。飲まない方を選び、丸薬は回収済み。もう魔物化することはできませんよ」
「く……ッ、ならば」
悪あがきをしようというのか、ノクスが手に魔力を集める。氷の冷気が部屋を支配し、足元の床に霜が降りる。ノクスは腕を伸ばして僕らに氷の魔法を放ってきた。
矢だ。氷の矢は僕の頬をかすめて背後の壁に刺さった。
微動だにしていなかった僕だがこれはさすがに予想外だ。
「イグニス、戻って!」
丸薬をキャッチしてイグニスはノクスからほど近い距離にいた。
「させるかァ!」
ノクスはイグニスに狙いを定め、撃――。
撃たなかった。代わりに、急激に方向転換すると僕に狙いを定めて魔法を高める。撃つ瞬間、彼の切ない表情がみえた。涙を浮かべたノクスの切れ長な目の奥には、はかりかねた感情が見え隠れする。哀愁をただよわせた声でいう。
「俺のものにならないなら一緒に死んでくれ。さよなら、愛した人」
急加速する矢がまっすぐ僕に打ち出された。無防備な僕めがけて飛ぶ矢に瞬きする。
全く見えないままだった。きっと僕に突き刺さるだろう。そして僕は絶命して、この世を去って。でもイグニスが生きているなら……。
「っらあああ!!」
叫び声、怒涛の爆発、彼の厳しい鬼気迫る表情、伸ばされた腕。そういうのが一気に流れて眼の前で爆散した。屋敷の一フロアが大きく崩壊する。壁がめくりあがり、ダイニングテーブルは一部溶け落ちた。瓦礫が吹き飛ばされて散乱し、僕は強かに頭を打った衝撃から遅れて目覚めた。
愛しい人のどアップ。至近距離で見る彼の顔は久しぶりだ。涙に濡れた顔をするから、僕の額や頬にまで雨粒がかかる。ただぎゅっと手をとって僕の心配をするイグニス。
「っあ……」
喉から声がでない。矢を霧散させた爆発を受けたせいか。
その横で僕を覗き込む人の顔も。彼は僕が目覚めると大きく顔を覆って足元から崩れ落ちた。腕を伝った涙。震えている腕がなにより彼の心を表していることに、僕はその時になって気づいた。
「あなたは――優しい人だったんですね。僕なんかに構わず、幸せになれればよかったのに……」
そう、僕を殺そうとした元夫にささやく。
僕なんかと出会わなければノクスはきっと良縁に恵まれただろう。普通に貴族子女と結婚して、あんな風に執着の片鱗をみせるほど溺愛して、きっと子どもだって授かったに違いない。
僕はイグニスの腕から起きてノクスに最後のお別れをした。
「もう僕のことは忘れて。ご自愛ください」
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その後、ノクスは自らの脚で騎士団に出頭した。内々で済ませてもいいと説得したが、彼は根は生真面目な人だったから自分でけじめをつけるときかなかった。愛する人を手にかけたから、と。
僕の助けを拒んで立ち上がったノクスは離婚届も提出してくれと託し、ふらつきながら屋敷を後にするのだった。
しがらみは思わぬ形でなくなった。狙ってやったことだが、最後の最後で綺麗に取り除けたのは相手が、ノクス自身で決着したせいもあるだろう。
袂を分かつ彼を静かに見送って、僕は僕でイグニスと帰路につく。
静かな星の夜だった。星たちのささやきすら耳にできそうな静寂の道を隣り合って歩く。かたわらの彼が僕の指に指を絡めた。僕もそれに応じる。なにも言わないまま、僕らはゆっくり家路を目指したのだった。
No.08 ノーマルエンド 『清算』
選ぶことでこの愛がだれかの花を傷つけるとしても、僕はこの思いと添い遂げたいんだ。
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夢の中、UIから通知が届く。ラブレターの文字が意思を持ったように蠢いて、文字を形作って知らせていた。
――第4章クリア。




