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騎士団の詰め所で教わった【塔】とは、国が雇用する、魔術師たちの所属機関である。正式雇用された魔術師たちは、時に騎士と同等の戦力として、時に魔道具や新たな魔法の開発者として、国のために動く。国に認められた実力のある者だけがここで働けるのだ。
塔と呼ばれるようにその施設は先端にいくにつれ先細りした高い構造物だ。部門ごとに幾重にも階層が分かれているんだとか。僕とイグニスは案内係に誘導され、その頑丈そうな大扉から塔内部へと入場した。
昨日の今日で気まずい僕は微妙にイグニスを避けていた。彼が「おはよう、そういえば」と会話を続けようとしたところを顔を背けて打ち切ってしまった。無言の視線が僕の後頭部に突き刺さった。
昼時、塔内部1階。荘厳な建物らしく年季が入っている。外との人の出入りこそ激しくはないが、中はせわしなく早歩きで動く人ばかりが散見された。仕事を山積み抱えているのか書類の束を運んで歩く姿も見受けられる。壁に彫られたレリーフには植物を象った意匠が多くみられ、最上階が覗ける吹き抜けの螺旋階段はステンドグラスのようなもので床面がとびきり輝いていた。美しさに見惚れて足を止めるのはきっと部外者だけなのだろう。魔術師たちは目もくれずに階段を駆け上がっていく。
当内部での調査。全員のフードを外してもらうことも考えたが表情を確認してもどうせ顔を知らないから意味がない。仕事の時間を奪うわけにもいかないし、今のところできることは、僕らが入場したことで怪しい動きをする人物がいないか動向を窺うくらいだ。
外からの見学と称した秘密裏の調査。居心地悪く視線を避ける魔術師たちは全員が関係者に見えなくもない。ざっと歩いた限り、僕らより大きい者は間違いなく除外だな。背が低くても太っている者も違う。思い出すと対峙した魔術師は僕の口元ぐらいの高さだったはず。
あとは、意図的に騙しているのでなければここの魔術師たちのように猫背でもなかった。
他にはなにかあっただろうか。
階段脇のスペースで立ち止まって考える。ふとイグニスが僕の肩を指でつついた。
「そういえばあいつの腕を引っ掻いてたよな」
「たしか血が……ッ! そうか、傷跡!」
「……とはいっても今の季節全員長袖だからな。覗くのはほぼ不可能だな」
期待させておいてイグニスはさも当然のように言った。同感だ、12月に夏服を着る人間はいないだろう。
「ま、手分けして探れるだけ探ってみるか」
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とは言ったもののあれから収穫はなかった。誰も彼もが怪しく見えるまま、僕らは肩を落として塔を後にする。
「先輩……!! 先輩ですよね!」
すると、出入り口付近で背後から呼びかけられた。タッタッタと軽快に駆けてきた魔術師はフードのまま息を吐く。走って汗ばんだのか顔を扇いでいる。
誰だろう? イグニスの知り合いだろうか。
「イグニス、呼ばれてるよ」
「え、あ……」
「俺には塔の知り合いなんていないが」
じゃあ僕の知り合い? 知人のように振る舞う相手を警戒しながらじっとフードの奥を覗いた。
「ボクですよ、先輩。ボク……」
彼はフードに手をかけて下ろした。中からは薄茶のシースルーマッシュヘアが現れた。さらさらの毛質はきっと入念な手入れをしているのだろうと一目で分かる。つぶらな緑眼がきらきらとこちらを見つめて微笑んだ。くぅんと子犬が餌への期待に満ち溢れているような表情、どこか見覚えが……。
「オリオン!? まさかオリオン・アグノーメンなのか!」
「そうです、セレーヌ先輩! うわぁ会えて嬉しいなぁ」
彼の正体は学生時分の後輩だった。
図書室で本を借りる際に同じ本を手に取ったのがきっかけで、よく話すようになった。僕を素直に慕ってくれるかわいい後輩ではあったが、出会った頃は陰湿ないじめを受けていた。
成績は優秀だが素行の悪い先輩に標的にされていたのだ。同じ科の先輩にコキ使われている現場に遭遇し発覚したのだが、オリオンはそのものずばり魔法の標的にされていた。痛がり嫌がる後輩相手に居残りの練習だと魔法を発射して先輩は嗤っていた。
見過ごせなかった僕は後輩の前で大口を叩いて啖呵を切り、決闘となった。
結果は無事勝利したが当時のイグニスには当初は心配されもした。考えなしに振る舞うな、と。その後親友に付き合ってもらい勝利を信じられて送り出されたのだが。
決闘後、後輩はボロ泣きした。目元が腫れ上がったせいでつぶらな瞳はますますちいさくなってしまったのだ。僕は思わず噴き出してしまい後輩には逆に泣かれた。
あれ以降、彼は周囲に怯えることがなくなった。僕にくっついて勉学に励んでいた頃が懐かしいのだが。
「見ない間にでっかくなったな……」
2m弱あるだろう大男。猫背だが僕の視界にまでちょっとした岩があるようだ。魔術師ならなおさらこの体格は珍しいのではなかろうか。騎士なら間違いなく盾役に抜擢されるような逸材だ。
「はい! いっぱい食べてたらこんなに成長しましたぁ」と腹をさするオリオン。
僕までふふっとその仕草に笑ってしまった。
懐かしい後輩との出会いに喜んでいると「ところで先輩はなぜここに?」と、首を傾げて尋ねられた。
僕は一瞬ためらったあと、彼なら信頼に足るかと思い直した。小声で耳打ちした。実情を打ち明けられたオリオンは目を丸くして口から飛び出そうになった声を塞いだ。今度は彼がひそひそ声で僕の耳に吹き込む。
「命を狙われた……ってことですよね?」
一つ頷くとオリオンは大変だぁと手を右往左往させた。空中に指を動かすとなにかを考えるように頭に手を置いてうなっている。
かと思えば、ぱんと、手を叩いてなにやらひらめいたらしい。
「そうだ、呪いですよ。呪いのその術式って見られますか?」
「かかっていたノクスは解放されているから……」
「詰め所にももういないぞ」
僕が曖昧に伝えた内容にイグニスがダメ押しした。呪いはきっと解かれているから意味がない、そう言ったつもりだったが。
「ってことは騎士団に術式のコピーがあるのでは!? 結果の分析ぐらいしているでしょうし、僕も見たいです!」
意気揚々とステップを踏んで僕らの後をついて歩くオリオン。あれ、これ……僕らも騎士団につきあわされる流れ、かな。
イグニスがしょうがないなと笑う。僕もつられて犬がのしかかるかのように肩に置かれたオリオンの手を受け入れた。……とはいえじゃれあいにしては重くて動けないので退いてもらったが。
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「これが複製された術式――……っ!」
用紙には魔法陣のような図形が転写されていた。なにやら複雑な呪文なども隠れて書かれているようでオリオンは目を輝かせて術式を調べている。これは起動、あれは術同士の結合と、さすが塔の人間なだけあって複雑な術式を器用に読み解いていく。
「これはまったくのオリジンですね」
オリオンによる再調査、彼はこの術式が塔の関係者が使う呪いとは全く別種の術形態であることを突き止めた。小一時間紙とにらめっこした彼は目頭を揉んで説明する。
「塔の人間は皆塔固有のルールにしたがって呪いを扱います。けれどこれにはそのルールは適用されていません。どころか過程をすっ飛ばしていきなり結論に帰結してるんですよ。全然美しくない術式でしたね……」
オリオンは頭をかきながらコピーされていた術式を返却してきた。
「すると術としては不完全なのか?」、イグニスが用紙を見つめて質問した。
「普通なら。でも呪いは有効だった、まるで意味が分かりません。どこかから超自然的パワーでも持ち込まねば呪いとして付与できないのに……! ああ、ボクもまだまだだなぁ」
塔の魔術師の仕業でないらしいことが分かるも、これ以上の新たな手がかりはなさそうだった。僕らは騎士団の詰め所をあとにする。
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茜色の日没で街中が黄昏色に染まる光景をみつめた。宵闇に紛れるようにカラスの群れが飛ぶ。きっと、あの鳥たちも巣へと帰るのだろう。早仕舞いにかかる露店の店主たちの忙しない様子やこどもたちが公園から駆けていく光景を横目に僕らは歩いた。
「もうこんな時間か……」
なんだかこうしていると懐かしい気分になる。イグニスとオリオンといると学園で過ごした放課後を思わせた。あの頃感じた将来への期待と不安、いっぱいに詰まった青春は遠い風に乗ってどこかへと運ばれた。
「そういえば解放されたんだったな、お前の夫は。心配なら俺と一緒に家に来るか?」
後ろ手に「ん」と誘われた。
素直に縋ってもいいのか、僕は逡巡する。




