15 選択肢「共に抗う」
どうする、そんな試すような視線をイグニスが送った。僕はもちろんその手を強く握った。どんな苦難が襲ってきても「共に抗う」覚悟を決めて。
ラブレターから通知が届いた。ノクスに破られたことで故障していたUI。それが今はラブレターの形をしているのがはっきりと分かる。機能も復活して――いや、新機能まで解放されていた。
【バックログ機能】←New!!
・過去のイベントやセリフをもう一度読み返せる機能です。
【プレゼントボックス機能】←New!!
・ゲームの進行度に合わせて、解放したイベントに関連したアイテムが手に入る機能です。獲得したアイテムはまとめて保管され、いつでも取り出せます。
イグニスを止めてしばらく待ってもらう。僕はUIを通して以前に記憶にはなかったバッドエンドを回収しているのを知った。直前のバッドエンドのログを解析する。
――イグニスの腕だった。ボロボロになった着衣が絡みついている。
――朝焼けの美しい海岸線、ただ僕の心だけが暗い絶望に染められていた。
――ずっと一緒だって言ったのに……。ここには約束も守れなかった僕しかいないんだね。
「あぁぁ……」
「おい、セレーヌ。しっかりしろ!」
ログを解析して僕らの別れに涙が止まらなくなった。そのせいで膝から力が抜けた
。とっさにイグニスに支えてもらって事なきを得る。章のクリアで溜め込んでいた品々がたくさん詰まっていた。思い出深い品もあり、泣いていたのに思わず笑みがこぼれてしまった。
プレゼントボックスの中には、一振りの剣、セイレーンの涙、それから回復ポーションがいくつか入っている。さらに他の章をクリアしたことで得た飲食物。慰めるために淹れられた朝食のコーヒー、行軍中に食べたサンドイッチ、嵐までの日々に食べていたピザ、夜明けに一緒に食べたパンケーキ、ほかにもたくさん。
そんなお祝いに金貨も贈られていた。珍しいものだと王家の影を撃退する為竹林に投げた火鉢石、あとは貧血状態で終わったクリア済みの章に連動して造血剤まであった。
「セレーヌ、やはりお前は、」
「僕もいる、ふたりで立ち向かおうよ。この運命に抗いたいんだ」
ふたりで絶対に、そう決意を固めたところで靴底の音を立てて岬に登ってきた魔術師の姿。相変わらず嵐の中でもフードを目深に被り、無言でこちらに迫る。謎の人物が僕のブレスレットを掌で広げる前に、僕は駆け出した。
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相手のフードを剥ごうと腕を掴む。魔術師は抵抗し、杖から発火の魔法を放った。僕は慌てて顔を避ける。腕は捕まえたままだ。イグニスが意図に気づいて続けざまに連撃を放つ。防ごうとした手のせいで一瞬フードが……、だが嵐の風ではためいて最高のチャンスは潰されてしまった。ほっとしたように息を吐く魔術師。握られていた腕を振り払おうと、その時追いすがる僕の爪で赤い筋が縦に走った。長く伸びたひっかき傷。
相手の左腕に傷を負わせるも、顔は結局みえない。相手は体勢を立て直し、杖を揺らめかせた。来た、崖を崩壊させるほどの爆発だ。
僕らもろとも海に落ちる。ふたりでかばい合いながら海を泳いだ。怒り狂い、僕らを飲み込もうとする大波。おおきく腕をかいて崖下の洞窟になんとか避難した。
漂流先の地下洞窟。本格的に嵐が迫っているようで、波風の音が強まった。僕は振り返って肩を寄せ合っていたイグニスの異変に気づいた。彼は左足を庇うようにして引きずりながら洞窟の奥に歩いている。足首から出血しているようで、洞窟の先に転々と赤い痕跡が残っていた。海にゆらめくように流れる血痕。痛々しい傷に叫ぼうとしてさらに驚いた。
「イグニス、そういえば剣は……?」
「重いから捨てた」
命の方が大事なのは分かっている。それでも彼が大事にしていた剣を惜しいと思ってしまった。いや、今は道具より彼の体だ。躊躇なく海中に放り捨てる選択をしてこれなのだ。嵐の凄まじさを思い知った。
出血している彼の体を地面に横たえる。イグニスはお礼を言って寝転がるが、寒さのせいで、体が震えていた。僕の着衣を分けてもいいがこれだって濡れている。わざわざ濡れた体に冷たい衣服を当てるなんて拷問だろう。傷口に塩を塗りたいわけではないので、僕はこの服を乾かしてなんとか暖を取る方法を考える。
腕には巻き付いた海藻。洞窟には石と岩、それだけだった。イグニスは固く目を閉じている。このままでは彼の命が脅かされてしまう。さっき解析したログが過ぎったところでひらめく。慌ててポケットから水を吸ってくしゃくしゃのラブレターを広げた。UIはなんとか機能している。僕はボタンを操作してボックスから石ころを取り出した。
火鉢石。魔法がなかった頃から火打ち石と同様の使い方をされてきた石ころだが、こいつには変わった特性がある。一度着火するとなかなか消えずに、空気を送ってやれば火の調節も効くのだ。石が小さくなってなくなるまでその火は燃え続ける。
王家の影をおいやるのにアルブスを嫌がらせのように呼び出した時は周囲に竹林もあったため激しい火花を飛ばして爆発していたが、通常はあんな風にはならない。
「ふーっ」
こんな感じでやさしくゆらめくように燃え続けるのだ。
僕は急いで服を脱いで、ついでにイグニスの上半身だけでも脱がせて、乾かすことにした。かろうじて暖かい。できれば薪に使える木材なども欲しかったが……仕方ない、海藻もついでに乾かして乾燥したら火種に使おう。
ほかにもボックスを漁り、欲しかったアイテムを取り出す。僕は口いっぱいに薬瓶を含んでからイグニスに口づけた。少しずつ分けるように流し込めば喉が鳴る。もっと、というように舌で催促されたので二瓶目も与えた。長いキスが続く。
「ぷはぁ」
息を吐く。僕らをつなげていた銀の糸がイグニスの胸元に垂れ落ちる。彼の呼吸は安定してきた。目を開けてかすかにほほえまれる。傷口が塞がって出血がなくなったのを確認すると彼はまどろみ始めた。
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嵐当日。本格的に吹きすさぶ風のせいで岬全体が揺れているようだった。僕らは大人しく寄り添う。魔法を使わないと完全な暗がりだ。体力も魔力を温存して洞窟に潜む。それでも空腹はやってくるので、僕らは少しずつプレゼントボックスのアイテムを消費していた。
「今日はコーヒーか」
「いや?」
「そうじゃない。水ばかりで飽きていたからな。どうせなら甘いものでも欲しい気分だな」
「わかった」
「あるのか?」
僕はラブレターのUIを操作して画面ごしに表示されたアイコンから甘味を抜き取った。取り出した際、出来立てが収納されていたのか、湯気が上がる。ほかほかとした煙にともなってほんのりとした蜂蜜の香りが鼻をくすぐる。とろりとかかった蜂蜜がアクセントになったパンケーキ。イグニスが手作りした少し不格好な間食である。
「そんなのまであるのか。すごいな」
片膝を立てるまでに回復したイグニスが壁伝いに座り込む。僕も横に並んで座った。パンケーキを手を添えて提供するとフフッという笑い声が漏れた。
「おいし?」
「ああ……。だがそれ以上に、なんだかあまいな」
僕は首を傾げた。
「おやつパンケーキなんだから甘くて当然だろ?」
「いやさ、お前が過保護だなと思って」
「ああッ!?」
慌てたせいで自分の分の食料を取り落とすところだった。
その動揺っぷりを眇めてイグニスが笑い声をあげた。
「気づいたか? もう俺は怪我で動けないわけじゃないし、口移しでなくても食べられるんだがな。もちろん、やりたいなら好きにして構わないが」
ニヤリと僕にいじわるく笑いかけるイグニス。からかわれた僕は羞恥に縮こまった。ずいっと半歩、座ったまま距離を取る。
「ふはっ、つれないなセレーヌは」
脇腹を小突かれた。距離を取ったはずなのに………。
造血剤も渡したことでイグニスはやけに元気だった。
消えてしまった焚き火はもうない。代わりに僕の魔法で照らしていた洞窟は動揺したせいで魔法が消えてしまった。光のない洞窟はちょうどいい。僕の赤い顔が見られなくて。
暗がり、誘われるように手が伸びてきた。イグニスがいる。僕の目の前に。嵐の海でよれたりちぎれた衣服はイグニスの色気をダイレクトに伝えてきて扇情的で困る。
「くっついていいか」
「もう抱きしめてるくせに」
「はは、悪いな」
半裸に近い格好で身を寄せる。そのまま横になると僕は見えない暗がりで相手の顔を想像した。イグニスは今、どんな気持ちだろう、と。僕のように心音がうるさく高鳴っていたりするのかなと、そんな想像をして、嵐の日は過ぎていった。
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飲料水として使っていたセイレーンの涙には催眠効果のデバフがあった。片方が寝ている時はもう片方は飲まないようにして洞窟の中を警戒していた。そんな避難先の海がおだやかになったのはそれからたぶん数日後。サバイバルは終わりを告げ、僕らは洞窟を脱出する。
ふたりで協力して浜まで泳ぐと夏空は快晴だった。へとへとになりながら浜に打ち上がる。僕らは潮の満ち引きする浜辺で横になって倒れた。照りつける太陽、仰向けのせいで目が痛かった。
それから騎士団の詰め所まで向かった。受付に置かれていた日めくりカレンダーは8月9日、どうやら嵐から3日が経過していたようだ。
僕は意識が戻る前にと、イグニスにボックスから出した剣を渡す。渡しておきながら、自分で驚いた。その一振りの剣はイグニスの愛剣そっくりそのままだったから。
僕らは再度、拳を突き合わせて互いの生還を喜んだ。
No.06 ノーマルエンド 『炎のような生存本能』
僕らならいつだって立ち向かえる。ふたりなら!
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夢の中、UIから通知が届く。ラブレターの文字が意思を持ったように蠢いて、文字を形作って知らせていた。
――第3章クリア。




