第8話「5層攻略」
四層のボス部屋の扉を開けた二人を待ち受けていたのは、ワイルドグレーターボアだった。
その体躯は、通常のワイルドボアの倍以上。
口元から伸びる巨大な牙は、金属を思わせるほど鋭く輝いている。
「デカいな」
殴は、その巨体をまじまじと見つめた。
「補助魔法かけとくか?」
瑛太が両掌を殴へ向ける。
「いや、そこまでの相手じゃなさそうだ」
殴は前傾姿勢を取った。
そのままワイルドグレーターボアへ向かって駆け出す。
『神速発動しました』
ワイルドグレーターボアは、一瞬だけ殴に反応した。
だが、臨戦態勢を取るよりも早く、殴の拳がその巨体を捉える。
「しゃっ!」
『殴打交渉権発動しました』
ワイルドグレーターボアが、ぎろりと殴を睨む。
しかし、その瞳孔は不規則に動き回り、声を発する事すらできない。
次の瞬間。
巨大な身体は魔石だけを残し、跡形もなく消滅した。
「やっぱり結果は同じか……」
残された魔石を見ながら、瑛太が呟く。
「歯応えねぇな。異世界の魔物ってのは、みんなこんなもんなのか?」
殴は物足りなさそうにため息を吐いた。
「いや、お前のスキルが異常なだけだからな!?」
瑛太が殴を指差す。
「俺のせいじゃねぇだろ」
殴は不満そうに唇を尖らせた。
「いーや、お前ん家の家訓のせいだね!」
「家訓の文句は先祖に言えや!」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に吹き出した。
「さて、五層に行くか」
「おう!」
二人は五層へ続く階段へ歩き出した。
階段を降りた殴は、すぐに周囲の違いに気付く。
「なんか、これまでより道幅が広くて、天井も高いな……?」
「五層の魔物はオークだから、それに合わせてあるんだろ」
瑛太が答える。
「オークってそんなデカいのか?」
「二メートルくらいだが、群れで襲ってくる事が多いな。ボス部屋までの最短ルートは分かってるから、余計な戦闘は避けて行くぞ」
そう言って歩き出す瑛太を、殴が呼び止める。
「あとで山分けするんだから、少しでも魔石稼いだ方が良くねぇか?」
「いや、今回の魔石は、ボスのも含めて殴の総取りでいいぞ?」
瑛太はにやりと笑った。
「なんでだよ?」
殴が不満そうに問う。
「今回は殴のスキルの検証を兼ねた初ダンジョンだし、俺がやった事は補助魔法を一回かけただけだからな」
瑛太は笑いながら親指を立てる。
「五層はそうもいかねぇだろ?」
「いやいや、これまでの殴の戦いぶりを見てて思ったが、五層攻略にも補助魔法は必要ないと判断した。だから、今回は殴の総取りだ」
瑛太は確信を持って頷いた。
「まあ、そこまで言うならいいけどよ。んじゃ、最速でボス部屋まで行くぜ!」
殴が駆け出そうとする。
瑛太は慌てて、その肩を掴んだ。
「待て待て! 神速発動したら追いつけねえよ!」
「おっと!」
殴は慌てて足を止めた。
「神速もオンオフできねえんだろ?」
「ああ。できねぇんだよなー……なんでだ?」
殴は首を傾げる。
「まあ、そのうち分かる時が来るだろ。行くぞ!」
瑛太も、殴の影響を受けて少しずつ楽観的になっていた。
二人は瑛太の案内で、最短ルートを進んでいく。
道中では、何度かオークの群れが姿を現した。
だが、殴の神速と殴打交渉権の前では、足止めにすらならない。
殴が拳を当てる度に、オーク達は声を発する間もなく魔石へと変わっていった。
「もうボス部屋か」
殴は目の前にそびえる巨大な扉を見上げた。
「ボスはオークエリート。オーク四体を従えているが、問題ないよな?」
瑛太が確認する。
「おう! まかせとけ!」
二人はボス部屋の扉を開いた。
広い部屋の中央。
通常のオークより一回り大きなオークエリートが、四体のオークを従えて待ち構えている。
「さて、行くか……」
殴は前傾姿勢を取った。
そして、オークの群れへ向かって駆け出す。
『神速発動しました』
四体のオークが反応するよりも早く、殴の拳が次々と命中する。
『殴打交渉権発動しました』
『殴打交渉権発動しました』
『殴打交渉権発動しました』
『殴打交渉権発動しました』
殴られた四体のオークは、声を発する事なく魔石を残して消滅した。
四体の配下が一瞬で消えた直後。
オークエリートが咆哮を上げ、臨戦態勢を取る。
「ちっ、一体残ったか……いや、残したな? 殴」
瑛太は殴の意図に気付いた。
「バレたか!」
殴は、いたずらを見抜かれた子供のように、にかっと笑う。
配下を全て倒されたオークエリートは、殴を睨みながら激昂していた。
「やっと、やる気満々のボスと戦えるぜ……来いや!」
「退屈してたんだな……」
瑛太はやれやれと肩をすくめた。
オークエリートの右手には、巨大な斧が握られている。
「ウガァッ!」
咆哮と共に踏み込む。
巨大な斧が殴へ向かって振り下ろされた。
殴は身体を僅かにずらし、難なく躱す。
斧が床へ深く食い込んだ。
殴は、動きを止めた斧を横から蹴り飛ばす。
轟音と共に斧が壁まで吹き飛んだ。
オークエリートの視線が、斧の行方を追う。
「おい!」
殴の声に反応し、オークエリートが振り返る。
「よそ見してるなら、やっちまうぞ?」
殴は真っ直ぐにオークエリートを睨んだ。
「ウガーッ!!」
オークエリートは怒り狂い、両腕を振り回しながら殴へ襲い掛かる。
だが。
拳も。
腕も。
一撃として殴には届かない。
殴は相手の攻撃を見切り、最小限の動きだけで躱し続けていた。
「神速使ってなくて、あれか……素の戦闘力も半端ないな」
瑛太は殴の動きを観察しながら呟く。
オークエリートが、大きく腕を振りかぶった。
「うりゃっ!」
殴は攻撃へ合わせて踏み込む。
放たれた拳が、オークエリートの胴体へ深くめり込んだ。
『殴打交渉権発動しました』
「ウガッ!?」
オークエリートは殴を見ながら、ぴくぴくと身体を震わせる。
そして。
大きな魔石と宝箱を残し、その巨体は消滅した。
「ふぅ……こんなもんか」
殴は浅く息を吐き出した。
初心者向けダンジョンの五層。
その最強の魔物でさえ、殴にとっては満足できる相手ではなかった。
初めてまともに戦えた事に多少の手応えは感じたものの。
殴は、まだまだ物足りなかった。




