第6話 「最速」
一体目のホーンラビットを倒した後も、殴は次々とホーンラビットを殴り倒していく。
どの個体も一撃。
鳴き声を上げる間もなく消滅し、魔石だけを残していった。
「これで、20体目と……」
二十個目の魔石をアイテムボックスへ収納する。
その隣では、瑛太がレイピアを一度も抜くことなく、その様子を眺めていた。
「そろそろフロアボスか? ボスもホーンラビットなのか?」
ボス戦を前に、殴は待ちきれない様子で尋ねる。
「その先の扉を開けるとボス部屋だよ。ボスもホーンラビットだが、二回りほどデカくて、角も三本あるぞ」
瑛太は慣れた口調で説明した。
「詳しいな」
「Eクラスなんだから、五層までは踏破済みだ。五層までの魔物のデータは頭に入ってる」
自慢げに胸を張る。
「毎回、同じボスが出てくるのか?」
殴は素朴な疑問を口にした。
「そこが初心者向けダンジョンって呼ばれる由縁だな。倒された魔物は一定時間が経つとリポップするんだが、現れる位置も種類も全部同じなんだよ。これは何人もの冒険者が検証済みだ」
「再挑戦しやすいって訳か」
殴は納得したように頷く。
「じゃあ、ボス部屋行くぞ?」
「よっしゃ!」
二人は扉を押し開けた。
そこには通常種より二回りほど大きく、頭に三本の角を生やしたホーンラビットが待ち構えていた。
「瑛太の言った通りだな」
殴は興味深そうに見つめる。
「一応、ホーンラビットキングって名前らしい。一定距離まで近づくと反応して動き出すから、補助魔法かけとくわ」
瑛太は両手を殴へ向ける。
掌が青く輝き、その光が殴を包み込んだ。
「おおっ? なんか力が湧いてくる感じだな!」
拳を握り締める殴。
「俺の補助魔法は、力と体力と素早さが上がるんだ。倍率は受けた相手の基礎能力次第だ。殴ならかなり上がるはずだけど……速すぎる神速に焦るなよ?」
一応、忠告する瑛太。
「おっしゃ! 行くぜ?」
殴は前傾姿勢を取る。
そして、一気に駆け出した。
『神速発動しました』
「うわっ!?」
あまりにも速すぎた。
ホーンラビットキングへ突っ込んだ殴は、そのまま巨体へめり込む。
それでも拳だけは、確かに相手を捉えていた。
『殴打交渉権発動しました』
「だから言っただろ……」
瑛太は額を押さえる。
一定距離まで近づくと反応するはずのフロアボスは、殴が身体へめり込んでからようやく動き出した。
「グルッ!?」
小さく鳴いた。
だが。
次の瞬間には魔石だけを残して消滅した。
「もう終わりか?」
殴は拍子抜けした表情を浮かべる。
「はは、マジか……仮説通りじゃねえか!」
殴は魔石を拾い、アイテムボックスへ収納した。
「やっぱり、意思疎通できないと消滅するんだな」
「相手の強さは関係ないみたいだな。殴、その殴打交渉権ってオンオフできないのか?」
瑛太が尋ねる。
「殴ったら発動してるからな。オンオフする方法もわかんねぇし」
殴は首を傾げた。
「スキルなら普通、自分の意思で使うか使わないか決められるはずなんだが……」
瑛太は考え込む。
「じゃあ、二層の魔物で試してみてくれ。殴る瞬間に、スキルを使用しないって意識して殴るんだ」
「わかった。やってみるぜ!」
ボス部屋の奥には二層へ続く階段があった。
二人はそのまま階段を降りる。
待ち受けていたのは、一体のゴブリンだった。
「早速お出迎えだな!」
殴が指を鳴らす。
「さっき言った通りにやってみてくれ」
「あいよ」
殴はゴブリンへ駆け出した。
(殴打交渉権を使わない!)
そう強く意識して拳を振るう。
拳が命中した。
『殴打交渉権発動しました』
「ギッ!?」
ゴブリンは短く鳴き、魔石だけを残して消滅した。
「あちゃー……ちゃんと意識したんだけどな?」
殴は頭を掻く。
「もしかして、スキルじゃないのかも……。殴、オンオフできないのなら、魔物はいいが、これからは無闇に人は殴らない方がいいかもな」
瑛太は真剣な表情で言った。
「いや、敵意を持って近づいて来たり、聞く耳持たない人間なら、殴るぞ?」
殴は迷いなく答える。
「なんでだよ!? 俺はお前の事を心配して……」
「家訓だからだ!」
殴は胸を張った。
瑛太は頭を抱える。
能力の検証よりも。
スキルの正体よりも。
一番の問題は、この男の家訓なのかもしれない。
だが、その家訓が異世界でどれほどの波紋を広げるのか。
この時の二人は、まだ知る由もなかった。




