第2話 「殴打交渉権」
広大な草原の中、来矢吹殴は目を覚ました。
見慣れない光景に戸惑いながら、辺りを見回す。
北にはどこまでも続いているように見える森。
西には高く聳える山脈。
東には遠くに海が見える。
南に目を向けると、街道が見えた。
「何処だここは?」
海に落ちた時の開襟シャツとジーンズのままであるが、服はすっかり乾いている。
服を確認して、背中に目を向ける。
「あれ?」
銃で撃たれたはずの背中には、傷もなく、シャツに空いたはずの穴も元に戻っていた。
「夢……か?」
自らの頭を殴る殴。
「痛ってぇ!」
頭をさすりながら周囲を見渡す。
「うーん……夢じゃねぇとすると、死後の世界とかか? 誰かに話を聞けるといいんだけどな」
南の街道を見る殴。
「とりあえず、道がある方向へ歩いてみるか……」
しばらく歩いていると、先を走る馬車が見える。
「おっ! 馬車ってことは、人が乗ってるよな」
走り出そうとして立ち止まる。
「さすがに馬車には追いつけねぇだろ……」
その時、馬車の方から悲鳴が聞こえる。
西の山脈方向から、馬に乗った数名の男が馬車に走り寄り囲む。
「なんだ? 強盗か?」
眉を顰める殴。
軽く手足をストレッチし始める。
「どっちが悪いかは一目瞭然だし、とりあえずぶん殴ってから話を聞くか!」
馬車に向かって走り出すが、想定外の速さに戸惑う。
「な、なんだ!?」
『神速発動しました』
「あん時の空耳!」
理解するよりも早く、馬車に辿り着く殴。
突然現れた殴に目を剥いて驚く強盗達。
馬車には御者の老人が見えるが、キャビンに何人乗っているかまでは見えない。
強盗達のリーダーらしき男が声を張り上げる。
「なんだてめぇは!? 俺らの邪魔をするとタダじゃおか……ごふぅっ!」
言い終わる前に殴に殴られていた。
他に四人いた強盗達も、それぞれ何かを言う前に殴り倒される。
「よし、とりあえず殴らせてもらった。話を聞こうか!」
『殴打交渉権発動しました』
正座して並ぶ強盗達。
「お、俺達は見ての通り強盗だ。金持ちの馬車を見つけたから、襲って金目のものを奪おうと思ってた」
ため息を吐く殴。
「お前らな、そんなんで一生食ってけると思ってんのかよ?」
図星を突かれて逆上する強盗リーダー。
「うるせぇ! ガキに何がわかるってん……ごはぁっ!」
またも言い終わる前に殴られる。
「話をしろってんだよ!」
『殴打交渉権発動しました』
正座し直す強盗リーダー。
「わかった……」
馬車の方を見る殴。
「じいさん、大丈夫か?」
声をかけられた老人は、安堵した表情で殴を見る。
「わ、ワシは大丈夫ですじゃ。旦那様、お嬢様、お怪我はございませんか?」
キャビンの方を見た老人が声をかける。
キャビンからスーツ姿のオールバックの壮年の男性と、高価そうなワンピース姿の、殴と同い年くらいの少女が降りてくる。
「いや、助かったよ君。ありがとう」
壮年の男性が殴に声をかける。
「あ、ありがとうございます」
少女も恥ずかしそうに礼をする。
「無事ならよかったよ。コイツらはどうする?」
強盗達を指差す殴。
思案する壮年の男性。
「ふむ、強盗はその場で殺しても罪に問われないが、町までそう距離もないし、連れて行って衛兵に引渡すか……」
正座していた強盗達は息を吐く。
「今この場で殺されるよりはましか……わかったよ」
五人を縛り上げ、馬車に繋ぐ老人。
「走って付いてこれるくらいにはしてやるから、引き摺られんようにの!」
ニヤリと笑う老人。
「容赦ねえな、じいさん」
殴もニヤリと笑う。
「スミス、ほどほどにな」
壮年の男性からスミスと呼ばれた老人は、恭しく頭を下げる。
「かしこまりました旦那様」
「君も町へ行くのなら、乗っていくといい」
殴に声をかける壮年の男性。
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
五人の盗賊を繋いだ馬車は、町へ向かって走り出す。
キャビンの中、壮年の男性が殴に声をかける。
「町へ向かうところだったのかね?」
少女も興味深そうに殴を見る。
「いや、ついさっき草原で目覚めたとこで、ここはどこなんすかね?」
殴は素直に答える。
壮年の男性は、少し驚いた表情を見せるが、すぐに答える。
「ここはボードウィン領。今から向かうのはルーサの町だ。君は、もしかして、転移者かね?」
驚く殴。
「転移者!? やっぱりここは日本じゃねぇのか……でも、なんで転移者って?」
「この世界には、時々他の世界から転移してくる者がいてね。君もその一人だと思ったのさ」
壮年の男性は、まるで珍しいことではないように言う。
隣に座る少女も静かに頷いた。
「俺、来矢吹殴って言います。日本人です」
殴が自己紹介する。
「私はボードウィン伯爵。ボードウィン領の領主だ」
壮年の男性がそう名乗ると、隣の少女も頭を下げる。
「私はローラ・ボードウィンです」
伯爵は殴に向かい目を合わせる。
「ルーサの町に着いたら、冒険者ギルドに行くといい。君と同じ境遇の者にも出会えるかもしれん」
「ありがとうございます」
頭を下げる殴。
「何か困った事があれば、私を訪ねなさい。君は命の恩人だからね」
微笑む伯爵。
三人を乗せた馬車は、ルーサの町の門へと到着する。
御者の老人が衛兵に盗賊を引渡し、馬車は門を潜る。
「では、縁があればまた会おう。来矢吹君」
「またです!」
ローラが小さく手を振る。
「ありがとうございました!」
礼を言って歩き出す殴。
伯爵とローラは、殴の姿が見えなくなるまで見送っていた。
「さて、まずは冒険者ギルドとやらだな!」
何も当てはないが、なんとかなるだろうと思う殴だった。




