第10話「是非」
爆笑する瑛太へ、酒場中の視線が集まった。
それに気付き、瑛太は慌てて笑いを堪える。
「根岸様、何がそんなに可笑しいのですか?」
「そうだぞ、瑛太」
キャティと殴が揃って首を傾げた。
「いや、だって、殴のスキルまんまのジョブ名じゃねえか!」
その言葉に、キャティがハッとする。
「そう言われれば、検証結果通りのジョブ名ですね!」
思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
だが、当の本人だけは、いまひとつピンと来ていない。
「そうなのか? まあ、いいけどな。これからジョブってのを聞かれたら、外交士だって言えばいいんだな?」
殴が瑛太へ確認する。
「いいんじゃないか? ほぼ確実に、何だそれって聞き返されるだろうけどな」
瑛太はまだ笑いを残したまま答えた。
「来矢吹様にぴったりなジョブ名だと思いますよ」
ようやく落ち着いたキャティも微笑む。
その時だった。
三人のやり取りを聞いていた男が、酒場の席から立ち上がった。
茶髪で細身。
にやけた顔をした、いかにもお調子者といった雰囲気の男だった。
「外交士ぃー? 何だその訳の分からないジョブは! 何の役に立つってんだよ!?」
殴をからかおうと、男が近づこうとする。
だが、それよりも早く殴の姿が消えた。
『神速発動しました』
次の瞬間には、男の目の前に立っている。
そして、即座に拳を叩き込んだ。
『殴打交渉権発動しました』
「お前のような奴に、話を聞かせる事のできるジョブみたいだぜ!」
殴が笑う。
「お、おう……」
男はその場に正座した。
瑛太も男の前まで歩いていく。
「お前な、よく酒場にいるよな? 何度か見た事あるわ」
「うん……」
男は素直に頷く。
「だったら、殴に殴られた奴が、今のお前みたいになってるところを見た事あるはずだよな!? なのに、なんで絡んできた? 馬鹿なのか?」
瑛太が呆れた顔で詰め寄る。
「す、すまねえ。もう絡まねえよ」
男は正座したまま頭を下げた。
「んじゃ、もういい。席に戻れ!」
瑛太に怒鳴られ、男はすごすごと自分の席へ戻っていく。
その一連の光景を見ていた者達は、誰もが殴と瑛太から目を逸らした。
そんな中。
一人の少女だけが、二人をじっと見つめていた。
薄汚れたワンピース。
腰まで伸びた青い髪。
酒場には似つかわしくないほど、品のある顔立ちをしている。
「あの人なら……」
少女は小さく呟く。
意を決したように立ち上がり、殴と瑛太へ歩み寄った。
二人も少女に気付く。
「あ、あのっ! お願いがあります!」
少女は殴へ向かって深く頭を下げた。
「どうした? 何か困り事か?」
殴が微笑む。
「殴はこう見えて、結構情に厚いタイプだぜ?」
瑛太は、ダンジョンで出会った少女達とのやり取りを思い出しながら言った。
「こう見えては余計だが、言ってみろよ?」
殴は不満そうに瑛太をちらりと見る。
少女は俯いたまま、両手を強く握り締めた。
「……お父さんの、お父さんの敵討ちを手伝ってほしいんです!」
全力で頭を下げる少女の肩は、僅かに震えていた。
「いいぜ!」
殴は迷うことなく、にかっと笑った。
瑛太は、言うと思ったという顔で殴を見る。
「来矢吹様、復讐に手を貸すのは……」
キャティが心配そうな表情を浮かべる。
「罪になんのか?」
殴が首を傾げる。
「いえ、そうではありませんが……復讐は、さらなる復讐を生む結果になるかと……」
「人間、そんな綺麗事だけで生きていけねぇよ。今のこの子にとっちゃ、それが全てなんだろ」
殴は真剣な表情でキャティを見た。
「キャティさん、悪いが俺も殴と同じ意見だ」
瑛太も少し申し訳なさそうな顔で続ける。
キャティに嫌われたくないのだろう。
「分かりました。私はもう何も言いません」
キャティは諦めたように息を吐いた。
「さあ、詳しい話は飯でも食いながら聞かせてもらおうか。瑛太、美味い飯屋知ってるか?」
「おう、任せろ!」
殴と瑛太は少女を連れ、冒険者ギルドを出た。
しばらく歩いたところで、小綺麗な食堂の前に辿り着く。
「ここは結構安くて美味いんだぜ。俺のお勧めだ」
瑛太が自慢げに店を紹介する。
看板には『黄金の豚亭』と書かれていた。
「いい感じだな! けど、可愛い店員目当てとかじゃねぇよな?」
殴が揶揄うように笑う。
「俺はキャティさん一筋だよ! そんな事より、店入ろうぜ。えっと……そういや名前聞いてなかったね?」
瑛太が少女へ声を掛ける。
「あ、ケイトです……」
少女は小さな声で名乗った。
三人は店へ入り、テーブルを囲む。
程なくして、店の女将らしい恰幅のいい中年女性が水を持ってきた。
「瑛太、今日は友達連れかい?」
「俺の相棒だよ、女将さん。適当にじゃんじゃん持ってきてくれ!」
「あいよ!」
女将はにっこり笑い、厨房へ戻っていった。
そのやり取りを見て、殴が笑う。
「本当に常連なんだな」
「嘘は言わねえよ」
瑛太がにやりとする。
そうしているうちに、女将が料理を次々と運んできた。
肉料理。
煮込み料理。
焼きたてのパン。
テーブルの上が、あっという間に料理で埋め尽くされる。
その量を見て、ケイトは呆然とした。
「こ、こんなにいっぱい……」
思わず喉が鳴る。
「さあ、食おうぜ! 話は食ってからだ!」
殴が笑う。
瑛太はその言葉に込められた真意を察した。
何も言わずに微笑み、料理へ手を伸ばした。




