第11話「厚顔」
食事を終えた三人は、コーヒーを飲みながら向かい合っていた。
「さて、話を聞かせてくれるかな?」
瑛太が優しく問いかける。
「お父さんは、腕のいい鍛冶師でした。私はお父さんと二人暮らしで、あまり構ってはもらえませんでしたけど、真剣に仕事に向き合うお父さんを見るのが好きでした」
ケイトが静かに身の上を話し始める。
「ケイトにとっては、いいお父さんだったんだな」
殴が微笑む。
「はい。お客さんからの信頼も厚く、私にも優しいお父さんでした。でも、ある日、お父さんは一本の剣を完成させました。お父さんはその剣を、人生最高の剣だと言ってました」
「ここまで聞いてて、人に恨みを買うような人には思えないんだが……」
瑛太が首を傾げる。
「お父さんの剣の噂は町中に広まり、国王陛下に献上するという話まで、領主様からいただいていました。でも、お父さんは殺されて、剣は奪われてしまったんです!」
ケイトは俯き、身体を震わせた。
「犯人は? 分かってるから、俺に頼んできたんだろ?」
殴が尋ねる。
「しかも、分かってるけど捕まってない。ケイトだけが知ってるって事だね?」
瑛太が続ける。
「お父さんが殺された夜、私は見たんです。お父さんの剣を持って窓から逃げ出す、左腕に火傷の痕がある男を! もちろん衛兵には、その事を伝えました。でも、いまだにその男は捕まってません」
ケイトの声は怒りで震えていた。
「顔は見てないのか?」
殴が当然の疑問を口にする。
「暗かったので、顔は見えませんでした。でも、部屋に差した月明かりが男の左腕を照らしたので、火傷の痕が見えたんです」
ケイトの目には確信が宿っている。
「その男の目星は付いてるのか?」
殴が尋ねる。
「明らかに怪しい男がいます。町外れで鍛冶屋を営んでいる男なんですけど、お父さんが殺されてから二、三日後に、家を買い取って私を養女にしたいと言ってきました。断ると次の日から、家の前にゴミが捨てられたり、空き巣が入って家の中を荒らされたりしました」
ケイトは嫌悪感を露わにした。
「それは黒だろ」
殴が断言する。
「問題は、その男の目的だな。恐らくは、ケイトのお父さんの剣のレシピが目的だと思う。お父さんは、そういうのを遺してなかった?」
瑛太が推理を深める。
「技術的な事を書き留めていたノートは遺していたので、肌身離さず持っています」
ケイトは一冊のノートをテーブルの上に置いた。
「そのノートはケイトが持っていてくれ。今は中身は重要じゃないしね。それで、その男に探りは入れたのかい?」
「いえ。養女にならないのなら、お前と話す事はないと突っぱねられて……だから、殴さんの力を借りようと思ったんです」
「そういう事か……」
瑛太も、ケイトが殴を頼った理由に納得する。
「んじゃ、そいつん家行くか!」
殴が立ち上がった。
「今からですか?」
ケイトが驚く。
「そうだな。いつまでもケイトに怖い思いさせられないしな」
瑛太も頷き、立ち上がる。
「分かりました。ご案内します!」
ケイトも立ち上がり、先頭に立った。
三人は黄金の豚亭を出ると、ケイトの案内で町外れの鍛冶屋へ向かう。
三十分弱ほど歩いたところに、その鍛冶屋はあった。
日が沈みかけた時間帯だったが、建物の中には明かりが灯っている。
「在宅のようだな。ケイト、呼んでもらえるかな?」
瑛太が促す。
「はい」
ケイトは鍛冶屋の木製の扉を三度ノックした。
「ギダルさん、ケイトです!」
扉越しに声をかける。
「おお? 何の用だ?」
中から男の声が聞こえ、扉が開いた。
現れたギダルと呼ばれた男は、神経質そうな顔をしていた。
しかし、その身体つきは鍛冶屋らしく逞しく、顔には濃い髭を蓄えている。
「なんだ、ようやく養女になる気になったか? ……ん? その二人は誰だ?」
にやけた顔でケイトを見ていたギダルは、殴と瑛太に気付き、表情を強張らせた。
「そんな事より、お父さんが殺された日の夜、何をしていたか教えてください!」
ケイトがギダルを睨む。
「そんな話は聞く耳持たねー……よぶはあっ!?」
言い終わる前に、殴の拳がギダルの顔面へめり込んだ。
「ちゃんと話聞けやっ!」
『殴打交渉権発動しました』
ギダルは鍛冶屋の中へ吹き飛ばされ、その場に正座した。
「分かった……」
大人しくなるギダル。
「ケイト、これでちゃんと話せるようになったけど、その前に、お父さんの剣を探してみるといい」
瑛太が微笑む。
「おお、瑛太、頭いいな!」
殴が感心する。
ケイトは頷き、鍛冶屋の奥へ駆けていった。
ギダルは、まだ誰からも話しかけられていないため、正座したまま動かない。
数分後。
ケイトが長い箱を抱えて戻ってきた。
「見つけました! 箱に入れて、ベッドの下に隠してありました!」
箱を掲げる。
「エロ本みたいな隠し方しやがって」
殴が笑う。
「エロ本?」
ケイトが首を傾げる。
「流していいからね。さて、ケイト、どうする?」
瑛太が話を戻す。
「え? 色々聞きたい事はあります」
ケイトはギダルを睨んだ。
「証拠は出てきた。もう間違いないだろう。ここから話を聞いても、胸糞悪い話しか聞けないと思うけど、今ならこいつに話させる事なく、復讐を果たせるよ?」
瑛太はアイテムボックスからレイピアを取り出し、ケイトへ差し出した。
ケイトはレイピアを握り締める。
その手は震えていた。
「でも、私は聞きたいです。何故、お父さんが殺されなきゃいけないのか……」
ケイトがギダルの前へ回り込む。
万が一を警戒し、殴はギダルの後ろへ回り、瑛太は横に立った。
「ギダルさん、左腕の袖を捲ってもらえませんか?」
ケイトが話しかける。
「なんでそんな事しなきゃいけねえん……だばっ!?」
片膝を立て、立ち上がろうとしたギダルの頭上から、殴の拳が落ちた。
『殴打交渉権発動しました』
「話をしろやっ!」
殴が怒鳴る。
「分かった……」
ギダルは再び正座へ戻った。
静かになったギダルの左腕の袖を、ケイトが捲る。
そこには、確かに火傷の痕があった。
「これで確定だな。もう殺っちまっていいんじゃねぇか?」
殴が迷いなく言う。
「なあ、このままだと永遠に殴に殴られ続けるか、動きが止まった瞬間にケイトに殺される事になるが、どうするよ?」
瑛太がギダルを詰める。
「わ、分かった。ちゃんと話す」
ギダルは観念した。
「なんでお父さんを殺したの!?」
ケイトがレイピアを突きつける。
「俺は悪くない! 悪いのは、こいつの親父だ! だってそうだろ! 元々、鍛冶師として俺と大して変わらない腕だったのに、たまたま名剣を拵えただけで脚光を浴びるなんて、許せないだろ!」
ギダルは悪びれる事なく捲し立てた。
「は……?」
ケイトには理解できなかった。
「だから、剣とレシピを盗んでやろうとしたら、抵抗するんで殺してやったんだよ!」
自分が正しいとばかりに主張する。
「やっぱり胸糞悪い話だったな……」
瑛太が苦い顔をする。
「お父さんを、お父さんを返して!!」
ケイトはレイピアを振り上げた。
「ま、待て! 全部話したじゃねえか!」
そう言いながら、ギダルは手を背後へ回し、腰のナイフを握る。
その手を前へ突き出そうとした瞬間。
殴の拳が落ちた。
『殴打交渉権発動しました』
ギダルはナイフを手放し、俯いた。
「さあ、もう抵抗される事なく復讐を達成できるよ?」
瑛太がケイトへ問いかける。
ケイトはレイピアを振り上げたまま、ギダルを睨み続けた。
やがて、その手をゆっくりと下ろす。
大きく息を吐いた。
「なんか、馬鹿らしくなりました」
ケイトは泣きながら笑った。
「そうか。それなら、どうする?」
瑛太が微笑む。
殴も笑っていた。
「衛兵の詰所まで連れて行くのを、手伝ってもらえませんか?」
ケイトが二人へ頼む。
「もちろん! 殴、頼む!」
瑛太が振り返る。
「あいよ」
殴はギダルを肩口へ担ぎ上げた。
三人は、そのまま衛兵の詰所へ向かって歩き出す。
ケイトの表情は、晴れやかだった。




