FILE.7 お嬢様と祝宴
小説部の部室に携帯電話のが鳴り響く。
「うるさい」
そう、無口に言った男の名は青野優紀。彼は小説部の高校一年生だ。
「はいはいごめんなさい」
慌てて電話にでたのは同じく高校一年生の小林美月。
「はい。小林です」
「美月、だよね?」
電話の相手は尋ねる。
「そうですけど……」
彼女は突然自分の名前を呼ばれたことに驚いているようだ。
「忘れちゃったの?」
その声を聞いて美月は思い出したような顔をした。
「え? 待って、この声は……」
美月の顔に笑みが溢れてきた。
「碧、でしょ?」
確かめてはいるが、その声と表情は電話の相手を確信したようであった。電話の相手は、彼女の旧友、如月碧であった。
「え、ねえ、なんで? なんで碧が電話を?」
「実はね、今度、私の知り合いを集めてパーティーを開こうと思うんだけど、美月も来ない? 友達連れてきていいからさ」
彼女の弾んだ声を聞くと、嬉しそうな表情が目に見えてくる。美月は、1語1語を丁寧に紡いでいく。
「え、いいの? 喜んでいくよ」
「そう。それは嬉しいわ。久しぶりに会えるわね。何年ぶりかしら」
「最後にあったのが……確か、小学三年生の時だったから、かれこれ七年ぶりかしら」
「ほんと、"久しぶり"ね」
会話が弾む。二人は電話越しの再開が余程嬉しいのだろう。しかし、このような至福の時間はそう長く続くものではない。すぐに邪魔が入った。
「ここ、校内だよ。携帯電話の使用は禁止なんだけど」
いつの間にか美月のとなりに青野がいる。
「え、あ、ああ。そうね」
美月は空気を読めとでも言いたげな顔をしたが、すぐに電話に戻った。
「ねえ、誰? 今の」
碧が不思議そうにきいてきた。
「あ、わ、私のクラスメイトよ」
「もしかして、彼氏、だったりする?」
慌てて返した美月にいたずらそうな声で追及する。
「へ?な、なわけないでしょ!」
「だよね~。ふふっ」
怒った美月にそう笑いかけ、碧は
「じゃあ、待ってるよ。あ、そうそう、彼氏クンも連れてきていいからね」
と言って電話をきった。
「もう、彼氏じゃないっていってるのに……」
「誰が?」
「へ?あ、な、なんでもないから。うんなんでもない、多分なんでもない」
張本人が隣でとぼけた顔をしてまじまじと顔を見つめてくるので美月は慌ててしまった。
「変なの。で、話の成り行き的に僕も行ってもいいのかな?」
「いや来なくていいし」
「なんで?」
「いやだからほんとに来なくていいから」
「やっぱり変なやつ」
(鈍感なのか鋭いんだか全くもって意味わかんないわ)
美月は心のなかでそう悪態をついたが、それを見事に表情へと出さず、
「き、来たいなら、来ればいいわよ」
と言ってしまった。これが全てを狂わす始まりになるとも知らずに……。
◇
「結局、青野君も来ちゃったね」
美月が残念そうに青野の方をちらと見た。
「なにそれ」
青野が意味がわからないというように首を傾げた。
二人は――厳密に言うともう一人いるのだが――都心から少し離れた埼玉県のとある市にいる。この町にあるのが如月邸なのである。そして、そこに住んでいるのが美月の友人、如月碧だ。
「でも、そんな金持ちの家に私なんかが行ってもいいのかしら?」
不安そうにきいた彼女の名前は久田風美。北次学園高校三年生で小説部の部長だ。彼女は、青野と二人きりで行きたくなかった美月に誘われたのである。もちろん、美月がそんなことを先輩に言うわけもないのだが。
彼らは駅の前をうろうろしてたが、目当てのバスが見つかりそれに乗り込んだ。
「それで、そのお嬢様とあなたはどういう関係なの?」
バスに揺られながら風美が美月に話しかける。
「私、小さい頃にこの町に住んでいたんです。四歳くらいの時かな?それで……」
懐かしそうな目をしながら、美月は話し始めた。
「幼稚園の帰りに、友達と探険とか言って家の周りをうろちょろしてたんです。もちろん、親の目を盗んでですけど。いつもばれて散々叱られましたけどね。あの日も私は遊んでました。でも、その頃になるともう遊び尽くしてつまらなくなっちゃって。それで、あの豪邸に入り込もうと思ったんです。友達には止められましたけど、私は一人で入っていきました。見ればわかると思うんですけど、池があったり、まあとにかく広い庭なんです。それで、広い庭をこそこそ歩いてたら、そこで碧と会ったんです」
久野は美月の思い出話に耳を傾けていた。一方の青野は上の空で窓の外を見ている。
「それで、どうしたの?」
久田が続きを急かした。
「あ、それでですね。碧が……あ、いけない。次のバス停で降りなきゃ!」
美月は電光掲示板を見てそう言い、
「では、続きはまた今度ですね」
と先輩の方を見た。
「そうね」
久田も頷く。
三人はバスを降り、美月を先頭にして歩いた。
豪邸には直ぐに着いた。
「うっ」
それを見て、久田と青野は思わず息を飲んだ。
「そ、想像していたより」
「遥かに大きいわね」
美月が当たり前でしょと言ったような顔をし、
「じゃあ、入るわよ」
とインターホンを押した。
「はーい。あ、美月?」
声の主はスタンバイをしていたかのように直ぐに出てきて、
「じゃ、早く来てね」
と言って切った。
「なにボーッとしてるんですか!行きますよ!」
美月は久田と青野を急かした。
二人は我に帰り、中に入った。中といっても、門をくぐっただけで、家までは広い庭が続いている。
二人は一歩一歩を踏みしめるようにして、ゆっくりと歩いていった。
美月は扉を開ける。すると、直ぐに中から人が出てきた。
「如月邸へようこそ! 待っていたわよ!」
彼女の声は明るく、はきはきしていたが、どこか影があるようでもあった。
が、青野たちはその明るさに気を奪われ、そんなことに気がつく余地もない。
「久しぶりね、碧。紹介するわ。こちらが私の友人の青野優紀君」
美月が青野たちを紹介する。
「ああ、例の彼氏クンね」
碧はいたずらっぽい目付きで美月を見る。
「だーかーらー!」
美月は必死に抵抗するが、その甲斐もなく、
「あなたたちって、そういう関係だったっけ」
と久田先輩に問いただされる羽目となった。
「いやだから、じ、ジョークよ!そう、そうなんです。先輩」
額には汗が垂れている。が、当の青野は特に気にする様子も見せずに館の中を見回している。
「あれは……ラジコンカーですよね?」
近くのショーケースを指差して青野はきいた。
「ええ。最近はまっているの。何しろ休日は広い館で何にもすることないんだもの。広いから走らせ放題よ」
「へえ、そんな趣味があったんだ。知らなかったよ」
美月が頷いた。
久田の方は、癖のあるこのお嬢様に不思議そうな目付きを向けた。
「お嬢様って、思ったよりもなんかあれね」
久田が青野にそっと耳打ちをする。
「ええ。そうですねえ」
青野は深々と頷いた。
「じゃあ、美月と話をしたいのは山々なんだけど、ちょっとしなくちゃいけないことがあるからあとでね。志津野さん、こちらの方々を連れていってくださる?」
「かしこまりました。では、こちらです」
お嬢様に頼まれて青野たちを案内しているのが碧の執事の志津野庸二だ。彼に連れられて青野たちは2階の食堂まで行った。
◇
食堂は大きな階段の前にある。既に中に人がいるようで、入るときにこちらを見てきた。
「み、みんな凄そうな人ね」
風美の眉がひきつっている。
一番前にいる女性がこちらに軽く会釈をして、
「こんにちは。私は金山佑子です。金融会社の社長をしております。碧お嬢様のお母様と面識がありまして、この会に招待していただきました」
と自己紹介した。
「こちらこそこんにちは。私は碧の友人の小林美月、高校一年生です。今日は友達二人を連れて来ました」
「高校生か。そう……」
そう言って彼女は目を反らした。
「え?どうかしました?」
美月がきいた。
「彼女、3年前にお子さんをなくしてね。ちょうど君と同じ高校一年生だったんだよ」
近くに座っている男がそれに答える。
青野の笑みは時に不気味に見えるかも知れない。その視線は、相手の心を抉りとるような、そんな感じがした。
「亡くなったんですか。娘さん」
青野の声にも独特の鋭さが秘められている。周りの人の視線が青野に集まった。やがて、金山がやれやれといったように目を上げて、口を開いた。
「ええ。自分の部屋で首をつってね。前にストーカーにつけられてるって相談されたから、それが原因じゃないかしら」
「自殺、か」
青野は呟くようにそう言った。
「ところで、金山さんの娘さんの事をご存じだったあなたは誰ですか?」
「え?あ、ああ。私は七川電機の副社長、木平伝三だ」
木平はいきなり青野に尋ねられて少しびくりとしたようだった。
「金融会社の社長に、一流企業の副社長、流石お嬢様ね」
風美は内心呆れ始めているが、それを顔に出すこともなく、そっと微笑んだ。
すると、奥で酒を飲んでいた男がこちらへ歩み寄ってきた。男は高そうな宝石がついた指輪をしている。
「はあ、ストーカーねえ。あのさ、自殺なんて下らない話をするんだったらもっと明るい話をしようぜ。折角のパーティーなんだからさ」
「下らないって? 何言ってんのよ、名鋤さん! 私の娘が死んだ事がそんなに面白いの!?」
金山がヒステリックになって襲いかかる。
「いや、別にそんな訳じゃないさ。ただ……なんていうの? そんな話題さっさとやめようってこと。可愛い女の子がたくさんいるんだし」
「は?」
金山は名鋤を睨み付け、
「ちょっと気分が悪くなったわ。庭に行ってきます」
と言って食堂を出ていった。
「おっと、申し遅れたね。碧ちゃんのお父さんの友人、名鋤乙信。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
美月と風美は先の事もあって少しひいている。
「木平さん、ちょっと一服しにいかないかい? 話したいことがあるんだ」
名鋤は煙草をすう真似をした。
「あ、ああ。いいとも」
二人はそう言って食堂を出ていった。
「あのー皆様、珈琲をお淹れましょうか」
入れ替わるようにして、後ろから志津野が声をかける。
「あ、お願いします」
「ミルクとお砂糖は?」
「ええっと……私はどちらもお願いします。久田先輩は?」
「そうね。私は砂糖だけで充分かな?」
「僕はブラックで」
青野が無愛想にそう言った。
「かしこまりました」
志津野が食堂を立つと、風美が青野と美月の方を向いた。
「なんか、どろどろしてたわね」
「ええ、そうですね」
美月も頷いた。
が、青野は上の空で食堂の入り口を見つめている。
珈琲がくるまでの間、美月と風美は他愛もない話をしていた。青野は時々適当に相槌を打ちながらも、実際にはさっきから何か考えているようだった。
「それにしても、執事さん遅いね」
風美がふいにそう言った。
「確かに、遅いですね。何かあったのかしら」
食堂を出てからもう少しで10分になる。
すると、志津野がカップをを3つのせたお盆を持ってきた。中には淹れたてのように見える珈琲が入っている。珈琲からはまだ湯気がたっており、いい香りがこちらまでしてくるようだった。
「大変お待たせしました。珈琲をお持ちして参りました」
そう言って珈琲を青野たちの前に置いた。
「おいしい」
一口飲んだ美月が呟く。
「ほんとだ」
風美も目を見開いて驚いているようであった。
「どうやって淹れたのですか?」
青野がたずねた。こういうときは興味がいかにもあるというような表情をするのだ。
志津野はいたずらに微笑んだ。
「ふふっ。知りたいですか?」
「お願いします」
「ちょっとお待ちください」
そう言って志津野は再び食堂をたち、直ぐに戻ってきた。今度はワゴンをひいている。ワゴンの上には何やら器具が置いてある。
「なんですか?これ」
美月が不思議そうな目でたずねる。
「なるほど、サイフォンですね」
青野が志津野を見た。
「ええ。その通りです。これでおいしい珈琲を淹れることができるんですよ」
「うーん、丸底フラスコの下にアルコールランプが置いてあって、フラスコの上に上が空いた容器がついてる感じかな?」
「まあ、大体あってるかな」
青野が頷いた。
「このフラスコにお湯を入れてアルコールランプで熱し、沸騰したら上の器具をつけ、お湯がロートから完全に上ってきたらよくかき混ぜ、ランプの火を消せば、おいしく均一な珈琲が作れるというわけです」
美月たちは話に聞き入っている。
「いれるのに時間がかかったのはこの為なんですね」
風美が感心するように言った。
「まあ、珈琲がおいしいのは豆が良いってこともあるようですがね」
青野は一口飲んで目を上げた。
「流石、お目が高いですね」
執事の誉め言葉に思いの外気を良くしたのか、青野は微笑んだ。その笑顔が美月たちには不審に映ったようだが。
「それにしても、さっきの人達、ほんとに何だったのかしらね」
風美が真面目な顔をした。
「さっき金山さんが言ってた子、私、会ったことがあるような気がするのよね」
美月が思い出したように言った。
「金山さんは、たった一人のお子さんを亡くしてからは気を煩っておられたようで」
志津野が口を挟む。
「僕はよくわかんないけど。でも、ただひとつ言えることは」
青野がふっと下を見てからまた顔を上げた。青野の目はいっそう鋭さを増している。
「ただひとつ言えることは、今回招待された人達には接点があると思うよ。3年前の自殺というね」
次回
お嬢様と密室
Next hint
・自殺
*作者からひとこと*
ようやく真面目に(?)書き始めたところです。といっても試験中なので当分あげられそうにないですけど。気長にお待ちください。




