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探偵青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE11 奥様は叙述トリックがお好き?
44/62

FILE.43 もう一人のアシスタント

・行原華代(49)

 被害者。花瓶で後頭部を殴られ撲殺される。

 今庄雪華の名前で作家活動を行っていた。

・瀬塚近政(24)

 今庄(行原)のアシスタント。青野から犯人として目を付けられる。



【注】話の分量の都合上、前話に新しく文章が追加されました。そちらからお読みください。

「ソ、ソファ?」

 青野の急な発言についていけなかったのか、小西が単語を反復する。

「ええ、高級そうなソファでしたよ。もっと座りたかったくらいです。瀬塚さんも、死体があった書斎なんかじゃなくて、あそこに連れてってくれればよかったのに……」

 青野は口をとがらせる。その言葉に、瀬塚近政せつかちかまさが目を僅かに見開いた。

「そういえば、この部屋って勉強机と椅子が1つずつあるだけですよね。普通人を招くなら、ここよりも椅子が多く置いてある応接室とかに案内しません?」

 青野のさりげない追求に、しどろもどろになりながら瀬塚が答える。

「そ、それは、いつも先生が作業している部屋で待ってもらっていた方がいいかなーって思っただけですよ」

「あ、そうですか。僕はてっきり、遺体を発見してくれる目撃者が欲しかったんだと思いましたよ」

 急に鋭くなった青野の声に威圧されたように、瀬塚は壁の方へ後ずさった。

「い、いやだなー。変な冗談は止してくれよ。それに僕は……」

「僕は?」

「い、いや、なんでもないさ」

 慌てたように口を噤む瀬塚。と、そこへ、権田の部下が駆け寄ってきた。手には透明の袋が握られていて、その中には小さな黒い物体が入れられている。

「警部、先程調べた本棚に隠されていた物を調べた結果、盗聴機だということがわかりました」

「なに? ということは、犯行の瞬間が録られている可能性も考えられるな。小西くん、すぐに調べなさい」

「はい」

 警部に言われて、小西はその刑事から袋を受けとると、部屋を出ていった。どうやら、持ち歩いているノートPCに差し込んで音を聴くらしい。

 そのやり取りを見ていた瀬塚の口元が、ニヤリとつり上げられた。その表情を見て、青野は眉を寄せる。その表情には、自分にとって不利に働くかもしれないのに笑みを浮かべている瀬塚に対する不信感とともに、自分の確信が崩されるのではないかという不安が僅かながら含まれていた。

「瀬塚さん、少しお話を伺ってもよろしいですか?」

 黙りこくった青野の代わりに、権田が瀬塚に声を掛けた。

「なんでしょう」瀬塚は気前よく応じる。

「あなたが遺体の第一発見者という事でしたが、それについて、こちらで聴取を行いたいのです」

 いいですか? と問う権田に、もちろんと頷く瀬塚。彼は少し思い出すような素振りを見せながら、ぽつぽつと話し始めた。

「まず、今日僕は一度先生に会っています。時間は――だいたい12時頃でしょうか。次に作る予定の作品について話し合いをしていました。ここを発ったのは1時過ぎで、それから一人でカラオケに行っていました」

「よく行かれるんですか?」

 権田の問いに「ええ」と頷く。

「週に一回くらいのペースで。ストレス発散になるんですよ。先生、凄く厳しいですから」

 そうして苦笑いをしてから、何かに気が付いたように「あ!」と声をあげて、

「だからって、殺そうだなんて思ったりしませんよ? 先生はとても厳しいですけど、僕のことを思って指導してくださっていますから」

と弁明した。

「話がそれましたね。で、僕は、そうですね……4時頃だったかな。それくらいまでカラオケにいました。で、カラオケボックスを出るときに青野君に会って、僕がここへ誘ったんです」

「またなんで? 確か今庄雪華こんしょうせつかという小説家は正体を伏せて活動していたのでは……」

 権田は疑問点を率直に伝える。そのことについて尋ねられることを瀬塚は分かっていたようで、何の造作もなくさらりと答えた。

「最近、アシスタントが僕一人じゃ回らないという話になっていて、新しい人が欲しかったんです。それで、カラオケの前にわざとらしく本を落として、拾ってくれた人を手当たり次第に誘っていたんですよ。それが青野君だったという訳で」

 瀬塚にちらりと見られて、青野は首を縦に振った。

「あ、僕からも質問していいですか?」

「いいよ」

 青野の頼みを、瀬塚は快く飲む。

「事件とは関係ないかもしれないんですけど……。何で行原華代ゆきはらはなよさんは“今庄雪華”というペンネームを使っていたのでしょうか」

「ああ、そんなことか。行原の『ゆき』と華代の『華』を組み合わせて、読み方を変えると、雪華になるだろう?」

「でも、今庄の方は何でなんでしょう」

「さあ……。僕も三年前に先生のもとへ来たから、そこらへんは詳しくは分からないな……」

 「ごめんね」と肩をすくめた瀬塚を、青野はじっと見つめていた。そんな彼の脇で、権田がオホンと大きく咳払いをする。

「あー、警察からの質問はまだ終わっていないんだが」

「まだ何か?」

「この部屋から何か盗まれたものはありませんか?」

 権田は盗難の線も視野に入れて捜査を進めているらしい。彼は割と大きい手には不釣り合いな小さな手帳を手に持って尋ねる。

「そうですね……。特に何も盗まれていないと思いますよ。ほら、ここに先生の大事なネタ帳が残っていますし」

 瀬塚は机の隅に置かれていた茶色い皮の手帳を指さして言った。

「ネタ帳ですか。ちょっと拝見します」

 パラパラとページを捲ってみる権田に、瀬塚が補足するように話す。

「このネタ帳は、先生が肌身離さず持っている貴重なものなんです。今までに作ってきた作品のプロットだったりが詰まっていますので。先生は何かあるとすぐにメモをする習慣を付けているみたいですよ」

「なるほど……。一番新しいページに書かれている『聖者の懲罰』というのが、そのプロットの一つという事か」

「確かこれって、今庄先生の最新作でしたよね! つい先日発売された! 僕も並んで……って、さっき言いましたね」

 その場に、それまで無かった声色が入り込む。それは、今まで盗聴器の中身を調べていた小西の物だった。彼は片手に小型のノートPCを持っている。

「なんだ、戻ってきたのか」

 少し驚いた権田が、ぶっきらぼうに言う。と、先ほどまでまた熱くなりかけていた小西は自分が戻ってきた理由を思い出したらしく、パソコンを前に出しながら口を開いた。

「ああ警部、犯行の瞬間が見つかったんですよ!」

 青野の心の内に、早く見つかったことに対する不安感が芽生えてくる。そんな彼の心のうちなど露知らず、権田はパソコンと小西を交互に見ながら言った。

「犯人の痕跡は?」

「それが、被害者が一方的に喋っていて……」

「ちょっと見せてください!」

 青野は言うなり、扉の前にたっていた小西に突き飛ばさんばかりの勢いで掴みかかった。

「これが再生ボタンですね?」

 確認して、三角のマークをクリックする。皆がその音声をじっと聞く。


《あなたの書く文章なんて、物語ストーリーから表現まで何一つなっていないのよ。はっきり言って書くだけムダなの。

 やっぱり、私が書かないとダメなのかしらね?》


「この声は、被害者の物ですか?」

 小西が瀬塚に確認する。瀬塚は頷いて、

「ええ。先生の声です」


《本当の小説が何かを見せてあげるわ。ちょっと待っていなさい。私が前に書いたものを出して見せるから》


「足音が聞こえるな。此方に歩いてきてるのか?」

「みたいですね」

 権田の言葉に青野が同調した。


《あ、私とあなたの立場は分かっているわよね? あなたは私のいうようにしていればそれでいいんだから、変なことを考えないで頂戴よ?》


「な、なんだこれは! まるで脅迫じゃないか!」

 権田は驚きのあまり口をポカンと開けていた。

「そうなんですよ。ですので、動機はここにあるんじゃないかと」

「で、このタイミングで被害者は撲殺されたってわけですね。呻き声が聞こえますし」

「となると、一番怪しいのは、被害者のアシスタントを務めていると言っていた瀬塚さん、あなたということになりますな」

 権田は黙って話を聞いていた瀬塚をきっと睨み付けて言った。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんなことで犯人扱いなんて……。

 そ、そうだ。アリバイですよ。さっきも言ったように、僕には1時半から4時までカラオケボックスにいたというアリバイがあるじゃないですか。行原先生の死亡推定時刻と重ねれば、僕が犯人かそうじゃないかなんて、すぐにわかるでしょう! 僕を疑うのなら、それからにしていただけませんか!」

 顔を歪めて必死に弁明する瀬塚。権田は訝しげな視線を向けながら、後ろにいる小西に尋ねる。

「で、被害者の死亡推定時刻はいつごろなんだね?」

「ええ。日野さんの報告によると、今日の午後1時から午後2時の間だそうです」

「つまり、1時半から4時までカラオケボックスにいたと言っていたあなたなら、ギリギリ被害者を殺害することができるのではないですか?」

 権田は瀬塚に詰め寄る。瀬塚は額から汗をたらたらと流してたじろいだ。

「ちょっと待ってください!」

「なんだ?」

 不意に小西が大きな声をあげた。権田が振り返って彼をじっと見る。その表情に一瞬びくついた小西は、言い訳めいた口調で捲し立てる。

「この盗聴機に付いていた時計によると、被害者が撲殺されたのが丁度2時くらいです。つまり、1時半からカラオケボックスにいたという瀬塚さんにはこの犯行は不可能ですよ」

 小西の報告に、権田は瀬塚から少し離れて「そうか」と頷いた。その横で、青野はじっと顔を伏せていた。

(くそっ! やっぱりそうだ。この人の目論みはこれだったんだ。犯人はこの人に間違いないのに、アリバイがあるんじゃあ立証することができない……)

 彼は俯いたまま下唇を軽く噛む。それから、ふと本棚の方へ目をやった。

「小西刑事、ちょっといいですか?」

「え、なんだい?」

 青野は小西のスーツの袖を引っ張って本棚の方へ連れていくと、ひっそりと耳打ちをする。

「その盗聴機、本棚から見つかったんですよね。それって、あの埃の跡がついている所からですか?」

「うん。あの上にひっそりと置いてあったんだ。まるで見つけてくださいと言わんばかりにね」

 それを聞くと、青野はじっくりとその跡を眺め、それからパソコンにささっている盗聴機とそれを見比べた。十秒ほど睨んだ後、彼はぼそりと声を漏らす。

「大きい……」

「え?」

 小西が聞き返すが、青野は黙ったまま唸り続ける。しばらくして、青野は小西の肩を軽く叩くと、再び耳打ちをした。

「あの盗聴機って、どれくらい録音されていましたか?」

 それに対し、小西は天井を見上げて少し考えてから、

「犯行が行われる50分くらい前だから、だいたい1時10分あたりからかな?」

「じゃあ、盗聴機はその時に仕掛けられたとするのが妥当ですよね?」

 小西はそうだねと頷く。

「ありがとうございます。今のところはこれくらいで……」

 礼を言いかけた青野の声を、他の声が遮る。その声の主は、青野が疑っている瀬塚だ。

「あのー、刑事さんたち。こうは考えられませんか? 実は今庄先生には僕の他にももう一人アシスタントがいて、そいつがその盗聴機を仕掛けたと。んで、先生との重要な会話を録音して、保険にしておこうと思ったが、かっとなって殺してしまった……。いちおう筋は通っていますよね?」

 念を押すように言われて、「え、ええ」と曖昧な返事をする権田。それから直ぐに彼は、疑問点を口にする。

「でも、それならここに盗聴機が残っているのは不自然では? 私だったら、持ち去ってしまいますが……」

「犯人はよほど慌てていたのでしょう。それで、うっかり持って帰るのを忘れてしまった。こんな感じじゃないでしょうか」

「な、なるほど……」

 瀬塚は権田の反論を素早く切り返す。その顔には、我ながら良い考えだと自賛しているような表情に混じって、上手くことが進んでいることに対する安堵感があるように見えた。

 そして彼は、無実を証明するための最後の一押しをする。

「では警部さん、アリバイがあって犯行が不可能な私をこれ以上置いておかないで、早く解放してくださいよ。どうせ犯人はそのドジなアシスタントなんですから」

「それは、もう少しお待ち願えますかな? 今部下が裏付けを取りに行っていますので」

 瀬塚は「仕方ないですね」と言って笑みを浮かべた。

 一方、青野は今の話を聞かずに小西に話し掛けていた。

「小西刑事、盗聴機の方をもう少し調べても構いませんか?」

「ああ、いいよ」

 彼は青野のお願いを快諾する。青野は軽く礼をすると、パソコンの音声ファイルをもう一度流した。

 早送りで犯行の瞬間の近くまで飛ばして、そこから聞く。30秒ほどなにもない時間が続いたが、不意に女の声が入って、先程の会話が続いた。

「その後は特になにもなし、か……。次はもうちょいあとの、遺体発見時のところ、と」

 二時間ほどの時間を数秒で飛ばして目的の場所にたどり着く。

 やはり最初は静かだったが、急に扉を開ける音がすると、瀬塚の声が聞こえてきた。近づいているためか、次第に声が大きくなる。そして、彼自信の声もすぐに聞こえてきた。

「んー、ちゃんと入っているか……。本体への偽装はなかったとみていいのか……あっ!」

 青野は何かに気がついたように――実際、気が付いているようだが――目を開いた。

「そうか、あれをすれば……」

 そこに、権田の部下の声が割り込んできた。

「警部、カラオケボックスの店員に聞いたところ、瀬塚のアリバイの裏がとれました!」

「ほら、やっぱり僕には不可能でしたね」

 瀬塚は権田と小西、それから青野の方を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。その表情を無視して、刑事は話を続ける。

「それと、この家の応接室にある箪笥の引き出しの中から、大量の盗聴機が見つかったそうです。全て種類が違っていて、かつ未使用だとか」

 その話に、考え込んでいた青野が顔をあげた。彼の目付きは、いよいよ鋭さを増してきて、最高潮に達する勢いだ。

 と、そこで瀬塚が、口を開いて荒げた声を発した。

「もういいでしょう? 早く僕を帰して……」

 不意に、室内に軽快な音楽が鳴り響く。室内にいる、青野以外の人たちは一斉にキョロキョロと辺りを見回す。

「おい、なんだこれは?」

 権田が声を出したが、室内にいる人たちには心当たりがないため、怪訝そうな面持ちで首をかしげる。

 そんな中、青野が能天気な声を発した。

「あ、僕の携帯でした」

 呆れてものが言えない周囲の人を無視して、彼は鳴り続ける着信音を切って電話に出た。

「もしもし?」

『もしもしじゃないわよ! 結局逃げてんじゃない!』

 電話の相手は、相当怒っていると思われる柚希であった。

「あ、いや、これは不可抗力でさ……」

『はあ? なにいってんの? てか、電話はさっさととりなさい! 何回コール音が流れたと思ってるの!?』

「いやぁ、悪く思って……って、え?」

(“とって”、“流す”?)

『ちょっと、どうした……』

「ごめん、後でかけ直す! じゃあね!」

 青野は電話口で柚希が喚くのを無視すると、電話を切った。そして、ニヤリと口角をつり上げる。

(やっぱり犯人はこの人だ。彼はいつも使っている“あるもの”を利用して、アリバイを作り上げたんだ。

 そして、僕のお陰で、この人は証拠を捨てられずに、まだ身に付けているはずだ。言い逃れのできない、決定的な証拠を……!)

 青野の不敵な笑みに、瀬塚は緊張した表情で拳を震わせていた。


次回解決編!

FILE.44 叙述トリックの基本〔解決編〕



Next hint

・携帯電話(何回目?)



*作者より*

更新遅れて申し訳ありません。ただ、ちんたらしていたおかげで6000字超えてます。というか、最初は7000字いってました。都合により前話に組み込んだため、1000字ほど減っていますが。

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