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探偵青野優紀の事件簿  作者: 南後りむ
CASE10 東照宮会殺人事件
42/62

FILE.41 姉の死の真実〔解決編2/2〕

解決編二話目です。












「さあ、謎解きのラストスパートといきましょうか」

 青野の声は、8人の人間が入るには少々狭いホテルの部屋の中に、大きく響いた。

「……ラストスパートもなにも、俺には新畑が殺された時間のアリバイがあるんだ。それに、百歩譲って俺が殺したとしても、日光から諏訪までどうやって遺体を運んだっていうんだ? 俺のトランクからは痕跡が出なかったんだから、運ぶことなんて無理に決まってんだろ!」

 不自然に歪められた口から発せられる言葉は、確かに彼が犯人ではないことを証明するものだった。だが、青野は臆することなく彼を見返すと、笑みをかたどった口を静かに開く。

「『自分のトランクでなくても遺体は入る。彼女は小柄であったから』

 あなたは確か、新畑さんの事件現場でこのようなことを言っていましたよね?」

「あ、ああ」

「確かに、言っていましたね。それで全員分のトランクを調べることになりましたから……」

 青野の念押しに滝山は頷く。そして、それの裏付けをするように山野が言った。

「では、こう考えられませんかね。――あなたは自分の大きなトランクの中に一回り小さいトランクを入れ、その中に新畑さんの遺体を隠したと。ちょうど、マトリョーシカのようにね」

 そこで再び、彼の表情に揺らぎが出てきた。

「そ、それは……」

「恐らく、中の荷物の類いは予めこちらに持ってきていたものをここにきてから詰めたものでしょう。ですよね?」

「だ、だから……」

 反論しようとする滝山の言葉を遮って述べていく青野。無表情な顔の口から飛び出る言葉は、一つ一つに重みがあった。

 その重みから一変して、青野は急に軽々しい口調になる。

「さあ、これで遺体の運搬についての謎が解けました。どうしましょうね、滝山さん」

「どうするもなにも、俺にはアリバイがある。いくら俺に運搬が可能でも、殺せないんじゃあ話にならねぇ。そうだろ?」

 松本警部や周りの皆に確認するように、滝山はぐるりと見回す。彼らは、答えられないのか、静かに俯いていた。

「問題ないですよ。何せ、あなたは皆の目の前で、堂々と殺人を犯したのですから」

「っ!?」

「目の前で? それって、どういう意味なのかしら」

 言葉を詰まらせる滝山に代わり、水澤が青野に問った。

「僕が言った通り、彼は大胆にも僕たちの前で新畑さんを殺したんです。この、トランクを使ってね」

「トランク?」

 美月が頭に疑問符を浮かべる。

「うん。これを上手く利用することで、ある行動を取れば自動的に新畑さんを殺害できるようになるんだ」

 青野はそう言うと、先程のガムテープと一緒に机の上に乗っていたミニサイズのホワイトボードを手に取った。

「では、これをトランクに見立てて説明していきます。

 まず、トランクの中に予め眠らせるなり気絶させるなりさせておいた新畑さんを入れます」

 彼は話ながら、ホワイトボードに黒いボードペンで棒人間をかく。棒人間は、足を体育座りのように折り畳み、手は足と反対の方向で纏められている。おそらく、後ろ手に縛られ、トランクに入れられた新畑を再現しているのだろう。

「そして、このトランクの上部分だけを開けてファスナーをかけ、開いている上部から水を半分まで流し込みます」

 今度は青色のペンを出すと、ホワイトボードの下半分に斜線を引いた。

「この状態でトランクを倒さないように気を付けながら運び、時間が来るのを待てば、トリックの準備は完了です。あとは、これをこっち向きに倒すだけで――」

 青野はホワイトボードを、棒人間の顔が下にくるように横に倒す。それから、青いペンで新しく斜線を付け足した。それを見て、その場にいる全員の目が驚きによって見開かれた。

「被害者の下半身の部分に触れていた水は、倒したことによりここまで移動し、見事被害者の頭部を水に浸けることが可能になるという訳ですよ」

「そういえば、滝山君がギターを弾くって言ったとき、トランクを一度だけ倒したわよね……」

 思い出したように、宇須が呟く。彼女の言葉に山野も頷いた。

「言われてみればそうですな。その上に腰かけてギターを奏でていましたから」

「そのギターも、恐らく新畑さんを溺死させるときに生じるかもしれない音を隠すために弾いたのでしょう。水を吸うときの音や、空気が吐き出される時の音をね」

「全て意図されたうえで行われていたんですね……」

 青野の捕捉に、高堂が恐ろしそうに声を震わせた。

「さて、何か反論はありますか?」

 青野は滝山をしっかりと見る。滝山は、少しの間黙っていたが、やがて震えた声を絞り出した。

「なんだよ、みんなして好き勝手に言いやがって。そんなの、仮説の一つだろ? 俺がやったっていう証拠はねえ! そこまで言うんなら、証拠を出してみろよ。決定的な証拠を!」

 彼は最後の足掻きとばかりに、青筋を立てて怒鳴る。

 そんな彼に臆すこともなく、青野は静かに口を開いた。

「現時点で僕が提示できる証拠は二つです。一つは、最初の事情聴取の時のこと。あの時あなたは、水澤先生に脅迫状の話を振りましたよね?」

「あ、ああ。だけどそれが何か? 確かにこいつは脅迫状を送りつけられたって昼食の時間に言っていたじゃねーか」

「ええ。脅迫状とその文面を先生は話しました。ですよね?」

「そうだったわね」

 水澤の答えに頷く青野。

「では滝山さん、あなたは脅迫状についてこのように言いました。『雑誌製の奇妙な脅迫状』と。おかしいですね。水澤先生は奇妙な脅迫状としか言っていないのに。

 あなたは、なぜ雑誌製だと分かったんでしょうか」

「そ、それは……」

「二つ目の失言もありますよ。あれは、新畑さんの遺体を見つけた時の流れの中での発言です。

 あなたは僕に頼まれて小山さんに電話をかけた時、はっきりと『新畑のやつが遺体で見つかった』と言いました。非常におかしな発言ですねぇ」

「どこが! それのどこにおかしな点が……っ!?」

 言いかけてはっと息をのむ滝山。どうやら、青野が言わんとしていることに気が付いたらしい。その反応に気付いているのかいないのか分からないが、青野はフンと鼻を鳴らして話を続けた。

「おかしいですよ。だって、あなたは遠目に見ただけで、倒れている新畑さんを“遺体”と断言したのですから。普通だったら、倒れている――とか、動いていない――とか、そういう風に言うはずです。ましてや、相手は同じ会のメンバー。多少は補正がかかってしまうでしょう。なのに、一目で死んでいると判断したのは、あなたが新畑さんを殺した犯人であるからですよ。

 まあ、あの現場の近くを探せば出てくるんじゃないですか? 新畑さんの遺体を詰めていたトランクが。それにあなたの指紋が付着していれば、決定的な証拠になりますね。もっとも、最後まで油断せずに指紋まで気を遣ったのなら、話は別ですがね」

 青野の畳み掛けに、表情を強張らせて俯いていた滝山は、やがて自嘲的に口元を歪めると、顔を起こした。

「ふん、そんなところまで気が回るわけないだろ? いつあんたが来るんじゃないかとひやひやしてて、とてもそれどころじゃ無かったんだからよ……」

「それじゃあ……!」

「ああそうだ。あいつら三人を殺したのはこの俺、滝山隆造だ。俺がこの手で、あいつらの命を奪い去ってやったのさ。三年前に、雪江から、そして俺からも幸せを奪い取りやがった、あの屑共をなッ!」

「雪江って……お姉ちゃんとは、高校を卒業して以来、関わりがなかったんじゃ……」

 水澤が目に困惑の色を浮かべて問いかける。

「そんなの嘘に決まってんだろ。俺と彼女の繋がりを極限まで消し去って、容疑者から外れるための方便さ」

「じゃあ、雪江さんとは……」

「ああそうさ、俺たちは付き合っていたよ。高校を卒業してからずっと。あいつらの手で断ち切られるまで、ずっとな!」

「あいつらって、雪江さんは自殺だったんじゃないの?」

「自殺? ありえねえ。あの雪江が自殺するなんて、絶対にありえなかったんだよ!」

 そこから吹っ切れたように話し始める。

「あいつが死ぬ一週間前、見せてくれたんだよ。研究の成果を纏めた論文を……。あいつ、満面の笑みを湛えて、これで夢に近づいたって喜んでたんだ。そんなやつが、直後に自殺すると思うか?」

「だが、それはあくまで感情論。その一週間の間に何かがあったかも知れないのでは……」

 山野が額をハンカチで拭いながら言った。だが、滝山は静かに首を振って答える。

「俺も最初はそう思ったさ……。そう、その一か月後に近藤が発表した、あの論文を見るまでな!」

「それって、近藤さんの研究の集大成とか言われている……」

「ああ、それだ。それのタイトルを見た時に気付いちまったんだよ。雪江が見せてくれたものに酷似しているって。いや、後で調べたら全く同じ内容だったよ」

「それじゃあ彼は盗作するために、雪江さんを……」

 宇須はその先を言えずに硬直する。その続きを、憎悪に目を血走らせた滝山が叫んだ。

「その通りだよ。あいつが雪江を殺して、小川と新畑の二人がそれを隠していたんだよ! 金と名誉を得るために!」

「そんな……近藤さんが、そんなことを……」

「山野さん、あんたはその時事故で入院してたから声を掛けられなかったんだ。あんたが怪我をせずにいたら、きっと計画に加担させられていたさ」

 その言葉に、山野は吐息を震わせて俯いた。

「雪江が死んだとき、俺は葬式に参列することが出来なかった。当たり前だ。彼女の知り合いとはほとんど面識がなかったんだから。傍から見たら、高校時代の同級生ってことで終わってたんだろうな。

 なのに! なのに雪江を手にかけたあいつらはのうのうと彼女の葬式に花を手向けていた! それが許せなかったんだよ!」

「で、でも、なんで私に脅迫状を送ったの?」

 水澤が腑に落ちない様子で問う。それに、青野が答えた。

「それは多分、先生を殺人計画に巻き込みたくなかったからですよ。この中で真っ先に疑われるのは、過去に姉がなくなっている先生でしょうから……」

 青野の推測に、滝山は首を縦に振って肯定する。

「その通りだよ。俺の身勝手な復讐に、彼女の妹を巻き込みたくなかったんだ。なのに、旅行に参加してきて、おまけにこんな奴を連れてくるなんて……。」

 それから、遠い目をしてぼそりと零した。

「俺の運も、三年前のあの日で尽きていたのかもしれないな……」



  ◇



「先生、あれから直ぐに仕事に復帰したみたいだね」

 小説部の部室で、美月が呟いた。

 事件が解決してから2日。青野と美月、そして高堂は、警察での事情聴取で翌日の火曜日を休み、水曜日の朝から学校に登校することになった。今は、その水曜日の授業が全て終わった後の放課後だ。

「心が強いんでしょうね。お姉さんの死の真実を知ってなお、こうして僕たちに笑顔で授業をしてくれているわけですから」

 高堂は読んでいた本から目を離す。

「私がもし先生と同じ立場だったら、1週間くらいは家に引き籠りそうだね……」

 柚希が若干暗めの表情でぼやいた。

「多分、先生は過去と決別できていたんだよ。遠い昔に、お姉さんの死を乗り越えたんだ。だから……」

 青野が言いかけて止まる。

「だから?」

 首を傾げる美月。青野は一瞬表情を固めた後、脱力したように力なく笑うと、「なんでもない」と言ってまた本へ視線を落とした。


(先生はとっくのとうに過去を切り抜けられたんだ……。僕と違ってね……)


次回

とある小説家を取り巻く難事件!

容疑者の無罪証明は偽りの物!?

作者南後が初めて書く倒叙ミステリ!

CASE11 奥さまは叙述トリックがお好き?

FILE.42 正体不明の小説家



Next hint

・小説家

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