FILE.39 二等辺三角形
*事件関係者*
・水澤佳代子(26)
北次学園社会化講師で歴史部の顧問。青野に脅迫状の件について依頼した。
・近藤久夫(47)
歴史研究家。東照宮会の会長を務める、恰幅のよいおじさん。
何かに怯えるような素振りを見せていたが、第二の事件の被害者として発見される。
・新畑実和(42)
近藤と仲のよい小柄な女性。
第二の事件の後、行方不明になるのだが……。その後、諏訪湖の近くの公園で、溺死体として発見された。
・山野繁頼(43)
大手塾講師。会員のなかでも創設当初からいた人物。
・滝山隆造(32)
IT企業の社員。カツオ君みたいな頭をしている。最近スマホゲームに夢中。
・宇須啓海(26)
雑誌編集者。遅刻癖が抜けない。高そうなカメラで写真を撮りまくっている。
・小川静香(39)
デザイナー。古参メンバーの一人。旅行を急遽休むことになったのだが……。
皇居で遺体となって発見された。
「では、皆さんからお話を伺いたいと思います。まずはこの中の責任者の方から」
「では、私ですね」
松本警部に言われ、自らが責任者であると名乗り出る山野。彼は少し慣れたような口ぶりで話し始めた。
「えー、まず、日光にいた時のことからお話しなければなりませんね。私たちは旅行の過程で日光へと訪れていたのですが、そこで今日旅行に参加するはずだった小川さんが亡くなったということを知りました。
その後、私たちは日光の旅館で休んでいたのですが、会長である近藤さんが部屋で亡くなっているのが発見され、さらに、今回亡くなった新畑さんも行方不明になりました。おそらく、どこかに監禁でもされていたのではないかと思いますが……」
「警部、彼の言うとおり、被害者はどこかに監禁されていたものと思われます。手首と足首に、幅一センチほどの縄で縛られた痕がありました」
部下の刑事がやってきて、松本に報告する。松本は、「うむ、わかった」と言うと、手帳に書き込んだ。
「それでは続きを話しますね。今ここに集まったメンバー全員でバスに乗り、今日の正午、諏訪に降り立ちました。そこから、私たちはそれぞれ別行動になりましたので、他の人のことはわかりません。ただ、車に酔った高堂君を介抱するために、水澤さんと小林さん、青野君はホテルに留まっていたようです」
「その通りです。ねえ、先生」
「ええ」
美月と水澤はこくりと頷いた。
「私は少し散策しようと思い、ホテルのチェックインを済ませてから湖の方へと向かいました。
のんびり歩いていると、青野くんと小林さんが後ろから追いかけてきて、一緒に行くことになりました」
「その後俺と会ったんですかね? 帰る途中に青野君にいきなり声をかけられて、再び湖を見に行きましたよ。そこで――」
「倒れこむ新畑さんに向かってひたすら叫び続けていた私を見つけたってわけね」
「なるほど。では宇須さん、あなたが新畑さんの遺体を発見するまでの経緯をお教え願えますかな?」
松本は山野から滝山、宇須とせわしなく視線を動かす。山野の次に話を振らた宇須は、頷いて口を開いた。
「わかりました。私は写真を撮るために、ホテルに着いたらすぐに湖の方へと行きました。で、十枚くらい撮ってから……あ、このことはこのカメラを調べればわかると思いますよ」
そう言って手に持っていたカメラを差し出す。自らの手から警察のもとへそれが移ったのを確認してから、宇須は話を続けた。
「それで、そろそろ休憩しようかと思ってこの公園にたどり着いたんですけど、真ん中の方で人が倒れているのが見えて……。近づいたら、それが新畑さんだったので、気が動転しちゃって……。気が付いたら、動かない彼女に縋り付いていた、という訳です」
「ちなみに、発見したとき、まわりに人は?」
「いなかったと思います。この辺、すごい閑散としていたので。だから、犯人も犯行をしやすかったんじゃないかな」
宇須の話を聞きながら、青野は真剣な顔で考察をする。その顔を、高堂と美月が不思議そうに眺めていた。
(確かに、犯人は誰にも見られないようにこの場所を選んだんだと思うけど……。でも、問題はそこじゃなくて――)
「でもよ、さっき言ってたように、死亡推定時刻は昨日の16時から19時の間なんだろ? そしたら、犯行は不可能じゃねーのか? だって、俺らが事情聴取だったりしてた時だったし」
「それに、新畑さんを探す時も二人以上で探していましたから……。どう考えても無理だと思います」
「それは本当ですか? だとすると、不可能犯罪――」
松本が難しそうな顔をして頭を掻き毟る。さらに追い打ちをかけるように、水澤が言い放つ。
「それに、時間的に犯行は日光で行われたんですよね? なら、どうやって犯人はここまで遺体を運んできたんでしょうか?」
「それは……トランクとかを使用すれば可能なんじゃないんですか? あなたたち、旅行中だったんでしょう?」
「なら、滝山君のが一番大きくて怪しいんじゃ……」
宇須にみられた滝山は、明らかに不機嫌そうに舌打ちをすると、
「俺はそんなことしてねーよ。てか、俺のトランクじゃなくても、新畑の体は入ると思うぞ? あいつ、小柄だったから」
そう言って他の三人を指さした。
「確かにそのようですが……。では、みなさんのトランクを調べさせていただいてもよろしいですか? 拒否された場合は、最有力容疑者としてマークさせていただきますが」
「そこまで言われたら、提出するしかなさそうですが……でも、提出するのはトランクだけでいいですよね? 中には見せたくないものがありますから」
「私もそれなら提出します」
山野と宇須は、トランクのみという条件で松本の話を飲む。
「私は構いませんよ?」
「んじゃ俺も」
水澤と滝山もすんなり了承した。
「でも……トランクを途中ですり替えちゃえば、痕跡なんて出てこないんじゃ……」
高堂が目を細めてつぶやく。
「その点なら、私のトランクは大丈夫だよ。自分の名前がシールで貼られてるし……」
「結構前から貼られているから、少し劣化もしているしな」
「みんな目立つところに貼ってあったから、気付いていたはずですよ。ねえ?」
「そうね。それは青野君たちも証明してくれるんじゃないかしら」
「ええ、まあ……」
「確かに、貼られていましたね」
美月の曖昧な返事に、青野がしっかりと頷いた。
その反応を見た松本は、トランクを調べるためにホテルに行くといった。そのため、皆もホテルへと戻ることになった。
◇
「結局、全員のトランクからは痕跡が全く出なかったそうね」
美月の呟きに、青野と高堂が沈黙で応じた。
彼らは、先ほどまで高堂が寝込んでいた部屋に集まっていた。部屋にいるのは、青野、高堂、美月と、水澤の四人だ。
「てことは、謎は全部で――五つですか? 朝のメールの件と、部屋の目貼り、アリバイトリックと、遺体の運搬……それから、近藤さんのダイイングメッセージ」
「そういえば、青野君の携帯電話はどうしたの? 滝山さんに代わりに電話をしてもらってたわよね?」
彼女に言われ、青野は鞄から黒いカバーの携帯電話を取り出す。
「普通に鞄に入ってた。カバー黒くしたら、カバンの中の色と同化してたみたいで」
「あら、いつもはすごい観察眼なのに、そういうところは見落としちゃうのね」
水澤は少し楽しそうに笑う。青野はあからさまに不機嫌そうな顔で視線を地面に移した。
「そういえば、目貼りの方は解けたんでしたっけ?」
「えー、ほんと!?」
青野と現場を見てきた高堂の言葉に、美月が目を丸くして驚く。
「ええ、なんか現場見ただけでわかっちゃったらしくて……。ね、先輩?」
「うん。それとメールの方も掴めた。だけどアリバイが……」
「え、メールも!?」
美月がまたも驚きの声を洩らした。
「で、でも先輩。小川さんの携帯電話に送信予約機能みたいなものも入っていないって聞きましたし、全員が両手を出していたあの状態でいったいどうやって……」
「ま、それは後でわかると思うよ」
青野に言われて、少し黙る高堂。どうやら、その方法を考えているようだ。だが、しばらくすると諦めたように息を吐いた。
それから、彼は部屋にいた水澤の方を向いて、口を開く。
「ところで……どうして諏訪大社に行くことになったんでしょうか? 始まった時からずっと疑問だったんですけど……」
高堂にきかれて、水澤は得意顔で答える。
「それはね、江戸城と日光東照宮、そして諏訪大社を地図上で結ぶと、二等辺三角形が描けるって言われているからだって」
「二等辺って……そんなに正確に作れちゃうんですか!?」
「ええ、そうみたいよ。ほんと、驚きよねえ」
あんぐりと開けた口に手を当てて驚く美月。水澤は彼女に微笑むと、
「他にも、日光東照宮から江戸城までの間にある、主要な社寺を直線で結ぶと、北斗七星の形になるらしいし、日光東照宮と静岡県の久能山東照宮を結ぶと富士山を通るって話もあるわよ」
「富士山? なんでですか?」
「さっき日光で家康の墓を見たでしょう? あそこに徳川家康の遺骨が納まっているんだけど、最初は久能山東照宮に埋葬されていたのよ。で、その骨を移す時に、“不死の魂”を持って行けるようにって思いが込められているらしいわ」
「なるほど、不死と富士をかけたんですね!」
昔の人ってすごいね、と美月は高堂の方を向く。その先では、俯いた高堂がぶつぶつと何かを呟いていた。
「高堂君?」
不安になった水澤に声をかけられるが、当の高堂は全く意に介さず、熟慮しているようだった。
「もしかしたら、あのダイイングメッセージの意味って……」
「ダイイングメッセージ?」
首を傾げる美月の隣で、先ほどまでつまらなさそうにボーっとしていた青野が身を乗り出す。
「もしかして、何か掴んだか?」
高堂は青野の言葉が聞こえないほど自分の世界にのめり込んでいるようで、青野の問い掛けに何も答えない。その代り、水澤の方を真剣そうな眼差しで見つめると、固く結ばれた口を緩めた。
「水澤先生、少しききたいんですけど。旅行の行先って、いつもどうやって決めているんですか?」
「え? そうね……近藤さんがさっきみたいな雑学に詳しかったから、いつも彼が決めてるかな」
「それなら――!」
高堂は、
「青野先輩、ちょっといいですか?」
と言って青野を部屋の隅まで連れて行くと、彼に耳打ちをする。
「僕、あのダイイングメッセージが指示していた人物が分かりました……」
「ほほう。実は僕も、犯人じゃないかと睨んでいる人がいるんだけど……。せーので答え合わせをするか?」
「ええ!」
――――。
「ビンゴですね!」
「うん。十中八九、犯人はこの人みたいだ。で、どうやって解いたんだい?」
「それはですね――」
――――。
「え、そんなのがあるの? 知らなかった……」
「まあ、知っている人の方が少ないでしょうからね。それで、青野先輩はなぜあの人が犯人だと?」
青野は指を二本立てて、
「それは、おかしな発言を二つもしていたからだよ。一つ目が――」
――――。
「え、なんでですか?」
高堂は少し間が抜けた顔をする。
「だってさ、このことって、あの人が知りえなかった情報じゃない?」
彼は青野の言葉に少し考えてから、「確かに……」とぼやいた。
「では、二つ目は?」
――――。
「あー、確かに妙ですね! 普通そんなことを言うはずが!」
「だろ? だけど、あの人のアリバイと、遺体を運んだ方法が読めないんだよね……」
「ですねえ」
青野と高堂が、二人同じポーズで考え込んでいると、完全に蚊帳の外に追いやられていた美月がこちらへと寄ってきた。
「ちょっと、何二人で考え込んでいるのよ。折角先生がお姉さんとの思い出を話してくれてたのに……」
「思い出? てか、それなんだよ」
青野がジト目で美月を見ながら、彼女の手の上に乗っていたものを指さす。
「ああ、これはね……」
「マトリョーシカよ。姉とロシアに行ったときに買って来たの。そのすぐ後に姉は亡くなったんだけどね……」
美月が持っていたのは、小さなマトリョーシカのストラップだった。水澤が詳しい話をしてくれる。
「へえー、可愛いですね。ちょっと僕に見せてもらってもいいですか?」
「はい」
美月が高堂に手渡しをするが――。
「うわっ」
「ちょっと、先生の物なのに何やってんのよ!」
高堂は受け取り損ねて、それを地面に落としてしまった。ストラップはクルクルと回転して青野の足元で止まる。
青野は黙ってそれを拾い上げると、水澤に渡した。
「大丈夫よ。あたしもしょっちゅう落としているから」
水澤は気にするなというように、気まずそうに肩を落としている高堂に笑いかける。
「青野君も、拾ってくれてありがとう……ね?」
最後に疑問符が入ったのは、青野が口元に笑みを浮かべて彼女のストラップを見つめていたからだ。
(その手があったか――! だから新畑さんは溺死でなければならなかったんだ……)
彼の表情は、いつもの全く読めないそれではなく、誰がどう見ても――。
(最後の復讐を、皆の目の前で完遂させるために……!)
謎を解いた、勝利の微笑だったのだ。
次回から解決編!
東照宮事件の第8話は、FILE.40 高堂はダイイングメッセージを解き明かす
Next hint
・東照宮に関する雑学
あと少しでこの事件が完結します。てなわけで、事件についてクイズ形式でおさらいしましょう。各問の下にある星マークは、その謎の難易度です。
第一問 初日の朝、犯人が会員にメールを送った方法は?
難易度:☆
コメント:単純でばかばかしいトリックです。
第二問 近藤の部屋の窓に目貼りをし、その後脱出した方法、もしくは、外から部屋に目貼りをした方法は?
難易度:☆
コメント:青野の言葉をすべて踏まえれば、簡単にわかります。というかこのトリックは書きながら思いついたいい加減なものな訳で……。
第三問 近藤が遺したダイイングメッセージの意味は?
難易度:☆☆☆☆☆
コメント:知らないと解けません。
第四問 新畑殺害時のアリバイトリックは?
難易度:☆☆☆
コメント:ちょっと難しいかも。でも単純。
第五問 日光で殺害した新畑を諏訪まで運んだ方法は?
難易度:☆☆
コメント:この話に出てきた“アレ”がヒント。
第六問 ズバリ、この事件の犯人は誰?
難易度:☆☆☆
コメント:あるトリック実行可能なのはその人だけ。失言も何個かあります。
というわけで、別に無理に解かなくてもいいですが、考えてから解決編を読むとなるほど、となるかな……と思います(ちょっと自信がない)。




