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影を継ぐもの(2026改定版)  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十五章 対決

「奴の足取りが摑めた」


久我が地図を広げた。蒲生嘉一郎は、月に一度、都内の会員制クラブで密談を行う習慣があった。護衛は二人だけ。表沙汰にできない話をするための、最小限の警戒だった。


「正面から潰す気か」亮が聞く。


「潰すんじゃない。取引だ」久我はデータの入った端末を掲げた。「第七研究棟の全データ、出荷リスト、蒲生の指示書――これをばら撒かれたくなければ、施設を全部畳ませる。それが目的だ」


「殺すつもりはないんですか」


久我は一瞬、目を伏せた。


「殺したい気持ちはある。妹のことを考えりゃな。だが、それをやったら俺たちも同じ側に堕ちる。……お前が、そう教えてくれたんだろう」


決行の夜、二人はクラブの裏口で蒲生の車を待ち構えた。護衛の一人は久我が音もなく制圧し、もう一人は亮が端末で車両の電子ロックを乗っ取り、閉じ込めた。


一瞬、護衛の一人が無線に手をかけかけた。久我の動きの方が速かった。首筋への一撃で意識を刈り取り、崩れ落ちる体を音もなく地面に横たえる。九年間、こうした場面を何度も見てきたはずなのに、亮の心臓は今も跳ねた。人を制圧するという行為に、慣れることはあっても、無感動になることはない。それが、自分と高宮を分ける最後の一線のような気がした。


黒塗りの車の後部座席に、蒲生嘉一郎は座っていた。恰幅の良い体、値踏みするような細い目。銃口を向けられても、その顔に動揺はなかった。


「……何が望みだ」


「施設の閉鎖と、被害者への補償」


久我が端末の画面を見せる。データの一覧が表示された。蒲生の目が一瞬だけ泳いだが、すぐに冷静さを取り戻した。


「面白い。だが、それを公表したところで、私を追い詰められると思うか。私の後ろには、この国の中枢に近い人間が何人もいる。あんたらのような小物が動いたところで、揉み消されるだけだ」


「試してみるか」


亮が初めて口を開いた。蒲生は初めて、亮の顔をまじまじと見た。


「……お前、まさか」


「高宮征一の、実験体です」


蒲生の表情が、初めてわずかに崩れた。


「あの男の計画は、私にとっては数ある投資案件の一つに過ぎなかった。うまくいけば市場価値のある技術、失敗すれば処分するだけの話だ。それだけだ」


「それだけの話で、何人の子供が檻の中で死んでいったか、知ってますか」


亮の声は静かだった。だが、その静けさに、蒲生は初めて怯んだ気配を見せた。


「……お前が生きているのが、その証拠だろう。うまくいった例だ。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはない」


「感謝ですか」


亮は一歩、車に近づいた。


「あなたにとって俺たちは、成功した商品と、失敗した廃棄物でしかない。だから分からないんです。俺たちが、それでも人間だってことが」


蒲生は答えなかった。ただ、視線を逸らした。それが、彼にできる唯一の抵抗だった。


久我が端末を操作し、データの一部を蒲生のスマートフォンに強制的に送りつけた。


「これで、あんたの手元にも同じデータがある。もし俺たちに何かあれば、残りの全データは即座に警察とマスコミ、監督官庁に一斉送信される。もう手遅れだ、蒲生さん。あんたが揉み消せる規模を、とっくに超えてる」


蒲生の顔から、初めて余裕が消えた。


「……何が望みだと聞いている」


「施設の閉鎖」久我が繰り返した。「保護されている全員の医療的ケア、そして正体を隠したままでいい、被害者救済の基金の設立。今夜のうちに、あんたの側近に指示を出せ」


長い沈黙の後、蒲生は掠れた声で答えた。


「……分かった」


車が走り去るのを、亮と久我は無言で見送った。


「……終わった、んですかね」


「終わっちゃいない」久我は端末をしまいながら言った。「奴は必ず裏切ろうとする。だが、これで時間は稼げた。あとは、俺たちが証拠を安全な場所に確保しておくことだ」


夜風が二人の間を吹き抜けた。亮は夜空を見上げた。十年前、高宮の屋敷の窓から見た空とは、違って見えた。

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