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影を継ぐもの(2026改定版)  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十二章 第七研究棟

地下開発区画は、表向き埋め立て予定地として登記されていた。


夜十一時、工事用フェンスの向こうに人の気配はない。だが久我が持ち込んだ熱源探知機は、地下三十メートル付近に規則的な人の動きを拾っていた。


「監視は民間の傭兵崩れだ。数は多くない。だが油断すれば殺される」


久我は最後にそう言うと、フェンスの継ぎ目をボルトカッターで切り開いた。金属の擦れる音が、思いのほか大きく夜気に響き、亮は反射的に周囲を見渡した。誰もいない。だが、心臓の音だけは止まらなかった。


石田はここまでの護衛と、脱出用の車両手配に徹していた。フェンスの外で無線機を握り、二人を見送る目には、これが「仕事」であって「使命」ではないという、はっきりとした線引きが浮かんでいた。それでよかった。むしろ、その割り切りが、この夜の唯一の安定材料だった。


搬入用のトンネルは、想像していたよりも整備されていた。コンクリートの匂いに混じって、消毒液の匂いが鼻を突く。歩くたびに、心臓の音が耳の奥で反響した。


最初の警備員に出くわしたのは、地下二層に降りたところだった。久我は音も立てずに背後から距離を詰め、腕で首を絞め落とす。倒れた男の装備を漁り、IDカードを抜き取った。


「これで正面のゲートは通れる。だが奥は生体認証だ」


亮は端末を取り出し、施設のネットワークに接続を試みる。九年間で叩き込まれた技術が、指先から自然に流れ出た。数分の格闘の末、認証システムの一部を欺くコードが通った。


「開いた」


重い扉の向こうに広がっていたのは、想像とは違う光景だった。


清潔な白い通路。等間隔に並ぶ扉。まるで普通の病院のようだった。だが扉の小窓から覗き込むと、その正体が知れた。


透明な培養槽が、いくつも並んでいる。液体の中に浮かぶのは、未完成の人の形――高宮のノートに書かれていたのと同じ、あの冷たい光景だった。


「……こんなに」


亮の声が掠れた。


足が震えた。高宮の地下室で見たものが、たった一部屋の狂気ではなく、量産のための一工程に過ぎなかったという事実が、体の奥から込み上げてきた。壁のプレートには「培養フェーズ4」「培養フェーズ5」といった、まるで工場の生産ラインを示すかのような表示が並んでいる。人ひとりの誕生が、ここでは在庫管理の一項目でしかなかった。


一つの槽の前で足を止める。中に浮かぶのは、まだ幼い子供の輪郭だった。手足は未発達で、目は閉じたまま。だが確かに、心臓の鼓動を示す表示が点滅している。


――高宮が一人で始めたことが、ここでは"生産"として続けられている。


久我が背後から低く言った。


「高宮は、この連中にとって"原型モデル"を提供した実験台の一人だったんだろう。効果があると分かれば、量産する。単純な話だ」


亮は拳を握った。憎しみでも、悲しみでもなく、もっと深いところにある、鈍い怒りだった。


奥の管理室に、モニター群と資料庫があった。久我が端末を接続してデータを吸い上げる間、亮は資料棚を漁った。


――出荷リスト。買い手の欄には、国内外の企業名、そして政治家らしき略称が並んでいる。臓器移植用、軍事契約用、"特注個体"。人間が商品として扱われている記録が、そこに整然と並んでいた。


「久我さん、これ……」


亮が声をかけたその時、通路の奥から足音が響いた。複数。統率の取れた足取り。


「来たか」久我が銃を構える。「予定より早い」


赤い警報灯が点滅を始めた。天井のスピーカーから、無機質な合成音声が流れる。


《侵入者を確認。区画封鎖、警備班は制圧に向かえ》


「亮、データは取れた。退くぞ」


だが亮は、もう一つの扉の前で足を止めていた。表示には「特注個体・保管七号」とある。


小窓から覗き込むと、そこには十歳前後の少年が、拘束具に繋がれたまま横たわっていた。目は虚ろだが、確かに開いている。


その顔立ちに、亮は息を呑んだ。


――自分と、同じだった。



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