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走る血のケンタウロス 十五文化圏周縁抄  作者: 黒瀬 量衡


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3/4

3吹 売り物ではありません。ただ、売り物を守るものまで数えただけです

 塩場では、売るものに場所がある。


 塩袋。


 薬籠。


 布包み。


 油壺。


 乾燥豆。


 革。


 金具。


 荷札。


 値札。


 買い手。


 売り手。


 何を、いくつ持ち込んだか。


 どこから来たか。


 誰が買うか。


 いくらで売るか。


 それらには、置き場がある。


 帳にも書く場所がある。


 だが、売らないものには場所がない。


 蹄を洗う水。


 傷へ触れた布。


 泥を落とした草束。


 臭いの移った荷紐。


 何が混じったか分からない革袋。


 護衛が休む場所。


 馬を休ませる場所。


 荷車を動かすため、空けておく場所。


 それらは売り物ではない。


 値札もつかない。


 だから、塩場では後ろへ置かれる。


 荷の隙間へ押し込まれる。


 使わない板の上へ重ねられる。


 帳の外へ出される。


 そして、帳の外にあるものほど、売り物を悪くすることがある。


     *


 ローデン商隊が南の塩場へ着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 予定より半日遅い。


 南の低地を避け、北の乾いた道へ回ったためである。


 だが、荷車は三台とも動いている。


 牽引馬五頭。


 予備馬一頭。


 六頭とも脚を痛めていない。


 ケンタウロス護衛四騎の蹄も割れていない。


 布荷は濡れていない。


 薬籠も泥へ落ちていない。


 水袋の印も変わっていない。


 失ったものは半日だけだった。


 塩場の入口には、低い木柵があった。


 関所ほど頑丈ではない。


 盗賊を防ぐ柵でもない。


 荷車を一台ずつ止め、持ち込んだ荷を数えるための柵だった。


 柵の横に、小さな帳場がある。


 日除け布。


 長机。


 砂を入れた墨乾かし皿。


 木札。


 通行印。


 塩場の小役人が一人。


 その後ろには、荷を確かめる男が二人いた。


「商隊名」


 小役人が言った。


「ローデン商隊」


 ローデンが答える。


「商人は」


「俺一人だ」


 小役人は、サナとセレナを見る。


「そちらは」


「弟子だ」


「商人ではないのか」


「まだな」


 小役人は帳へ書く。


 ――商隊主、ローデン。


 ――弟子、二人。


 次に、馬を見る。


「馬、六頭」


 五頭は荷車の前にいる。


 一頭は荷を付けず、馬方に引かれている。


「荷車、三台」


 一台目は二頭立て。


 二台目も二頭立て。


 三台目の軽い荷車は一頭立て。


 残る一頭が予備馬である。


 小役人は、ケンタウロスたちを見る。


 ラグ。


 ナギリ。


 カヤン。


 ディル。


 四騎とも、荷車の前にはつながれていない。


 手綱も轅もついていない。


 護衛として、商隊の左右と前後に立っている。


「ケンタウロス、四頭」


 小役人が書いた。


「四騎だ」


 ラグが言った。


 低い声だった。


 小役人が顔を上げる。


「数は四だろう」


「頭ではない」


「王国の帳では、亜人と大型獣は頭で数える」


「俺たちは獣ではない」


 ラグの声が強くなる。


 ナギリが先に言った。


「護衛四騎です」


 ラグが横目で見る。


 自分が怒鳴る前に、ナギリが言い直したからである。


 小役人は少し嫌そうな顔をした。


「帳の決まりがある」


 ローデンが帳を指す。


「商隊の契約では護衛四騎だ」


「ここは塩場の帳だ」


「荷を守る契約を確かめる帳だろう」


「そうだ」


「なら契約どおり書け」


 小役人はローデンを見た。


 ローデンは目を逸らさない。


「護衛四騎」


 小役人は書き直した。


 ラグが鼻を鳴らす。


 ナギリは何も言わなかった。


 帳の上で四騎になったからである。


     *


「布荷、八包み」


 小役人が数える。


「薬籠、四」


「小壺、十二」


「油壺、三」


「革袋、七」


 小役人は、灰色の布が結ばれた桶を見る。


「これは」


「蹄水です」


 ナギリが答えた。


「売り物か」


「違います」


「なら数えない」


 次に、灰色の布を二つ結んだ桶を見る。


「こちらは」


「傷へ触れた水です」


 セレナが答える。


「売り物か」


「違います」


「なら数えない」


 黒い印布を結んだ革袋を見る。


「これは」


「用途未確定です」


「中身は」


「水です」


「売るのか」


「売りません」


「なら、いらない」


 赤い印布を結んだ桶を見る。


「これは」


「捨てると決めた水です」


「もう捨てるものまで持ち込んだのか」


「塩場の捨て場所を確かめるまで、勝手には流しません」


 セレナが答えた。


 小役人は面倒そうに息を吐いた。


「売らない水まで、いちいち分けるのか」


「分けます」


「全部、水だろう」


「同じではありません」


「帳では同じだ」


「帳にないからです」


 セレナの返事に、小役人は眉を寄せた。


「売らないものは数えない」


 それが塩場の帳だった。


     *


 ローデン商隊に割り当てられた場所は、塩場の中央より少し外だった。


 淡水井戸に近い。


 荷車三台を並べられる広さはある。


 ただし、出入口は一つしかない。


 片側には塩袋が積まれている。


 反対側には、別の商隊が油壺を並べている。


 地面は白かった。


 乾いている。


 硬い。


 見た目には、荷を置くのによさそうだった。


 サナは地面より先に、荷を置く板を見た。


「この板は使えません」


 荷役の男が顔をしかめた。


「乾いているぞ」


「塩を吸っています」


「塩場の板だ。塩くらい吸う」


「薄布の下には敷きません」


「板はこれしかない」


 サナは板の端を爪で削った。


 白い粉が落ちる。


 板の隙間には、古い油も入っている。


「薄布へ塩と油が移ります」


「布包みに入っている」


「下側は荷覆い一枚です」


「どれくらい悪くなる」


 ローデンが聞いた。


「塩だけなら、王国向け薄布としての値が下がります。油まで移れば、染め直しても斑になります」


「値は」


「二包みで、銀片十以上落ちます」


「使うな」


 ローデンが決めた。


 荷役の男が言う。


「では、どこへ置く」


「乾いた板を出せ」


「ない」


「ディル」


 ローデンが呼んだ。


 ディルが前へ出る。


「荷車の補修板を下ろせ」


 ディルは荷車を引かなかった。


 後部へ回り、横へ差していた補修板を両腕で持ち上げる。


 サナがその下の荷紐を外す。


 ディルは板を地面へ置いた。


「これなら」


 サナが表面を見る。


「乾いています」


「油は」


 セレナが紙片を当てる。


 紙の色は変わらない。


「ありません」


「薄布二包みだけ下ろせ」


 ローデンが言った。


「残りは荷車の上で売る」


「荷車が出られなくなります」


 ナギリが出入口を見る。


「なぜだ」


「その板を置くと、一台目の車輪が曲がれません」


 ローデンは板と荷車を見る。


 確かに、板を横向きに置けば、出入口が狭くなる。


「縦へ置け」


 ディルが板を動かす。


「もう少し井戸側へ」


 サナが言う。


「井戸側へ寄せると、蹄洗いの水が近くなります」


 ナギリが言った。


「では、反対へ」


「反対は油壺の風下です」


 カヤンが遠くを見たまま言った。


「風が変わる」


 全員がカヤンを見る。


「いつだ」


 ローデンが聞く。


「もう西の旗が垂れ始めている。夕方には井戸から布荷へ吹く」


 サナが地面へ細い糸を置く。


 糸がわずかに東へ動いた。


「油壺の臭いが来ます」


「今は来ていない」


 荷役の男が言う。


「夕方には来ます」


 カヤンが答えた。


「布はそれまでに売る」


 荷役の男は言う。


「売れ残れば」


 サナが尋ねる。


 男は答えなかった。


     *


 ナギリは、シオンの草束を出した。


 長い草。


 水。


 短い草。


 蹄。


 折った草。


 荷。


 サナの細い糸。


 布。


 セレナの青い紙。


 薬へ使う水。


 地面へ置く。


 井戸。


 蹄洗い場。


 傷布干し場。


 薬籠。


 布荷。


 荷車の出入口。


 線が重なった。


「ここでは分けられません」


 ナギリが言った。


「何がだ」


 ローデンが聞く。


「蹄を洗う場所と、薬水を置く場所と、布荷を下ろす場所です」


「離せ」


「離すと出入口を塞ぎます」


「荷車を一台動かします」


 サナが答えた。


「どれを」


「三台目です」


「なぜ」


「荷が軽いからです」


 三台目は、乾草と空いた革袋、売り残しの小壺を載せている。


 布荷は少ない。


 薬籠もない。


「馬は」


 ローデンが聞く。


「一頭立てです」


「予備馬を足す必要は」


「平地です。荷も軽いので、一頭で動かせます」


 馬方が頷いた。


「半刻もかかりません」


「動かせ」


 ローデンが決めた。


 ラグが出入口へ立つ。


「荷車が出る! 通路を空けろ!」


 人がどく。


 桶がどく。


 板がどく。


 だが、塩袋を運んでいた荷役の若者が、黒い印布の革袋を抱えた。


「これはどこへ」


「動かすな」


 セレナが言った。


「通路にある」


「用途を確かめている水です」


「水だろう」


「置いてください」


「荷車が出られない」


「私が動かします」


 セレナが向かう。


 だが、その前に若者は革袋を持ち上げた。


 出入口の外へ置く。


 白い印の水袋の横だった。


「そこではありません」


 セレナが言った。


「外へ出した」


「白の水へ触れています」


 若者が革袋を見る。


 黒い印の袋と、白い印の袋。


 外から見れば、どちらも革袋である。


「袋が隣にあるだけだ」


「口紐が触れています」


「中身は混じっていない」


「今は分かりません」


 白い袋を使える水として扱ってよいか、確かめる必要が出た。


 飲み水か。


 薬へ使える水か。


 蹄洗いに落とすか。


 すぐには決められない。


 売り物ではない革袋を一つ動かしただけで、使えるはずの水まで止まった。


     *


 ローデンが若い荷役を見る。


「なぜ動かした」


「通路にあったからです」


「誰に聞いた」


「誰にも」


「なぜ聞かない」


「帳に水の置き場はありません」


 小役人が、少し離れた場所から言った。


「売り物ではないからな」


 ナギリは、黒い印へ変えられた革袋を見る。


 売り物ではない。


 だから帳にない。


 帳にないから、動かしても分からない。


 分からないから、使える水まで止まる。


 塩袋は数える。


 布包みも数える。


 油壺も数える。


 だが、それらを濡らさず、汚さず、運ぶためのものは数えない。


「売り物ではなくても、場所を書いてください」


 ナギリが言った。


 小役人が顔をしかめる。


「何を」


「蹄水。傷へ触れた水。薬水。捨てる水」


「水の置き場まで帳へ書けと?」


「動かしてはいけないものです」


「塩袋でもない」


「塩袋を運ぶ者が使う水です」


「薬でもない」


「薬を悪くします」


 セレナが言う。


「布でもない」


「布を濡らします」


 サナが続ける。


「護衛でもない」


「護衛の傷へ使います」


 ナギリが答えた。


「馬にも使います」


 ラグが加えた。


 ナギリがラグを見る。


 ラグは少し不満そうに言う。


「馬の蹄も割れるんだろう」


「割れます」


「なら書け」


 小役人はローデンを見る。


「面倒な連中だな」


「俺の商隊だ」


 ローデンが答えた。


「帳に書く場所がない」


「作れ」


「簡単に言うな」


「欄を一つ増やすのと、水を捨てて責任を揉めるのと、どちらが安い」


 小役人は黙った。


「何と書く」


「売外物」


「何だ、それは」


「売らないが、商いに要るものだ」


「商品ではない」


「だから売外だ」


「傷布も入れるのか」


「入れろ」


「蹄水も」


「入れろ」


「汚れた縄も」


 サナが言った。


「再利用するなら入れろ」


 ローデンが答える。


「空けておく通路もです」


 ナギリが言った。


「それは物ではない」


 小役人が言う。


「でも、荷車を動かすために必要です」


「何もない場所を帳へ書くのか」


 セレナが少し考えた。


「置いてはいけない場所、と書けばよいです」


「長い」


「空け場」


 サナが言った。


「何だ」


「荷を置かず、空けておく場所です」


 小役人は額を押さえた。


「売外物と空け場」


「書け」


 ローデンが言った。


「本当に全部書くのか」


「全部ではない」


「何を抜く」


「動かしても損にならんものだ」


「誰が決める」


「俺だ」


 小役人がローデンを見る。


「理由は」


「俺の弟子と護衛が面倒だからだ」


「それだけか」


「面倒と損は違う」


 ローデンは答えた。


     *


 塩場の帳に、小さな控えが増えた。


 ――売外物。


 蹄水。


 灰一つ結び。


 桶一。


 傷へ触れた水。


 灰二つ結び。


 桶一。


 用途未確定水。


 黒印。


 革袋一。


 廃棄水。


 赤印。


 夕刻処理。


 汚れた荷紐。


 二本。


 再利用先、荷覆い仮留め。


 傷布。


 六枚。


 水場下手へ干す。


 その下に、もう一つ書く。


 ――空け場。


 荷車出入口。


 幅、荷車一台分。


 薬水置き場の周囲。


 桶一つ分。


 蹄洗い水の廃棄路。


 井戸下手へ。


 傷布干し場の風上。


 荷置き不可。


 物ではない場所まで、帳へ入った。


 小役人は納得していない。


 だが、書いた。


 カヤンは周囲を見ていた。


「西から荷車が二台来る」


 小役人が顔を上げる。


「どこだ」


「塩袋を積んでいる。最初の一台は大きい。もう一台は軽い」


「まだ見えん」


「塩棚の向こうです」


 少し待つ。


 やがて、塩袋を積んだ荷車が現れた。


 カヤンの言ったとおり二台だった。


「どこへ入れる」


 荷役の男が聞いた。


 小役人は新しく書いた空け場を見る。


「そこへは置くな」


「空いているぞ」


「空けてある」


「何のために」


「ローデン商隊の荷車を出す」


 書いたばかりの欄が、すぐ使われた。


     *


 三台目の荷車を動かす。


 馬方が一頭立ての馬を進める。


 ラグが前へ立つ。


「出入口を空けろ!」


 ディルは荷車の横へつく。


 引かない。


 車輪が板の端へ乗らないよう、荷台へ手を当てる。


「右へ寄る」


 ディルが言う。


「馬の頭を左へ」


 ナギリが馬方へ伝える。


 馬方が手綱をわずかに動かす。


 車輪が出入口の中央へ戻る。


 サナは、荷紐を見ている。


「小壺が揺れます」


「止めるか」


 ラグが聞く。


「ゆっくりなら進めます」


「ゆっくり進め!」


 ラグが馬方へ声を送る。


 荷車が出る。


 布を地面へ下ろさずに済んだ。


 薬籠も濡れない。


 蹄洗いの場所も、井戸から離せた。


 傷布は水場の下手へ移った。


 西風が吹き始める前に、薄布は油壺の風下から外れた。


 何も起きなかった。


 何も起きなかったので、誰も大きく褒めなかった。


 だが、ローデンの帳には残った。


 ――塩場一日目。


 ――売外物控え、運用。


 ――空け場、運用。


 ――荷車出入口確保。


 ――布荷直置きなし。


 ――薬水一袋、用途再確認。


 ――傷布、井戸下手へ移動。


 ――荷の損失なし。


     *


 夕刻。


 塩場の小役人が帳を見ていた。


「次の商隊も、この控えを使うのか」


「必要なら」


 ローデンが答えた。


「不要なら」


「書くな」


「せっかく作ったのにか」


「控えを守るために、荷を困らせるな」


「売外物が多い商隊だけ使うのか」


「売り物を悪くするなら使え」


「誰が判断する」


「最初は、お前が聞け」


「誰に」


「運んできた者にだ」


 小役人は少し考えた。


「売る物だけ聞けば足りると思っていた」


「足りなかったから、水を動かした」


「動かしたのは荷役だ」


「帳に書かなかったのはお前だ」


 小役人は黙った。


 ローデンは責め続けなかった。


「次から聞け」


 それだけだった。


     *


 塩場を出る前の夜。


 ローデン商隊は、次の道を決めた。


 ここから先は、森の縁へ向かう。


 王国の辺境交易路。


 道は狭い。


 水場も少ない。


 壊れた橋の噂がある。


 ゴブリンが出たという話もある。


 布を売る。


 薬を売る。


 塩を積む。


 帰りには金具と乾燥豆を仕入れる。


 ナギリは、ここまでの約束だった。


 最初は、次の水場まで。


 次は、塩場まで。


 塩場へ着いた。


 蹄を見た。


 低地を避けた。


 水を分けた。


 傷布を分けた。


 置き場を変えた。


 帳へ控えを増やした。


 もう、草原へ戻ってもよい。


「戻るのか」


 ラグが聞いた。


「分からない」


「またか」


「戻る道はあります」


「南へ行く道もある」


「あります」


「なら、どちらだ」


「見てから決めます」


「今、見ているだろう」


「道は明日見ます」


 ラグは呆れた顔をした。


 だが、以前のように、決められない者を笑わなかった。


 セレナが言った。


「次の水場は、薬水を汲むには遅い時間になります」


 サナも言う。


「森の縁では、布を地面へ下ろせないかもしれません」


 カヤンは遠い暗がりを見る。


「南東に煙が一つ。道の近くかは、まだ分からない」


 ディルは、荷車の車輪止めを確かめていた。


「橋が壊れているなら、重い荷を先に分ける」


 ナギリは四人を見る。


 見るものが違う。


 だが、同じ商隊にいる。


「ナギリ」


 ローデンが呼ぶ。


「はい」


「森の縁まで、馬と護衛の蹄、道、水の寄る場所を見ろ」


「また、そこまでですか」


「まずはな」


「その先は」


「森の縁で決めろ」


「私がですか」


「残るか戻るかは、お前が決めろ」


「道は」


「俺が決める」


 ナギリは少し考えた。


「止めることがあります」


「理由を出せ」


「遠回りもします」


「沈むより安ければ回す」


「値は分かりません」


「サナが出す」


「水は」


「セレナが分ける」


「遠くは」


「カヤンが見る」


「確かめるのは」


「ラグを走らせる」


「重いものは」


「ディルが支える」


「私は」


「蹄と足元を見ろ」


 ローデンはそれだけ言った。


「明朝、出る。寝ろ」


     *


 翌朝、ローデン商隊は塩場を出た。


 商隊主ローデン。


 弟子のサナ。


 弟子のセレナ。


 護衛のカヤン。


 ラグ。


 ナギリ。


 ディル。


 牽引馬五頭。


 予備馬一頭。


 荷車三台。


 サナは布荷の紐を確認する。


 セレナは水袋と薬籠の印を確認する。


 ディルは車輪止めと補修板を確認する。


 カヤンは塩場の外へ続く道を見る。


 ラグは自分の左後ろの蹄を一度見た。


 誰にも言われずに。


 ナギリはそれを見た。


 だが、何も言わなかった。


 自分で見た者を、止める必要はない。


 ローデンは荷札と仕入れ値を見る。


「この薄布は、ここで売らなかったのか」


「王国町まで運んだ方が高く売れます」


 サナが答えた。


「運賃は」


「引いてあります」


「関所」


「入れました」


「護衛の増し分」


 サナが止まった。


「忘れました」


「次は入れろ」


「はい」


 ローデンは荷札をサナへ渡す。


 次にセレナを見る。


「再確認した水は」


「青です。薬へ使えます」


「確認に使った紙と布は」


「黒へ分けました」


「帳へ残したか」


「残しました」


「なら積め」


 最後に、ナギリを見る。


「塩場の帳に何を増やした」


「売外物と空け場です」


「なぜ」


「売り物を守るからです」


「なら覚えておけ」


 商隊が動き始める。


 塩場の小役人が、帳場の横から見送っていた。


 その机には、昨日までなかった控えがある。


 売外物。


 空け場。


 売れないもの。


 何も置かない場所。


 値のつかない水。


 捨てる布。


 汚れた縄。


 売り物ではない。


 それでも、なくなれば商いが止まる。


 動かせば、使える水まで使えなくなる。


 塞げば、荷車が出られない。


 近づければ、布へ臭いが移る。


 混ぜれば、薬へ使えなくなる。


 ナギリは、塩場の全てを数えたわけではない。


 売り物ではないものまで、何でも帳へ入れたわけでもない。


 ただ、売り物を守るものを、帳の外へ捨てなかっただけである。

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