『穴があったら』なんとやら
重要指名手配対象 逮捕指令書
【極秘指定:第一級機密】
【対象名】
ジェット・アメトリン
(通称:“怪盗ジェット”)
【概要】
対象はアパト王国内において、宝石・機密文書・魔導媒体等の窃盗を繰り返している危険人物である。
極めて高い潜入能力および創造系魔法適性を有し、複数回にわたり統制局の追跡を逃れている。
盗難物の流出経路および協力者は現在も不明。
対象の目的・所属・行動原理についても未解明部分が多く、継続監視対象として指定する。
【危険度】
第一種警戒対象
【命令内容】
対象の発見次第、速やかに追跡・拘束を行うこと。
抵抗した場合、魔法使用許可を認める。
ただし、対象は極めて情報価値が高いため、可能な限り生存状態で確保せよ。
*****
アパト王国の治安維持と犯罪の取り締まりは、すべて王国魔法統制局が担っている。
その中には犯罪者の更生や危険人物の監視も含まれており、役務範囲は幅広い。
組織は厳格な階級社会で、上から順に局長、元帥、執行官長、上級執行官、執行官、局員、見習いの七階級に分かれており、フォスは元帥、そしてラズライトは上級執行官の地位を与えられていた。
王国魔法統制局の任務内容は、その性質上、一般市民に公開されないものも多い。
危険人物の情報や捜査内容が流出すれば、王国の治安をいたずらに乱しかねないからだ。
そのため、局員同士であっても必要以上の情報共有は禁止されており、極秘任務は暗号化された指令で伝達されることが多かった。
今回ラズライトに下された指令も、その類だった。
昨日、フォスから手渡されたターゲット逮捕の指令書。
(ただの怪盗ならこんなに厳重に情報統制する必要ないと思うんだけど……。)
市民に情報統制を敷くのは、理解できる。
模倣犯が現れかねないからだ。
『これは極秘事項だからねぇ。たとえ組織内でも情報漏らしたらこれだよー』
『うわあ、こっわ。気を付けます……』
昨日の会話の中でフォスは首を親指で首を切るジェスチャーを示した。
職を失う方の意味だろうが、物理的な身の危険も感じるのは気のせいだろうか。
(ただ、情報提供の呼びかけ出来ないのはちょっと痛いなー。それに、組織内でも限られた人しか知らない指令ってところがまたきな臭いな。ただの怪盗ではない……?まあいずれにせよ……)
「情報が少なすぎるんだが」
「なにがすか?」
「▲○×□~!?」
フロアにいる局員の大多数が声の主を見た。
ここは王国魔法統制局内の大食堂。四人掛けの席が整然と並び、磨き上げられた大理石の床が鈍く光っている。
局員のほとんどがこの食堂を利用しており、ラズライトもその一人だ。昼時の今は総局員の七割近い人数が集まっており、食堂内はかなり騒がしい。
しかし、ラズライトの声は鈴のようによく通ること、食堂内中央の席に座っていたこともあり、嫌でも注目を浴びてしまっていた。
「スイマセ~ン……」と周囲に謝り、ラズライトは後ろを振り返ってキッとにらみつけた。
「スフェーン。驚かさないでよ。」
「そっちが勝手に驚いたんじゃないすか。」
「ここ、いっすか」と言いながらスフェーン・クロムがラズライトの真正面の席にトレイを置いて着席した。そのうえにはステーキにパスタ、ピザにオムレツなど、メイン級の料理がずらりと並んでいる。
(相変わらず、よく食べるな)
食後のコーヒーを飲みながら、ラズライトはスフェーンの食事風景をぼんやり眺めた。
スフェーンはラズライトの後輩であり、部下でもある。階級は執行官。
特定の師に育てられたラズライトとは違い、スフェーンは成人後に入局し、一般局員から実力だけで執行官まで上り詰めた叩き上げだった。
お調子者で短絡的に見えることも多いが、徹底して己を鍛え続ける愚直さと行動力には目を見張るものがあり、ラズライトは部下として彼を信頼していた。
そしてスフェーンもラズライトを先輩として慕っており、その人懐っこさと体格の良さも相まって、ラズライトには時折、スフェーンに大型犬の耳としっぽが見えることがある。
「でもま、ひさしぶりっす、ラズ先輩。なんか、考え事すか?」
パスタをほおばりつつ、スフェーンが透き通ったレモンの瞳をラズライトに向ける。
南地方への出張は別の部下と出向いていたため、スフェーンと直接会話するのは3か月ぶりである。
(このすんなり懐に入ってくる感じ、懐かしい)
ラズライトはスフェーンに対して久しぶりの安堵感を感じつつ、気を引き締める。気安さからつい気が緩んでしまいそうになるが、今回は極秘任務。決して情報を漏らすわけにはいかない。
「うちの師匠のことでちょっと。」
「あーフォシデ元帥ね。ああ、この間二日酔いで寝坊してたっすね、そういや。」
「そこまで話が広まっていたんだ」
「まあ、みんな知ってるっす」
咄嗟にフォスのことを話題にしたが、スフェーンは特に気にすることなく納得した。
ラズライトがフォスと師弟関係にあることは局内では周知の事実である。
また、フォスが無類の酒好きであることも、有名な話だった。というより、フォスはいろんな意味で局員全員の注目をかっさらっている人物でもある。
それにしても、この前の手紙の出来事は指令が混じりつつも本当のことだったようだ。
(たまに師匠って話盛るからな~……)
適当なことをいうせいで嘘かほんとか見分けがつきづらいのだ。
厄介な師匠を持ったもんだとラズライトは小さく嘆息した。
スフェーンが話を続ける。
「ボスの執務室から帰ってきたら死んだような顔してて。もんのすごい勢いで仕事始めたからえらい目にあったんだろうなあと」
「それ手紙にも書いてたわ。なんか師匠から仕事押し付けられたりとかはなかった?」
「いや、とくには。……あ」
ピザを5口で平らげ(スフェーンの顔3つ分くらいもの巨大ピザ)、スフェーンは思い出したかのように上を向いた。
「あとラズ先輩の小さいころのミニ肖像画が日に日に増えていったっすね、局内のいたるところに」
「ぶっ」
ラズライトは思わず口に含んだコーヒーを噴き出した。
「あんのバカ師匠~~!!!」
昼下がりの食堂内に、ラズライトの怒声が響き渡った。




