カウントダウン、スタート
(ていうか、もしかしてここで絢人を待ってた……? いや、さすがにそれは考えすぎか……)
エリサが相手の反応を探りつつの口調で、
「いえ…………先にそちらを済ませてからで、けっこうです」
「長い話か」
「いいえ」
「なら話を先に済ませろ。別に、なんつーか……そこまで急いでるわけでもねぇしな」
「…………」
「…………」
「いいですか」
「さっさとしろ」
「では――」
再び、絢人に向き直るエリサ。
彼女が仕切り直しとばかりに小さく咳払い。
そして――腕を組み、警告の目で絢人を睨み据えた。
「義妹さん……虎葉さんの件で、話したいことが」
「虎葉の? 昨日の、アウトレットモールのことか?」
「違います。まず……あなたが知っているか、尋ねたいのですが」
「何を?」
「虎葉さんが――少々よからぬ家に、預けられるという話です」
「ああ、そのことか」
「……やはり、知っているのですね」
急速に。
絢人を見るエリサの目が。
ひどく冷ややかなものに、なっていく。
――これだ。
久遠爾エリサが、冷帝たる所以。
周囲の気温が下がったとすら錯覚させる瞳。
相手の心を氷点下へ誘う――
冷鋼なる、攻性の魔眼。
気持ちの弱い者であれば、射竦められてしまうだろう。
が、
「何を勘違いしてんのか知らねぇが、その件ならオレが白紙にさせた。昨日の話だ」
「…………は?」
(おぉ……あの久遠爾エリサが、こんな貴重なぽかん顔を……)
「企んでたのは黒薔薇だ。だがオレが、白紙撤回させた」
「あの、皇泉院黒薔薇を……」
「その黒薔薇といえど、このオレには逆らえねぇってことだな」
彼女の意思を変えさせられるのは、例外枠の息子のみ。
隠居した前当主――つまり絢人の祖父でさえ、黒薔薇には強く意見できない。
「……あえて聞きます。虎葉さんを庇ってあなたになんのメリットが? やはり皇泉院……悪帝らしく、ありません」
クク、とエリサを凶眼で見おろして嗤う。
「おまえが一体オレの何を、知ってるってんだよ? 別に親しくもねぇだろ。幼なじみってわけでもねぇしな」
(幼なじみかぁ……そうだったら、いいなぁ……)
「それは、そうですが……」
「虎葉もテメェが言うその〝皇泉院〟として扱うことにしたってだけだ。しっかり、身内として扱う方針にした」
「――利用価値があると、判断した?」
「否定はしねぇよ」
絢人なら――こう答えるべき。
利用価値があるから使ってやるのだ、と。
その時だった。
――ガタンッ、と。
車両が、揺れた。
「…………」
またも。
今の揺れを、意識の空隙として利用したのか。
エリサが――距離を、詰めてきていた。
冷帝の美しい貌が、悪帝を、凛と見上げている。
「彼女が傷つくようなことがあれば……あなたを、許しませんから」
「……分からねぇな。なぜそこまで虎葉を気にかける?」
「何か、問題でも?」
この時、中の人の脳裏に一つの考えがよぎる。
(これもまさか、司さんの可能性と同じ……今後の伏線要素だったり……?)
アニメでは出番が減っていった冷帝。
が、シーズン4最終話以降……
もしこの前の展開予想が当たっていて、虎葉救出イベント的なものがあるなら――
(ずっと出番の減っていたエリサさんが、まさかのシーズン4最終話以降……救出サイドに協力する展開が待っていた、とか……?)
なくも、ない。
(うーむ……とすれば、またもぼくは〝あるべきシナリオ〟を変えてしまっているのかも……でもまあ――)
多分、皇泉院虎葉が救われたって事実に変わりはないわけで。
ならば、
「絶対なんて安易な言葉を使うつもりはねぇが……今、虎葉はオレのものだ。そしてこのオレの所有物を傷つけるようなヤツがいれば――オレは容赦なく、そいつらを叩き潰す。徹底的にな」
「――信じますよ?」
スゥッと身を引き、斜め前へ一歩踏み出すエリサ。
絢人の横に立つ位置になった彼女は、
「話は、以上です。時間を取らせましたね、悪帝」
それにしても、と思う。
相変わらず照れもしなければ、一切笑いもしない銀髪美少女である。
「おい、冷帝」
絢人が呼び止める。
歩を進めかけていたエリサは、
「まだ、何か?」
「あんまズカズカと、無許可で他人のパーソナルスペースに入り込みすぎない方がいいぞ」
(だって――急にあれされるとドキドキして、困るんですよ……ッ! 下手すると変な勘違いする人も出てきかねませんよ、エリサさん!)
とは、もちろん皇泉院絢人の口からは言えない。
けど確かに時々……ちょっと無警戒かな、とは思う。
「……一つの意見としては、聞いておきます」
「こっちとしても――まあ」
「?」
「虎葉についての危惧をオレに伝えた点に限っては……一応、感謝しといてやる。小粒程度だが」
「……あなた、やはり悪いものでも――」
「だから食ってねぇよ。なんだそれ、テメェらの界隈で流行ってんのか?」
「……?」
(てか――)
悪いものどころか、昨日は大変豪勢な夕食を口にいたしました……。
再び、歩き出すエリサ。
絢人は――――迷っていた。
昨日、久遠爾エリサと対面した時に思ったこと。
〝皇泉院絢人と絡んでいたから、悪役サイドのイメージがついただけ〟
「――久遠爾」
背中越しに、立ち止まる気配。
「つくづく呼び止めるのが好きな人ですね。あなたは今、時間がないのでは?」
特に応じず、絢人は続ける。
「そろそろ新学期……3年の一学期が、始まるな」
「そうですね」
「今日は色々話したが――学園では今後、気軽にオレに話しかけるな」
「……そこまで嫌われましたか」
一瞬、迷った。
が、素直に――告げる。
「馬鹿かおまえ……オレは悪帝だぞ? 二人で話してるところを誰かに見られる回数が増えるほど、おまえも〝悪〟の側だと思われるぜ」
だから久遠爾エリサは――アニメで人気が出なかった説も、あるのだし。
「……変な人ですね。やはり少し、認識が変わりました。ただ、そういう話であれば――」
エリサは歩き出しながら、
「あなたに対してどうするかは、私が決めることであって――私がどうしたいかだけが、すべてです。それだけです」
そしてエリサは、そのまま自動ドアの向こうに消えていった。
「…………」
エリサの今の言葉に抱いた気持ちの前に、絢人は疑問を抱く。
(あれ?)
皇泉院や白鐘ほどではないが、久遠爾も由緒正しい大きな家。
なのに――グランクラスでは、ないのか。
……振り返ってみれば。
エリサは、グランクラスを絢人が出たところのデッキにいた。
(けど、そういうこともあるか……何を隠そうこの絢人様も、行きは普通の指定席だったしね……というか――)
…………トイレに、行こう!
□
こうして皇泉院絢人は新学期前の旅行を終え、皇泉院の屋敷へと帰ってきた。
そして……いよいよ『エスケェプ、リミックス』本編スタートの時間軸が――
もうすぐそこまで、迫ってきていた。




