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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
26/30

帰路



 ◆◇【 現在の世界 ~皇泉院絢人~ 】◆◇



 結局、夕食は槇嶋玲雄奈の好きなものとはならなかった。


〝玲雄奈の好きなものにする〟


 絢人がそう提案すると、


『実は……絢人様から特にご希望がなく、外食にも出ない場合はこれにしようと考えていたものがあるのです。本日の夕食は、それでよろしいでしょうか?』


 こう言われてしまった。

 もうちょっと強めに、


〝玲雄奈の好きなもので!〟


 ――こう提案(命令)すべきだったかとも思った。

 が、玲雄奈が事前に考えてくれていた案。

 流れ的に、ここで拒否するのも悪い気がした。

 まあ、絢人が玲雄奈の好物にそこまでこだわるのも変といえば変ではある。


(にしても……)


 昨日を振り返り、夕食の時間を思い出す。


(あんな夕食、生まれて初めてだったなぁ……さすがは、皇泉院である)


 思わず、地の文みたいな感想を抱くほどにはすごかった。

 まず車に山ほど食材を積んだシェフが、別荘までやって来た。

 いわゆる出張料理ってやつだろう。

 絢人たちは最初にシェフからそれぞれ好みを聞かれた。

 他に苦手なものや、アレルギーがある食材などについても。

 で、別荘のアイランドキッチンで調理が始まった。


 高級なコース料理っぽい流れ……とでも言えばいいのか。

 泉アヤトの語彙力ではそのくらいの表現が、関の山であった。

 ただ――味はもちろん、見た目も楽しかった。

 一品一品の量が少ないので、色んな種類を食べられるのもいい。

 料理は提供されるたび、軽い説明が添えられた。

 が、泉アヤトは食材や産地を説明されても気の利いた返しなどできない。

 調理方法についても同様である。

 本来なら皇泉院絢人に備わっているべきであろう知識。

 これに関しては、その持ち合わせがないのだ。

 なので、それっぽい雰囲気で〝なるほどな……〟だけ連発しておいた。

 ……苦肉の策とも言うが。 

 あと、別荘の管理人さんも(途中で思いついたので)呼んでもらった。

 で、絢人の〝命令〟として食卓に加わってもらった。

 長らくこの別荘を管理してくれていると聞く。

 なら、このくらいのもてなしはすべきだろう――そう考えたのである。


(最初は管理人さんも、恐縮しきりって感じだったけど……結果的には喜んでもらえたみたいで良かったなぁ……)


 ちなみに――玲雄奈であるが。

 基本、


〝わたしも絢人様と同じものを〟


 で、押し通した。

 押し通し、やがった。


(ほんと玲雄奈さん、絢人が好きすぎるよぉ……好みに関してはシェフからの事前質問の時に〝あえて言えば、脂っこいものは少し苦手ですね〟って情報が、得られたくらいだし……)


 しかも、


『ですが、絢人様がお好きであればその苦手すらも克服……いえ、反転するでしょう。いいえ、反転するしかございませんね』


 とのこと。

 どういうことなの……と、心の中で思わずツッコんでしまった。


(でもまあ虎ちゃんも昨日の夕食は喜んでくれたみたいだし、あれはあれでよかったかな……)


 黒薔薇が来ないことも、ちゃんと二人には改めて説明した。

 もちろん虎葉が変に不安がらないよう、


〝黒薔薇側に急用が入ったため〟


 としておいた。

 そして、夕食後はそれぞれ自由時間とした。

 とはいえ――今日はなかなかに濃い一日だった。

 みんな疲れただろうと思い、絢人は早めに休めと命じた。

 ただし玲雄奈は相変わらずで、


〝わたくしは絢人様のためならば無限に元気でございます〟


 ……ある意味、期待通りの執事であった。

 で、順番にお風呂に入ったあと――ゆったりナイトタイムを過ごし、就寝。


 翌日は朝食後、三人でいくつかの観光地を巡った。

 先日のようなトラブルもなく、昼食代わりの食べ歩きもしつつの楽しい時間だった。

 特に、明らかに虎葉が昨日より緊張していないのが良かった。

 それと一応、別荘を出る前に黒薔薇もメッセージアプリで誘ってみたのだが……。

 返ってきたのは、


 黒薔薇:私が行っても空気が重くなるだけでしょう

 黒薔薇:私も楽しくないだろうし

 黒薔薇:ちょっと今日は、別件で用事もできたし

 黒薔薇:やめておくわ

 

 ……もしかして。

 黒薔薇なりに気を遣ったのかもしれない。

 玲雄奈はともかく――確かに、虎葉はかなり緊張してしまうだろう。

 絢人は〝埋め合わせはどこかでしてやる〟と返した。

 メッセージが、一瞬で返ってきた。


 黒薔薇:大s


 ……のだが〝大s〟という謎短文。

 絢人は〝えっ何これは〟と困惑。

 が、途中で誤送信したのかもしれない。

 ……これは、どう返したものか。

 あるいは、向こうの追加のメッセージを待つか……。

 そう逡巡していると、数秒後に黒薔薇から追加メッセージがきた。


 黒薔薇:期待しない程度に、期待しておくわ

 黒薔薇:家の方には今日の夜か明日の朝には、戻るから


 ……結局あの〝大s〟は、なんだったのだろうか?

 疑問に思いつつ、まあ特に黒薔薇に機嫌が悪い感じもないので良しとした。

 で、夕刻前に絢人たちは帰路へ着くべく――駅へと向かったのであった。


(軽井沢――ならぬ、軽イ沢。初めて来たけど、また来る機会があるといいなぁ……うむ、大変に良いところであった)


 絢人的には――予期せぬトラブルこそあったが――本当に楽しかった。

 

(それに、なんだろう……今回の旅行で、以前より玲雄奈さんや虎ちゃんがもっと好きになっちゃった気がするなぁ。黒薔薇さんも、意外とそこまで怖い感じはなかったし――いや、そこはぼくが絢人だから……当然か)


 他にも、まさかの冷帝や善帝ともリアルに出会えた。

 正直この旅行……『えすぷり』ファン……いや、もっと言えば――

 皇泉院絢人ファンにとっては、天にも昇る心地の旅行であろう。


(ファン冥利に、尽きまする……)


 心の中で両手を合わせ、この奇妙な巡り合わせに感謝する中の人であった。

 ――で、現在ここはどこかなのかというと。


 新幹線の中。


 ちゃんと手続きをして、今度こそグランクラスである。

 中の人的には身の丈以上の車両な気もしたが――今は皇泉院絢人の身。

 それに帰りもしっかり着物姿な虎葉的にも、席は広い方がいいだろう。

 グランクラスは、一列に三席。

 二席並んでいる方には、玲雄奈と虎葉。

 一席だけ独立している方には、絢人が座っている。

 ……席の位置はなんとなく、玲雄奈に意見を求めた上で決めた。


(誰をどの席にするのがベストなのか、ぼくには微妙に判断がつきませんでした……)


「…………」


 絢人はしばらく、窓の外の流れゆく風景を眺めていた。

 やがて絢人は立ち上がると、この車両からデッキの方へと出た。

 玲雄奈は絢人が出て行くのに気づいてはいる様子。

 が、ついてはこない。

 そうして絢人がデッキに出て、歩き出すと――


 新幹線を乗り降りするドアを背にし、青灰眼の銀髪少女が腕組みしていた。


 そして、声をかけてきた。


「悪帝」


 絢人は軽く「おう」と返事をし、そのまま前へ進んだ。


「……ちょ――ちょっと、悪帝っ」


 ちょっぴり困惑したような声に、呼び止められる。

 足を止め、振り返る。


「あ? んだよ――冷帝」


 声をかけてきたのは――そう、久遠爾エリサであった。

 面倒臭そうな態度で振り向いた絢人に、


「いくら日頃から無礼な悪帝とはいえ……ひと言だけでそのままスルーは、ないと思いますが? さすがに失礼が、すぎるのでは?」


 絢人は……盛大に、ため息を吐く。

 するとエリサがかすかに「な――」と不快そうな声を出す。


「なんですか、重ねて失礼な……その反応は」


 絢人は無言で親指を背後へ向け〝そこ〟を示す。

 親指が示す先は……お手洗い。

 つまり――トイレ。

 そう、皇泉院絢人は……


 トイレに行くために、席を立ったのであった。


 どうやら、エリサも理解したらしい。

 ほんのかすか「……ぅ」とエリサらしからぬ声を出した。

 そして――ぷいっ、と絢人に背を向ける。

 二、三秒ほどの間があって。

 エリサの左手が、促すようにトイレの方を示す。


「……失礼しました。失礼なのは、私の方でしたね。どうぞ」

「フン……冷帝がそこまで素直だと、ビミョーに気持ち悪ぃな」

「悪いのは……あなたの、口の方でしょうに」


 謝罪直後のせいだろうか。

 若干、皮肉の方もトーン弱めな冷帝であった。


「つーか……そこまで強く呼び止めたってことは――このオレに、なんか用か?」





 ようやく絢人たちも帰路につきました。


 明日7/19(日)19:00頃、次話を更新予定でございます。


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