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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
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火種の裏



 ◆◇【 現在の世界 ~柄澤大育~ 】◆◇



 人気配信者の通称〝カラD〟こと柄澤からさわ大育だいすけは、復讐心に燃えていた。


 夕刻。


 すでに日は落ちかけている。

 ひと気のない駐車場。

 ここは軽イ沢駅から車を使ってもそれなりに離れた場所ある。

 降車して徒歩で駅まで行くには遠いのもあってか、利用者は少ない。

 時期によるが、どちらかというとバイカー需要のある駐車場だ。

 そして、今日はほとんど駐車はされていない。



 大育は、人を待っていた。



 一緒に来ていた他の二人は――逃げた。

 あの二人は駅へ行き、おそらく新幹線で帰った。


(チキンどもがよ……)


 大育の誘いを、あの二人は断ったのだ。


(雑魚どもがぁ)


 あの屈辱のひと幕のあと、大育たちはしばらく途方に暮れていた。

 場所を移動してからも三人はほとんど無言だった。

 どのくらい時間が経ったのか――

 そう思った頃、スマホに一本のメッセージが届いた。

 あの凶悪な男に壊されたスマホではなく、予備のサブスマホの方にである。

 メッセージの送り主は、匿名を意識した名前だった。

 この連絡先には、配信者コラボや案件などが入ってくることも多い。

 だからこういう未登録者のメッセージも送れる設定にしてあるのだが――


(金持ちは、どこで恨みを買ってるかわかんねーってことだな……)


 メッセージには、あの男とその家に恨みがある旨が書いてあった。

 さらに――あの男たちが宿泊している別荘の場所も。

 送り主がどこの誰だかはわからないが、あいつらの現在の居場所が判明した。

 さらにメッセージの送り主によると、


〝後始末はこちらでやるから、そちらの好きにやっていい〟


 大育は考える。

 多分あの男やその家と敵対とかしている、別の金持ちの家の人間――

 そういうのが、いるのだ。

 で、このメッセージの送り主はあのひと幕を目撃していた……。


 おそらくこのカラDの持つ屈辱と復讐心を、利用しようとしている。


 スマホのメッセージを眺め、大育は口の端を歪めた。


(……いいじゃねぇか。利用されてやるよ……くく、そうだよ……このまま引き下がれるかって、思ってたんだ。個人情報握られてるし、相手がすげー権力とかありそーな金持ちだから無理かと思ってたけどよぉぉ……このカラD様が、あそこまでコケにされて――)



 引き、下がれるかよ!


 

 しかしあいつの居場所は分からない。

 自分に何ができるかも、まるで分からなかった。

 そこへ舞い込んできたのが、このメッセージだったのである。


(要するに暴れ放題……好き放題やっても、あんたが後の責任や始末は全部引き受けてくれるってことだよなぁ?)


 その時――爆音が近づいてきた。

 音の主たちが群れとなり、続々と駐車場に入ってくる。


 バイクに乗った集団だった。


 四輪の乗用車も数台、あとから入ってくる。


 先頭のバイクに乗っていたオールバックの男が、エンジンをとめる。

 男の手の甲にはタトゥーがびっしり彫られていた。

 今は長袖だが、腕にもタトゥーが大量に入っている。

 また、指の何本かでは喧嘩の時も役立つ指輪がいかつく光っている。

 男はバイクから降ると、挨拶がてらに手を上げた。


「おうカラD、おれたちに折り入って相談ってなんだよ?」


 彼らは、カラDと付き合いのある半グレ寄りグループのチームリーダー。


〝カラDがぶらり散歩の生配信中に、悪い男に絡まれている女の子を男気で救う!〟


 ……系の趣旨の動画を撮る時、たまに協力してもらっている。

 ああいう〝悪を成敗〟系の動画は視聴者層にウケがいい。

 もちろん表向きには〝生配信中の突発的トラブル〟という体で撮っているが。


「タカヤくん、急に呼び出しちゃってすんません!」

「いいって、おれらの仲だろ? それに、どうせこの近くで明日おまえと企画動画撮影する予定だったしな。つーか、おれら明日に備えてもう前日入りしてたからよぉ。すぐに参上できたわけよ。あ、宿泊先の旅館代はあとで請求しとくからヨロピク」


 頼んでないのに勝手に前日入りして、全員分の宿泊代をせびられる……。


(ちっ……貧乏人どもが。でもまあ、こいつらは使えるからな……)


 彼らは、カラDの用心棒みたいな連中でもある。

 いざという時、役に立つ。

 たとえばそう――こういう時なんかにも。

 大育は、事情を説明した。


「――で、全員並べて土下座でもさせねぇと……もう、気が済まねぇんですよ! あんたも男ならわかるっしょ、この悔しさ! みんなのカラDが、こんなところで……引き下がるわけにはいかんでしょぉお!?」


 事情を聞き終えたチームリーダーのタカヤはにやつき、


「おー、そりゃーそうだよな……へへ……」


 悪そうな仲間たちとアイコンタクトをかわす。

 改めて大育の目からみても、凶悪そうなやつらである。

 あの自分をやり込めた男とはいえ、こいつら相手なら……。

 大育は襲撃後のことを妄想し、鼻息を荒くする。


「おいカラD、本当に好き放題やっても問題ねぇんだな?」

「あ、はい……なんか金持ちっつーか、権力者みたいな人がケツは持ってくれるって……騒ぎとか事件にもならないようにしてくれると……」


 依頼相手は匿名だが……まあ、なんとかなるだろう。

 詳細はあえて、伝えないでおいた。

 ここで詳細を詰められ、結果として及び腰になられても困る。


「おーなら最高じゃんか! ていうかカラD、これも撮影の企画とかじゃねーのか? ドッキリ的な」

「いえ、違うんすよ! 企画だったら……こんなマジのリベンジ感、出ないでしょ!?」


 タカヤがポケットから取り出した目出し帽を指先に引っかけ、くるくる回す。


「ははは、確かに……おまえがそんなガチギレしてんの珍しいもんな。つーかよ、そのターゲットも金持ちなんだよな?」

「は、はい! だってこの軽イ沢に、別荘とか持ってんすよ?」

「だよなぁ……と、なると――」


 タカヤは人差し指を立て、



「1000万」



「へ?」

「おまえが今回おれらに払う〝謝礼〟とは別に、そのターゲットから1000万は〝慰謝料〟を払ってもらわねーとな……、――ま、もし拒否ったら了承するまでそいつらガチで無限地獄だわ」

「は、はは……」


 噂では、裏でけっこうやばいことをしているとも聞く。

 役に立つ連中だが、取り扱いは気をつけなければならない。


「――と、ともかく! 理不尽な因縁で不当に傷つけられた、このカラDのプライドが癒やされるまでは――、……ん?」


(なんだ……?)



 駐車場に黒い大型のバンが、連れ立って入ってきた。



「タカヤくん……あの、あれって……遅れて到着した、お知り合いか何かっすか?」


 カラDは複数の黒いバンを指さして尋ね、内心舌打ちする。


(ちっ……さらに追加で宿泊代と謝礼、せびられるんじゃねーだろうな? 相手は数人だろうから、ただでさえもう過剰戦力なのによ……めんどくせー人たちだぜ。そのうち、縁切りも考えねーとな……)


「……いや、知らねぇ。てことは、おまえの知り合いとかでもねーのか?」


(え?)


 タカヤにも、心当たりはないようだ。


「あー……じゃあほら、おれらとは無関係の……なんかの愛好会とかの、そういうミーティングのイベントとかっすかね?」


 大育は一台だけ、他と違う黒塗りの車に気づいた。

 車種に見覚えがある(ネットで見た)。

 確か海外の超高級SUV。

 しかも、台数限定のモデルではなかったか?

 この駐車場には不釣り合いとも言えるそんな高級車のドアが、静かに開く。


 中から現れたのは――黒いパンツスーツを着た、白髪の女。

 フォーマルな装い。

 高齢にも見えるが背筋はピンとしている。

 目が細く、糸を一本横に引いた感じだった。

 と、白髪の女が恭しく後部座席を開ける。

 その後部座席から優雅に降りてきたのは、


(おぉ……)


 ひと言で表すなら、


〝無茶苦茶イイ女〟


 年上っぽい感じはあるが……正直、大育的には超好み。

 タカヤも伸びる鼻の下を抑えきれぬ様子で、


「おぉー……いいじゃん、いいじゃん。ランク高ぇ……なんだカラD、もしかしてぇ――サプライズの献上品?」

「え? いえ、知らねぇっす……けど……」


(なんか……こっち見てるよな? まさか……移動中にこのカラDを見つけたどこかの超お嬢様なファンとかが、おれにアプローチ……とかっ!? だとしたら、タイミング悪――)



 ――バン系の車のドアが勢いよく開く時に鳴る音、というのがある。



 日常のどこかで誰もが一度は聞いたことがある、あの音。

 あの音が――立て続けに、駐車場に鳴り渡る。


「……は?」


 他の黒塗りのバンから身長高めな黒いパンツスーツ姿の女たちが次々と、出てくる。


(あ! あ、あいつら……っ!?)


 大育はここで気づく。


 あのモールでと揉めた時――



(なんかよくわかんねぇけど、人間の壁を作ってた女たちだ……!)



 一方の何も知らぬタカヤはご機嫌に、


「へー……けっこう綺麗どころがさらに追加されたゾ? なになに? これって、どういう趣向の――」


 途中から大育は、タカヤの声をひどく遠くに感じていた。


 何か……胸騒ぎが、する。


 自分の足元が突然……ひどく頼りない薄氷にでも、なったかのような……。


 高級車から降り立った、


 彼女は閉じた黒い扇子を手にしていた。


 その扇子の先が、スゥ、と水平に持ち上がり……大育へと、向けられる。


 黒い薔薇の女は周囲へ号令でもかけるみたいに――まるで害虫でも見る目つきで大育を見て……そして、黒く無感動に言った。








「――――――――全員、り潰せ」










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