兄妹の幻影
白鐘司を見送ったあと、虎葉が何か言いかけた。
しかし絢人は、
「もうあいつのことはいい。それよりも今、おまえにはやることがあるだろうが」
そう――お土産選びの途中だったのである。
虎葉も〝そうでしたっ〟みたいな顔をする。
周りには、お土産屋さんがいくつかある。
(今のプチ騒ぎで微妙に注目を集めてしまったけど……まあ、暴力沙汰とかでもなかったおかげかな? そこまで場の雰囲気が悪くなっていないのは、幸いでございます……)
「虎葉、おまえが自分の土産を選ぶにあたって……一つ注文がある」
「は――はい」
「さっき〝皇泉院として選べ〟と言ったが、もう少し細かいオーダーを追加する。オレ――つまり皇泉院絢人ならどんなものを選ぶか……それを考えて、選んでみろ。ああそれと……オレに選ばせるなんてとんちは、禁止だからな?」
これは試験――すでに、そう伝えてある。
虎葉が謎を深掘りする名探偵めいた仕草で、呟く。
「絢人様、なら……」
首を傾げるリスみたいに考え込む虎葉(可愛い)。
虎葉は数秒後、
「わかりましたっ――がんばって、みますっ……」
両手のこぶしを握り締めミニ版の〝押忍っ〟みたいなポーズで気合いを入れた。
ここから三、四店舗を二人で巡った。
店には虎葉がまず自分で目星をつけ――ここにします、と絢人に報告してから入店。
虎葉は背丈の問題で見えない高い棚を覗くべく、つま先立ちしたり。
低めの陳列棚をよく見るために、前屈みになったり……。
真剣そのものな顔つきで、棚をチェックしていく。
(……促したのは、ぼくとはいえ……ガ、ガチの空気だ……)
が――虎葉がそうしているとなんだか、可愛らしくも思える。
絢人はポケットに手を入れ、虎葉から少し距離を取って眺めていた。
それにしても、と先ほどの善帝との一幕を思い出す。
(あんな風に忠告してくれるなんて……さすがは善帝、人格者ですなぁ……)
絢人に対して攻撃的に警告しているようでいて。
あれは、遠回しに虎葉を気遣っての言葉だった。
(大丈夫ですよ、司さん)
中の人には――ちゃんと、伝わってますから。
前屈み気味だった虎葉が上体を起こす。
そして、キーホルダーのコーナーから離れた。
他のコーナーより滞在時間が他より長かった気がするが、
「まだこれってのは、見つかんねぇのか」
「は、はい……申し訳ありません」
このエリアだと――残るは、あと二店舗。
ただこのエリアは入店せずとも、外から大体お店の中が見える。
他の二店舗は飲食系のお土産中心。
記念品として判定するには、いささか難しい部類かもしれないが――
「……、――ッ」
今の店から出かかっていた虎葉が、思い直したように引き返す。
彼女はキーホルダーコーナーから、キーホルダーを一つ取った。
絢人のところにそれを持ってきて、
「これを――記念のお土産に、したいですっ……」
差し出されたのは、野菜を模したキャラクターのキーホルダー。
デフォルメされたいわゆる〝ゆるキャラ〟っぽい感じである。
献上するかのごとく両手で差し出された、選ばれしキーホルダー。
絢人は視線を落とし、それをジッと見つめた。
そして審判を待つ虎葉に、尋ねる。
「で……おまえがこれを選んだ理由は? 一度、あのコーナーから離れたよな?」
本当は達観した長老がごとく、
〝これをおぬしが自ら選んだことそのものが大事なんじゃよ。何を選んでも、おぬしが自ら選んだのであればそれで正解だったのじゃ〟
みたいに、言ってあげたいところではあった。
しかし――さっきの虎葉の真剣さを目の当たりにしたことで。
これは理由をちゃんと聞いた方がいいんじゃないか、と。
なんとなく、そう思わされてしまった。
「は、はいっ……最初は、絢人様ならどんなものを選ぶだろうか――と、そう考えて見て回っていたのです……絢人様にふさわしいものとは一体なんなのか、と……」
もう可哀想なくらい、心臓バクバクで話しているのが伝わってくる。
「……続けろ」
「であれば、格式高いものや……品質の高さゆえに価格も高いもの……こういうものを〝ふさわしい〟の基準にして選ぶべき――かとも、思ったのです……最初は」
「へぇ。おまえは……このメルヘンなキーホルダーが、このオレにふさわしいと?」
「ぁ――」
「冗談だ。まずは最後まで、聞かせてみろ」
「――は、はいっ……ありがとう、ございますっ……その……絢人様らしいとは、なんなのか……そ、それは――」
虎葉は覚悟を決めた顔で、言った。
「自分が欲しいと思ったものを、迷わず選んで購入する――それこそが、絢人様らしいと……思ったの、です……ッ」
だから彼女は自分が欲しいと思う――
自分が記念品にしたいと思うものを、選んだ。
自らの意思で。
「…………」
言い切ったあと、虎葉は小刻みに震えていた。
今は目を閉じ、面を伏せ気味にしている。
きっと〝間違った選択をしたかもしれない〟――と。
こう不安に思っているのではないか?
ただ、絢人は――
(……虎ちゃん)
心の中で、なんだか感動していた。
不安にさせたことに対し、
〝ごめんね〟
内心そう謝罪してから「……まあ」と絢人はレジの方を見た。
そして、
「おまえにしては――今回はそれなりに、上出来かもな」
「――ぁ」
虎葉が目を開いて丸くし、顔を上げる。
絢人は、
「ひとまず、合格点はくれてやる」
言って、引ったくるようにキーホルダーを手に取る。
そのままレジへ。
そして、カードでサクッと支払いを済ませて虎葉のところへ戻った。
「絢人、様……」
「ほらよ」
チェーン部分を摘まみ、キーホルダーを差し出す。
虎葉は両のてのひらを揃えて上にし、受け取ろうと――
したが――虎葉が受け取る直前で絢人は、キーホルダーを引っ込める。
虎葉の視線が、引き揚げられるキーホルダーと共に斜め上へ。
彼女は、緊張した面持ちで絢人の言葉を待っていた。
ただしその黒い瞳には――不安よりも、信頼がある。
決して意地悪で引っ込めたわけではない、と。
虎葉はおそらく、そう確信している。
だから――次の言葉を、待っている。
絢人はキーホルダーを摘まみ上げたまま、
「あの自己顕示欲の強ぇ白蛇野郎が、何やら自分の名刺のことを言ってやがったが……オレこそな――それこそ身内だろうと、誰かに記念品を買うことなんて滅多に無ぇ」
泉アヤトの知らないところで誰かに買ってるケースはありうる。
なのであえて〝滅多にない〟にとどめておいた。
絢人は託宣を受ける前の少女のような義妹を見下ろしたまま、続ける。
「……いいか? こいつは、この皇泉院絢人が自腹で買って恵んでやる記念品だ……だから――」
絢人はそっと――虎葉のてのひらに、キーホルダーを置く。
「一生大事にしなかったら、タダじゃおかねーぞ」
虎葉はてのひらに〝座る〟キーホルダーのゆるキャラを見てから、絢人に視線を戻す。
「はい……絢人様――大切に、しますっ……私、一生……絶対……」
彼女はそのキーホルダーを両手で包み込み、胸の前で抱きしめた。
――あの駅で、絢人から新幹線のチケットを受け取った時みたいに。
とても、大事そうに。
虎葉はそれから、自然とわき上がったような微笑みを浮かべた。
そして抱きしめたキーホルダーに視線を落とし――
大きく目もとを緩めて、もう一度言った。
「 大切に、します 」
▽
玲雄奈にメッセージを送る。
こっちから向かうと告げると、玲雄奈は待ち合わせ場所を提案してきた。
了承のメッセージを返し、虎葉と二人でそこを目指す。
「そういや……夕食、どうするかな。何か食いたいもんでもあるか、おまえ?」
「あ、いえ――その、絢人様……?」
「あ?」
「本日のお昼ごはん……お義――絢人様は、あのお店に連れていってくださいましたけど……もしかすると……私が好きなものを置いてあるお店を、選んでくださったのではありませんか……?」
「……どうだかな」
虎葉が「もし……」と控えめに言って、睫毛を伏せる。
「絢人様さえよろしければ、夕食は……絢人様のお食べになりたいものを、私も……ご一緒に、味わってみたい……です……」
それは――恐る恐るの、提案であった。
一方の絢人は、
(げっ)
食べたいものなんて、まだ考えていなかった。
虎葉に丸投げ――と言うとアレだが、彼女の食べたいものにしようと思っていたのだ。
(あ、そうだ……!)
「つーか……今日は、玲雄奈が食いたいもんでいいかもな」
「槇嶋様の、でございますか」
「あいつ大抵、オレが食いたいもんなら〝それは自分も食べたいものでございます〟とか、言いやがるからな……あいつの食いたいもんをあえて聞いてみるのも、たまにはいいだろ」
「……はい」
穏やかに微笑む虎葉。
「それも、よろしいのではないでしょうか?」
「ただしな、虎葉」
「は、はい……」
「万が一、玲雄奈がゲテモノ料理とかを選んでも……後悔しても、遅ぇからな?」
虎葉は一瞬、立ち止まって目を丸くした。
しかしすぐに――くすりっ、と。
上品に小さく微笑んで、言った。
「かしこまりました」
□
虎葉の巾着袋には、先ほど買ってもらったキーホルダーが取りつけられていた。
キーホルダーのゆるキャラは、明るく微笑んだまま揺られている。
ぶっきらぼうで不器用そうな兄。
その兄を、歩幅の狭い小走りで幸せそうに追いかける妹。
あるいは、何も知らぬ者が二人の様子を見たなら――――
今の絢人と虎葉はそんな兄と妹に、見えるのかもしれなかった。




