善帝と悪帝
「……あ? テメェの言葉を優先して聞く義務もねぇし、メリットもねぇだろ。それともなんだ? そんなにオレに、かまってほしいのか?」
(す、すみません司さん……虎ちゃん可愛さに、一瞬だけ存在を忘れてしまいました……)
「自意識過剰もほどほどにしておいた方がいいぞ、悪帝」
「こんな慎ましい人間も他にいねぇだろ」
「完全にダウトだ」
嘘と切って捨てた司が「しかし……」と虎葉を見る。
「こうして直接会ってみても……本当に、皇泉院らしくない子だな。まあ、君に特殊な事情があるのは知っているが――」
いいや、と首を振る司。
「本人の前で、口にする話でもないな。ただ……」
虎葉に視線を合わせようとでも思ったのか。
司が、片膝をついた。
彼は虎葉を優しく見つめ、
「もし君に対する皇泉院の扱いがあまりに不当だと感じたら……遠慮せず、白鐘を頼ってくれていい。どうも――皇泉院というのはつくづく、魔境らしいからな」
言って、絢人を睨め上げる司。
赤色じみたその瞳には、どこか責める光があった。
「…………」
(あれ? なんだろう……この、違和感……)
司が立ち上がり、ポケットから革製の名刺入れを取り出す。
「――おれの連絡先だ。いつでも連絡をくれていい。出られる時なら必ず出ると誓おう。ただし――」
ケースから名刺を一枚流麗に抜き出し、虎葉の方へ差し出す。
「応対するのは、虎葉さん限定だがね」
紙の名刺とはなかなかにアナログである。
しかし今の時代、実物の紙だからこそ価値がある――
逆に、そんな見方もできなくはない。
虎葉は名刺に視線をやったあと、
「あの……」
視線を上げ、戸惑い気味に司を見た。
彼女は次に絢人を見上げ、反応をうかがう。
指示や判断を仰ぐ表情だった。
今度は絢人が「――おい」と司に声をかける。
「テメェ……オレのものを、なに勝手に口説いてやがる」
「ふっ、口説いてるように見えたか? 期待通り――低俗な感性だな」
ふーっ、と。
天井を見上げ、絢人は呆れ気味に息を吐き出す。
「今日は、つくづく……喧嘩を売られる日だ」
その時、司が斜め後方へ向かって右手を上げ〝ストップ〟をした。
何かに対し、待機を命じた――そんな感じだった。
――おそらくあれは、司の執事に対するものだろう。
実は、白鐘司は五帝の中でも戦闘能力は最弱である。
設定的には五帝内でも弱めとされる久遠爾エリサより弱いとされている。
まあ、白鐘系の人物はどちらかと言えば政治や戦略サイドで強いタイプ。
戦闘向きの人物は少ない。
その分、兵隊が強いとも言えるのだが……
中でも白鐘司のお付きである――白執事。
白鐘サイドにおいて、彼だけが戦闘面で異様に突出している。
その白執事は基本的に姿を見せず、どこかで息を潜め司を見守っている。
今のは流れ的に、司が絢人から暴力を振るわれる――こう思われる可能性はあった。
あの白執事が出てきても、おかしくはない。
しかし司が先回りし、手の動きで〝出てこなくて大丈夫だ〟と制したようだ。
「…………」
仕切り直すように、司は差し出した名刺を引っ込める。
「自分で言うのもなんだが――おれの個人用の連絡先なんて、喉から手が出るほど欲しがる連中ばかりなんだがな。おれの方から差し出して受け取ってもらえなかったのは、君で二人目だよ」
ちょっと愉快そうに、司は言った。
そして、
「虎葉さん」
声音を、あからさまに柔らかくする司。
「無理に受け取る必要はない。ここで受け取ることで、皇泉院の中で君の立場が悪くなるような真似はしたくないからね。ただ……いざとなれば白鐘は君の身を引き受ける準備がある――それだけは、知っておいてほしい」
「…………」
さっきの――違和感。
(あれ? もしかして……)
虎葉を皇泉院から追放するつもりだった――皇泉院黒薔薇の計画を、知っている?
(司さんはどこかからそれを知って、だったら自分のところに来た方がマシとか……白鐘で匿う方がいいとか……これって、そういう感じの……?)
ふと――絢人の中で、とある妄想が広がる。
この先アニメの方で起こる皇泉院虎葉の転校イベント。
(あのイベント……実はシーズン4の最終話以降で解決されるとか……なんか救済措置が入る予定、とか?)
……ありうる。
虎葉はシーズン4の時点では、主人公のすみれたちとかなり仲良くなっている。
それまでは自分を責め、そして耐え忍ぶだけの日々を送っていた幸薄き少女。
そんな虎葉が、すみれたちとの交流で明るさを取り戻していく。
で、
(絢人が相手だと、犬猿の仲の敵みたいな立ち位置だけど……司さんはアニメの方だとむしろ、主人公のすみれちゃんたちサイドにとって心強い味方……とすると……)
虎葉の預け先に懸念を持った主人公のすみれたちが――
シーズン4の最終話以降、何か行動を起こすイベントがあったり……?
たとえば……
(すみれちゃんに虎ちゃんの件を相談された司さんが、白鐘家の力を駆使して虎ちゃんを匿ったり、救うイベントがあるとか……?)
――いいや、と心の中で首を振る。
(さすがにそれは、展開を先読みするファンの妄想がすぎる……)
何より、自分はシーズン4の最終話以降のストーリーを知らない。
そこまでのストーリーならともかく、
(ここでそれ以降の未見のストーリーについて考えても……仕方ないか)
などと心の中で思いながらも、皇泉院絢人としての振る舞いもしっかり忘れない。
「なんだテメェ、意外と虎葉みたいなのが好みなのか?」
絢人に言われ、肩を竦める司。
「嫌いではないな。いや、むしろおれの知る女の中でも相当に好感の持てる方の女性だ。それこそ皇泉院のような家には、不釣り合いでもったいないくらいだな」
チッ、と絢人。
「テメェが虎葉の何を知ってんだよ? 世界で一番不釣り合いなのが、テメェだろ」
言いつつも中の人は、
(そうか……司さんは虎ちゃんのことを、気にかけてくれてるんですね! あぁ、さすがは白騎士……かっこいいし、頼りになる……うん、もし今後どうしてもやばい時があったら――虎ちゃんを一時的に司さんにお願いするのも、手かもしれない……)
むしろ、心強い味方を手に入れた気分であった。
が、敬愛する皇泉院絢人のキャラを崩すのはやはり不本意の極み。
白鐘司に対しちゃんと〝皇泉院絢人〟として振る舞うのだけは、譲れない。
距離を詰めてきた司が絢人を見上げ、挑発的な視線を送ってくる。
「なら――虎葉さんに聞いてみたらどうだ? おれとおまえ、どちらが釣り合うか……いや、まずはどちらが頼りになりそうかを、聞いてみたいところだな」
「……上等だ」
ピリッとして挑発に乗りつつ……中の人は、ふと思う。
(な、なんかイケメン二人が虎ちゃんを取り合ってるみたいだ……そして――この距離で見る白鐘司の、なんとイケメン造形なことよ……! 眼福……ッ!)
一方の渦中の虎葉は困った反応をして、
「あの……」
と、もはや〝あのあの地獄〟に嵌まっている……。
司がポケットに片手を突っ込んだまま、首を傾けた。
「いや――ここで聞くのはだめだな。悪帝を前にすると萎縮して、虎葉さんが本音を言えなくなってしまう……やっぱり連絡先を渡しておくから、あとでこっそりおれに連絡して教えてくれるかい?」
ポケットから手を出し、司が、再び虎葉に名刺を――
「わ、私は……その……今、はっ――」
虎葉が(彼女なりに)声を張り、
「絢人様を……とても、頼りにしておりますっ――させていただいて、おりますッ」
虎葉はしっかりと司を見て、その言葉を口にした。
おや、という顔をする司。
それから彼はややあって――ふっ、と俯きがちに微笑んだ。
「なるほど――今は、か……。案外……君たちの関係は聞いていた情報と、微妙に違うのかもしれないな……、――いいだろう」
言って、司は今度こそ名刺を完全に引っ込めた。
「今日のところは引き下がってやるよ、悪帝」
「……フン」
「ただし」
司が両手をポケットに突っ込み――警告めいた表情で、絢人を睨み据える。
「よく覚えておけ、悪帝。おれは居合わせなかったが……さっき、このモールの敷地内で虎葉さんに起きたことは聞いた。そのあと、おまえがしたこともな。おまえは自分の思うまま振る舞い……時に、相手をやり込め――過剰に叩き潰す。だが、そのやり方をおまえが選ぶことで……場合によっては周りの人間がそれに巻き込まれることもある。ゆめゆめ――それを、肝に銘じておくことだ」
忠告めいた言葉を放つ善帝のその声には、強烈な白き圧が込められていた。
「……テメェにしちゃあずいぶんと、ご親切なお節介を言うじゃねぇか。明日は、雪かもな。ただまあ……一理くらいは、なくもねぇか」
ふっ、と。
首を軽く傾けたまま笑みになっていない〝笑み〟を浮かべる司。
「おまえこそ……今日はずいぶんと、棘が足りないんじゃないか? 普段に比べると――だいぶ、お行儀がよく見えるぜ?」
「そりゃあ……まあ、観光地だからな」
「――――、…………ふぅ」
そこが区切りとばかりに司は息を吐くと――絢人から離れ、踵を返した。
彼がポケットから出した右手で、自分の後ろ髪を軽くわしゃわしゃする。
「どーも、今日のおまえは……微妙に調子が狂うんだよなぁ……なあ、悪帝――」
司は肩越しに振り向き、
「おまえ、何か……悪いものでも食ったか?」
「…………」
『何か――悪いものでも、食べましたか?』
(ええっと……)
今日それを私に言うのは――あなたで、二人目です。
別作品の作業が忙しかったのもありまして、なかなか更新できず……それなりに間隔が空いてしまい申し訳ございません。
次話は、もう少し早めに更新できればと思っております。




