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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
21/22

彼女の理由



 軽く背後を振り返り、絢人は去りゆくエリサを無言で見送った。


 あの冷帝とリアルに話してしまった……。

 しかも、あんな近い距離で。

 眼福込みの幸福に包まれつつ、玲雄奈と虎葉の待つ場所へ向かう。

 まず最初に玲雄奈が絢人に気づき、


「絢人様」


 椅子に座って俯いていた虎葉が、顔を上げる。


「あ……」


 先に玲雄奈から近寄ってきて「失礼いたします」と絢人に耳打ちする。


「先ほど、久遠爾の――」

「さっきそこで話してきた。だから、説明は不要だ」

「そ、そうでしたか。あの久遠爾のやかましいメイドが、絢人様に何か無礼な――」

「あいつはいなかった。話したのは、久遠爾エリサだけだ」


 玲雄奈が安堵する。


(個人的には、そっちにも生で会ってみたかったですけどねっ)


 虎葉が立ち上がり、近づいてくる。

 かしこまった様子である。

 絢人の前まで来て、虎葉は頭を下げた。


「このたびはご迷惑をおかけして――申し訳、ございませんでしたっ」


 まあ……


(虎ちゃんなら、こうなるよね)


 あの騒ぎを自分のせいだと思っている。

 だからこうして、謝るのだ。

 でもあれは不可抗力に等しいだろう。

 絢人は気にしていない。

 皇泉院絢人のキャラとしても、咎めるまではいくまい。

 それに、


「別に、大したことじゃねぇだろ。何より――ああいう勘違いした雑魚どもを蹴散らすのは、楽しいからな」


 虎葉の母親――その葬式の場。

 気に入らない虎葉の親戚を蹴散らし、ご満悦だった皇泉院絢人。

 元より皇泉院絢人は、好きなのだ。

 不快と感じた虫けらを――叩き潰すのが。

 ゆえに、キャラ矛盾も起こしていない。


「ですが……絢人様と、玲雄奈様に――」

「そうだな」


 絢人が言うと、虎葉は可哀そうなほど反省の色を深くした。


「本当に……申し訳、ございません」

「どんな用事かくらいは、こっちも把握しとくべきだった」

「え?」


 お手洗いだったりしたらあえて聞くのもなぁ、と思ったけれど。

 せめて、玲雄奈を同行させるべきだった。

 だって皇泉院虎葉は他人の意識を惹きつけるほどの美少女なのだし。

 そしてこれだけの人がごった返す場所なのだ。

 彼女の魅力が意図せぬトラブルを引き寄せるのも想定すべきだった。

 ――想定してあげる、べきだった。

 虎葉が自分の魅力に無自覚な分、余計に。


「テメェも皇泉院の身だからな。どこに行くかを聞いて玲雄奈を同行させるかの判断くらいはすべきだった、って話だ」


 トラブルがあっても多分、絢人は一人でもなんとかなる。

 ……がんばって、中の人の自分がどうとでもする。

 虎葉は躊躇を覗かせるも、思い切って顔を上げた。


「じ……実はあの時、おっ……、――」

「?」


 あそこで、絢人たちから一時的に離れた理由。

 虎葉はそれを説明した。


「お土産を、買おうと――思ってしまい、まして……ッ」



     ▽



 ――そんなわけで。


 絢人は虎葉と二人、アウトレットモールを歩いていた。

 玲雄奈はあのあと何かを察してか、こう言っていた。


『絢人様、実は皇泉院の執事として少々やることがありまして。しばらくの間、おそばを離れてもよろしいでしょうか? もちろん何かあれば連絡はいつでもくださってかまいません。どうぞ、ごゆっくり』


(うーん玲雄奈さん、あれは……明らかに虎ちゃんに気を利かせて、絢人と二人きりにしてあげようとしてたなぁ……冷酷執事とは一体)


 新幹線の時といい、むしろめっちゃ気が回る。

 執事として100点でしょう。

 虎葉の真相はお土産でした告白のあと、絢人は彼女に詳しい事情を聞いた。


『申し訳ございません。あの時、絢人様のお許しが出ましたので……何か記念になるものを買いたいなどと……思って、しまいまして――本当に私の身勝手な行動のせいで……すみ、ませんっ』

『記念?』

『ぁ――はぃ……その……こんな風に、絢人様に旅行へ連れてきていただけるなんて……もう今後あるかどうかも、わかりませんし……ですからその記念に……何か、キーホルダーでも――と』


 虎葉としては、このあと一人で自由に動ける時間があるかも不明である。


『で、一人で買いに行こうとしたのか』


 虎葉はいたく恐縮していた。

 まるで校則を破ってしまい、怯えて罰を待つ生徒みたいに。


『は、はぃ……私の買い物に、絢人様や玲雄奈様を付き合わせるなどという――お、恐れ多いことは……その……』

『気が引けた、と』

『……はい。ですが、結果として余計にご迷惑をかけてしまい……重ねて……申し訳、ございませんでした』


 ――なんて、会話があった。

 絢人はそのあと、虎葉の手を引き歩き出した。

 虎葉は、


『あ、あの……っ?』


 困惑していたが、絢人は一緒に来るようちょっと強引に命じた。

 命じられては仕方がない。

 そう思ったのか、虎葉は手を離したあとも従順についてきた。


「……絢人様」


 少し後ろをついてくる虎葉が、ぽつりと名を呼んだ。


「なんだ」

「実は……で、できれば中学校でよくしてくださった友人にも……何かお土産を、と……」

「オレに許可をもらうことでもねぇだろ。勝手にしろ」

「ぁ――ありがとう、ございます」


(うーん、正直でイイ子だよなぁ……)


 と、思う。


〝中学校の友人に、お土産を買おうと思った〟


 さっき説明する時、こう言えばよかったのに。

 真っ先に、自分用の記念のキーボルダーがほしかった――なんて。

 自分のために行動したのが原因ですと、彼女は伝えた。

 それは。

 あえて自分に、罪を寄せようとしているかのようでもあって。


(ただ……ちょっと考えすぎというか、気を遣いすぎというか――まあでも、仕方ないか)


 元々、虎葉は引っ込み思案。

 母親以外には心を開ききれない少女。

 昔から、人の顔色をうかがうのをまず優先する子だった。

 さらに言えば、自罰的な傾向もある。

 皇泉院の名を得てからは加速度的に、よりその傾向は強くなった。

 ゆえに彼女を今の〝彼女〟にしてしまったのは、皇泉院にも原因がある。


(だから虎ちゃんのこういう過度におどおどした態度を絢人が責めるのも、微妙にお門違いっていうか……)


 多分、自分は元の皇泉院絢人よりも虎葉の過去や事情を知っている。

 アニメを観て、設定資料集も読み込んでいるのだから。

 本来なら虎葉以外は知りようのない過去の彼女の心情すら知っている。

 ――そのせいかもしれない。

 必要以上に、この子を救いたいと思ってしまうのは。 


「……この辺か」


 絢人たちは、モール内のお土産エリアまで来ていた。

 やはり名産品やお菓子とかの甘味類が多い印象だ。

 もちろん、グッズ系のお土産を売っている店もある。

 虎葉が忙しなく、巾着から財布を取り出そうとする。


「い、急いで買ってまいりますので――」

「おい、虎葉」

「は――はいっ!」


 びくっ、と虎葉の手が止まる。


「テメェで記念品なんざ買って……それ、意味あるか?」

「い、意味……? あの、はぃ……私は、お義兄さ――絢人様に、連れてきていただいた……記念の……、――申し訳、ありません……」


 虎葉が〝やってしまった〟――みたいな顔をした。

 そして猛省した風に俯くと、彼女はちょっと涙ぐんだ。


「皇泉院の者としては、ふさわしくない……願いで、ございました……」

「…………」


(あ――)


 しまった。


(ち、違うんだよ虎ちゃん!? あぁ……まずった! 絢人っぽさを出そうとして、勘違いさせてしまった……!)


 チッ、と絢人。


「おい、何を勘違いしてんだか知らねーが……ここで記念品を買うことは、わざわざついてきてる時点でオレも了承してるだろーが」


 ハッと顔を上げる虎葉。


「あ……そ、それは……はい……」

「記念品だってんなら……テメェが自分で買うより、オレが買ってやった方がよっぽど記念になるだろって――そういう、意味だ」


 目を丸くし、ぽかんとする虎葉。

 理解が追いついたらしく「ぁ……」と彼女の緊張が解ける。

 虎葉は目元を拭うと、頭を下げて勘違いへの謝罪を口にした。

 そして、恐る恐る確認してくる。


「あの……よろしいの、ですか……?」

「ただし――試験だ」

「え? 試験……と、おっしゃいますと?」

「テメェが皇泉院として、どんなもんを記念品として選ぶか……下手もん選びやがったら、ただじゃおかねーぞ」

「わ――」


 虎葉は左胸の前で、ぐっ、と右手で握りこぶしを作った。

 それから一度目を閉じたあと、瞳に光を灯して目を開く。


「わかり、ましたっ……がんばりますっ」


 ふんす、と意気込む虎葉。

 勘違いだったと知り、安堵したおかげか。

 あるいは〝ここでがんばらねば!〟と、いよいよ覚悟が決まったか。

 記念品選びに本気(ガチ)になる皇泉院虎葉であった。

 絢人はというと……


(……気合いを入れる虎ちゃん、可愛い! うん……〝ただじゃおかねーぞ〟の言い方を、絢人のキャラの範囲で可能な限り柔らかくしたのが効果的だったかな?)


 まあ――虎葉が何を選ぼうと。


(何かしら理由をつけて、合格点は出すつもりだけどね……!)




「これはこれは――あの悪帝が兄妹揃って仲良くお土産コーナーでショッピングとは……今日は、さらに珍しいものが見られた」




「まずは、どの店にするかだな」

「おれの存在を無視して話を進めるな、悪帝」

「……あ? なんだ、誰かと思えば善帝サマじゃねぇか。暇すぎる人生だな」


 話しかけてきたのは、白鐘司だった。

 今は丸いサングラスをかけていない。

 ちなみに――サングラスの着用には、理由もある。

 瞳の色素の影響もあるのか、日差しが強いと司は目つきが悪くなる。

 なのでサングラスをかけがちなキャラ、って設定が一応ある。

 まあ学園でかけてるシーンは一度もなかったし、


(あんまり評判がよくなかったのか、話数が進むと……かけてるシーン自体、明らかに減っていったんだよなぁ……)


 いわゆる、死に設定に近い。

 ただ……久遠爾エリサのカチューシャもだが。

 アニメの本編開始前の時間軸だといわゆる、


〝初期にはあったけど、話が進むにつれて忘れられていった設定〟


 に遭遇できるのが、なんだか楽しくもある絢人であった。

 しかし司は絢人がそんなことに思いを巡らせているとはつゆとも知らず、


「口が悪いから〝悪帝〟……名はたいを表すとは、よく言ったものだね? ああ――この場合は悪帝にならって、名は〝帝〟を表すと言った方がいいか?」


 虎葉が不安そうに絢人を見上げてくる。


「あの、絢人様……」


 自然と、虎葉はちょっぴり絢人の後ろに隠れる位置取りになっていた。

 人見知りな性格もあるし、司の雰囲気が苦手ってのもあるかもしれない。

 絢人は自分の背後にちょこんと隠れるそんな義妹を、チラッと一瞥する。


(――――、……虎ちゃん、可愛い!)


 司が微妙にイライラした様子で、おい、と声をかけてくる。



「人の話を聞いてるのか、悪帝」





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