人たらし
……なるほど。
そうか。
(本編スタート前にこういう流れがあって、のちの転校イベントに繋がってたのか……いや――)
これは大変、結果として良かったのではないか。
できれば今の世界でも同学年のすみれたちとは仲良くなってほしい。
泉アヤトは、そう思っている。
(うん……アニメでは、一緒に卒業できなくてすみませんって泣いてたけど――大丈夫だよ、虎ちゃん。狙ったわけじゃないけど……なんか転校イベント阻止できたかもだから!)
黒薔薇がテーブルに両手をつき、すぅ、と立ち上がる。
「では――これで話はついたわね。といっても、あの別荘には今日あの娘も泊まるのでしょう?」
絢人は母の様子をうかがい、
「このままテメェが同じ別荘で虎葉と膝突き合せて一緒にご一泊……ってわけにもいかねぇのは、わかる。どうする? 屋敷の方に、先に戻るのか?」
(ごめん黒薔薇さん! 本当はみんなで雪解けムードで一緒にほんわかやりたいけど……さすがにそこまでは、早急すぎますよね……)
黒薔薇には、黒薔薇の気持ちがある。
虎葉に対しその整理をつける時間も必要だろう。
絢人は彼女の様子から、そう判断した。
「そうね――私は本別荘の方に泊まることにするわ」
「…………」
そうでしたね。
駅からちょっと距離はあるけど、皇泉院はもう一つ、さらに豪華な別荘を所持してるんでしたね。
(か――金持ちさんめぇ……っ)
黒薔薇は臀部に敷いていたサテン地の布を畳み、チャックつきのビニール袋に入れる。
「念のため聞くけれど、今日は私と二人で本別荘の方に泊まりましょう」
(いや、今〝念のため聞くけれど〟って言いましたけど……それ普通に強めに誘ってますよね!? 文章としても、なんか変ですよ!?)
「玲雄奈と虎葉を二人きりでこっちに一泊させてどーすんだよ。つーかオレがそっちの別荘に行くとなれば玲雄奈もついてくるだろうが。だとしたら、オレは虎葉もそっちに連れてくぞ」
「それは私が嫌よ――と言いたいところだけれど、あなたが怒りそうだからやめとく」
絢人は鬱陶しそうに、同じく両手をテーブルについて立ち上がる。
「そういう台詞は、心にしまっとけ。つくづく我慢のきかねぇ女だな」
「親子だもの」
「――まあな」
我慢がきかないのは、まあ、作中の絢人もである。
去りかけた黒薔薇に絢人は、
「黒薔薇」
「なぁに?」
「皇泉院も一族郎党、一枚岩ってわけじゃねぇ。だからこそ信用できる人間、結束の固い繋がりってのは作っておくべきだ。まあ――地盤固めだな」
「……勢力拡大を進める際の基本よ。言ったら悪いけれど、そんなの今さら皇泉院絢人が言及することでもないでしょうに」
チッ、と絢人。
「相も変わらず、蟻地獄みてぇに鈍い女だな」
「もぅ……そういう意地悪を言わないでちょうだいってば」
「それなりに頼りにしてる、って話だ」
「え?」
黒薔薇に背を向け、肩越しに振り向いて言う。
「皇泉院黒薔薇という稀代の女傑である以前に……血の繋がりのある母親として、今後はそれなりに頼りにさせてもらう――要するに、そういう話だ」
「! まあっこの子ったらぁ――――、…………こほんっ」
(……え? な、なんか今……)
黒薔薇が頬に片手を添え、その黒真珠の目が煌めきかけた。
まさに――アニメなら背後に薔薇が咲き誇る演出でも入りそうな感じだった。
しかし速攻で思い直したのか、咳払いをし、一瞬で普段の〝黒薔薇〟に戻った。
溺愛モードの素のデレが出かかった……ってことなのかもしれない。
ふぅ、と息をつく黒薔薇。
「やれやれ……あなたもいっぱしに、人たらしの才が備わってきたのかもしれないわね。母としてはその成長を喜ぶべきか、寂しく思うべきか」
前を向き直し、右手を軽くあげて別れの挨拶をする絢人。
そして「とりあえず――」と歩き出す。
「虎葉の件でオレの意思に耳を貸してくれたのには、息子として一応礼は言っておく。じゃ……また明日、屋敷でな」
受け入れたのは虎葉のためではなく、あくまで愛する息子のため。
こう考えさせた方が、黒薔薇も受け入れやすいだろう。
「絢人」
今度は、黒薔薇が呼び止めた。
先ほどのように振り返らず、絢人は背を向けたまま足を止める。
「なんだ」
「――やっぱり今日、私と一緒に向こうの本別荘に泊まらない?」
「だから、泊まらねーよ。聞き分けのねぇ女だな」
「だったら今日、本別荘でヤケ酒をするわ」
「テメェ酒は飲まねーだろ」
「……そうだけど」
「…………」
「……もぅ、じゃあまた明日ね! いい!? 午後には屋敷へ戻ってくること! いいわね!?」
「ああ、努力する」
意外にも……
(まさかの、というか――)
あの皇泉院黒薔薇をちょっとだけ可愛いと思ってしまった、絢人であった。
▽
(はぁぁ~……なんとか乗り切れた、のかな……? そうだと信じたい……それにしても――黒薔薇さん、あの距離で見るとすごい美しさと迫力だったなぁ……アニメではなかった、意外な一面もあったけど。さて……)
スマホを取り出す絢人。
(玲雄奈さんに、連絡を入れないと……)
スマホでメッセージを送り、こちらの今の状況をざっと伝える。
で、そのまま玲雄奈たちが今いる場所を教えてもらう。
(まあ位置情報でわかるんだけどね……、――っと、着信? 玲雄奈さんから?)
耳にスマホを添え、通話を開始。
「どうした?」
『いえ、特にトラブルがあったわけではないのですが……念のため、先んじて口頭でお伝えしておくべきかと思いまして。実は――』
玲雄奈の話を聞き、
「……何? 久遠爾が?」
(ここで、冷帝……?)
そう――彼女も、この避暑地に来ている。
玲雄奈は絢人が合流してから伝えようかとも思ったらしい。
内容を聞くに……確かに、急いで伝えるほどの内容でもない。
が、エリサが絢人と同じく白鐘学園の五帝なのは玲雄奈も知っている。
広義の意味ではまったく関係のない人物でもない。
絢人は、アウトレットの屋根付きの通路があるエリアに向かった。
左右に店が並んでいて、さらにこのエリアは天井がついている。
また、このエリアにもテーブルや椅子の置かれているスペースがあった。
どこの店のというものでもなく、単に休憩などに使っていい場所らしい。
玲雄奈と虎葉は今そこにいるようだ。
そして、絢人がその近くまで来た時だった。
カツ、コツ――――と。
ヒールの音を鳴らし、こちらへ歩いてくる人物の姿があった。
「……久遠爾か」
冷帝――久遠爾エリサの青灰なる零度の瞳が、絢人を映す。
――コツ――
硬い音を従え、零度の女帝が立ち止まる。
エリサは腰に左手を添え、身体をかすかに捻った。
彼女がその長い銀髪をまるで何かの宣言とばかりに、後ろへ払いのける。
そして……
「お久しぶりですね」
淡々とその名を、口にした。
「皇泉院、絢人」




